衝撃まみれの幕引き
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「お前、最上伊作だろ?」
一番聞きたかった言葉を言ってくれた。弓絵はそう思った。それは弓絵の姿をした者ではなく、伊作の姿をした〝弓絵〟の感情であった。どうして気づけたのか?だとか、いつから分かっていたのか?だとか、そんな疑問は弓絵の中ですっ飛んでいた。あるのはただ、自分はこの人物に救われるのだろうという、純然たる確実な未来への嬉々であった。
一方、弓絵の姿をした者――紺星に〝最上伊作〟と呼ばれた人物は、あまりの衝撃だったのか言葉を失っていた。皐月は紺星の想定外の言葉に顔色を自惚れから絶望へと変化させていた。己にとって唯一の切り札が散り散りに破り捨てられたのだ、目の前の子供に。当然の反応である。
青花の方は紺星の言葉で違和感の正体のしっぽを掴んだようで、紺星に対して更なる畏敬の念を感じていた。
皐月が必死の抵抗で言葉を紡ごうとすると、弓絵と伊作の体に変化が起こった。そう、元に戻ったのである。弓絵が弓絵に、伊作が伊作の姿に変化したのだ。そこにはシャツ一枚の伊作と伊作の私服を着た弓絵が完成していた。弓絵は姿が戻ったのと同時に顔色も悪くなっていた。変身魔術で顔色まで隠蔽されていたのだ。それを見た皐月は弓絵同様顔色を悪くし、己の目を疑った。
「ど、どうして変身魔術が!」
「ん?知らなかったのか?〝変身魔術〟はバレた時点で解けるんだぞ」
「そ、そんな……」
〝変身魔術〟それは己や他者の姿を別のものに変える魔術である。これが皐月の切り札だったのだ。この魔術は第三者に見破られた時点で効力を持たない。その事実を知らなかったのか、皐月は膝から崩れ落ちてしまった。
その様子を見ていた伊作と弓絵はこうなった経緯について思いを巡らせていた。
弓絵は気づいたらそこにいた。その檻の中に。弓絵は親友や親交のあった人物たちを殺した犯人を捜す為に躍起になっていた。それが伊作、いや、皐月の目に留まったのだ。
そして弓絵がいつも通り事件について調べていると、突然見知らぬ男たちに襲われてしまったのだ。後ろからスタンガンで襲われ、完全には避けきれず、檻に囚われてしまったのだった。
檻の中の弓絵に皐月はある提案をした。これ以上の被害者を出したくなければ、自分の命令に従えと。弓絵は伊作がこの犯行を良しとしていないことを見抜いていたが、同時に伊作が皐月に逆らえないことも分かっていた。身近に頼る人間がいなかった弓絵は仕方なく皐月の要求を呑んだのだった。
そして今日。紺星たちが訪ねてくる際、もし自分たちの犯行の証拠を提示され、警察にも通報されてしまった場合、伊作の代わりに弓絵を警察に差し出すつもりだったのだ。逆に伊作の方は警察に保護されることになる。弓絵の姿の伊作が皐月は事件と無関係だと話せば、皐月は解放されると考えたのだ。
そうして伊作の変身魔術で、弓絵は伊作、伊作は弓絵の姿に変化したのだった。
だが現在。そんな皐月の目論見は紺星によってあっさり崩れ落ち、皐月は人生の終わりを覚悟した。それは伊作も同様に。そんな二人を弓絵は睨み据えた。たくさんの人の命を奪った罪深い分際で、命があるだけ感謝しろと言いたげな目だった。
「変身魔術を知っていたようだし、もう言い逃れはできねぇぜ。最上皐月、公務執行妨害の現行犯、及び連続殺人計画の容疑で逮捕する」
紺星は茫然としている皐月の手首に手錠をかけると腕時計を確認した。その後青花に目線を送り、他の隊員たちを呼ぶよう頼むと、伊作と弓絵に視線を向けた。
伊作はポカンとしており、弓絵は何か納得いかないような顔をしていた。紺星はその理由に見当がついていたが、白々しく二人に問いかけた。
「なんだお前ら。何か不満なのか?」
「あ、あの、失礼を承知で申しますが、どうして逮捕するのがあの女だけなのですか?」
「……」
弓絵の当然の疑問に伊作が顔を暗くした。伊作も当然自分も逮捕されると思っていたのだ。だが紺星が手錠をかけたのは皐月のみ。それを疑問に思っていたのだ。
