20幕:人形使いはバトルロイヤルに参加する 下
全ての光景がゆっくりと感じられた。
眼前に映る魔石灯や観客の一人一人の顔が今ははっきりと区別できる。VIP席横の個室からこちらを眺めているパトの顔をは普段と変わらず抑揚のないいつもの表情だ。絶対にあの顔はこちらのことなんか心配もしてないに違いない。きっと今日の晩御飯は何にしようかという顔なんだ。
ん。今日はお肉食べたい、なんて思っているに違いない。
最前列にいる愛しのグリンティアの顔は青白いように見えた。
大丈夫だから、、、心配しなくていいんだ。
祈るように両手をぎゅっと握りながら僕を見つめている様はまさに僕だけの女神様だ。
後で絶対に二人きりの甘い時間を過ごすんだ。そしてできれば背中を足で踏んづけてもらいたい。あとは蔑んだ視線を送られるのも悪くない。
ゆっくりと動く時間と反して僕の思考は尋常じゃないほど早いらしい。
次々と余計なことや奴のことが頭に浮かんできてはどうすればいいのかを取捨選択してくれる。
徐々に迫り来る奴の一撃はすぐそこまで迫っている。
だけど今の僕には通用しない。
今は奴の動きだけでなく魔力の流れすら完全に捉えてるんだ。
それに布石はすでに終えているんだ。
僕は背中越しに打ち上げられ宙を舞っている途中だ。
一方のホーンワーウルフは魔力をツノに集めながら僕に一直線に飛びかかっていた。
奴にとってこれが最大の必殺技であり最後の一撃なんだろう。
今までに見せることがなかった切り札中の切り札。
あんなのをガードすればそれだけで僕は絶命することは間違いがない。空にいる限り身動きが取れない僕には、例え体を捻りバックルで奴の一撃をいなそうとしても大ダメージは避けられないだろう。
だから僕も数ある手の中で最良と言える手段を取ることにしたんだ。
「グワォォオオオォオォッ!!!!!!」
奴の叫びとともにツノへと供給される魔力が膨れ上がった。
ツノで僕を突き刺すと同時に炸裂させる気か、もしくは至近距離でゼロ距離照射するのか。
どちらにしても今の僕には避ける手段はない。
だから、、、
「ギャォオッ!?」
タイミングよく飛び上がった奴の跳躍が強制的に止められた。
一体何を足元に仕込んでいたのか、奴自身何をされたかわからないだろう。
突如として発生した砂の両手が奴の後足を掴み取り動きを阻害したんだ。
僕が先ほども呪文を唱える振りをしてこっそりと利用したやつだ。
結果、タイミングがズラされ奴の体のバランスが崩れた。
もはや刺突は問題なく、あの呪文だけを封じればいい。だから僕は体を捻り回転しながらツノをバックルで叩きつけ、、、魔力の塊を違う方向に誘爆させたんだ。
すかさずその勢いを利用して剣をそのまま奴の口内に突き入れようとした時だった。
「こっちが切り札か!?やるな!!」
僕の全力を込めた一撃が奴の口から体内へと突き刺さるのと魔力が込められた前爪の一撃が僕を捉えたのは同時だった。
大量の鮮血が迸りホーンワーウルフは沈んだ。
そして僕もまた軽い爆発とともに舞台脇に出現した。
「勝負あり!!この勝負、、、引き分けだぁーーーーっ!!!」
MCの盛大な掛け声とともに場内が湧き乱れた。
今日一番の大勝負に期待されるだけの道化を演じられたかは分からない。
けれどこれは当初の予定通りなんだ。
だから僕は誰にも分からないようにニヤリと笑みを浮かべたんだ。
「シュガール怪我はない!?痛いところは!?大丈夫よね!?」
「グリンティア、、、大丈夫だよ。人形使ってるから致命傷は負わないさ」
「そうよね、、、だけど何度見てもあんなシーンだけは慣れないわ」
「僕もだよ。倒すだけの方がまだ楽だ」
