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31幕:人形使いは地に堕ちる 上

 全てが真っ暗だった。

 差し込む光は何もなく外の世界からは一筋も差し込むことはない。

 この世界の全てが闇に覆われていた。


 地に堕ちた世界の片隅で僕は明日を見ることができないでいたんだ。

 でもそんな世界で塞ぎこんだ僕に毎日顔を見せる人がいた。


「ごめんくださいお客さん、今日のご飯ですよ」

「・・・・」


 返事はできなかった。

 ただの屍のように成り下がった人間には慈悲を施す声すら届かない。

 部屋の隅で時を過ごすだけの存在はまさに生きていない唯の亡者の証なんだ。


「もぉーっお客さんったら少しは食べないとダメですよ。私と違ってお客さんはまだ死んでないんですよ。今日は特性ゾンビ粥ですからね」


 突如、壁越しに上半身をちょこんとセミロングの少女が心配そうな顔を覗かせた。

 前屈みになる彼女は男性にはとても無防備で危険な存在なんだ。

 はち切れそうな乳房が実は僕からは丸見えだなんて言えるはずもない。


 でも眼前でダボダボのブラウスから覗く柔らかそうな双丘がぷるんと揺れても僕は見向きもできないんだ。白色の下着で優しく包まれた未知の破壊力にはどんな男も負けるはずなんだけどね。


「そうでしたっ、、、ご主人さんからこう言われてんでしたね」


 宙に浮く透けた美少女の何らかの能力に囚われながら僕は柔らかい太ももの感触を後頭部に感じとった。そしてすぐに小さなスプーンが口元へと優しく誘うように促されるんだ。


 思考が思考だにしない状態で口だけが条件反射するかのように意図せずに動き出す。

 そうさ、僕の体はまるでゴーレムのように意識を持たない唯の屍でできた人形に成り下がったかのようなんだ。


「はいお客さんじゃなかった、、、、はいママのご飯ですよ」

「・・・・」

「はいお口を開けて、、、」

「・・・・」

「よく噛んで、、、ごっくんです」

「・・・・」

「はい良い子にできました」

「、、、ママ?、、、」

「・・・・」


「えへへ、、、そうでしたっ。私が今はママでした。お客さんは仕方ない子ですねぇ。しばらくママの胸の中でお寝んねですね」


 それから5分間僕は柔らかい母性の塊に身を包まれても僕は現実を見ることはなかった。あの日起こったことは夢とは違う。違うんだ。


「もぉーっ門番さんのおっしゃってた赤ちゃんプレイはダメですね。仕方ありません、、、それなら先生が考えた最終手段の時です」


 そのまま壁越しに消えた彼女の残り香を上の空で見つめていると入れ替わるように二人の少女が乗り込んで来た。一人は赤茶色の髪をした平素顔の幼女だった。そしてもう一人は大きなケモミミを生やした栗毛色の少女だ。


 つまり僕を地の底へと叩き落とした人間たちだった。


「、、、キエロ」


「ん。奴隷はいつまで逃げるつもり?」


「、、、シラナイ」


「ん?召使いはもういない」


「、、、ウルサイ」


「ん、奴隷の分際で生意気。もう話にならない」


「、、、ボクノセリフダ」


 彼女たちが僕の元を訪れたのはこれで何度目だろうか。あれから何ヶ月経っているのかは分からない。二人が先生たちと協力して感染症に手を打ったことや先輩たちが大活躍したことはこのケモミミの少女から耳にしている。知らない間にゾンビっ子だったパトも無事に元に戻っているしあーあー言って町中を彷徨っていた頃と比べると元どおりらしい。でも今の僕にはどうでもいいことだからね。グリンティアが消えてからの僕は己の存在すら怪しいような存在へと成り果てた。このまま時が経てば僕は亡き者(アンデッド)たちの仲間入りさ。実際、ゴーストやレイスに成った者たちなんてのもその最後は呆気なかったんじゃないかと思うんだ。だから案外僕みたいに残念な人生だったのかもしれないんじゃないかって思うんだ。


 彼女のように僕の前に現れる度に何かを口走り意味不明のセリフを吐き捨てる必要もないし相手をする必然もない、そもそも今の僕は全てを諦めたんだ。だから何度ここに来ようと立たせようとしてもダメなんだ。ダメなんだ。


 僕にはグリンティアに隣にいて欲しかった。


 二人に側にいて欲しかった。



 でも僕の心は折れてしまったんだ。


 ゲシゲシと背中を小さな足で踏んづけられようとビシバシと両頬を小さな手のひらでビンタされようと財布の中身を全て抜き取られようと何かの書類に無理やりサインをされようと拇印を押されようとも今の僕には何も響かない、、、響かないんだ。


「好きにしてくれ、、、、」


「ん?」


「もう好きなようにしてくれればいいんだ!!!!」


「ん。本当?」


「本当だよ!!好きにしてくれ!!そしてさっさと僕の前から今すぐ消えてくれ!!」


「ん。わかった、、、、奴隷の癖に、、、、生意気っ!!」


 激しく閉められたドアの乾いた音だけが室内に響き渡った。


 パトが何を考えていたかなんて分からない。

 去り際の彼女の瞳に涙が浮かんでいたなんて、この時の僕は少しも見えなかったし悔しくて泣いていたなんて思いもしなかったんだ。


 でもそんなことすら今の僕には関係ない。


 パトにすら見捨られた、いや見捨てさせたんだ。

 ただ自暴自棄になった僕の側に一人だけ静かに居残った少女が黙って口を開いた。


 その声は少しだけ震えていたのかもしれない。

 僕には関係ないんだ。


 でも彼女は細く糸を辿るような感じだ。

 それでも彼女は僕に語りかけた。


「シューくん、、、、もしもですよ」


 その声は細く拙くとてもとても悲しさに満ちているかのようだった。


「・・・・」


 でもその表情が少しずつ希望の灯火を点けていたことを僕は知らない。


「もしホットルくんとコルドルくんを取り戻せる。そしてグリンティアさんを生き返らせることができる可能性がたった一つだけあるとしたら、、、」


「・・・・」


「シューくんはもう一度立ち上がることができますか?」


 親友たちを奪い取られた日。

 そしてグリンティアを殺され奪われた日。


 あの日から数ヶ月。


 僕は初めて顔を上げた。

 そして彼女の今にも泣き出しそうな顔を見て僕は拳を強く握りしめたんだ。




どこぞの女神様(・`ω・):え!?、、、NTRですか?


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