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眠らぬ森の美女  作者: 鱸
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これはこの国に昔からある物語

いつから存在するのかわからない昔噺


ただ母から子へ、子から孫へと語り継がれるお話



ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー


昔々あるところに


美しいお姫様がおりました


お姫様は大変美しく、清らかな心を持つ聖女でした


ある日、王国に悪い魔物が現れました


お姫様は王国の民の為に力を使い見事魔物を退治し


王国は平和を取り戻すことができました


力を使い果たしたお姫様は美しい青い鳥となり


大空に向かって飛んで行ったのでした





「いつ聞いても虫唾が走る童話ね」

噴水のある広場で絵本を読む子どもたちを横目にポソリと呟いた少女

その眼はとても冷たく、子供を見る顔は無表情だった


「あ!薬売りのお姉さんこんにちは!」

少女に気付いた子供達は笑顔で近づく

「こんにちは。ふふっ、みんな元気ね。なんのご本読んでいたの?」

「あのね!聖女のお姫様の本読んでたの!お姫様って凄いよね!私もお姫様みたいにたくさんの人を助ける様になりたい!」


目を輝かせ頰を赤らめながら興奮する子どもの頭を撫でた少女は優しい笑顔で笑った

「リンだったらきっと出来るわ」

「えへへっ」


子供が友人の輪に戻って行くと少女は笑顔を消した


「可哀想な子達。いいえ、この国の民はみんな可哀想ね」

癖のあるブロンドの髪を靡かせ子供達に背を向けると王都の外れにある森に入っていった


鬱蒼と生い茂る森の中を進み一軒の小さな小屋に入る


「ふぅ」

光が入らない部屋に入るとランプを照らし薬草の入ったカゴを机に置く


「やっぱり人が多いところは苦手だわ」


にゃあ


戸締りをしっかりしていたはずの部屋の陰から一匹の黒猫が出てくる


それを見た少女は特に驚くわけでもなく黒猫に話しかける


「あら、珍しいわねロディン。でも今日はお菓子作ってないわよ?」


「ふんっ、毎回菓子のためにくるわけじゃ無い。森に侵入者が来たからお前の為にわざわざ知らに来てやったのだ。」


瞳孔を細めた黒猫は不機嫌そうに言葉を喋る


「まぁ、やっぱりそうだったのね。何だか森が騒がしい様な気がしたのよ」

「そんな事も分からぬとはお前もまだまだだな」

「はいはい」


まったく、一体誰かしら?

