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燃えたハンカチ

ブクマ、評価、本当にありがとうございます!

完結目指して頑張ります!

 最後の一針を刺しおえて、ふぅ、と息を吐く。

 今日の作業(ノルマ)分まではこれで終わり。すこぶる順調だ。


 この時期のローズヴィメアは俄かに忙しくなる。

 秋物の新作ドレスの準備や、それに合わせた装飾品の仕立てをしなければいけない。通常の業務だってもちろんあるから、お針子達は大忙しだ。残業どころか、徹夜になってしまう日だってある。

 そんな繁忙期だけど、住み込みで働いてる私は早起きして作業部屋に直行しているおかげで進捗は良いのだ。


「カルナーちゃん、余裕あるなら、こっち手伝ってくれない?」

「いいですよ〜。そういえばメルさん、昨日も家に帰ってないって聞きましたよ?」

「だってぇ、終わらないんだもんっ」


 涙目になっているメルさんは、手元を高速で動かしながら、がっくりと肩を落とす。

 日に日に大きくなっていく目の下のクマ。ろくに食事もしてないのか痩せた気がする。美人が台無しだ。

 メルさんは、ローズヴィメアの型紙士(パタンナー)兼お針子で、ミイサさんから絶大な信頼を置かれている職人だ。

 この繁忙期が終わったら、幼馴染みの男性と結婚すると言っていた。


「倒れてしまったら大変ですから、メルさんは、今日は定時で帰ってください。私に出来るところは進めておきますから」

「うぅぅ。ありがとぉ〜、がんばるよぉ〜」


 ぐずぐずと鼻を鳴らすメルさんの隣で、私はふたたび針を持つ。


「カルナーちゃん、この部分をビーズで(ふち)どって!」

「はいっ!」

「それが終わったら、この布で幅3センチのリボンをつくって!」

「はいっっ!」


 メルさんの指示に素早く対応する。

 とにかく遅れをとらないように、高速で手を動かす。いちいち目視していられないから、手元の感覚が頼りだ。そのせいで、何度か針で指をさしてしまった。まだまだ修業が足りない証拠ねぇ。


 黙々と作業に集中する。

 私はこうして仕事をしている時間が好きだ。

 だって、嫌なこと全部……忘れられるもの。


 


 どれくらい経っただろう。

 作業部屋にミイサさんが入ってきたところで、ようやく手を止める。腕も肩もだるい。結構疲れたかも。


「カルナー! 来てるわよ!」

「キテ、る?」

「ウェルズリー子爵が来てるのよ!」

「!!」


 ウェルズリー子爵って……レイフォルド様が!?


「カルナーに会いたいって言ってたから、客間に案内しておいたわよ」

「あっ、ありがとうございます、ミイサさん」

「あまりお待たせしないようにね」

「はいっ、すぐに支度します!」


 針を外してクッションに刺す。

 メルさんも丁度切りの良いところまで終わったようで、大きく背伸びをしていた。


「カルナーちゃんのおかげで、今夜はベッドで寝れるよぉ〜。ありがとう〜。こっちはもう良いから、早く行っておいでぇ〜」

「あ、はい。行ってきますね」


 私は急いで客間に向かう。

 客間といっても、ソファと小さなテーブルが据えられているだけの狭い部屋だ。

 狭すぎて、商談用の応接間にもできず、たまにミイサさんが休憩する以外にあまり使われていない。それでも、掃除だけはちゃんとしておいて良かったと、今になって思う。


 作業用のエプロンを脱いで、手櫛(てぐし)で前髪を整えてから扉をノックする。


「お待たせしてすみません。失礼いたしま——」

「カルナディアさんっっ!! 兄様を助けてくれてありがとうっ!!」

「わっぷ……」


 扉を開けたとたん、駆けてきた()使()に抱きつかれた。わあ、アルフレド様、元気いっぱい。というか、ちょっと苦しいのですが。むぐぐ。


「——アル、淑女(レディ)にいきなり抱きついては駄目だ。カルナディア嬢が困っているだろう」


 レイフォルド様だ……。

 アルフレド様の肩越しに、優雅に足を組み、ティーカップを片手に持つレイフォルド様と目が合う。

 不思議だ……。

 安物の茶器も、地味な小花柄の布張りソファも、レイフォルド様がそこにいるだけで、高級家具に見えてしまう。あれ、私、目がおかしくなった?