「は?この事件の首謀者はあのアマ。実行犯は金で雇われた男たち。そいつのやったことと言えば、雇われた男とあの女の仲介や、俺たちをここに呼んだぐらいだろ?大したことしてねぇし、未成年だ。厳重注意ぐらいで済む。それにあの女に脅されてやっていたことなら、寧ろ佐戸野弓絵、お前と同じ被害者ってことになる」
「そ、そんな……」
そう、伊作は誰も殺していない。殺そうともしていない。ただ母親の命令に従っていただけ。ただそれだけなのだ。だからと言って弓絵にとって伊作は、親友が殺されるのをただ黙って見ていただけの許せない相手。そう簡単に納得できるわけがないのだ。そんな弓絵を尻目に紺星がサクサクと話を進めた。
「なぁ、最上伊作。お前、警察に興味ないか?」
「……は?」
「紺?」
全員が呆気にとられた。紺星の発言の意味は分かっていた。だからこそ信じられなかった。紺星は伊作に警察組織で働かないかと持ち掛けたのだから。伊作が罪に問われないという時点で動揺しているというのに、あまりにもな急展開だったのだ。弓絵は呆気にとられたと同時に怒りを露わにした。
「な……何を言っているんですか!こ、こんな犯罪者を警察組織に引き入れるなど!ユスティーの隊長ともあろうお方が!そんな無責任な発言を……!」
「おい。黙って聞いてりゃ随分勝手なこと言ってくれるじゃねぇか……。てめぇの親友が奪われて怒り狂ってるのは分かるが、相葉加代子が死んだのはこいつのせいじゃねぇ。最上皐月が原因だ。それでも伊作のせいだっていうならお前も俺たち警察も相葉加代子を救えなかった人殺しだ」
「……っ」
紺星は弓絵にとって一番痛いところをついたのだ。そう、弓絵が一番攻めていたのは自分自身。それを紺星は見透かしていたのだ。伊作は被害者が殺されていくのを黙って見ているだけで救うことができなかった。それは弓絵も同様に。一番の唯一無二さえ救えなかった自分を弓絵は酷く恨んでいたのだ。
「てめぇに最上伊作の何がわかる?てめぇがコイツの人生の何を知ってるって言うんだ?伊作のことを何も知らねぇくせに知ったような口きいてんじゃねぇよ」
更に紺星が言い募ると、その言葉で限界が来たようだった。因みに限界が来たのは伊作の方だ。伊作の目には涙がいっぱいに溜まっていた。
伊作の人生は生まれる前からあの女によって支配されていた。そして皐月の思うままに行動し伊作に拒否権など無かった。自分を肯定してくれる人間など、情を持ってくれる家族など一人もいなかった。にも拘らず、目の前に悠然と立っているこの国最強の男が自分の為に憤ってくれている。その事実で感情のコントロールが効かなくなってしまったのだ。
「それにユスティー隊員の一人の柳瀬寛は元々殺人犯だったんだぞ」
「……そんな……ユスティー隊員が……?」
驚愕で顔を青ざめたのは弓絵だけではなかった。伊作も同様に信じられないようだった。この国最強の部隊、ユスティーの隊員が元犯罪者なんて、誰も信じないだろう。情報源がユスティーの関係者でもない限り。それぐらいの衝撃だったのだ。
「例えお前の言うような犯罪者だったとしても、俺は伊作を連れて行く。寛と同じようにな」
その場にいない寛に思いを馳せながら、紺星はそう言い放った。あまりの衝撃で身動きが取れなくなった二人を見て紺星はため息をつくと、またもや爆弾発言を投下した。
「それにお前ら腹違いとはいえ姉弟なんだし、あんまそういうこと言ってやるなよ」
「……え……何を言って……」
弓絵と青花は紺星の大爆弾発言投下によって、目を点にした。弓絵は理解不能といった様子だったが、青花は紺星が弓絵の個人情報を調べていたことを知っている。その為紺星の発言が事実だということは理解していたが、予想の斜め上を行くこの事件の犯行の動機に勘付き、情報の整理に必死になっていた。
伊作の方はというと、紺星がその事柄を持ち出したことには驚いていたが、その事実自体は知っていたようで、ばつの悪そうな顔をした。そう、紺星の言ったとおり、弓絵と伊作は姉弟なのだ。
「だから、佐戸野弓絵は正妻の子供で、伊作の方は愛人だった皐月の子供って訳だ」
「そ、そんな……父上が愛人なんて……」
