好きにならない。絶対に。
お待たせしました。遅くなってすみません!
今回から主人公視点に戻ります。
「とっても綺麗ですよ! メルさん!」
「ありがとう〜、カルナーちゃん」
今日は、同僚のメルさんの結婚式だ。
本番前の花嫁が待機している控えの部屋に、私はお針子仲間のレーナさんとともに挨拶にきていた。
純白のドレスに身を包んだメルさんは、幸せいっぱいと言わんばかりの眩しい笑顔を浮かべている。
つい先週まで、目の下を真っ黒にしながら鬼の形相で仕事をしていたのが嘘みたい。とても晴れやかな表情をしている。
ローズ・ヴィメアの繁忙期を無事に乗り越え、年に数回与えられる休暇時期に、メルさんは幼馴染みの男性と結婚。仲の良い私とレーナさんは式に招待された。本当はミイサさんも来る予定だったけど、都合がつかなかったのか姿が見えない。
そういえば、最近のミイサさんは様子がおかしい。
頻繁にどこかに出掛けていっては、難しい顔をして帰ってきて重い溜め息をついている。なにか悩み事があるのかもしれない。すごく心配……。
鐘の音を合図に、ついに結婚式がはじまる。
こじんまりとした街中の教会で、神様の前で夫婦の誓いを立てる。
メルさんの結婚相手の男性は、見るからに温厚そうな人。手をとり見つめ合う花嫁と花婿は、心からお互いを愛しあっているのが伝わってきた。
「結婚って、いいわね……」
隣にいるレーナさんが号泣しながら呟いた。もらい泣きしながら、私も頷く。
——結婚……、結婚ねぇ……。
幸せそうな夫婦を前にすれば、誰だって羨ましいって思うはずだ。結婚に夢も希望も持たない私だって、誰かがそばにいてくれたらって考える時もある。ひとりじゃないって、すごく心強い。
だけど、私はひとりで生きてくって決めていた。
両親の転落した人生や、抱えてしまった借金のことを思うと、簡単に恋愛も結婚もできない。たとえ好きだと思える人に出会ったとしても。
……好きな人、かあ。
ふと脳裏に浮かんだのは、実の弟をデレ顔で見つめるレイフォルド様の姿。彼のことを考えると、何故だかとても優しい気持ちになれる。
たぶん私は……、レイフォルド様に惹かれているんだと思う。だけどね。
「……だけど、好きにはならない」
「ん? なにか言ったカルナー?」
「いえ、なんでもないです」
好きにはならない。
絶対に——
結婚式の翌日。
私はマリーと遊ぶ約束をしていた。楽しみすぎて、いつもより早く起床してしまった。
だって、あの仮面仮装パーティーのあと、お互いに忙しくて会えていなかったから。
「しかも、アルフレド様も一緒なんだよね……」
マリーの手紙によると、最近アルフレド様からさまざまな贈り物が届くらしい。花束やら、お菓子やら、高価な装飾品とかとか……。そのお礼も兼ねて「お茶会」に招待したいけれど、二人きりでは緊張すると綴られていた。
そこで私の出番というワケだ。
アルフレド様は天使みたいに可愛くて素直な人だもの。マリーだってすぐに打ち解けるはず。
「そういえば……、今日のアルフレド様はどっちの姿でくるのかな? ドレス? それとも……」
結果——、アルフレド様は柔らかな菫色のドレスを身に着けてやってきた。
「わぁ。今日もとっても可愛いです、アルフレド様」
「あ、ありがとう。カルナディアさん」
一方、仮面仮装パーティのときのアルフレド様しか見てないマリーは、明らかに驚いていた。
アルフレド様が「ドレスを着る」と知っていても、実際に目にした時の衝撃はかなり大きい。わかるよ。だって私がそうだったもの。あまりにも可憐すぎて、思考が追いつかないのよねぇ?
