チュートリアル1
使用可能時間は残り5分です。
無慈悲な通知がスマホ画面上に出た事で、渉流の操作するアバターが一瞬停止した。
アバターは自分の名前と同じ「ワタル」だ。ソーシャル要素の皆無なゲームなので何も考えずに自分の名前を設定した。そのワタルは今相手のAIによって破壊されてしまったが。
「あ、くっそ」
破壊されたアバターはポリゴンの塵となり、画面上には「復活しますか?」とアナウンスが表示されている。残り5分だしまあいいかと思ったが、デイリー報酬を取り忘れていたので慌てて「はい」を押す。慌てた理由は一つ。
アナウンスが消えると動画が流れ出した。『平和な世界は、侵略者によって危機を迎えようとしていた――』CMだ。
渉流はゲームにおけるCMオプションをオンにしていた。これによって課金者と同じとは全然言えないが無課金でも課金で解除できるロックの一部を使用することができる。ただし要所要所にこういったCMが流れるようになるのだが。『さあ司令官、私たちを導いてください!』新作ゲームのプロモーションらしかった。ナビキャラらしい女の子が手を伸ばしたところでタイトルが表示されるが見ている余裕はない。現れた閉じるボタンを押して、達成報酬を受け取ろうとしたまさにその時、アプリがブラックアウトした。
時間切れだ。予定の時間を越えました、と言う表示が現れており今日はもう使用できない。
渉流はスマホを投げ捨てた。勿論ベッドにだ。その横に倒れ込む。たった1日分だしという言い訳を思い浮かべながら。
ガチャが最低限で楽しめるし家族がプレイしているということで今のゲームを数ヶ月しているのだが、いかんせん熱中すると電力消費は激しいしギガはバカ食うしで外ではあまりプレイしておらず、もっぱら家の中でだけ起動していた。WiFiは偉大だ。
寝るまではもう少し時間があったが、なんかもういいやと思ったのでベッドサイドにあるワイヤレス充電台にスマホを置く。充電開始の音がしたのでそのまま部屋の電気を消した。眠気を呼び込むように目を閉じる。明日はもうちょっと余裕を持って戦わないとな。親父はあのクエストクリアしたのだろうか。いつ見ても、父がゲームを熱心にしているというのはなかなか滑稽だと思う。ゲーム内のキャラクターに一目ぼれしたことが開始した原因だそうだ。
そういえばさっきのCMの女の子はなかなか可愛かった。なんという名前だっけかな。と考えているうちに眠気がちゃんとやって来てくれた。特に抗うことはせず、渉流はその眠気に身を任せた。
『さあ司令官、私たちを導いてください!』
あの子の声が再度聞こえたような気がした。
*****
「……いかん! しれいかん!」
「んあ?」
渉流は目を覚ました。全然寝た気がしない。
「あ、おはようございます司令官」
目の前に女の子が居た。かなり可愛い。
「ん?」
彼女に覚えがあった。寝る前に見た気が――
「あーーー!!」
あの子だ。CMで見た。名前は……そもそも見ていなかった。急いでいたのだからしょうがない。
渉流は動揺した。そりゃあ目の前に二次元で見た女の子がいるのだから動揺しかしない。そこで思い至る。これは夢か。
「司令官、今日からよろしくお願いします。もー就任初日から居眠りしないでくださいね?」
女の子が朗らかに笑う。なるほどなるほど、ゲームをプレイしている夢という事か。
渉流がいるのは自室と同じくらい、つまり6畳ほどの広さの部屋だ。大きな机が鎮座しており、その机にうつ伏せて寝てしまっていたらしい。
「私は司令官の補佐を勤めますトワと言います。永遠と書いてトワ、です」
そう言ってトワは一礼した。見れば制服? のようなものを着ている。
「司令官、司令官の事はなんとお呼びすればいいですか?」
トワが聞いてきた。なるほど、これはプレイヤーネームを決めるところか。
(うーん、なんで夢でゲームやってるんだろ俺)
テキトーな名前でも良かったが、呼ばれ慣れた名前の方が何かと不便がないだろう。その為、