弓絵の父親は有名な政治家で、弓絵はそれはそれは厳しく育てられた。父親はとても威厳ある日本男児で、とても愛人を作るような人間だとは弓絵は思っていなかったのだ。
正妻の子供と愛人の子供、どちらが優遇されるかなんて言うまでもない。それがこの事件の動機となってしまったのだ。巻き込まれた子供たちは堪ったもんじゃないが。
「要するに今回の一連の事件は、正妻の娘であるお前に対する復讐って訳だ。皐月は愛人とはいえあの政治家の子供を産んだ女だ。金銭面で不自由はしなかったようだが、周りの視線や対応の違い、それと子供の劣等感もあったのかもな。それが積もり積もってお前に対する復讐心が燃え上がっていったんだろう」
「そんな理由で……加代子を……?みんなを……?」
弓絵は虚ろな目で座り込んで動かない皐月を睨み据えた。伊作は様々な感情で揺れに揺れていた。一番大きな感情は、母親がしでかしたことを止めることができなかった罪悪感。それに弓絵に対する劣等感や自分に対する嫌悪感などが混ざっていた。
伊作は生まれた時から母親に否定され続けるだけの人生だった。お前はどうして弓絵より優秀じゃないんだ?どうしてもっと上手くできないんだ?どうしてあの男の子供を産んだのに誰もそれを認めてくれないんだ?そういった憎悪の感情を皐月によって、身近にいた伊作はぶつけられ続けたのだ。
「あぁ、そうだった。伊作を警察組織に誘った理由だけどな、まず第一に俺たちの正体を知ったからだ。ユスティーは知っての通り隊員たちの顔は伏せてる。それをお前たちは知ってしまった。だから佐戸野弓絵。お前には卒業後は警察組織に属してもらう。言っておくが拒否権は無い。法律でもそう定めてある」
「え……あぁ、そうか……」
ユスティーは基本的に一般市民の前に出る際は杏の時のように顔を隠す。だが今回のような緊急時など、顔バレしてしまった際は、その人物たちは警察組織に属する決まりになっているのだ。被害者遺族など精神的苦痛が多い人物においては例外で、警察が管理する施設で生活することも可能ではあるのだが。
弓絵はその事実を知っていながらも、感情的になり紺星を責めたことを今更ながらに恥じた。紺星は何一つ間違ったことは言ってはいなかったのだ。ユスティー隊員の正体を知ってしまった犯人以外のものは警察組織の人間になることが決まりなのだから。
弓絵は元々ユスティー入隊を目標としていたが、親の仕事を継ぐことを望まれていた為、弓絵にとってこの命令は不快なものではなかった。
「伊作は卒業を待たずに来てもらうぞ。お前だってこんなことあった後に事件の起こった学園に通学するほど学校大好きマンじゃねぇだろ?」
「……あ、はい」
伊作は罪に問われないと言っても、事件の犯人の息子である事実は変わらない。偏見、憎悪の視線は当然あるだろう。そして伊作自身罪悪感がある以上、そんな学園で過ごすのは苦痛以外の何物でもない。その為紺星は伊作に警察組織への勧誘を今したのだ。
「それに理由はもう一つある」
「もう一つ?疑問」
伊作の勧誘動機がこれ以上思いつかなかった青花は紺星に疑問を投げかけた。それは弓絵や伊作も同様で、不思議そうな顔をした。
「伊作、お前あの変身魔術だけで言ったら、ユスティーレベルだぞ」
「「!」」
その瞬間青花は理解したのだ。先刻の紺星の発言の意味を。
〝よくできてんなぁ……〟
それはつまり、伊作の施した変身魔術をユスティーの隊長が良くできていると言い放ったという純然たる事実であった。一方弓絵と伊作の顔は困惑一色であった。学園で最もユスティー入隊に近いとされていた優等生は弓絵である。伊作も成績優秀だったが弓絵には劣っていたのだ。
「言っとくがそれ以外は話にならない程度だからな。だが一つでもユスティーレベルと言っていい技術を持っているというのは組織にとっては、メリットのあることだ。俺はユスティーの正体云々以前に、お前の実力で警察に必要な存在だと判断したんだ。そこを履き違えるんじゃねぇぞ?」
伊作は体中が熱くなっていくのが分かった。ユスティーの隊長が、この国最強の男が、自分の実力を一つでも肯定してくれたという事実は、否定され続けた伊作の人生において、まさに青天の霹靂だったのだ。伊作は歓喜で体が震え、溜まった涙が溢れだしてしまった。
