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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョンの主、合言葉を忘れて閉じ込められる。

作者: Amphis

「合言葉……マスターパスワード……。ぐがが……!思い出せない!」


 俺さまはギガンテラ。過去七つの王国を滅ぼした、泣く子も黙る大魔術師リッチだ。

 今日は長い長い眠りから数百年ぶりに目ざめた、記念すべき日である。我が宮殿である地下ダンジョンから、再び地上に出て万物の霊長などといってうぬぼれている種族を喰らう前段階。俺さまの魔力と怪力に卑小な人間どもは恐れおののき、我をこそ神と崇める邪教の徒どもは絶望的な歓喜の声をあげる。

 だがそのためには、眼前にそびえるこの<カタクナの門>のカギを外さなければいけないのだが……。

 

 

《パスワードが間違っています。もう一度入力しなおしてください》

 

 

「ええい面倒くさい……。ナジルレ・カモカワ・ケメラレ・メルヒモ・ウタグチ・ピピカト……」

 誰だこんな複雑なパスワードを設定したバカは。我か。

 ブツブツぼやきながらも【門】のホログラムに表示されている空欄を埋めていく。無駄にアナログからデジタルにした結果がこれだ。五度目か六度目に地上の世界を滅ぼしたとき、『地上デジタル化』ならぬ『地下デジタル化』をしたのだが、設定した肝心のパスワードを忘れてしまったのだ。

 

 

《パスワードが間違っています。もう一度入力しなおしてください》

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 思わず叫ぶ。既に頭の中はパニック状態だ。冷や汗が背中を伝うのを感じる。

 これなら昔の古めかしい鍵のままにしておくべきだった。変に防犯を意識して、鍵の仕組みを変えたりあれやこれやと気を巡らせたのがばかばかしい。

 自分が閉じ込められてどうするのか。

 

「たのむ、開いてくれ……!!!」

 

 100文字にも及ぶ長大なパスワードを入力しなおして、性懲りもなくまた試す。

 

 

《パスワードが間違っています。もう一度入力しなおしてください》

 

 

 だが結果は同じ。

 これをもう何度となく繰り返している。試行回数に制限を設けるオプションをOFFにしておいたのがせめてもの救いだが、それだけにめまいがする。

 いま自分が覚えている文字列の順序一か所が違うだけで、鍵は無効なのだ。はっきりいって自分の記憶力に自信がない。前回に滅ぼした王国がどういった文明だったかすら定かではないのだ。記憶があいまいだ。目ざめてからさほど時間は経っていないから、まだ寝ぼけているのだろうか。

 

「どこがどう違うというのだ……」

 

 途方に暮れる。うんざりする。過去の自分を呼び出せたらぶんなぐってやりたい気分だ。

 着用していた寝巻のあちこちを探して、メモか何かにパスワードを書きつけていないか探る。だが、ひとつもない。糸くずだけだ。

 

「くそがあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 叫んでみるが、喉を痛めるだけでなんの意味もない。ホログラムは無情にも空欄の表示を続けている。変化の一つさえうかがえない。

 孤立無援だ。

 

「どうにかしなければ……。確かこのあたりに……」

 

 門のそばに転がっている木箱に近づく。説明書を置いてそのまま動かしていないから、開錠のヒントになるのではないかと踏んだのだ。

 

「あった! これだああああああああああ!!」


 ぼろぼろの紙切れの束が、ガラクタであふれた木箱の底からあらわれた。あちこち黄ばんでいて汚れているが、読むことに支障はなさそうだ。

 ほっと胸をなでおろした。

 

『○×△□さま……絶対脱出禁止魂縛結晶【囹圄】をお買い上げありがとうございます。以下は説明書となります。』


 ページをめくると、文字は激しく色あせていたが、なんとか読めた。製品の販売元は、カタクナ社、と判別できた。かつての取引の詳細は記憶のかなただが、なんとなく聴きなじみがある社名だ。門の名前とおなじだと気付いて、合点がいった。

 

「なになに……。この容器は対象の封入後、専門の有資格者の魔力によって厳重に封印する必要があります……だと?」


 文面から突如として不穏な意味合いを感じ取った。結晶、なのか? 扉ではなく?


『当社はお客様の安心・安全・平和な暮らしの維持を任務とする特殊警備会社です。おかげさまで、王族方の支持と、専任魔術師ギルドの認可を受け、この度わが社の優秀なスタッフの持ちうるすべてのノウハウを詰め込んだこの逸品を製品化し、この混迷の世に送り出すことができました……』


 読み進めるほどに、言いようのない寒気が背筋を超えて頭のてっぺんまでのぼってきた。もしや……いま俺が対峙しているのは扉ではなく……。


『この製品は、魔力により対象となったものの精神のみを身体から引きはがし、特殊な構造をした弊社独自の技術による加工を経たクリスタルの中に永続的に封入いたします。また、捉えられた精神の感じる時間の流れは自動的に数千倍に引き伸ばされ、これによって逃れ出ようとする対象の気力をくじき、二重三重の防護柵によって内側から封印を破ることを限りなく不可能に近づけます。弊社はこの点に関して堂々業界第一位の実績を有し、魔術師の皆様方には……』


 その後もつらつらと顧客向けの華麗な宣伝文句が長々と続いていたが、読み進めることはできなかった。頭が真っ白になって、考えることができない。



『オプションとして、対象人物がはやばやと狂気に陥らないよう、内部で巧妙な幻覚や思い込みに陥らせる追加のシステムもご提案できます……』



 眼前に不動にそびえたっていた門は、いつのまにか消え去ってしまっていた。というよりも、そんなものは初めから存在していなかったのだ。

門があったはずの場所には、ただ暗黒と、虚ろな空間が果てもなく伸びているだけだった。その虛空に自分だけがぷかぷか浮いていた。


 つまるところ、これだけがおれの全世界なのだ。ここから逃れ出ることは、だれにもできない。

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