「ワタル、で頼む」
「わかりました。『ワタル司令官』ですね?」
確認ウインドウが出ているであろうところで渉流は頷いた。こうしてプレイヤーネームはワタル、と設定された。……はずだ。
「司令官、現状について報告します」
(名前設定した意味ねえな)
トワは今さっき確認した名前を無視して話を進める。往々にしてフルボイスゲームの宿命であるのがこの名前問題だ。名前を呼ばなくてもなんとなく大丈夫なように主人公は隊長とか提督とか勇者様とか王子とか司令官とかなのだ。地位を呼称とするとこの問題は解消する。たまーに少年とかあなたとかキミで済ませようとするゲームもあるが……
「現在私たち『クリムゾンクリスタル隊』通称『水晶隊』は敵性勢力『ウルフ』に対する唯一と言っていい対抗できる部隊です。司令官は唯一のクリスタル適正者の男性として適正者の皆さんの指揮をお願いします」
ワタルのそういった頭の中をまったく無視してチュートリアルが始まった。
リセマラができるゲームの場合はそもそもチュートリアルがスキップできる。しかしいくら周りを見渡してもスキップボタンは存在しないし、トワもスキップするか聞いてこない。そもそも世界観も何も知らずに来てしまった夢だしスキップしないほうが良いとは思うのだが「できない」のと「しない」のでは気持ちは雲泥の差だ。ちょっと引っかかりを覚えながらワタルは大人しくトワの話を聞く。
「司令官、まずは適正者の方をお呼びしましょう! クリスタルの力があれば適正者かどうかを見極める事ができます」
これは恐らくチュートリアルガチャだ。ガチャはチュートリアルの最初か最後に設定されている事がほとんどで、最初にガチャが来る場合は召還キャラが固定であることが多い。
「丁度ここに支給された紅結晶があります。候補者の中から適正者を見つける事が可能です!」
トワが取り出したのは紅に輝く透き通った石だった。ガチャに使用する所謂「石」。なるほど、さっきクリムゾンクリスタル隊と言ったがそのままこのクリスタルから名前が取られたという事だろう。「石」が設定と密接に繋がっているのはあまりない。だいたいがなぜか石なのだけど、この世界では「石」が力の象徴であるらしい。
「紅水晶じゃないのか?」
「紅水晶はローズクオーツという普通の宝石です。クリムゾンクリスタルはその、石の形をしているのは『力の結晶』だからと言われています。水晶の方が格好いいと言われたので部隊名としては水晶の名を冠していますが……」
ワタル以外は女の子というので語感も大事だということだろうか。
「さあ、紅結晶をこちらに」
トワの導きに合わせて石を機械にセットする。ジャラジャラと動いてピタッと動きが止まった。ガチャ演出なのだろう。あまり派手すぎず長すぎないラインでゲームとしてなら良いんじゃないかといったところ。ガチャ演出の長いゲームはやっていて辛い。
ウインドウに次々と顔が表示されていく。チュートリアルガチャは10連らしい。ウインドウに出た顔の子が順番に室内に入ってくる。なるほど、そういう演出。
「シグレです。よろしくお願いします」
「あたしはヨーコ。司令官、よろしくね」
などなど、それぞれ自己紹介してくれる。うーん入手演出。でも司令官にタメ口でいいのかヨーコは。
きっちり10人自己紹介をしたがほとんどの子がトワと同じ制服姿だった。具体的には、最後の子だけ制服が違う。
「……リディ。リディ=クラストウッド。あなたの事は信用していないから」
少し威圧感のある子だ。上官を信用していないというのはどうかと思うが、ワタルは別のところが気にかかっていた。この子はレア度が上ではないか?
10連ガチャもしくは10+1の11連ガチャでは「最後にSR以上確定」という設定がされている場合がある。SRはRと差別するために衣装が違うというのは良くある事だ。そうワタルは判断した。正解。
「メンバーが揃いましたね! 早速このメンバーで演習に向かいましょう!」
トワはずんずんと話を進めていく。