一方弓絵はというと、人生で最もと言っていい程の複雑な表情をしていた。許すことのできない、でも責めきれない相手が実力で認められている。弓絵は伊作を見下していた訳ではなかったが、世間一般の認識では自分の方が実力者だったため、人生で初めての劣等感を味わっているのだ。
「まぁせいぜいユスティーに入隊できるように死に物狂いになるこったなぁ。俺も暇な時に扱いてやるから」
「……あ、ありがとうございます。おっ俺……そんなこと言ってもらえたの初めて……です」
紺星が悪巧みをする子供のような笑みを浮かべると、伊作は声を震わせながら感謝の言葉を紡いだ。家族にも否定され続けた自分を初めて肯定してくれた唯一の人。伊作はこの時決意したのだ。自分はこの人物の為に人生を捧げようと。
「誰?あの子」
「あれはアンタのお姉ちゃんよ」
「そう、なの?」
「私の娘じゃないけどね」
幼い頃、初めて見た父と戯れていた弓絵を影から母に見せられた伊作。幼い伊作には、皐月の言っている意味が理解できなかったが、自分と弓絵の間に確実な違いがあるのは分かった。幸福か、そうでないか、そんなありふれた違いである。
「どうしてあの女とその娘ばかり幸せそうな顔して暮らしてるのかしら?あの女、愛する夫が外に女作って、子供まで孕ませていること知ったら、どんな歪んだ顔を見せてくれるのかしら?」
「っ……」
伊作にはその時の母親の顔こそが歪んで恐ろしいものに見えた。その形相を向けられている幼い少女に酷く同情した。伊作は知っていた。この少女のせいで自分が罵詈雑言を母親から浴びせられていることに。だが弓絵に罪なんてないことも知っていた。そんなどこに向ければ良いかも分からない、この複雑な感情を一生胸に抱えながら生きていくのだと、伊作は絶望した。
「どうしてアンタはあの女の娘より不出来なのよ!?不公平じゃない!?」
「……ごめんなさい」
伊作はいつも何に対して謝っているのか分からないまま謝罪の言葉を毎日のように口にしていた。親は子供を選べない。そんな当たり前がもどかしく、皐月はいつも怒っていたように伊作は記憶していた。〝不公平〟それはこちらのセリフではないのか?と、伊作はいつも思っていた。子供こそ、親を選べないのだから。
弓絵と同じ高校に入学した時、母親にまた罵倒される回数が増えるという予感しか伊作の頭には無かった。弓絵の存在で何の意味のない人生を送っていたことに、伊作は少なからず恨めしい気持ちを弓絵に抱いていたが、弓絵自身には全く興味がなかったのだ。
だが母親に今回の事件の計画について話された時はさすがに動揺した。止めなければいけない、分かってはいたものの、伊作は自分を生んだ女に逆らう術を知らなかったのだ。
そんなどうしようもない自分を肯定してくれた。そんな意味のない人生を送っていた自分の為に憤ってくれた。全てが初めての経験で伊作はあふれる涙を抑える術も知らなかった。
(涙なんて幼い頃に枯れつくしたと思っていたのに)
伊作は初めて流す歓喜の涙に酷く動揺していた。ただただ自然に、それが当たり前のことのように流れ続ける涙。伊作がポカンと紺星を見つめていると、紺星が伊作の頭を無造作に撫で、クシャっと破顔した。
「俺んとこに来い。お前はもう俺たちの家族だ」
そう告げた紺星を青花がほほ笑みながら眺めていた。青花も以前、同じ言葉を紺星に貰ったのだ。ユスティーだけが青花にとっての家族なのだ。伊作に同情などこれっぽちもしていなかったが、これから警察組織の人間、つまりは仲間になる人物が泣き続けている光景に青花は苦笑した。
「葛城紺星殿。先程はユスティーの隊長ともあろうお方に失礼な言動をしてしまったこと、お許しください。図々しいことを承知でお聞きします」
そんな様子を傍から眺めていた弓絵が紺星に謝罪の言葉を述べた後に尋ねた。その瞳には光が見え、ふと紺星は青花と初めて会った時のことを思い起こしていた。その時の青花も瞳をギラギラと輝かせていたのだ。
「なんだ?」
「どうすればユスティーの一員になれますか?」
