ひゅーんときてぐちゃ
ファンタズマゴリアは、魔法少女が住むマンションだ。
魔法少女の男の子は、あったことがない。
元の素材はともかく、身も体も女の子だ。
だから、アンバランスがある。
「どうして戦うのか」
空から落とされる。それもパラシュートつき。二回めだ。初めてと最新の戦い。
馴染んだというには見覚えが浅い格納庫のなか、簡単なミーティング。
「ぶっころせ!」
幼女の言葉なのかな。
小さいのはみためだけ、態度も気も大きい小さな幼女の巨人である魔法少女が雄叫び。
「こんかいはよろしくー」
新しい魔法少女の仲間と隊を組んでいるけど、それはいつものこと。慣れた。
敵と戦わないと明日がない。
だから戦おう。
深くは考えない。
透過合金の、透けた金属装甲の窓から外が見える。金属といえば不透過で硬い。硬いけど、これは光はとおす窓だ。
黒いアメのような煙がいたるところで散った。近くで割れるたびにはげしく揺れた。
敵の対空砲火になるのかな。
隣を飛んでいた機体が、直撃弾で四散した。火球になった飛行機から燃える破片がいくつも飛んだ。塗装が黒く焼けこげて、緑や青、紫の炎がチリチリと噴いている。
中の魔法少女は無事だ。
わーきゃーいいながら地上に落ちていく。
死にはしない。
彼女たちはキレているけど。
死なない魔法少女。
人間なのかをうたがうレベルの頑強は、ただ生まれてきたわけではないのだろう。魔法少女という存在が作為的だ。仮に同じ人間ならば、なぜ魔法族と非魔法族で分岐した? 普通の人間は魔法が使えない。その可能性さえも、使いかたを知らないという状態ではなく、むしろ、後天的に魔法少女という存在を新しく作って初めて……。
敵も同じだ。
だったらなんで戦う?
考えていたら魔法少女はいない。
「降下ー」
「降下ー!」
「ピーマンは炒めろー!」
「そもそも食べさせるなー!」
パワードスーツを背負った魔法少女らが次々ととびおりていく。
俺も続いた。
少し風に煽られたか。
見慣れた廃墟の、コンクリートで作られた屋上を破壊しながら、パワーローダーにプラスでささやかな幼女の質量が、重力加速度のままにビルをつらぬく。首がずれるような衝撃もまた、もう慣れた。
ある魔法少女は、敵と戦う理由にこう答えた。
毎日、親にいわれて学校にいって、大人にいわれて行事をやってるんだよ。
それが、敵と戦え。
なにが違うのか、それのほうがわかんないや。
がれきを押しのけた。少しまだ、すす埃が舞っている。白いドットが流れていく。ちょっと、宇宙みたいだなと思った。
パワーローダーの背だと狭いビルのなかだ。
頭が少しこすれる。
子供どころか大人でもない経験だ。
「ッ!」
先行していた魔法少女の抜け殻を発見した。中身はない。パワーローダーだけだ。だが、鉄の骨はひどく破壊されている。
分厚い圧縮コンクリートの壁は、塗料を禿げにして肌を見せた。
X線カッターが振り回された焦げ、機関砲の榴弾が弾けた跡、パワーローダーが踏み砕いた壁もある。
あとはレーザーライフルが撃ちまくられたのとか、これでもかって爆発物やなにかの破壊、破壊、破壊。たぶん上品さの真逆の世界だ。
血糊といったものはなさそう。
「ピーマン級……」
少し、渋そうな敵らしい。
敵だ。
「!」
まばたきで切れた視界が開いた瞬間、それは目の前に立っていた。斧が振られている。
俺は反射だけで、脚のグラインドホイールを逆回転させた。滑り防止で遅い加速。斧が迫っている。
「おぉ!」
逆回転の左右差でパワーローダーの体をひねり、逃げながら殴る!
「!」
金属の質量がうちあった音が響いた。打った右腕が肘、肩を削ぐ。もちろんパワーローダーのだけれど、肝が冷えた。
磁場で分子結合を強化した装甲が削られたのだ。微惑星、5cm級のスペースデブリの正撃に数発は余裕で耐えられる装甲が斧で削がれた。
汗が噴く。
心臓が激しくなってきたけど、異常に高まるほどには乱れない。落ち着いているほうだ。
手足。
まだ、繋がってる。
生きてる!
「やるな、魔法少女の女」
ピーマン級の敵がハスキーボイスで言った。巨大、筋肉質、巨乳、大きな刃の斧を渾身で振っても乱れない体幹、鋭利すぎる角、硬い体毛と、柔らかな、しかしだからこそサメのように恐ろしく冷めた黄色い目が光る。
敵、だが半端ではない。
「不要だな」
敵は軽くかぶりを振って、視界を外したまま全力の戦いを挑んできた。がむしゃらな足さばき。だけど、どんな無茶な体勢からでも充分に加速した斧の先端が破壊にせまった。
狭苦しい屋内なんて関係ない。障害ごと破壊しながら致命の一閃だ。
怪力すぎる!
力くらべができる相手ではない!
