31幕:人形使いは地に堕ちる 下
「聞いてくれパト!!僕は大切な仲間を取り戻したいんだ!!愛する人をこの手で、、、この手で抱きしめたいんだ!!だから僕に力を、、、力を貸してくれ!!!!」
だけれども彼女は僕を黙って見下ろすばかり。
大きな瞳の中に僕はいない。
彼女に僕の声は届いていないんだ。
その視線を僕に移したまま彼女は黙って見続けた。
それでも僕は女王様が座るような立派な椅子の上から下界を見下ろす悪魔の幼女に必死に叫んだんだ。
「君はあの日々を覚えていないのか!?君のポケットマネーで居酒屋を貸し切って翌朝まで飲み食いしたじゃないか!!それから店長を馬にして金づるにして高級酒を何本も開けたじゃないか!!鞭に目覚めてお酒に酔ったグリンティアの正気を覚まさせるために必死に皆で震えながら接待したじゃないか!!あの憎たらしい姉女王代理に嫌がらせの手紙をこっそり忍ばせたし彼女の寝室の入口にロウソクと鞭をこっそりプレゼントしたのも君の案だったじゃないか!!あやうく僕はあのSMセットの犠牲になるところだったけど、、、君がカジノで調子に乗って散財して無一文になって明日のご飯にも困って泣く泣く地元の盗賊を襲ったことも一度や二度じゃない!!君のワガママな気まぐれのおかげでこっちはグリンティアと何度も何度も振り回されて僕は行く先々で額を地につけたんだ。おかげで僕はいまじゃ土下座が特技になったよ。でも僕たちは最後には笑い合えた。あの頭が痛くてたまらない日々は嘘だったのか!?君の仲間は顎で使うだけのただの人形なのか!?パト、、、君は誰のための王を目指しているんだ!?そんなことで人が人の心が動くのか!?仲間一人救えなくて何が王女だ!!!何が次世代の女王だ!!そんなんじゃいくらお金持ちでも誰もついてくるわけがないじゃないか!!僕を奴隷代わりに財布代りにしたって何が変わるってんだ!?ただの金持ちの道楽じゃないか!!」
その時、俯いた少女の頬から一すじの雫が流れ落ちたんだ。
天上の椅子の片隅で彼女は歯を食いしばって小さな拳を握りしめていた。
涙が流れ落ちるパトを見て誰が彼女をこれ以上攻めることができるだろうか。
僕はこの時、彼女が心の奥底に隠していた本心を初めて覗いた気がしたんだ。
「パト、、、君はこのままで、、、このままでいいのか!!」
「、、、、」
「僕は仲間を最愛の人を絶対に取り戻すんだ!!君はどうなんだ!?」
僕の想いが少しは伝わったんだろうか。
彼女の瞳に光が灯されていく。
彼女は椅子から下界に飛び降りるとゆっくりと僕の側で立ち上がったんだ。
そしていつものように、いつも僕に生意気な言葉を打つける時のように平素顔を浮かべながら近づいてきて、、、その小さな足で僕の脛をゲシゲシと蹴り出したのさ。
「ん!!奴隷の癖に生意気っ!!」
小さくて柔らかい足が何度も僕の足を打ちつける。続けて小さな両手が背中をポコポコと波打ち出す。それからガシガシと足を踏まれたかと思えば、リズミカルな正拳突きが僕のお尻を捉え、、、
でも僕は全く痛くない。
ん?むしろ気持ちがいい。とっても気持ちがいいんだ。できれば後で背中を踏んでほしいし、もう少し強くしてほしい。彼女さへ良ければもっともっとやってほしいんだ。小さな女の子の拳がこうも体に打ち付けられるなんて、、、なんてたまらないんだ。
おっといけない。最初はこんな子供に顎で使われてポコポコされ踏んづけされるなんて冗談じゃなかった。何かと気に入らなければ「ん。奴隷は死ぬべき!!」なんて小言ばかりだし「ん。まずいあの料理人葬るべき」っていつも上から目線ばかり。最近じゃ砂漠のど真ん中で「ん。ソーダが飲みたい。奴隷が今から買ってくるべき!!」って言い出したりして僕は思わず暑さできっと頭が残念になったんだと思ったことなんてしょっちゅうだ。それに砂漠のどこにソーダ売ってるんだよ!?君は一体何様のつもりだよ!?って突っ込んだら彼女はいつもこう答えるんだ。「ん?王女様ですが何か!?」ってね。こんな我儘娘のお守りなんてどう考えても人生の重しにしかならないと思っていたんだ。終いには町のど真ん中で「ん。通行人が目障り!!全員縛り首にすべき」ってどこの王族のパワハラだよ!!だから爺やさんたちに目を付けられてなければ僕は今頃必死に彼女の前から砂隠れしていたさ。
でもそんな折に僕は相棒を、最愛の人を失った。
かつての僕は家を追い出された時、心に誓った。誰よりも有名になって誰よりも強くなって誰よりもお金も地になって、、、、そして誰よりも幸せになる。
それは今も変わらない。
あの時の僕は一人だった。
でも僕はもう一人じゃない。僕には素晴らしい仲間達がいる。もちろん一部例外はあるし頭がオカシイのもいる。いや例外ばかりオカシイのばかりなんだけどね。
だけど僕の隣には絶対にいて欲しい人がいる。
隣に立って欲しい仲間たちがいる。
背中を支えてくれる人がいる。
でも僕には力がない。金がない。名声がない。だから僕は失ったんだ。
大切な人たちをね。
だから僕にはない力が必要なんだ。
大切な人たちを、仲間を、相棒を、最愛の人を取り戻すために。
その力を持つ人物の力が、、、、もう一人の相棒の力が必要なんだ。
それが何者かなんて考えるまでもないじゃないか!!
