序奏
街の中は静まり返り、 人々が深い眠りへと誘われる時間
いつものように王宮の裏門から、 ひっそりと影が二つ暗闇へと滑り込んでいく。
二つの影は、 目的地に向かってただひたすら走り続ける。
行く手には、一人の男が路地裏の壁際で蹲っていた。
その男の周りだけ取り巻く闇が濃さを増し、不気味な雰囲気を醸し出していた。
ふと、 男が顔を上げる。
その瞳は何も移そうとせず、 ただ虚ろなだけ。
取り巻く闇が一層濃くなり、 男の口から不気味な言葉が紡ぎ出される。
“フコウニナッテシマエ、ミナオトシイレテヤル”
対峙する二つの影のうち、 小柄な方が慣れたように言い放つ。
「はいはい、 寝言は寝てから言うもんさ。
あんたもさっさと家に帰んな」
男を取り巻く闇が、触手を伸ばすように小柄な影にまきつこうとする。
シュッ。
白銀の光の残像が、 月の光を浴びて帯を作る。
"ウギヤアアア"
男は石畳の上に倒れ伏し、 それを取り巻いてた闇が一瞬で消え去る。
気を失った男の頭に手をかざし、 小柄な影がいつも通りの言の葉を紡ぐ。
「汝の身に月の精霊の加護があらんことを!」
手から溢れ出した銀鈴の光が、男の体に溶け込んで行く。
「ほーい!いっちょあり〜
はあ〜帰ってめしめし〜❤」
もう一つの大柄な影が、 大きなため息をつく。
「相変わらず食べることしか興味がないんだな」
小さい影の方が大きな影を見上げ
当たり前のようにつぶやく。
「食べること以外何の楽しみがあるっちゅうの?
変なハリー。 さあ、帰ろ帰ろおー」
スキップしながら戻って行く小さな影の背中を見つめながら
大きな影は今日何度目かのため息をつく。
ー俺ってやっぱり…
何度繰り返したかわからない絶望感が
今夜もまたヘタレ純情青年の心を埋め尽くしていくのであった。