もうひとつのプレゼント
ブクマ、評価、嬉しいです!
本当に有難うございます!!
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
明日になれば、いつもの日常がやってきて、私はまた日銭を稼ぐことだけを考えて、生きていくんだろう。
だけど……今日の出来事は一生忘れないと思う。
それくらいアルフレド様の誕生日パーティーは、非日常で、夢のような時間だった。こんなに素敵なドレスを着たことも、庶民の私にはきっと良い思い出になる。
「もう暗い。わたしも家の前まで送っていこう」
「え……と、はい。お願いします」
もともと馬車の手配はしてくれていたけど、まさかレイフォルド様が直々に送ってくれるなんて……。
馬車に乗って、見送るアルフレド様に手を振ったところで、あることを思い出す。
そういえば私、レイフォルド様にまだ、プレゼント渡していなかった……。
鞄の中から包みを取り出して、前方に座るレイフォルド様に目を向ける。
ええっと、さっきまでの酔っ払いはどこに?
意外。たくさんお酒を飲んで、あんなに可愛い弟にデレていた面影はどこにもない。
きりりと口元を引き結び、しゃんと背筋を伸ばした姿勢で、窓の外に目を向けている。時折、さしこむ街灯の仄かなあかりが、レイフォルド様の銀色の瞳をきらきらと宝石のように輝かせている。
どうやらお酒にはのまれない体質みたいねぇ?
お酒に非はないけど、私はお酒を飲む人が苦手だ。父親の姿を思い出してしまうから……。
陽気なときはいい。虫の居所が悪いと、酔いにまかせて怒鳴り声をあげたり、暴力を振るってくることもあった。
昔は、頭が良くて、なんでも教えてくれる父親が大好きだったけど、今は大嫌い。
「……ん? どうかしたか」
私の視線に気付いたレイフォルド様が、こちらを見て首を傾げる。
「あっ、あの、これを……」
えいっ、と、思い切って包みを差し出す。
ただの木綿のハンカチ。
だけど、レイフォルド様は受け取ってくれると、私は何故か確信していた。
だって……彼は、あの天使のように優しいアルフレド様の——「お兄ちゃん」だもの。
「これは?」
「今日の……御礼です。たいしたものではないですが」
「わたしに、か?」
「……はい」
「開けてみても良いだろうか?」
「もちろんです」
包みを受け取るレイフォルド様の指先が、かすかに私の手に触れた。熱い。やっぱり酔っ払い?
「これは——アルと同じ……ハンカチ……?」
「はい。刺繍は私がいれました」
「さきほども思ったが、見事なものだな」
「お針子なので。これくらいは、まぁ、できて当たり前というか」
「そんなことはない。たとえ教育を受けたとしても、人により得手不得手はあるものだ。才能はあったとしても、努力しなければ、一人前にはなれないだろう。きみは素晴らしいお針子なのだな」
「!!」
ほ、——ほめられてしまった!
そんなに真っ直ぐに微笑みながら言われたら、普通に照れてしまうのですが。やっぱり天使のお兄ちゃんだ。
「それに……この紋様の刺繍もよくできている」
「あ、やっぱり分かりましたか?」
「ミスリルライラを読んでいたら気付くだろう。幸運を招くといわれる、古代の魔術師達が描いていた紋様だ」
「はい。レイフォルド様と、アルフレド様に幸運がたくさんあるように、祈りをこめて針をさしました」
「そうか……ありがとう。大切に使わせてもらう」
「いえ、そんな、大切にするほどのものでは。……だって木綿ですよ? やっぱり絹にすれば良かったと、さっきも後悔したところで」
「いや、木綿はよく使うんだ。出掛けた先でアルが熱を出した時、汗を拭うのは木綿が良い。吸湿性に優れているからな」
「たっ、たしかに……」
すごく納得してしまった。
弟のために、というところに関してブレがない。
どうやら喜んでくれたみたいで、レイフォルド様はずっと刺繍の部分を指先で、なでなでしている。
良かった。作った甲斐があったわねぇ。
「今日は、本当に有難うございました。レイフォルド様がミスリルライラのドレスを見つけてくださったおかげです」
「次は、アルと一緒に店に顔をだす」
「はい! いつでもお待ちしております!」
また、レイフォルド様に会えるんだ。
嬉しい……。
「着いたようだな」
「はい、ここで大丈夫です」
「そうか」
馬車が泊まったのは、ローズヴィメアの正面ではなく、裏側の通りだ。
私は住み込みで働かせてもらっているから、普段は裏口から出入りして生活している。お願いした場所まで送ってもらえて助かった。
レイフォルド様は、わざわざ先に馬車を降りて、さりげなく私の手を取る。紳士すぎて、こういうのに慣れてないから困ります……。
「本当に、ここでよいです。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。良い夢を——」
馬車が走り出す。
見送る私は、背後から聞こえた足音に振り向く。
「へえ。カルナディアにも男ができたんだね。金持ちなのかい?」
「か、母さんっ!? どうしてっ!」
驚くと同時に、気分が暗転する。
……だって、この人がわたし会いにくる理由なんて、ひとつしかない!
「カルナディア、今月分が全然足りないよ」
「っ! 足りないって、この前、いつもの金額を仕送りしたでしょ?」
「だから、それでも足りないって言ってるだろ。そんな上等なドレスを着て男と遊んで……もっと親のために働いたらどうだい。まったく、感謝がない子だね」
はあっ!? なんですって!!
頭にカッと血がのぼる。
「ちゃんと働いてるし!! 養ってもらってるのはどっちよっ! 母さんも、父さんも、私のことなんだと思ってるの!? 親なのにっ……娘の、私のこと、金稼ぎの道具みたいにっ……」
私の叫ぶ声が、静かな裏通りに響き渡る。近所迷惑になるって頭の片隅では分かってるのに、言わずにはいられなかった。
「はあ? 金稼ぎの道具……それ以外に何があるっていうんだい」
「!!」
「子供が親の面倒を見るのは当たり前のことじゃないか。さあ、早くお金を持ってくるんだよ」
「……最っ低な、親……」
「親に向かって怒鳴るなんて、どっちが最低なんだか」
「ッ……!」
怒りはおさまらない。
けれど、これ以上、この人と一緒にいたら駄目だ。
私が……私の心が壊れてしまうから。
血の繋がりがあるだけで、この人は、私のことを愛してはいないのだから。
走って、自室に駆け込み、鍵をかけた引き出しから、お金の入った封筒を取り出す。このお金は将来のために、コツコツと自分の為に貯めてきたものだ。
でも、もう、どうでもいい。
どうせ……いくら頑張っても、全部毟り取られるだけだもの。
「どうせ……、どうせ私は……ッ」
まぶたが熱くなって、滲んできた涙がこぼれそうになった時、ふと、レイフォルド様の声がよみがえる。
——『きみは素晴らしいお針子なのだな』
……そうだよ。
私は一人前のお針子になった。
ミイサさんのおかげで、売り子を手伝うことを条件に、住む場所だってあるし、心から大好きだと思える親友もいる。
レイフォルド様や、アルフレド様、素敵な人達にも出会えた。刺繍もほめてもらえた。
……大丈夫。まだ大丈夫だよ。
明日から、また、地道に日銭を稼いで生きていけばいいだけ。
力を抜くように息をついて、私は握ったこぶしで、目元を拭った。
お読み頂きまして、有難うございます!
最後が胸糞悪い展開で、すみません。
次回は、レイフォルド視点をはさみます。
どうぞ宜しくお願いいたします!!




