守りたいもの(レイフォルド視点)前編
ブクマ&評価、有難うございます!!
今回はレイフォルドのことが分かる内容になっています。
長くなるので分けました。
城の敷地の片隅にある『王立魔術研究所』に、今日もわたしは出仕する。
「兄様、いってらっしゃい! お仕事頑張って!」
眩しい天使の笑顔で見送りにきた弟を、わたしはしっかりと抱きしめた。
こうしてみると、ずいぶん大きくなったものだと涙が出そうになる。
まだまだアルは成長途中だ。背だってこれからもっと伸びるだろう。そうなったら、またカルナディア嬢に見繕ってもらいドレスを新調しよう。楽しみだ。
「アル、今日も遅くなる」
「はーい」
「しっかりご飯を食べて、薬も忘れずに飲むんだぞ」
「はーい」
後ろ髪引かれる思いで、わたしは馬車に乗り込んだ。
ひとりになると溜め息がこぼれた。
はぁ。憂鬱だ……。
まだ職場に着いてもいないのに、すでに帰りたい気分だった。というのも最近仕事が忙しく、アルと過ごす時間が削られている。わたしにとって唯一の癒しだというのに。
それでも王立魔術研究所の所長になったことを、後悔したことはない。
——すべては家族のために。
家族のために自分ができることをする。
それが、わたしの生き方だ。
これまでも……。
ウェルズリー家の歴史は古く、系譜を辿ると先祖には魔術師がいた。
近年、国内のあらゆる土地から「魔道具」が出土されるようになり、廃れ失われた「魔術」というものに関心が集まるようになった。
マリー氏の著作「女魔術師・ミスリルライラ」も、この潮流に上手く乗ったといえるだろう。
国王陛下は、古代遺物を放っておくわけにもいかず、研究機関を設けることにした。そのまとめ役として任命されたのが、魔術師の系譜でウェルズリー家の先代当主である、父だ。
父はただの文官だった。
取り立てて秀でた才能があるわけでもない父だったが、仕事には真面目で評判も良かった。しかし陛下からの拝命を、内心では死ぬほど嫌がっていた。
……わたしは見てしまったのだ。
夜、居室の扉の隙間から。「イヤだ! やりたくない!」と、だだをこねてギャン泣きする子供のように手足をばつかせる父と、それを宥める母の姿を。
実の親のあられもない姿は、正直、かなり見苦しいものではあったが、一方で、父を不憫に思う。
わたしは知っていた。
父には昔から抱く「夢」があることを……。
それは「世界を旅する」こと。
つまり浪漫だ。その夢に向けて、コツコツ準備をしているのも知っていた。
子供には隠しているつもりだっただろうが、夜な夜な世界地図を広げて酒を飲んで大きな声で語っていたのだ。アルだってとうに気付いている。
これまで陰で目立たないように上手く立ち回ってきたのに、よく分からない上役に抜擢されてしまったのだ。このままでは「夢」から遠のいてしまうだろう。
だから、わたしは生意気な振りをして、父に隠居をせまった。親孝行のつもりで。
『父上、そろそろ爵位をわたしに譲ってはくださいませんか? わたしは早く出世したいのです。魔術にも興味がありますので、陛下の研究機関も父上よりわたしのほうが上手く采配できるのでは?』
すると父は「その手があったか!」と言わんばかりに、二つ返事で承諾したのだ。
その時の父の顔を、わたしは一生忘れまい……。
死んだ魚のように虚ろだった父の瞳が、みるみるうちに光を取り戻したのだから。
とんとん拍子に話は進み、わたしは父とともに国王陛下に謁見し、正式にウェルズリー家の当主になる。
それから数日後。
朝起きると、父と母は忽然と姿を消していた。
遺髪を残していったところをみると、二度と帰ってくるつもりがない、もしくは「何かあっても探さないでくれ」といったところか。
ともかく、夢を叶えるために旅立ったのだから、きっと幸せなはずだ。良かった。
わたしはアルと二人きりの家族になった。
仕事柄、城のなかを自由に歩きまわれるのをいいことに、王家に代々仕える医師と知り合い、身体の弱いアルのために薬を調合してもらった。
おかげでアルは歳を重ねるごとに体調も良くなり、外出したあとに臥せることも無くなった。
わたしはアルを溺愛した。
——だって弟は世界一可愛い……!
名前を呼べば微笑み返してくれるところも。新しいドレスを買ってあげれば「兄様、似合ってる?」と、一着ずつ見せにきてくれるところも。慣れない仕事で疲れているわたしを気遣い、肩叩きしてくれるところも全部可愛い。可愛すぎて苦しくなるくらいだ。
わたしの天使。
家令のヴォヌールからは愛情の示し方が異常だと、苦い顔をされるが、彼もまたアルのことを甘やかしている。
アルのためなら、わたしは何でもできる。
たった一人の大切な家族を守るためなら、わたしはどんなことだって……。
気付けば、わたしは家族のために働く以外、なにもない空っぽの人間になっていた。
父のような「夢」もない。
アルのような美しい「個性」もない。
心のなかで、もう一人の自分が嘲笑うように囁いてくる。
——おまえには何も残らない……と。
父も母もいなくなった。
アルフレドもいずれは伴侶を見つけ、わたしの元を去っていくだろう。これは想定の範囲内だ。将来、アルの子供を愛でるという楽しみがある。
どうせなら、この屋敷も、財産も、すべて譲ったって構わない。それで幸せになってくれるなら……。
たとえ退廃的だとしても、それ以外の生き方を、わたしは知らないのだから。空っぽでも守れるならそれで良い。
そんなふうに考えていた時だった。
カルナディア嬢と出会ったのは……。
お読み頂きありがとうございます!
中盤を過ぎたので、集中して執筆していきたいです。
続きも宜しくお願いします!