防御磁場を反転、変形。生体を破壊するレベルの磁界を発生させ敵の粉砕をはかるが、
「甘いぞガキ」
敵は、ただの組織で肉体を作ってはいない。分子結合を解き、細胞を圧着してしまう強磁界のなかでも、薄皮を破壊しても、命からは遠すぎる。敵も死にはしない。敵だからこそ、立ち続けることができるのだろう。
敵だ。
つまりは、屠殺できる畜生ではない。
光速のレーザー照射を撃てば当たり前にかわして、擲弾のさくれつで撒かれた破片に微動もしない。渾身の踏み潰しも嬉々受け止めて、逆に脚を掴んで壁へ叩きつけてくれる。
敵なのだ。
強いということなのだ。
だから、
「はなしがしたいんだ」
時間はあまりない。
魔法少女は遊びではないんだ。
すぐに苦戦している仲間を助けにやってくる。全員で一人、一人は全員なんだ。だから、今しかない。
話せる時間は、話せるなら。
話してみたい。
敵だからこそ。
「お前たちって何なんだ!」
敵、だから知らないでいい。違うんだ。敵だから知りたいんだ。
「……」
敵は考えているように、追撃してはこない。警戒心は感じる。同時に、耳を傾けている揺らぎもだ。
「お前たちは何なんだ。お前から見た俺は、魔法少女て……何だ!」
俺の声は妙に響いた。
声に別の存在がのったように、のったかのように空気が震えた。
敵は、びくり、驚きに肩を跳ねさせた。
しばしの沈黙は守られて、破られた。
ただ一言、敵は
「わからない」
そういって、消えた。
「わからない」
敵の言葉を、俺はファンタズマゴリアの自室で繰り返した。
わからない。
知らない。
判断が、つかない。
答えは、いつも転がっているわけではない。完全な答えはなくて、個人の仮説でしかない。そしてそれは変わることがある。
魔法少女とは……。
「やぁ、タツミ」
あたりまえにソファーでくつろぐエイリアン、山田が紳士に声をかけてきた。不法侵入だ。
「なにか?」
山田は、どこかの帰りなのかスーツ姿にハットだ。ナメクジとハゲタカをあわせて三で割った異形なのに、なんだかおかしい。
「色々調べているそうじゃないか」
「……俺は消される、の、かな?」
深入り、いらない知識、イレギュラー?
始末される未来が見えた。
だけど、本能では、魔法少女てきな直感は、そんなことはないと冷静さを守らせた。
「いやいや」
山田はゆっくりと首を振りながら、
「思えば、これが君としっかり話す、初めてもうけた時間なるね」
「コーヒーでも?」と山田は勝手知ったるなんとやら。キッチンでコーヒーを挽き始めた。俺は、コーヒー豆を挽くコーヒーミルを一度も使ったことがない。苦いものが苦手だからだ。だが、山田は迷うことはなかった。
ゴリゴリと、コーヒー豆が擂り潰され、蒸され、ミルクの入っていないコーヒーがカップに注がれた。カップを受けるソーサー、皿はない。
山田は淹れたコーヒーの香りを楽しみ、口に含みながら、
「タツミはまさか、魔法少女が魔法で生まれてきた神秘の申し子なんて考えてはいないだろう?」
「というよりも、神秘でなんでもは片付けてはいません。俺は等身大の人間だと思っています。神秘からは出ていません」
「良いね」
なにがさ……。
「答えをね、もっている。君が疑問し、立ち上げ、仮説する、それの答えだ」
「でしょうね」
「魔法少女は魔法を使えない。これは魔法少女は、魔法を由来とする存在ではないからだ」
「ぶっちゃけて言いますね」
「まあね。でも、あたりまえだろ。魔法なら科学は使わない。魔法とは神秘であるべきなんだ」
魔法少女は、魔法を使えない。
魔法という名前からしてミスリードなのだろう。
つまり、魔法少女は純粋科学から生まれた。
可能なのか?
いくつかは、想像がつく。
可能だという事実だ。
「どう思う?」
「どう、と言われても困ります」
「たしかに明確さに欠けている。失敬」
山田はいっぱくつくり、
「人工生命体としての感想は?」
「悪くはありません」
もともと、俺は男だ。男が女になるのも、よくわからない肉体になっているのも大差はない。男と女は、体の構造が同じようで違う同族の異種なのだから。
調子はいい。
だから、悪くはないと思う。
「遺伝子操作、遺伝子ドーピングされた、ゼロ創造のホモ・テクノロジガス、人工人類が魔法少女だよ」
「そうですか」
「反応が薄いね」
「正直、だからどうしたのかな、としか思えません」
「人間であるかあやしいのに?」
「人間ですよ。断言できる」
「ファンタズマゴリアにいる魔法少女、全てが?」
「もちろん! 悪ガキなんてひとりも……ひとりも?えぇ、たぶんいませんしね!」
人間ばんざい、だ。
「そうか」
山田は笑いもしなかった。水面をのぞきこんでいるように、ただ、そこには山田さえいなくて、俺だけがうつりこんでいる。
「敵への大規模反抗作戦が近い」
山田はまるで独り言のように、
「ゴールドレイヤーシティから援軍がくる。仲良くしてあげてくれ」
ファンタズマゴリアは、また、にぎやかになりそうだ。
ところで、ゴールドレイヤーシティてどこ?