 

「ごめんなさい。カルナディアさん……」


 申し訳なさそうに謝罪を口にしたアルフレド様は、私を解放してくれた。うるんだ瞳に見下ろされて、胸がキュンとする。

 今日もアルフレド様はとても可愛い。薄いピンク色のドレスもよく似合っている。


「私は大丈夫ですよ。でも……、一体何があったんです? 私が()()()()()()()()()()()って……身に覚えがなくて……」

「それはね——……」


 今度は私の両手をぎゅっと握りしめ、アルフレド様が語りはじめる。


「兄様はね、王立魔術研究所の所長をしてるんだけど、古い魔道具が発掘されて、それに呪いがかかってたみたいなの」

「呪い?」

「兄様が魔道具の(ふた)をあけた瞬間、炎が噴き出して、普通だったらタダじゃ済まなかったんだけど……兄様はカルナディアさんから貰ったハンカチを持ってたから、」

「ハンカチって……あの、ハンカチですか?」

「うん。ハンカチに刺繍された「幸運を呼ぶ紋様」が、兄様の身代わりになって、炎を全部受け止めてくれたんだって。もしも……ハンカチが無かったら、兄様はひどい怪我してたかもしれないっ」

「ええっ!!」


 驚きすぎて、なんて言ったらいいか。

 レイフォルド様が、そんな危険と隣り合わせな仕事をしていたなんて……。


「だからっ、カルナディアさん、ありがとうっ!!」

「わっぷ……」


 ふたたび、ぎゅーっと抱きつかれる。

 うぐぅ、すごいチカラ……。

 でも細い肩が震えていて、怖かったことが伝わってきた。大切な人が突然居なくなっていたかもしれないなんて、想像しただけで哀しいもの……。

 よしよし、と、アルフレド様の背中を撫でる。


「こら、アル。離れなさい——」


 レイフォルド様が半ば呆れたように笑いながら、私にくっついている身体を引き剥がす。するとアルフレド様は、今度は何故かレイフォルド様の腕にしがみついていた。


「すまない。カルナディア嬢……」

「いえ。それよりも、レイフォルド様は大丈夫なんですか? 怪我とか」

「幸いなことに、前髪がすこし燃えた以外、とくに負傷はない」

「そうですか。良かった……」

「しかし……せっかくきみが作ってくれたハンカチを、わたしの不注意で灰にしてしまった。本当にすまない」

「そんな、ハンカチくらい謝らなくても」

「いや、結構気にいっていたんだ……」


 しゅんして、レイフォルド様が肩を落とす。

 

「兄様は、本当にカルナディアさんのハンカチ、気にいってたんだよ。毎日洗って、毎日職場に持っていくくらい」

「ええっ!?」


 そ、そこまでっ!?

 でも、まあ、そのおかげで、レイフォルド様が助かったのならプレゼントして良かった。

 それにマリーにも、お礼を言わなくちゃねぇ。ミスリルライラの物語があったからこそ、私は「幸運を呼ぶ紋様」の存在を知った。本当に効果があったと教えたら、マリーもすごく喜ぶはずだ。


「あの……そんなに気に入っていたのなら、また作りましょうか? ハンカチ」

「い、いいのか!? もちろん代金は払う!」

「じゃあ材料費を。あと一枚じゃ足りなそうなので、お時間頂ければ、何枚か納品できますが?」

「頼む」

「良かったねっ、兄様!」


 レイフォルド様が嬉しそうに笑う。

 

「カルナディア嬢……」

「はい」

「きみは、わたしの命の恩人だ」

「大袈裟ですよ」

「いや、事実だ。きみと出会っていなければ、わたしは命を落とていたと思う」

「レイフォルド様……」

「だから感謝している。きみに何か困ったことがあった時は、わたしが助ける」

「!!」

「どんな小さなことだって構わない。思い悩むことがあれば、わたしを頼ってくれ。持てる力すべてで、きみを守ると誓う——」


 レイフォルド様の真剣な眼差し。

 本心なんだと分かる。

 変だ……。

 なんだか泣きたいような気持ちになる。

「助ける」とか、「守る」とか……そんな強くて安心する台詞、はじめて言われた。


 いつだって私は、ひとりで頑張らなきゃって、生きてきたから。


 どうしよう。すごく嬉しい……。


 私はフワフワした心地で、この後の時間を過ごした。


 

お読み頂きまして、有難うございます!

次回は、マリーがでてきます。

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