仮面仮装パーティー 前編
ブクマ、評価くださり、本当に有難うございます!
「ど、どどどど、どうしましょう!」
「落ち着くのよマリー!」
私の背中にまわりこんでガクブルしている親友……マリアンナことマリーは、ここにきて極度の人見知りぶりを発揮していた。
仮面仮装パーティーの会場である屋敷の入り口に、吸い込まれるように消えていく沢山の男女を見て、早くも動けなくなっている。
私もこういう場所は初めてだけど、マリーのためにしっかりしなくちゃ!
「ひ、ひとが、いっぱいですわ……」
「大丈夫よ。わざわざ私達に注目する人なんていやしないわ。マリーは取材にきたんでしょ? 人混みに紛れて観察すれば良いと思うの」
「まぎ、れて……?」
「そうだよ。はいっ、まずは深呼吸をして〜」
「……すぅ……はぁ……」
素直に深呼吸をはじめたマリーだけど、仮面の奥では可哀想なくらい涙目になっている。
よしよし、と宥めるように背中をさすっていると、少しずつだけど震えがおさまってきた。
「カルナーがそばにいてくれて、本当に助かりましたわ。ありがとうございます」
「約束したじゃない。これで、おあいこだよ」
そう言って笑うと、マリーにも笑顔が戻ってくる。
マリーが他人に対して恐怖を抱くようになったのは、幼い頃の出来事がきっかけだと聞いた。
幼女ながら誰もが賛辞するような美貌を備えていたマリーは、物心ついた時には、両親に社交の場に連れて行かれることが多かったらしい。
そんなある日、悲劇は起きてしまった……。
夜会にきていた一人の恰幅のよい男性が、マリーの愛くるしい見目に心を奪われてしまった。
幼いマリーを抱き上げると、頬擦りしたり、髪やおでこにキスをしてきたという。
見知らぬ他人の抱擁に恐怖を覚えたマリーは、大泣きし暴れたものの、周りの大人達は、両親も含め、ただ生温かく見守るだけ。誰もマリーを助けようとはしなかった……。
後から分かったことだけど、実はその男性、幼女好きで有名な貴族だったみたい。
酷い話よねぇ。そのせいでマリーは心に傷を負い、引きこもるようになってしまったんだから。両親との間にも溝がうまれてしまい、マリーは叔母である師匠の屋敷に身を寄せることになった。
「大丈夫よマリー。私がそばについてるからね!」
屋敷の入り口には道化の仮装をしている者が立っていた。ここで中に入るための会費を徴収されるみたい。私の分はマリーが一緒に払ってくれた。
『仮面仮装パーティー』
その名の通り、参加している人達は皆、目元を覆う仮面をつけている。さっきの道化の人みたいな仮装をしている者もいれば、女中の恰好をした人もいた。
マリーと私は普通のドレスを着ている。
私のドレス……、これは先日、アルフレド様からいただいたものだ。こんなに早く着用する機会がやってくるとは。
貴族の楽しむパーティーに参加するなんて、庶民の私は、これが最初で最後になるだろう。
大広間にやってきて、その豪奢な演出に圧倒されてしまう。
「す、すごい……」
「このかんじ、久しぶりですわ……」
溢れる光に頭がくらくらする。大勢の人の談笑と、それを包むように流れてくる楽士の奏でる軽快な旋律。香水や、葡萄酒や、テーブルに並べられた料理のさまざまな香りと、かすかにテラスから流れてくる葉巻きの煙。
濃密に混ざり合い、濁りきった空気……。
こんな世界は、はじめてだ。
「マリー、取材は大丈夫そう?」
「……はい。だんだん想像がかたまってきましたわ。そう……わたくしの女魔術師は、貴族社会の裏に蔓延る不正や、私腹を肥やそうと悪事をはたらく者たちから大切な人を守るため、たったひとりで敵の巣窟へおもむき、潜入捜査をするのです……!」
煌びやかな照明を見つめながら、マリーは語る。
ふふ、どうやらマリーの創作魂に火がついたみたいねぇ。
没頭しはじめたからか、周りにいる人達のことも気にならないようだ。ひとまず大丈夫そうで良かった。
「あ、カルナー、このパーティーでは余興として競売があるらしいのです!」
「……オークション?」
「そうですわ。わたくし、実際に本物のオークションをこの目で見たいと思ってましたの!」