今日は薬の調合で忙しいのに


「む?侵入者の人間がこの家に近づいてるな…2人だ」

「面倒くさいわね」


少女は溜息を吐きながら手を瞳にかざす





「…お前の眼はいつ見ても美しいな」

「ふふ、ありがとう」


彼女の眼はライトブラウン

特にこれといった特徴はないーーー先程までは



ゆっくりと手を離し露わになったのはアメジストの様な紫色

陽が当たると、まるで黄金の星屑が揺蕩う様な幻想的な瞳


「さて、私の大切な隠遁(いんとん)生活を守らないと」


そう言うと少女は手を組み祈る

「さぁ、私の箱庭を隠して頂戴」


身体が暖かな光に包まれる

締め切った部屋に何処からともなく風が吹く



ーーーキン、と軽い音がし、少女は祈るのをやめた


「こんなものかしらね」


「全く、お前は本当に面倒くさいな。早く()()()に来てしまえば良いだけだろう」


「ふふふ、まだ()()()には行かないわ。私これでもこの生活気に入ってるの」


やれやれと首を振った黒猫ーーーーロディンは窓の外を覗き込む


何故ここが良いのだろうか

こいつはよくこの国の人間が可哀想だと口にするが、私から見ればこいつが一番哀れだ


「まぁそれが面白いんだがな」

「何か言った?」

「なんでもない」


ふーん、と特に興味もない反応を横目にロディンは外を見る


「ーーーーん?おい、お前本当にこの家隠したのか?」

「え?ええ勿論隠したけど…まさかこちらに向かっているの?」

「そうみたいだな、しかも一直線だ。お前が作った獣道を見つけんだろう」

「おかしいわね、空間を曲げたからこの周辺自体たどり着けないはずなのに」


少女は顔をしかめる


「はぁ、取り敢えず私は隠れる」

「あ、ちょっと…てもう、逃げ足が早いんだから」


また一つ溜息を吐き、手で目を覆う


いつもの色

いつもの視界


「ああ、本当面倒くさい」





「シャル、頑張るんだ!気をしっかり持て!」


鬱蒼と茂る木々に囲まれたここは多くの魔物が住まうと有名な森


その森に2人の歳若い男が2人

そのうち1人は腹部に怪我を負っている。このままでは助からないのは明らかだ


「ディオン様、私に構わずお逃げください、このままでは貴方様まで…っ」

「シャル!くそっ」


このままではシャルが危ない

どうにか安静にできる場所を探さなくては


「あれは…」



目線の先に明かりが見えた気がした

人がいるかもしれない


微かな希望を胸にシャルに話しかける

「シャル!明かりだ。もしかしたら休めるかもしれない。もう少しの辛抱だ」

「はい…」


意識が朦朧としているシャルに時間はない

呼吸が浅くなってきた

体も凍る様に冷たい


ーーーー間に合ってくれ





明かりの先にあったのは幸運な事に一軒の小屋だった


明かりが付いているという事は人が住んでいる。なんとか休ませてもらおう


ディオンが意を決して扉を叩こうとした時、不意に扉が開いた


「いらっしゃい、早く入りなさい。その御仁の手当てをするわ」


「あ、え?な…ぜ?」

「いいからさっさとして」

「あ、ああ。済まない」


突然の予期せぬ事に惚ける男に何度目かわからない溜息を吐く


「そこの寝台に寝かして頂戴」

「済まない」


ディオンは彼女のであろう寝台に意識を失ったシャルを寝かせる


「傷を見るから鎧を脱がせてもらって良いかしら?」

「わかった」


腹部に大きな穴が空いた甲冑を慎重に脱がす


「っ…」


露わになった傷口はとても見れたものではない

「酷いわね…」

「…助かるのか?」

「さぁね、やってみないとわからないわ」

「…」


自分が問いたくせに彼女の答えに苛立ちを覚える

この傷口を見て助かる見込みが薄いのはわかっている。しかしこうもあっさりと言われると嫌な感情が湧き出る

だが今は藁にもすがる思いだ

「どうかたの「煩いわね、時間が勿体無いわ。この御仁を助けたいのでしょう?貴方は外にある井戸から水でも汲んできて頂戴」

「…わかった」


彼女の言い方はきついが、確かに今自分にできる事は少ない





男が出ていくと寝台に横たわる怪我人を見る

「助かるかは五分五分ってところかしらね…後は貴方の生命力と気持ち次第よ」


意識のない男にそう呟くと目を閉じて祈り始める

「貴方の御霊はまだここにあるわ、あの世に行くのはまだ早いのではなくて?

ーーーー聖霊よ」


ふわり


肌に感じる暖かな風

「やぁ僕の愛おしい子。君が僕を呼ぶって事は緊急なんだね?」

「ええそうよ。この御仁を助けたいの」

目の前に現れたのは幼い子供

人間と違うのは透き通る羽が生えている事

「んー、別に良いけど…君は僕に何をくれるの?」

「そうね、…私の名前なんてどうかしら?」

そう言うと聖霊は目を輝かせた

「良いよ!でもどういう風の吹き回し?あんなに頂戴って言ってたのに!」


「この国の未来の為よ」

「この国の?」

「ええ」

「…ふーん?よくわかんないけどまぁ良いや!僕は人間の国がどうだろうと知ったこっちゃないけど君の為なら頑張るよ!」

「ありがとう」


さて、聖霊との交渉は終わった

後はこの男次第


暖かなモノが身体中を巡る

微かに空気が煌きだす


「私の名を捧げましょう。私の名はマリア・オギ・L・ヘルンフォード」


「愛おしい僕のマリア、確と君の名を受け取った。《マリア・オギ・L・ヘルンフォード、君に僕の恩恵を与えよう。未来永劫君の名は僕のモノだ》」


自分の中の何かが抜けていく感覚に眉を潜める



名は自分の一部、自分の魂に刻まれた言霊


名を渡す、それは信頼の証

しかしそれは魂を半分相手に繋げる事になる


ある者はコレを呪縛と言った


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