売り子もします!
ブクマくださった方、有難うございます!
ミイサさんを見送った私は、よし! と気合いを入れる。
これからの夕方は、お客の数が一日のなかで一番多くなる時間帯だ。
学生達が買い物にきてくれたり、奥さんや娘さんの誕生日だからと、仕事帰りに慌ててプレゼントを買いにくる方や、予約していた商品を受け取りにくる人もいる。
さっきまではお針子だったけれど、これからの私は売り子。
そして売り子の役割はただひとつ。
しっかり接客して、売り上げをつくること!
私はお針子として雇われているけれど、家賃タダで住み込みで働かせてるもらうかわりに、売り子をするという条件をのんだ。だから頑張らなくちゃ!
チリリンと、扉につけていたベルが鳴る。
さっそくお客様がきたようね。
「いらっしゃいませ〜」
売り子用の、満面の笑顔でお客を迎える。
やってきたのは二人組の女の子。お揃いの制服には見覚えがある。有名なお嬢様学校のやつだ。かわいい。
ちなみに一般市民に対して教育の場が整えられたのは、ここ二十年くらいのこと。国が運営しているものもあれば、教会で聖職者が教鞭をとったり、学べる内容も様々なのだと聞いたことがある。
「教育は、芸術の発展には欠かせないから」と、親友が言っていた。
学校には通えなかった私だけど、運が良かった。
文字の読み書きも、刺繍の仕方も教えてくれる人がいたから……。
でも制服は着てみたかったわねぇ。
そんな私の憧れでもある制服を着た女の子達は、壁に吊るしているドレスや、人形には目もくれず、中央に鎮座する猫足のテーブルに向かっていく。
テーブルにはドレスに合わせられる手袋やハンカチ、リボンなどの小物が陳列されている。ふむふむ、お洋服じゃなくて小物を探しにきたのかしら?
にっこりと笑顔のまま、私は距離を置いて二人を観察することにした。
お客にも色んなタイプの人がいる。
すぐに売り子に声を掛けてくる人や、目も合わせてくれない人、恋人同士なんかは二人だけの甘い世界を作っていて売り子なんて見えていない。下手に声をかけると迷惑がられて、お店から出て行かれてしまうこともある。
だからまずは観察が大切だとミイサさんから教わっていた。
さり気なく近付きながら女の子達の様子を窺っていると、会話が聞こえてくる。
「可愛いのいっぱい!」
「そうだね。でも私はさっきのお店のも好きだったな」
「うんうん、さっきのも可愛いかったよね! どうしよう迷っちゃう〜」
「ゆっくり見てから決めてもいいんじゃない? まだ時間はあるんだし」
ほお、まずは下見って感じかしらねぇ。それに「さっきのお店」っていうのは、間違いなく、あの【ブラックスターチス】のことね!
この下町では女子に人気を誇る衣装屋といえば、この【ローズヴィメア】と【ブラックスターチス】の二つしかない。
よっぽどの顧客でない限り、大半の人は両方のお店を見比べることが多かった。
つまり、ローズヴィメアにとって、ブラックスターチスは競合店なの。
負けてなるものかっ!
顔はにっこりと笑いながら、心のなかでは闘志をもやす。
昔から負けず嫌いな私は、さっそく行動に移すことにした。
「わあ、お嬢様がたは、とても素敵な髪型をしていらっしゃいますね!」
明るく声を掛ければ、二人の女の子が同時に私の方に振り向いた。やーっと会話ができそうね。にっこりと笑ったまま、さらに一言。
「お二人の髪型とっても可愛いですね! とくにリボンの使い方がステキですぅ〜!」
まずは褒める! 多少大袈裟でも、褒められて嫌な気持ちになる人なんていないもの。
……それに、スゴくこだわりが見えるのよねぇ。
観察して気付いたのは髪型へのこだわり。
よくある三つ編みでも、リボンを一緒に絡ませて編み込んでいたり、もう一人の女の子は、長い巻き髪を片側だけヘアピンで留めている。けれどそれだけじゃなくて、留め具の部分に蝶々結びしたリボンをつけていたのだ。しかも二本も。それが歩くたびにヒラヒラ揺れて可愛らしい。
「ありがとう。いつも制服だから、せめて髪型だけは可愛くしたいなって思って……」
「なるほど〜」
「ドレスじゃないから派手なお化粧とかできないし、髪型くらいしか遊べないのよね」
「なるほどなるほどぉ〜……」
こくこくと大きく頷きながら、女の子達の話を聞く。
学生には学生の悩みがあるのねぇ。聞かなきゃ分からなかった事情だわ。
「それにしてもお嬢様がたの付けていらっしゃるリボンは、とっても綺麗なレースでできていますね!」
そう言うと女の子達はきらきらと瞳を輝かせて、嬉しそうに次々と語ってくれる。
どうやら心を開いてくれたみたい。
良かった。うまくいって……。
話しを聞いていくうちに、彼女たちにはもう一人仲の良い親友がいて、もうすぐ誕生日がくるらしい。だから誕生日プレゼントとして、三人でお揃いになるリボンを探していると教えてくれた。
何を探しているか分かればこっちのものよ!
絶対にウチで決めてもらいましょう!
私はいくつかのリボンを手に取り、ひとつずつ説明していく。
「こちらは、ローズヴィメアで一番高級なシルク素材のリボンで……」
他にも、仲良し三人組にぴったりだと思える、南国で幸運をもたらすといわれる紋様を刺繍したリボンや、ドレスにも使われる繊細な模様のレースのリボン、なめらかな艶が綺麗なベロア素材のリボンを見せていく。
若い女の子達が、キャッキャとはしゃぎながら、リボンをじっくり見たり、鏡を見ながら自分の髪に当ててみたりする姿に、私まで楽しい気持ちになる。
最終的に女の子達がプレゼント用に選んだのは、端にビーズが縫い込まれたリボンだった。光を受けると、まるで高級なジュエリーのように、ビーズがキラキラと輝いてとても綺麗なのだ。
もしも汚れたり失くしてしまうことも考えて、二本ずつ購入。他にも個人的に気に入ったからと、全部で十本のリボンをお買い上げしてもらった。
幸先な良いスタートだと、私はニンマリしながら、リボンの補充をする。
……でも折角なら、大物も売りたいわねぇ。
チリリン……。
ベルの音だ。
またお客様がきたみたい。
「いらっしゃいませ〜!」
満面の笑みで挨拶をする。
今度のお客は男の人だ……と観察に入ろうとして、私はその瞬間、見惚れてしまった。
……ひゃ〜、カッコいい!!
どれくらいカッコいいかというと、一年に一度、拝めるかどうかのレベルの美青年だ。
歳は見た感じ、二十代前半くらい?
細面の端正な顔の輪郭、スッと通った鼻筋、シルクの染料に使う高級なラピスラズリのような真っ青な髪の毛に、夜空に輝く月のような銀色の瞳。キリリと冴えた眼差しは知的な印象。もうずっと眺めていられるくらいの美貌だ。
青年はお店の入り口で立ち止まったまま、ぐるりと店内に視線を巡らせたあと、ゆっくりとこっちを見た。
ばちりと目が合って、私の心臓がひとつ、大きな音を立てる。
そうだ。
早く何を探しているか聞かないと!
売り子用の笑顔でさっそく話しかけようとしたところで、私よりも先に青年が口を開いた。
「店頭に出ていないドレスもあるはずだ。全部、見せてもらおうか」
見た目とは裏腹に、とても冷ややかで、偉そうな物言いだった。
お読み頂き有難うございました!