「へぇ、余興……。ならパーティーは始まったばかりだし、もう少し後かな? それまで何か飲みながら待ちましょうか」
「そういえば、喉がカラカラですわね」
「でしょ?」
私達は顔を合わせて笑い合う。
慣れない場所でずっと緊張していたせいだろう。
辺りを見回すと、給仕係りが、グラスを乗せたお盆を手に、飲み物を配っているのが目に入る。
大広間の中央はダンス用の空間。それを取り囲むように、仮面をつけた人達が談笑したり、壁際に用意されている食卓に向かっていくのが見えた。ああ、そういえば、ちょっと小腹も空いてきたかも……。
「わたくし達も、なにか食べましょう」
「そうだね」
人混みを縫うように、マリーが歩き出したので、私も後ろに続く。ああ、本当に人が多いわねぇ。
「……きゃっ」
前方から歩いてきた背の高い男性とマリーがぶつかってしまう。蹌踉めく身体を支えようと、とっさに腕を伸ばしたけれど間に合わない。
「っと、大丈夫かい、お嬢さん」
「!」
マリーの肩を掴んで支えたのは、ぶつかった男性とは別の男の人。二人ともお揃いの狩人の仮装をしているから、友人同士なのかもしれない。仮面で顔は隠れてるけど、まだ若そうだ。
「ごめんね、お嬢さん。怪我はないかい?」
「え、ええ。大丈夫ですわ」
「そりゃあ、良かった」
「あ、ありがとうございます。では、わたくしはこれで、」
……しかし、男はマリーの肩を離そうとしない。それどころか、抱きこむように引き寄せる。びくりと震えるマリーの身体。
「ちょっと、離れてくださいっ!」
抗議しながら、私はマリーにひっついている腕をはがそうと手を伸ばした。けれど、いつの間にか距離を詰めてきたもう一人の男に手首を掴まれてしまう。
「いっ、痛っ……」
「ねぇ、せっかくだから、オレ達と遊ぼうよ」
にやりと笑った男の顔が近付いてきて、頬に生温かい吐息が当たる。わっ、酒くさっ!
酔っ払いは嫌いだ。父親のことを思い出すから……。ていうか手首痛いし。
「やめてください。離してっ」
「そんなに嫌がんないでよ、ますます追いつめたくなるじゃん。今日のオレ達は見ての通り狩人……、こんな可愛い獲物を逃すわけないっしょ」
「っ……ほんとに迷惑なんですが! 遊びたいなら他を当たってくれませんかねぇ!?」
全力で嫌な顔をしているのに、まったく響いていない。強引すぎる男の態度に、私の頭もカッと熱くなる。
「離してくれないなら、大声を出し——っ、むぐっ」
なっ! 口を塞ぐなんて卑怯だよ!
手首痛いし、息も苦しい。ひどすぎる。
「そーゆー気が強いとこもオレ好み。さっ、大人しくしなよ。悪いようにしないからさ。友達も一緒に、静かなとこで楽しもうよ」
ドレス越しに擦りよってきた生々しい体温が気持ち悪くて鳥肌が立つ。
涙が滲んだ先に、顔面蒼白で立ちすくむ親友の姿が見えた。
「ほうら。つぅーかまーえたぁー……なんちゃってぇ」
——なんてことを!!
狩人に扮した男が、腰に帯びていた縄でマリーの両手を拘束しはじめた。
獲物を捕獲してるつもりだか知らないけど、やっていいことと悪いことがあるわよ! 最低!
怒りで、頭の芯がジンと痺れる。
とにかく今はマリーを助けなきゃ。マリーだけは絶対に守らなくちゃ。でも、どうやって……。
男が何か言っているみたいだけど、嫌悪が勝って何も入ってこない。
耳に吹きかけられる酒くさい吐息。
いや……やめて……。もう限界だ。
滲んでいた涙がふくらんで、いよいよ零れそうになったその時……
「——その手を離したまえ」
とても聞き覚えのある声がした。
同時に「ぎゃっ」と蛙が潰れたような悲鳴がしたかと思えば、私を拘束していた腕が離れていく。
「大丈夫か、カルナディア嬢!」
私の名を呼ぶ声。
この声……、もしかしてレイフォルド様!?
ふらついた先で、トン……と背中に温かい感触。誰かの胸に凭れかかっているのだと一瞬で気付いた。
見上げると、真っ黒な仮面の奥に、心配そうな色を宿した銀色の瞳……。
ああ、間違いない。レイフォルド様だ。
安堵で胸がいっぱいになる。
「もう心配ない。しかし、何故こんな場所にキミが」
よくある展開ですが、書くのは楽しかったです。
お読み頂きまして有難うございます!
次回も宜しくお願いいたします!




