百合か薔薇か論争、だ、そうだ
世の中には、けっこうなわりあいで、心底どうでもよい話題というものが存在する。
暑い季節。
つまりは真夏。
掃除に換気で、玄関の風通しをしていれば喧嘩騒ぎを聞いた。
子供だなー。
だがエプロンにほうきでやじうまは走る!
ほうきは、魔法少女ぽいからだ。
本当は、そうじきをだすまでもないくらいの、ちょっとしたそうじをしていたからだけれど。万能自動掃除機ヘボットのやり残しを片付けていた。ヘボットはバッテリー切れで死んでいる。
「ばら!」
「ゆり!」
オープンスペース、大きな机やテレビに自動コンビニとかゲームがあるスペースで騒ぎになっていた。
衝突が人間をきたえる。保護者顔で遠巻きだが、実際はこれに混じると俺がぼこぼこにされてしまう。幼女のパワーをあなどってはいけない。幼女の群れは大人を食うのだ!
喧嘩かな?
聞けば、どうやら漫画のカップリングで言い争っていた。しょうもないと思ったら、俺が怒られた。重要なことらしい。
“ばら”は男の子同士の恋愛、ゲイ。
“ゆり”は女の子同士の恋愛、レズ。
小学生の性教育は進んでいるのか、魂に引きずられた発言なのか悩むところだよ。
ほうきにエプロン姿で浮いているし、さっさと立ちさった。いろんな魔法少女がいるものだ。世界て広いな!
ばらゆり戦争という、なんだかグレートブリテンでありそうな騒動が、ファンタズマゴリアを巻き込んでいるけど。
まあそれは、おいておいて、だ。
「普通に恋とか考えるんだ」
自分の部屋のソファーでくつろぎ、そんなことを考えた。魔法少女はほぼ小学生、だと思う。小学生て恋愛を考えるのかな? 子供なのに。いや、あった……気がする。
「……」
当たり前に、恋もするのだろう。子供の恋。大人とは、違うのだろうか。違うなら、何が。魔法少女は幼女になったとはいえ、三〇歳の男だ。記憶は無いけれど、たしかに男だ。俺と同じような、童貞、三〇歳なのだ。
「恋……考えても仕方がない!」
恋をしらないわけじゃないんだけど、そういう系に臆病だったから童貞で、今は魔法少女にさせられたのだ。
忘れよう。
第一、俺はちぐはぐなのだ。男に恋しても、女に恋しても、おかしいのだ。返すべき肉体でやるべきことでもないしね。
「とはいえ、ばらゆり戦争の拡大で、ファンタズマゴリアの中はいづらい」
自転車置場で時間を潰した。幼女な魔法少女連中も、すぐに忘れるだろう。
あっ。
エプロンをしたままだ!
みーん、みーん、みーん。
暑いね。
夏だから、冬じゃないから、あたりまえだけれど。
「ん!」
暑い、と手で風を送っていたら、アイスをもらった。アイス? チューブの形で二つに折れるポッキンアイスだ。たしかこれ、清涼飲料水だけど、凍っていた。アイスだ。シャーベットかも。
「ありがと」
その娘は、日によく焼かれた肌の女の子。日除けにつばの大きすぎる麦わら帽子をかぶっていて、薄い青の明るいワンピースを着ている。暑いせいか、ワンピースのスカートはたくしあげられ、丈がかなりミニミニだ。静謐のお嬢様な格好、夏をかけまわる体、どっちよりなんだろう?
「白のワンピースと麦わら帽子は」
彼女のは、白っぽい、だ。
アイスを舐めた。冷たくて濃い味。カルピス味だ。でもこおっているせいか、味分離している? 暑いなかで冷たいものを食べられるのは幸せ。
「誰も見たことがないのに、誰もが連想する清純らしい」
「そうなんだ」
なにいってんだ?
てきとうなあいづち。
都市伝説の話かな。ぺろぺろ。カルピス味美味しい。今度、お礼に俺もアイスを買わなきゃだよ。超硬芯あずきバーでいいかな。
「ところで、この外装殲滅機をどう思う?」
「え? あっ、はい、ロボットですね」
「そうだとも言えるだろう。だが正確には、パワーローダー、エグゾスーツ、パワースーツと呼ぶべきだ」
「……どれが正確なのです? 三つも単語がでてきたけど」
「どうだ」
「いや、わっかんないよ」
「わからないか……」
よくわからないけど、彼女は落ちこんだ。魔法少女だから、へんなせいかくだ。知ってた。
「カノヨだ」
「た、タツミです」
握手。仲良し!