破顔しながら尋ねた紺星に弓絵がそう問いかけた。弓絵が最も聞きたいこと、ユスティーの隊長である紺星に。自分が目標とする人物は自分の仇とも言える男を家族と言った。だがそれは彼女が抱いている畏敬の念が消える要因には成りえなかった。紺星は間違ったことをしていないのだから。寧ろ一人の少年の人生を救ったのだ。弓絵は何か吹っ切れたようにただ紺星を真っすぐに見つめていた。
「――強くなれ」
「っ、はい!」
弓絵と見つめ合った後、静かにそう告げた紺星。弓絵はその言葉に全てが込められていることに気づいた。実力的に屈強になることはもちろん、どんな凄惨な事件や辛い出来事が起きても折れない精神を持つこと。そして何より。もし伊作、弓絵の両者がユスティー入隊を叶えたならば、二人は仲間として闘っていくことになる。そうなれば弓絵は憎しみや怒りの気持ちを押さえながら、伊作を仲間として認めなければならなくなる。
その全てを受け入れ、それでもなお任務を全うできる程の強い心を備えなければならない。紺星はそれを案じて、弓絵にそう告げたのだった。
弓絵の威勢のいい返事に紺星が破顔すると、その空気をぶち壊すユスティーの問題児の咆哮と足音が聞こえてきた。
「たーーーーーーいちょうーー!!!呼ばれて参上仕りやがりましたよ~」
「お前のそれはもはや何語なんだ?」
緊張感のない声で現れたのは骸斗だった。そんな骸斗にすかさずツッコみを入れたのは一緒に応援に来た寛だった。そんな二人を青花はとんでもない表情で見据えていたが。
「おう、来たか二人とも」
「隊長がお呼びならどこでも……って青花先輩なんだ……ですか?その顔~」
「……さっさとそこの被疑者連れてって。命令」
「了解……えっと、この死んだ面してるババァか……ですか?」
相変わらず下手糞な敬語で骸斗が皐月を指した。青花が頷くと、骸斗は皐月を乱暴に担ぎ、寛は皐月の顔を覗き込んでいた。
「ユレも一応連れてきたけどどうする?」
皐月の顔観賞に飽きた寛が紺星に尋ねた。ユレを連れてきたのは負傷者や病人がいた時の為である。紺星は弓絵の方に視線を向けた。
「佐戸野弓絵。お前顔色悪いからユレに診てもらえ」
「……はい、ありがとう、ございます」
紺星は弓絵の顔をどアップで見つめるとそう弓絵に提案した。弓絵は超至近距離でこの国最強の男の顔が迫ってきたため、うっすらと頬を染めた。紺星はそんな弓絵を尻目に涙を拭っていた伊作に近づいた。
「あ、伊作。言っとくが早速お前は警察組織に連れて行くから荷物まとめとけよ。必要最低限にしとけ。生活用品は揃ってっから」
「は!?今日からですか!?」
ポカンと紺星を見つめていた伊作は紺星のとんでも発言に今日一の声を出した。それを見ていた寛は口元を押さえてプルプルと震えていた。
「ぶはっ!わりぃ、限界だわ……」
そう吹き出した寛を弓絵と伊作はガン見していた。何を隠そう先刻の紺星の衝撃発言のせいだった。〝元犯罪者〟二人にはこの男がそんな悪人には見えなかったのだ。殺人犯と言っていたが、動機は何だったのだろうか?そんな疑問を頭の中で永遠と繰り返していたのだ。
その視線に気づいたのか、寛が二人の顔を交互に見つめた後指差し、紺星に?マークを散りばめた表情を向けた。
「何お前ら、そんなまじまじと見つめて。惚れたか?」
「「違います」」
「即答だな、ドンマイ」
速攻で否定された寛の肩を紺星がポンと叩いた。紺星のそれは哀れな男を見る目だった。青花は伝声魔術で寛にだけ〝(笑)〟というメッセージを送り、寛の蟀谷に血管が浮き出るという結果に至った。骸斗は問題児らしく大爆笑していたが。
「ま、お仕事完了ってことで、帰るか」
「「了解!」」
隊長の合図に隊員たちが勢いよく答えた。伊作はそんなユスティー隊員たちを瞳を輝かせながら見つめていた。〝帰るか〟その言葉に自分も含まれているという事実に、あの輪に自分もこれから入るという事実に打ち震えながら。
少年少女たちの恐怖と絶望と憎悪と劣等と衝撃と困惑と感激と決心と。様々な感情が入り混じった凄惨な事件はこうして幕を閉じたのだった。
読んでくださってありがとうございます!
少し編集しました。寛が連続殺人犯だったというところを殺人犯にしました。