気になる存在(レイフォルド視点)
ブクマ、評価ありがとうございます!!
続きもお楽しみいただけますように。
この数日。
わたしは、堂々巡りのように悩んでいる。
「さて……どうしたものか」
呟いてから、執務机の上に広げたハンカチに目を向ける。
——うむ、やはり見事な刺繍だな。
まさかカルナディア嬢が、わたしにまでハンカチを製作してくれるとは予想外だった。
しかもこの紋様の刺繍は、魔術に精通する者が見たら、間違いなく腰をぬかし、驚くはずだ。何故なら、紋様の正しい「型」を完璧に縫い取っているからだ。
このような刺繍で再現されたもの自体、初めて目にした。かなり稀少と言える。
今や「魔術師」とよべる者は、物語の中だけの存在になりつつある。
この紋様のように、魔術の名残だけは、後世にも息づいているが。知識はあっても再現するのは恐ろしく難しい……。
わたしの職場である『王立魔術研究所』でも、この紋様を完璧に再現した者は、ごく僅か。
正確に図柄を写しとっても、それっぽいものが出来上がるだけで、力を宿す器にはならなかった。
だからこそ——
彼女は、本当に、素晴らしいお針子だといえる。
ハンカチを手にした時、身の内から湧きあがる不思議な力を感じた。わたしの中の「魔力」が反応したに違いない。
あまりの感動に、指先で、何度も刺繍の部位をなぞってしまったくらいだ。
「うむ。やはり彼女には、返礼の品を贈るべきだな」
しかし……一体なにを贈ればカルナディア嬢は喜んでくれるのか。非常に悩ましい……。
タン、タン、と扉に近づいてくる足音。
この軽やかな足取りは! ——天使!!
ぴたりと扉の前で止まると、ノックの音がした。
『兄様? アルフレドです、』
もちろん、足音ですぐ分かったぞ。
『ちょっと話があるんだけど、入っても大丈夫?』
構わない、そう答えると扉がゆっくりと開かれる。
咄嗟に、机の上に広げたハンカチを仕舞おうと手を伸ばしたが、やめた。
愛する弟に隠さなければならないことなど、一切無いからな。
「兄様、お願いがあるんだけど」
「フッ……なんでも兄様に言ってみろ」
我ながら、弟にはつい甘くなってしまう。
仕方ないだろう。こんなに健気で、愛らしい弟のなのだから。
ああ、今日は、誕生日に贈ったワンピースのひとつを身につけている。髪に結んだレースのリボンも、よく似合っているじゃないか。
日々、衣装検査をしているが、今日も満点だ! 可愛いぞ、アル!
「あのね、マリー様に手紙を書いたから、カルナディアさんに渡しにいきたいの……」
そういえば誕生日に、そんな会話をしていたな。
無論、断る理由はない。
「わかった。次の非番の日にでも行こう」
「ありがとう兄様! あ、でもね、その前に、カルナディアさんにプレゼントの御礼を買いにいきたいんだけど、いい?」
「アルも同じことを、考えていたのか……」
「兄様も?」
「うむ。わたしも稀少なハンカチを戴いた。……ちなみにアルは、カルナディア嬢に何をプレゼントするつもりなんだ?」
是非、参考にしたいところだ。
わたしは、この手のことは苦手分野だ。
弟の好きなモノならまだしも、女性の好きなモノに関してはサッパリ分からない。
男所帯の職場で、結婚する気もなかったから、女性とかかわる機会はほぼ無い。屋敷のメイドくらいか。
「僕はね、鞄にしようと思ってる」
「なるほど、鞄……か」
「カルナディアさん、お針子道具をいれてた鞄がすごく傷んでたんだよね。まるで誰かのお下がりをそのまま使ってるのかなってくらい、年季が入ってて……。だから可愛くて使いやすい鞄を贈りたいなって……」
「アルは、よく見ていて、すごいな」
驚くと同時に、感心してしまう。
わたしはカルナディア嬢の、一体なにを見ていたのだろう。
思い出すことといえば——
初めて会ったときの、輝くような満面の笑顔。
懸命に働いていた姿。
か弱き天使すら、まるごと包み込んで癒す、女神のような優しく温かい心根。
それから……
『娘の、私のこと、金稼ぎの道具みたいにっ……』
偶然、聞いてしまった悲痛な叫び。
彼女の非番の日を聞き忘れたと、馬車を止め、わたしは一人で戻ったのだ。
あの時、暗くてよく見えなかったが、カルナディア嬢は泣いていた……ように思う。
金銭的なことで揉めていたが、身内のことに口を挟むわけにもいかず、大人しく帰ることにした。
だが、あの時の彼女の声が、今も耳奥に残って離れない。
「兄様、難しい顔してどうしたの?」
「あぁ、いや……」
どう考えても、まったく贈りものの参考にならない情報ばかりだ。我ながら残念すぎる。
「アル、わたしの買い物にも付き合ってくれ。カルナディア嬢への贈り物を悩んでいるんだ」
「うん、いいよっ! わぁ、兄様との買い物、楽しみだなぁ」
アルが嬉しそうに笑うと、わたしまで満たされた気持ちになる。
だが、強い光が濃い影を生み出すように、幸福そうなアルを見ると、あの時のカルナディア嬢の悲痛な声がよみがえる。
彼女は今、どうしているだろうか……。
元気にしているだろうか。
わたしはカルナディア嬢のことを何も知らない。はっきり言って他人だ。それなのに、何故か、彼女のことが頭から離れない。
これはアレか……庇護欲というものかもしれない。
お読み頂きまして、有難うございます!!