変な人だな、と俺は心の中で思いながらも、手を差しだすことに迷いはなかった。悪い魔法少女ではないんだ。へんなだけで。ファンタズマゴリアの魔法少女のみんなにいえることだ。
「あれ?」
なんとなく、気がついた。
カノヨさんは、女の子、乙女の柔肌にはふつりあいな傷がいくつも腕にはしっている。白く、固く、ひびわれたようになっているのは完治した傷跡だ。
「おっと」
カノヨさんは恥ずかしそうに隠した。だけど、とても大きな傷跡で、隠せない傷だ。腕だけではなかった。
「魔法少女をやっているからね」
「戦いの傷、ですか?」
「うん。そうだね」
あっさりとした告白。
戦っている。
傷も、つくものだろう。
あたりまえのことだ。
喧嘩をしても、傷ができる。
魔法少女の戦いは喧嘩よりもずっと激しい。敵と戦っているのだ。
でも……。
「怖くなった?」
カノヨさんが、ロボットの鉄の肌を撫でながら優しい声で、
「大丈夫。変な連中だけど、みんな魔法少女だ。守ってくれるよ。最後までね。嘘を吐いても、裏切らない。嘘ばっかりだけどね!」
俺は答えられなかった。ただ、魔法少女てなんだよ。そう、心で訊いた、それだけだ。
俺が、魔法少女になったときからついてくるロボットが、ずっと高い背でみおろしてくる。何も答えてはくれなかった。
俺はまだ、魔法少女に悩んでいる。
だが、ほかに、そして最後の場所であって、逃げ場所はもう、どこにも残されてはいないのだ。
ファンタズマゴリアでは、ずっと、ばらゆり戦争が続いている。
ばか騒ぎ。
でも、今は少しみかたが変わった。
そんな気がする。
だぶだぶの衣服から胸がみえる。大きな傷があった。一生ものの傷でも気にして、生死に関わるなら、逃げだしてしまいたくなるようなことがあった傷も、あった。
戦う。
おさない心ではないのだ。
俺は、大人だったのか?
三〇歳まで間違いなく生きた。でもそれは、生かされた、利用された。別によいのだが、少し、考えてしまう。都合のよいだけの存在で、そのまま死ぬだけの存在は、さぞや使い捨てやすい分類だ。
俺はなんだ。
魔法少女に変わっても、俺は、俺でいられるものを本当に、もっていたのだろうか。
「タツミー」
「あっ、ハルコさん!」
やほ、と、彼女はいつもと変わらない、フレンドリーにあらわれた。めかくれの魔法少女は、今日も詐欺な弱々しさで押してくる。
「悩んでるのー?」
「えっと、まあ……うん」
「なるほど。とりあえずセンパイに悩みを吐いてみなさい!」
そういえば。
悩みとか、相談できる相手なんて……初めてだ。中身はともかく、いまは幼女になっている相手に相談? 大人としてどうなのさ。でも……俺は、大人になれていたのかな。三〇歳は大人だ。法律上は。でも、俺は、ここで戦える魔法少女ほど、戦いを覚悟できていない。
命の盾を、押しつけられるなら、押しつけていた。今ここにいるのが、俺が魔法少女になって放りこまれたからだ。
力も、状況もなければ、俺は、全てに五感を閉ざして、なかったことにしていただろう。
幼女が戦っていても、だ。
いや、考えるな。
生き抜いて、この体を本物に返すだけを考えるんだ。考えすぎるな。生きるのは、考えすぎないほうがいい。
「え〜と、外装……」
「外装殲滅機の話かな! かな!」
ハルコさんが、怖いくらい食いついた。腹を空かせたシャチに半殺しのくじらをさしだしたみたいだ。食いつきがえぐい。
空気をごまかすのに適当に吐いた言葉、苦労しながら続きをつむいで、ハルコさんと少しはなした。
彼女も、魔法少女だった。