「これが、いつもの僕の姿……だから……」
だけどマリーの反応を見たアルフレド様は、真っ青な顔で俯いてしまった。嫌われたと勘違いしてしまったに違いない。しかもちょっぴり泣きそうになっている。
「ごめんなさい……着替えて、出直してきます」
そう言って踵を返すアルフレド様の瞳から、ぽろりと涙がひとつ落ちた。
このまま黙っておくわけにはいかない。私は必死でアルフレド様を引き止める。
「アルフレド様、待ってください!」
「でも、僕……」
「もうっマリー! お願いだから早く自分の世界から戻ってきてっ!」
訴えたところで、ようやくマリーは我を取り戻した。ぱちぱちと瞬きをしながら、私と背中を向けているアルフレド様を交互に見ている。
「マリーたら、また思考が、ぶっ飛んでたよ?」
「はっ。わたくしったら、つい……。アルフレド様があまりにも可愛らしすぎて、新作主人公のモデルになりそうだと、思考が別のところにいってましたわ」
「やっぱりねぇ……」
これはマリーの悪い癖だけど、職業病みたいなものだから仕方ない。
「マリー様、僕……気持ち悪くない?」
あ、アルフレド様が戻ってきた。
涙は完全にひっこんだみたいで、今は希望をこめた眼差しでマリーを見ている。
「アルフレド様……」
マリーが、ふんわりと微笑んで言った。
「わたくしは昔から男の方が苦手で……、ですから、今日アルフレド様がその姿できてくださって嬉しいですわ。お話ししやすいですし、とても愛らしくて、大好きですわ!」
「!!」
ド直球なマリーの本音に、完熟の林檎みたいに頬を真っ赤に染めたアルフレド様は、両手で顔を覆い、悦びに打ち震えていた。ふふっ、耳まで真っ赤。もはや乙女にしか見えない。
もしもレイフォルド様が此処にいたら、あまりの愛くるしさに、鼻血を出して倒れていたかもしれない。
……とりあえず、なんとかなったわねぇ。
私はひとまず安堵する。遊びにきたはずが、一仕事終えた気分だ。これから飲む紅茶は、すごく美味しいに違いない。
「……アルフレド様、帰りに少しだけ、お屋敷にお邪魔してもいいですか?」
緑の綺麗な庭でお茶をのみながら、私は忘れないうちにと、アルフレド様に声を掛ける。
「ウチに? もちろんいいよ。せっかくだから夕食も食べていって! 最近ずっと一人だから寂しくて……」
「ひとり? ……レイフォルド様は不在なんですか?」
アルフレド様が、こくりと頷く。
あちゃー。計画がくるってしまった。私はレイフォルド様に用があるのに……。
「兄様は少し前から仕事が急に忙しくなって、全然家に帰ってこないんだ」
「仕事……、魔術研究の?」
レイフォルド様は、王立魔術研究所の所長をしている。具体的な仕事内容は知らない。
でも火を噴く魔道具のせいで、丸焦げになりそうになったことだけは聞いた。その時、私の作ったハンカチに助けられたとか……。
「そう。兄様は魔術に関係する資料を集めて、博物館をつくる予定なんだけど。国が管理している魔道具の採掘場が荒らされたせいで、泊まり込みで働いてるの」
「そうだったんですか……」
少しだけ、がっかりしている自分がいた。
お屋敷に行ったところで、レイフォルド様には会えないんだ……。
「もしかして、兄様に用があった?」
「実は……日銭を稼ごうと思って……」
私は足元に置いていた籠をテーブルの上に置き、掛けていた布を外した。
「あっ、このハンカチはっ!」
そう。以前、レイフォルド様に依頼された幸運を意味する紋様を刺繍したハンカチ三十枚。十枚は仮面仮装パーティーで助けてもらったお礼に。そして残りの二十枚を買い取ってもらおうと準備してきたんだけど……。本人が不在なら出直したほうが良いよね?
「カルナディアさん、じつは兄様から毎日手紙が届くんだけど、」
「まっ、毎日……ですか!?」
「うん。僕も毎日お返事書いてるよ」
さすが。仲良し兄弟。
レイフォルド様は毎日うきうきした気持ちで、手紙を読んでいることだろう。
だけどアルフレド様の表情が、ふいに曇る。
「採掘場にいる兄様は、毎日、出土した魔道具の検分をしてるんだって。なかには呪いのかけられた魔道具もあったりして、」
「そ、それって——」
「すごく危険で、一歩間違えたら命にかかわるんだよ」
「!!」
レイフォルド様が、そんな危ない仕事をしているなんて知らなかった……。
「でも、カルナディアさんのハンカチがあれば、安心して働けるかも!」
「えっ」
「せっかくだから届けにいこうよ、兄様に!」
「それは名案ですわっ」
「ええっ? わざわざ?」
翌日。半ば強引なアルフレド様の提案により、私達三人は採掘場に向かうことになった。
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