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30.5幕:人形師は、、、

 差し込む月光の中で少年は静かに見下ろした。


 周囲は全てが暗く自分以外の全てが闇に満ちていた。

 もちろん視線の先に佇む少年もまたその闇の中に溶け込み、注意深く目を凝らさなければ見落としてしまうことだろう。無機物に囲まれた世界では動きがない生物もまた同じようなものだ。


 先ほどまで必死に運命に抗っていた赤く染まったままの少年は動く気配はない。

 このまま時間が経てば確実にこの世の者とはいられないだろう。

 彼もまた少年の心変わりが無ければ無機物として様変わりしていたのかもしれない。


 しかし少年は自分よりも年上の少年から興味を削がれたように目を移すと傍の仲間へと声を掛けた。


「これからよろしくね君たち」

「「、、、御意」」


 掛け声の相手は新たに彼の下僕となった二体のぬいぐるみの人形たちだった。

 剣を持つぬいぐるみと魔法の杖を持つぬいぐるみ。

 そんな二体が表情を無くした人形のような顔で静かに佇んでいる。


 彼らは10年ほど前に流行した童話の英雄たちを再現し販売されたものだ。ホットルとコルドル。かつて並み居る大悪党やドラゴンを倒し一国の姫を護り世界を救った二人の英雄の名だ。創作の主人公なのだが、男性の中で彼らを知らないものはいないだろう。子供たちは当然のことながら大人たちもまた彼らのことを心に秘めて憧れ成長していくのだ。心の中で彼らのようになりたいと願いながら。


 そんな彼らのことを懐かしみながら少年はふと呟いた。


「もし彼らが生きてたら、、、僕も助けてもらえたかな」


「・・・・」


「もし姉さんだったら、、、」


「・・・・」


「ごめんねグリンティア。帰ろうか僕たちの家に」


 背後に控えていた彼女もまた新しく仲間になった人形だった。

 ただし彼女に向ける想いだけは特別なものだったのだが。


 彼女の手を取り身体に風を纏い迷宮から飛び出そうとした時だった。


「お兄ちゃん、、、」


 一人の少女が息も絶え絶えな様子で纏わり付いてきた。

 自身と変わらない年頃の少女だ。ただしその姿はボロボロで大変汚らしかった。


 たぶん必死にここまで逃げてきたのだろう。

 ひょっとしたら穴が空いた天井から落ちてきたのかもしれないが記憶にはない。


 ただしその身体に残された時間はすでにないようだ。あと一刻もすれば、先ほどぶった切られた彼と同じ運命を辿ることだろう。もっとも彼は運が良ければ助かるのだが、こちらはどうやらすでに手遅れだった。それに奇病に侵されているらしく結局はどうやっても助からないだろう。死んだ瞳がその証拠だ。


 そんな彼女を見て哀愁に情に流されたのだろうか。

 それとも健気な想いを汲み取ったのだろうか。


 それにしても自分を兄と間違えるなんて滑稽な話だった。まるでかつての自分を重ねているようだなんて一瞬だけでも思いついた自分を心で嘲笑しながら少年は静かに語りかけた。


「うーん、、、仕方ないなぁ。僕はお兄ちゃんじゃないんだけど、、、どうしたんだい?」


「私の大好きなお兄ちゃん、、、ホットルとコルドルがいないの。いきなり穴が空いたと思ったら、、、どこかわからなくて、、、お兄ちゃんが消えてしまって、、、」


「うーん、、、大丈夫だよ。二人ともすぐそこにいるさ。だから心配ないよ」


「ほんと?私、、、もう目が、、、、見えないの。だから、、、お兄ちゃんの側にいていい?」


「うーん、、、いいよ。こっちにおいで」


「、、、うん。お兄ちゃん手を、、、繋いで」


「わかったよ。はい」


 自身と変わらない小さな手を紡ぐと少年は彼女を抱き寄せた。

 最後くらいは彼女の言うことを聞いてあげようという変な想いはグリンティアが側にいたせいなのだろうか。よく分からなかったが姉と瓜二つの彼女なら姉ならこうするだろうと少年はふと思い出したかのように手を差し伸ばしたのだった。


「お兄ちゃん、、、私死ぬの?」


「大丈夫だよ。僕がいるからね」


「でも何も見えないし、、、、耳がだんだん聞こえなくなってくるし、、、もうお兄ちゃんの感触がないの」


「うーん、、、でもお兄ちゃんがいるから大丈夫さ。たぶん眠たいだけだよ、だからお兄ちゃんが子守唄を歌ってあげるね」


「じゃあお兄ちゃん、、、約束して、、、」


「何だい?」


「嘘ついたら、、、針千本飲みますって、、、」


「うーん、、、物騒だなぁ。仕方ないけど可愛い妹の最後の頼みだから、、、はい、じゃあ、、、」


「「指切りげんまん嘘ついたら」」


「針千本飲ーます」

「針千本で魂消滅させる」


「「指切った!!」」


 !?!??!?!??!?


「えっ!?」


 途端に少年を襲ったのは言い表せない何かだった。

 心が体が魂が全てが削り取られていく感覚。

 己が己でなくなっていく感覚が身体中を駆け巡っていく。


「しまった。これは、、、呪言。まさか君は、、、まさか!?」

「ん?妹の言うことは絶対。お兄ちゃんは嘘を吐いた」


 態度が急変した自称妹は踵を返したかのようにドヤ顔を浮かべている。

 病に侵されていたはずの少女の足取りは先ほどからは程遠く瞳は輝きに満ちている。

 まるで化物に騙されたかのようだ。


「でも、、、、」


 ぱふんという大音声と共に白煙が周囲に迸った。

 そして十数秒後、そこに残されたのは小さな少女と傷つき倒れた少年だけだった。


 身代わり人形。

 全てのダメージを人形に肩代わりさせ命を守る魔道具だ。ただし少年が使用するのは自作した特注品であり一点物だ。


 飛ばされた砂漠の荒野では少年が月の下で佇んでいた。

 当然、周囲には少年のお側付きも同様に飛ばされており傍に控えているが声を出す者はいない。どうやら周囲に危険はないようだ。


「してやられたよね。本当に危ないところだったけどお互い知らない関係ということが幸運だったよね。末は恐ろしい女性になりそうだよ、ねぇグリンティア?」


「・・・・」


「でも僕の勝ちだよ。それにしても何かなぁ」


「・・・・」


「何だろう?胸がぽっかりと空いたようなこの感じ、、、」


「・・・・」


「分かんないよね、、、姉さん」


 そして小さな少年は空に浮かぶ月を見上げたのだった。












 パト(๑• ̀д•́ )✧:ん?私が主役。


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