ご所望のドレスは
ブクマくださって、有難うございます!
——店頭に出てないドレスを、全部って……言った?
美麗な青年の言葉に、私はある出来事を思い出して、身を硬くする。
だって、あの時と同じ……。
遡ること数ヶ月前。
ローズヴィメアの「春の新作ドレス」発売前日に起こったトラブル。
突然、身形からして貴族だとわかる男性が、派手な化粧の婦人を連れて来店されたかと思えば、「この店の商品を全部見せろ」「夏の新作ドレスを今すぐ持ってこい」と、大声で強要してきた。
その時、売り子は私だけしかいなかった。
欲しいと思ってもらえるのは有難いし、たくさん買ってもらいたい。
だけどローズヴィメアはあくまでも下町で商売をしている庶民向けの衣装屋。
一人のお客様だけを贔屓にして、他のお客様をないがしろには出来ないし、発売前のドレスを出すなんてもってのほか。
私が「できません」とお断りすると、今度は店内にいた他のお客様に「邪魔だ!」と追い出しはじめたのだ。
怒りと恐怖で、私は半泣き状態だった。
心配した常連のお客様が、ミイサさんを連れてきてくれなかったら、どうなっていたか……。
だから、きっと今回も同じだ。
この身形がすごく良い綺麗な青年も、きっと上流階級の人間だと思う。
もしくは羽振りのいい実業家か。いいえ、実業家なら、まずは経営者のミイサさんに会いたがるはずよねぇ?
「どうした、出来ないのか?」
威圧感たっぷりで、青年はさらに挑発的な言葉をかけてくる。
おかげで私の覚悟は決まった。
あの悔しかった出来事を教訓に、もしも同じことがあったらどうするか、頭のなかで幾度も模擬接客をしてきた。
その成果を今こそ活かすのよ!
「お客様は、ドレスをお探しなのですね?」
「そうだ」
「可能であれば、色や、シルエットや、お好みの雰囲気などをお伺いしても宜しいですか?」
「目を通して、良いと思えば、全てを購入しよう」
「さようでございますか……」
神妙に頷いたあと、私は腰を折り、深々と頭を下げて謝罪した。「申し訳ございません」と。
これが今の私にできる唯一の最善策。
「このお店は確かに高貴な方々に利用して頂くことはありますが、あくまで下町にある庶民向けの衣装屋です。貴族御用達の衣装屋にあるような応接間もなければ、保管部屋にある商品をすべてお持ちするのも、狭い店内のため出来かねます……それに、今、売り子は私ひとりだけなのです。他のお客様の対応にも支障が出てしまうので……どうか……」
もっと、もっとだ。気位の高い人が溜飲を下げてくれるくらいの謝罪をしないと。また他のお客様に迷惑がかかってしまうかもしれない。
それにこの人だって、お客様だ。ご要望に応えられないのには変わらない。
だから……。
私はそのまま床に両膝をついて、土下座する。
「どうかっ、……ご容赦ください!!」
全力の謝罪に、青年が息をのむ音がした。
コツコツと、足音が近づいて、すぐそばでピタリと止まる。
「顔をあげてくれ、無理を言ったようで、すまなかった」
「!!」
逆に謝罪されてしまった。
驚いて顔を上げると、目の前に綺麗な顔があって、一瞬息が止まる。
少し眉を寄せ、申し訳無さが滲んだ瞳は誠実そのもの。
「君はなにも悪くない。わたしが無知だった。許してほしい……」
「え? えっ……?」
目の前に、青年の大きな手のひらが差し出されて、立ち上がるよう促される。
困惑しながら私は自分の手を重ねた。
針仕事でガサガサしてる指先に、温かな熱を感じる。
それに……この人から、なんだかいい匂いが。
香水かな? ほのかに甘くてスパイシーな香りだ。
せっかくなので、バレないように鼻から過剰に空気を吸い込んでみた。
立ち上がったあと、手を離した青年は、まだバツの悪そうな表情をしている。
「女性の衣装屋にきたのも、大衆向けの衣装屋にきたのも初めてで、勝手が分からず、すまなかった」
「そんな……お客様が謝ることでは」
「先週の夕方……」
「はい?」
「ちょうど一週間前の今ぐらいの刻限に、馬車で通った時に見たんだが、あそこの場所に飾っていたドレス……」
「先週……夕方……、あっ!」
思い出した。
通りに面したショーウィンドに飾っていたドレス。
……もしかして目に留めてくれたの?
それなら、すごく嬉しい!!
じわりと、胸の奥から喜びがあふれてくる。
だってあのドレスは私がデザインをして、初めてミイサさんからオッケーが出て、半年かけて商品化したもの……つまり思い入れが深いドレスなのだ。
しかも、分かる人にしか分からない趣向が込められているのよねぇ。
「店内を見たところ、そのドレスが見当たらなくてな、それで無理を言ってしまった」
「そうだったんですね。でもご安心ください。そのドレスなら、今すぐにでもご用意できますよ!」
「本当か! ならばお願いしたい!」
お客様の顔が、パッと明るくなる。
「……良かった。プレゼントはあのドレス以外に考えられなかったんだ。あのドレスが良いと……」
その言葉に、私は、ピンとくる。
きっとお客様は気づいてしまったんだ。
あのドレスの意匠について。
「あの、お客様は……」
言わずにはいられない。
だってあのドレスは……あのドレスは!
「お客様はもしかして、【女魔術師・ミスリルライラ】の愛読者なのではないですかっ!?」
「——ゴフッ」
吹き出しとともに、みるみる顔を赤らめるお客様。わぁ、なんだか可愛らしい。
「わたしの事はいいから、持ってきてくれ。他に客がきたら呼び止めておくから」
「あっ、はい。かしこまりました〜!」
ふふっと、漏れてしまう声を両手でおさえながら、私は店奥の保管部屋に駆け足で向かった。
——あのドレスは特別だ。
何故ならあのドレスは、最近巷で人気の大衆小説『女魔術師・ミスリルライラ』の主人公、ミスリルライラが着ているドレスを模したモノだからだ。
馬車で通ったときに見かけてすぐに気付くなんて、よっぽどの愛読者に違いないわ!
実は私。ミスリルライラの作者とは大の仲良し、親友だったりする。
だから、すごくすごく嬉しい!
お読み頂きまして、有難うございます!