控室に飛び込んできた彼女の表情は今だに引き攣ったままだった。
当然だが僕の体には穴は開いていないし黒焦げにもなっていない。
身代人形という魔道具により僕は絶対に大怪我することも死ぬことはありえないんだ。
それでもあの命のやり取りが差し迫る光景だけは僕もグリンティアも今だに慣れることはなかったんだけど。
とにかくこの人形は稀代の大魔導士の一人が発明したという魔道具だ。
人の形をした人形に己の魔力を込めることで大怪我だったり致命傷だったりを肩代わりしてくれる機能がある。魔力を持つ人間なら誰でも使えて、かつ比較的安価なため、冒険者には必需品として重用されている。人形の種類によっては煙幕を放ち身を眩ませたり、遠方に魔法陣を用いることで脱出できたりと様々な特殊機能を付与されたものもあるらしいんだ。結構、高くなるけどね。
欠点としては一度に多くの人形を持てないといったところだろう。魔術の発動自体にそれなりの魔力を消耗するらしく普通は多くても2、3個扱えればいいらしい。
王国の爺やさんとの訓練でも何度も取り扱っていたからどんな性能かは熟知しているんだよね。
人形ありの訓練となしとの訓練はどちらも過酷だったんだ。今だに思い出したくないほどの出来事だったから今はもう記憶の奥底に封印する予定さ。
それから遅れて訪れたちびっ子じゃなかった、うちの小さな神様は上機嫌だ。きっとかなりの額を設けたに違いない。いつもと変わらない表情が若干赤みを帯びているような気がするんだ。
そんな最高潮にいるパトは僕にこう呟いた。
「ん。奴隷はよく頑張った」(パト)
「珍しい、、、ちびっこが早々に褒めるなんて」(グリンティア)
「ん。私はデキる女。部下の評価も仕事のうち」(パト)
「いや僕は君の部下になった覚えはないんだけど、、、」(シュガール)
「ん?奴隷は己の立場を弁えるべき」(パト)
「いやそれは君のことだよね?」(シュガール)
「ん?私は王女、この世界の頂点。そしてこのギルドの新たな神」(パト)
彼女がなんでそこまでドヤ顔に慣れるのか不思議なんだが、、、
そんなパトをグリンティアが呆れたように諌めるのもお約束だ。
「もぉーちびっ子調子に乗りすぎ」(グリンティア)
「ん。ちびっ子いうな」(パト)
「はいはい、、、ともかくうちのお嬢様はワガママなんだからもう少し謙虚でいるべきw」(グリンティア)
「ん。中々うまい。では奴隷に褒美を与えるべき」(パト)
「へぇじゃあ自由が欲しい」(シュガール)
「ん。籠の中の自由」(パト)
「君絶対分かってないよね?」(シュガール)
「ん。奴隷にはこれから自由に背中を踏んづけるべき」(パト)
「、、、、」(シュガール)
「シュガール今、少しだけ心が動いたでしょ?」(グリンティア)
「いやグリンティアに踏んづけられるならいいかなって」(シュガール)
「シュガール、、、」(内心複雑なグリンティア)
「本当に面白い方々ですねぇ」
その時、気配なく会話に入り込んできたのは、このカジノを紹介してくれたケモミミを持つ少女だった。可憐で可愛らしい美少女はまるで生きた人形のようで僕は思わずもふもふと愛でたい衝動に駆られたんだけど、、、
そんな彼女が微笑みながら静かに近づいてきて驚くべきことを口にしたんだ。
「あのバケモノのことを知りたいのならば『女神様』に直接お伺いになられた方がよろしいかと思いますけどぉ、、、、どうしますかぁ?」
それは僕たちが予想だにすることがないほどの驚嘆すべき言葉だったんだ。
ホットル、コルドル(๑• ̀д•́ (๑• ̀д•́ )✧:コインの山ができおったぞっ!!




