30幕:人形使いは神託を悟る
差し込む青い月の光は崩落した天上から神の息吹のように差し込んだ。
その光に真っ直ぐに照らされた少女が輝きを失う瞳で僕を見つめていた。
「シュ、、ガール、、、逃げ、、て、、、」
僕の目の前で愛しの彼女が凶刃に貫かれた。
柔らかく甘い香りがする彼女から広がる鉄の匂いが夢を現実だと教えてくれる。
その彼女の後ろで大切な相棒であり仲間であり親友だった二人が静かに佇んでいた。
彼らが僕の言うことを無視するなんてありえない。
二人とも大切な相棒なんだ。小さい頃から一緒に過ごしてきた大切な親友なんだ。
でも目の前で起きた出来事は非常な現実だった。
もし彼女が二人の前に立ち塞がらなかったら僕は死んでいたかもしれない。
だから彼女は己の病んだ体を盾にして咄嗟に僕を庇った。
『風前の魔灯』という言葉を聞いたことがある。
確か生命の命が消える瞬間を慣用句で表した表現だ。元貴族の僕も小さい頃に教わった何気ない表し方だったと思う。
僕の前でグリンティアの瞳がその言葉通りに少しずつ輝きを失っていく。今の彼女を表現するならまさにその一言が最適かもしれない。冗談じゃないクソ表現だ。このままでは彼女が死んでしまう。
でも僕はそんなこと認めない。認めるわけがないんだ。
「ホットル!?コルドル!?正気に戻ってくれ!!くそっ、、、、グリンティア!!グリンティア!!」
でも二人の歩みは止まらない。
振りかざした剣と杖を再度構えながら命の灯が尽きようとする彼女を無視して得物を静かに振りかざす。
しかし彼女にはもう立ち塞がるだけの力は残っていない。今にも崩れ落ちそうなほど彼女の輝きは消えかかっている。
僕はその場で倒れこもうとする彼女を必死で受け止めると貫かれた箇所にポーションを流し込みながら必死に止血しようとした。幸い多少なら動く体で背中側を直接圧迫し胸側中央からは薬剤を直接ぶっかける。そして震える手を必死に抑えながら僕は彼女を抱きしめ続けたんだ。
でも心臓の鼓動が少しずつ消えていく。彼女の温かさがだんだんと消えていく。あの温もりが僕の人生を繋ぎ止めてくれた僕を救ってくれた温もりが消えていくんだ。
少しでも時間を時間を、、、ダメだ。出血が酷すぎる。ポーション類じゃ応急処置にならない。せめて伝説のエリクサーか、ケモミくらいの凄腕の神官の上級回復術がないと話にもならない。彼女ならグリンティアを救うことも復活させることもできるはずなんだ。
でもこの場に彼女はいない。
鼓動が消えつつある彼女を救う方法が彼女以外に存在しない。
どうすれば、、、どうすればいい!?
僕には人形に纏わることしかできない。
「グリンティア!!」
鼓動が消えた彼女を僕は必死に抱きしめながら考えた。
手持ちの薬剤類は尽きた。
ポーションもエーテルも何もかも使い切った。じいやさんたちに頂いた上級薬も特効薬にはならなかった。
時間がない僕の前に二人が近づいてくる。
今の僕にできることは、、、僕にできることは人形に関することだけ、、、人形に、、関する?
人形にする!?
一つだけ方法があるじゃないか。
僕には一つだけ残された方法がある。一つだけあるじゃないか。
僕に残された手段はこれしかない。
だから今は手段を選んでいる時じゃないんだ!!
【人形化!!】
そうさ。僕は無機物も無機物以外の生命体も人形化できる。以前、パトに試した通りにね。よく考えてみたら何でも人形化できるなんておかしなことなんだ。だからあれ以来、ほとんど使用していない。それに彼女の頭が残念になった原因に人形化があるかもしれないんだ。元々おかしかったのは抜きにしてね。全てを人形化すること自体、倫理観や恐れがあって僕は今だにほとんど使用していない。
パトの件?それは問題外さ。
だから僕は鼓動が止まったばかりの彼女に人形化を使用した。
抱きかかえる彼女の肌触りがだんだんと変化していく。柔らかく温かさを持った質感から無機物のように荒っぽく冷たい質感へと。たぶん僕のレベルが低いからで上がれば違うはずなんだ。でも僕の今の腕はやこれが限度だ。それでも彼女を失うことに比べたら小さなことだ。
そして彼女をギリギリで繫ぎ止めることができた。
「お兄ちゃん、、、今のってもしかしてお姉ちゃんを人形にした?」
「邪魔するな!!!なっ!?」
僕が少しだけ安堵していると元凶の小さな男の子がすぐ側で僕たちを静かに見下ろしていたんだ。
グリンティアに僕の術を使ったことを一目で見抜いたらしい。彼のあまりの恐ろしさに僕は咄嗟に彼女から遠ざけようとしたが、彼の視線を浴びただけで僕の体が動かなくなった。
それでも彼は僕たちを不思議そうに見つめている。
あの純粋そうで潔白な瞳に最大限の好奇心を浮かべて。
なんで彼がこんなに執着しているのか僕には意味が分からない。
「お兄ちゃんごめんね、僕は勘違いしてたんだ。まさかお姉ちゃんを完全な人形にするなんて僕にはできないのに、、、やっぱりお兄ちゃんは僕とは相反する存在だったんだね」
そして彼女にちょんと触れると僕の目の前でこう言い放ったんだ。
「お姉ちゃんありがとう。僕お姉ちゃんのこと大好きだよ、僕にこんな大切なことを気づかせてくれるなんてこれは運命だよね。だからいつまでも僕の側で生き続けなよ」
僕の目の前で彼女の紅く染まった唇が奪われた。
何なんだろうか。僕の中で蠢く何かが湧き出してくる。
僕の大切な彼女にこんなことをして。彼女を傷つけて意味不明なことをほざいて好き放題なことをやらかすこのガキを僕は僕は、、、、、絶対に許せない。絶対に許せるはずがないんだ!!
「お前を、、、ぶっ殺してやる!!!!」
僕はぶった切られた。
「ホッ、、、トル?」
そして吹き飛ばされた。
「コ、、、ル、、、ド、、、ル?」
意識が朦朧とする中、僕は背後の石壁に叩き付けられ、もはや息をすることも顔を上げることもできなかった。
目の前の光景が赤く薄れゆく中で僕をあざ笑うかのように彼は口にした。
「今はまだ殺さない。もっと修行して強くなってから彼女を取り戻しにおいでよ」
「ふ、、、ざけ、、、る、、、僕の、、、グリン、、、ティ、、アを、、、、渡、、すもんか、、」
「違うよお兄ちゃん。僕のグリンティアだよ」
消えゆく視線の中、真っ赤な血溜まりに反射した丸い天体が映った。
その姿はまさに女神様の予言の通りだった。
赤い月が見えるにはまだ何年も先の話。
あの現象は数年に一度に偶然が重なって起きる現象だと言われている。
そんなことを思い出しながら、、、
「赤、、い、、、月、、、」
僕の意識はそこで途絶えた。
そして僕は光を失ったんだ。
パト(´・ω・):ん、、、出番がない。




