1-2 クリムゾンクリスタル部隊:後編
出撃と思ったものの、日が暮れかかっていた。おそらく夜でも出撃はできるだろうが、彼女達にも生活リズムがあるだろう。
そう考えてトワに本日の業務の終了を告げる。トワは了承したものの部屋から出る気配はない。
「どしたの?」
「え、業務が終わりだということなので待機しているのですが」
私生活を監視する気が満々だった。
寝室には浴場もついている。しかも広い。アダルティ版が存在するなら女の子を連れ込むことができるくらいには広い。
これらの準備はどうやら自動で行われているらしい。裏方を見かけないためそう思うだけだが。
「ふいー」
日本をベースにした世界観で有難いのは風呂である。この基地内に住んでいるのはワタルを覗けば全て女性、つまり大きな風呂は全て女湯だ。覗きイベントがあるかもしれない。とはいえワタルにする勇気もないが。小心者である。
「お湯加減はいかがですか?」
「でぇっ!?」
思わず声が出た。扉の前にいるのは声からしてトワだ。いきなりイベントかとワタルは動揺する。
「お背中を流しましょうか」
幻聴である。実際にトワが言ったのは、
「熱いなどがあれば言ってくださいね。技術部に調整を依頼しますから」
であった。プライベートに関してもワタルの好みをなるべくフィードバックするつもりらしい。
「ああ、問題ないよ」
いささか過保護というか過干渉な気もしたが、トワがそれを聞いて脱衣場を出て行ったので不問と考える事にした。
リディやヨーコはいかにもギャルゲヒロインといった感じだが、トワは皆よりも少し年上のように見える。彼女にも何かありそうだが、おいおいストーリーを進めればわかるだろう、きっと。
*****
寝て起きて朝食を食べてログインボーナスを貰った。今度こそ出撃である。
「司令官、哨戒だけなのですが気負っていませんか?」
トワに言われるがこういったストーリー進行は基本的に戦闘になるものだ。構えてしまうのも仕方がないだろう。
リディとヨーコも話しかけてくる。チュートリアルガチャで引ける二人だから会話があってもおかしくはない。
「研究所って、クリムゾンクリスタルの研究だよね」
「そうよ。『ウルフ』が初めて現れてから2年。そんな短期間でこれだけの力を引き出せたのだから大したものだと思うわ」
研究所は司令部から少し離れた山中に存在する。市街地でない辺り、襲ってくれと言っているようなものだ。
そしてそれは現実となる。ゲームで現実とかこれもうわかんねえな。
「奴らだ!」
リディが反応し、戦闘態勢になる。他のメンバーもフォーメーションを組みそれぞれの武器を構える。
クリクリの武器種は拳、短剣、剣、刀、斧、槍、鞭、弓、銃。超近接、近接(ここだけ3種ある)、中距離、長距離に分類される。銃があるのに弓かよと思わなくもないが、そういう世界観である。バランスよく配置するか、特化するかはそれぞれの司令官の戦術次第といったところだが、ワタルは今回若干前のめりのバランス型ビルドだ。
敵はオオカミのような生物が2体かける3ウェーブ。ご丁寧に少し間を開けてくれているのでウェーブ戦闘だとわかる。全部同じ生物なのでボスもいないだろう。初戦なのだから当然だが。
リディ(短剣)とヨーコ(拳)がワタルの部隊のツートップ、特攻隊長だ。超近接2名の後ろに刀と槍と銃が構えている。
掛け声と共に、二人が襲い掛かった。
ターン制のため、仕留められなかった敵は当然ながら攻撃してくる。
「っ痛!」
リディに爪で襲い掛かったオオカミだが、引っ掛けただけだ。かすり傷だがワタルは酷く動揺した。
なにせ実世界ではそんな怪我を見る事は稀だ。骨を折った人間を見たことはあるがギプスを付けた姿でしかない。実際に折れた骨を見たわけでもないのだ。
つまり、怪我を見る事についての耐性がない。仕方のない事だった。
リディはそんな事お構い無しに2ターン目でオオカミを完全に屠った。ネクストウェーブ! 効果音を聞いたような気がする。動揺からの幻聴かもしれないが。
2ウェーブも3ウェーブも1ターンで仕留められなかったため、リディかヨーコがダメージを食らった。だがそれを除けば危なげなく敵を一掃できたと言っていい。
「しれいかーん、見た見た? あたし大活躍!」
勝利ボイスであるヨーコの声も少し悲しく思えてしまう。これが戦いであることを今更ながら思い知った。
「司令官、どうしますか。このまま進みますか?」
進むはそのままストーリーの進行だろう。ワタルはちらりとリディを見た。切り傷は既に治っている。
「いやークリムゾンクリスタル様々だねー」
「いくら傷は時間で治ると言っても油断しないでよ、ヨーコ」
身体能力活性が傷の治りも促進しているらしい。つくづく便利な設定だ。
ワタルは進行を選択した。またしても敵が現れる。倒す。そういえばリザルトはトワが全て管理しているようだ。あと剥ぎ取りなども特にない。
3ウェーブの戦闘を2度繰り返し敵を殲滅後、更に先に進もうとすると警報が鳴り響いた。
「研究所からです!」
「もしかしてこいつら囮!?」
「司令官、どうする?」
リディが言う。当然警報の鳴る所へ進むしか選択肢はない。
システム的にはここで引き返す事もできるだろうがそんな事考えられる訳がない。ワタルはまだまだ経験も何もない新米司令官なのだ。
トワがここからなら研究所の裏口の方が近いと提案するので、誘導に従い向かうと確かに裏口があった。研究員がそこからわんさか逃げてくる。
「きゅ、急に『ウルフ』の奴らが侵入して来たんだ!」
研究員の一人はそう言い残して気絶した。モブキャラなのに手間をかけさせるな。ちゃんと逃げろ。
「司令官、私救助の応援を要請してきます。無茶はしないでくださいね!」
トワが端末をいじりながら言う。ワタルは頷いた。
「トワちゃんも気をつけてねー」
ヨーコがぶんぶんと手を振る。トワは頷き、職員たちと一緒に山を降りていく。気絶した職員は2人がかりで抱えておりペースが遅い。
「行こう司令官、逃げ遅れた人がいたら助けないと」
リディの言葉に頷き、ワタル達は研究所の中へと足を踏み入れた。
中はぐわんぐわんという音が常にしているが、人の気配はない。
いや。
「『ウルフ』だ!」
本来は戦闘ごとに編成の組みなおしなどが必要かもしれないがまだ始まったばかりだし特に変える必要もない。
そうワタルは判断しどんどん進んでいく。おかげで通常戦闘はウェーブは3までしか存在しないであろうことも分かってきた。
戦闘の度にリディとヨーコが傷つくのは未だに慣れないが、落ち着いたらレベルアップしようと思いながら先を急ぐ。
そう、プレイヤーとして考えるなら急ぐ必要はないのだが、この焦燥感はなんだ。
こんなところでメニューを開いていられる胆力などワタルにはない。小心者なのだ。
「司令官、こっちでいいのかな?」
「奥にものすごい気配がある、おそらく合ってると思う」
「リディは司令官じゃないでしょー」
「司令官はどっしりしてればいいのよ。私達が心置きなく戦えるようにね」
チュートリアルの好感度イベント込みでリディは設定されているらしく、ガチャ時のツンは現状ほぼなくなっているようだ。即落ちが過ぎる。
リディに従い進んでいくと、大きな扉が現れた。いかにもな場所。
部屋のプレートにはこう記載されている。「第二実験室」と。
誰かが唾を飲み込む音がした。決戦前の空気。