「あぁ生意気さっ!!僕は君のお目付役じゃないし奴隷でもない!!!対等な相棒で仲間なんだ!!財布でもないんだ!!」
「ん、、、、奴隷の癖に、、、奴隷の癖に、、、」
零れ落ちる何かを必死に隠しながら小さな魔王は言葉を紡ごうとしていた。
振りかぶった拳は僕の胸に吸い込まれるように振り下ろされる。
「生意気っ!!!」
その時だった。
その拍子に少しだけ頭を見せた何かの紙切れが僕の前に舞い降りたんだ。
「ん?なんだこれ?」
折りたたまれた何かの紙切れだ。
ちょっとやそっとじゃ破れない材質で出来てる高価そうな紙切れを僕は取り上げて目を通したんだ。
「ん?やけに立派な何々、、、、請、求、書?いったい何の請求書なんだ?」
「ん、、、ん!?ど、ど、ど、奴隷は目を潰すべき!!」
物騒な発言とともに幼女が僕の目を潰そうと飛びかかってきた。
でもこんな子供に僕が負けるわけがない。
片手間に彼女を寄せ付けないようにしながら僕は恐る恐る額面を見定めたんだ。
「これ何の数字って一、十、百、千、万、、、、億、、、十億、、、、12億!?すごい額だよね。君は王族だからっていい加減自重ってものを覚えるべきだと思うんだ。もう少し節約に倹約って言葉を知るべきだ。あれ?ちょっと待てよ、支払い先?がパトで、それでこの隅っこの連帯保証人に書いてあるサインって、、、、、、、ん!?僕のサインじゃないか!?指紋印も押印も押した覚えないんだけど、これってどういうことだよ!?それからこっちの裏紙は保険申請書?受取人が、、、パトってまさかこれって、、、」
「ん!?ど、ど、奴隷は今から黙ってこの世から消えるべき!!」
この時、僕は全てを悟ったんだ。
支払い先は《黒之世界》の闇カジノ宛。つまり彼女は僕が塞ぎ込んでいる時に大勝負の末に敗れ去ったと。そしていつもみたいに調子に乗った挙句、莫大な借金だけが残された。彼女の《王族の財布》(ロイヤルマネー)は連れ去られたグリンティアが持っていてこの場にはない、、、つまり今の彼女は完全に無一文。
だからパトは呆然自失だったのか。これじゃ僕の本心なんて伝わるわけがない。どうせ苦し紛れに僕に押し付けることしか思い浮かばなかったんだろう。自頭はいい癖にどこか残念なちびっ子だしね。
でも何で僕に保険掛けられて受け取り人がパトになるんだよ!!それに掛金の支払い人が僕ってどう考えてもおかしいじゃないか!?あと人を勝手に連帯保証人にするなよ!!こんな保険金詐称事件なんて誰が見てもバレバレじゃないか!?
待てよ、、、パトがこんなんだったら、、、まさか皆も、、、まさか、、、
「飛び立つグリフォンは跡を濁さず」なんて言葉が世の中にはある。
僕がその言葉をふと思い出した時にはすでに誰もいなかったんだ。
静かに宙に浮かぶ美少女店員が微笑みながら立派な鞭を構えている以外はね。
(๑• ̀д•́ )/ お客さん、彼女さんの代わりに私が、、、




