表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
dark blue  作者: 乱 江梨
第一章
6/33

少女の本懐

 入山杏、彼女が生粋の葛城紺星オタクになったのは約三年前のとある出来事がきっかけであった。三年前というのは紺星がユスティー隊長になったばかりの頃である。


 三年前、杏の妹が連続幼女殺人事件に巻き込まれ、その幼い命を散らしたのだ。杏と妹は兄妹仲が良く、あの事件は杏の人生においての最悪期であった。


 そう、その事件の犯人を捕えたのが何を隠そう紺星だった。恨んでも恨みきれない犯人を捕えてくれた恩人。最初はそれがどんな人物なのかが気になり、ユスティーについて調べる程度だったが――。


 それがいつの間にか紺星の大ファンになってしまったのだ。調べると言ってもユスティーの情報はほぼ公開されていない為、名前と年齢、いつユスティーに入り、隊長になったか、程度の情報しか手に入れることができなかった。


 そんな彼女の夢はただ一つ。ユスティーに入り、紺星に会ってお礼を言うことだった。だからこそ、政府隊員養育高等学校に入学し、戦闘技術を学び、一刻も早くユスティーの一員になりたかったのだ。


 しかし現在、学園最強と謳われユスティー入隊に最も近いとされている人物は佐戸野弓絵である。杏はそんな弓絵を酷く尊敬しており、変死事件以降、行方を晦ましていることについても危惧していたのだ。


 それと同時に、もしかしたらこの変死事件をユスティーが担当して、紺星が犯人を逮捕してくれるのではないかと、杏は淡い期待を孕んでいたのだ。


 その予感は大的中しているわけだが、彼女とてここまでは予測していなかっただろう。まさに青天の霹靂である。今彼女は、見知らぬ男たちに拘束されているのだ。



 遡ること30分前。杏はいつものように学園への登校中であった。彼女はクラスの中で〝ムードメーカー〟という地位を確立しているため、友人は多い方なのだが、通学路の同じ友人がいない為、登下校はいつも一人でしているのだ。


 そんな杏が人通りがない道に入った途端、後ろから〝睡眠魔術〟をかけられたのだ。気配を察してから一瞬の出来事で、杏は反撃の機会を見つけられないまま気を失ってしまったのだ。


 そして現在。かけられた睡眠魔術の質が悪かったのか、すぐに目を覚ました杏。だが杏の体は縄で縛られており、身動きが取れない状態であった。杏を捕らえた男は八人ほどいたが、どれを取っても下劣な笑みを浮かべ、杏を見下してきていた。


 こんな状態でなければ、すぐにでもぶっ倒しているところなのだが。今杏は縄を解く術を持っていなかった。口もガムテープで塞がれているため、大声で助けを呼ぶこともできなかった。


 そんな状態の中、杏にふと嫌な予感がよぎった。この男たちが連続変死事件の犯人なのでは?という予感だった。杏もあの高等学校の生徒である以上、その可能性をどうしても考えてしまったのだ。そんな杏の目の前に本日二度目の青天の霹靂が起こった。


 そう、自分がどうしても叶えたい夢。自分が尊敬し感謝してやまない人物。ユスティーの隊長、葛城紺星が目の前に現れたのだ。




 またもや遡ること十分前。杏と同じく登校中だった紺星と青花。その時二人はデジャヴっていた。昨日と全く同じ状況、下手糞な尾行で二人をつけていたのだ。ただ一点違うところは人数が昨日よりも少ない点であった。


「どういうこと?二人しかいないなんて。理解不能」

「まぁ、アイツらが俺らを倒す気じゃないのは確かだな。じゃなければ阿呆通り越して狂気の沙汰だぞ」


 紺星と青花は伝声魔術で思案していた。昨日十人がかりで瞬殺されたというのに、たった二人で挑もうなど本気で考えているのなら、犯人側の思考回路は異常であると言いざるを得ない。もし尾行している二人がユスティーと同等以上の力を持っているのなら話は別だが、紺星たちは尾行の稚拙さから二人が手練れだとは思わなかったのだ。


 すると後ろの二人が突然目の前に現れた。今までの尾行が水の泡である。二人は下劣な笑みを浮かべながら紺星に向かって話しかけてきた。


「お前ら、入山杏ってガキとお友達だろ?」

「「……」」


 二人はその瞬間、把握はしたが理解はしていなかった。紺星と青花は〝入山杏〟という少女のことをあまり覚えていなかったのだ。たかだか昼休みに少し話した程度の少女だったに加え、潜入捜査中はありとあらゆる生徒たちに聞き込みをしていたため、生徒一人一人を完全に記憶してはいなかったのだ。


 だからこそ、入山杏を人質にして自分たちを捕らえようとしている状況は把握したのだが、なぜ人質に入山杏を利用したのかが理解できなかったのである。


「誰だ?入山杏って。どうやらそいつを人質にとって俺たちの身動きを封じようとしたのは確かだが。」

「入山杏……。あぁ、紺の哀れなファン。想起」

「……あー、なるほど。学食なら人目も多いしな」

「あの場面見て勝手に勘違いされた?滑稽」


 今起きている事象について論するために、紺星たちは伝声魔術で会話した。それでようやく杏のことを思い出したのか、紺星は彼女が人質にされた理由にも見当がついた。


 紺星たちと杏が学食で親しげに会話しているのを見た犯人側が勘違いをしたのだろうと、紺星は考えたのだ。一方目の前の男二人は紺星たちが黙りこくったままな為、少々イラついたのか紺星に挑発交じりに鎌をかけた。


「おいおい、お友達がピンチでビビってんのか?お前ら強いんだろ?だったらさっさとお友達助けねーとな?」

「その入山杏とかいう女はどこにいる?」

「あ?知り合いじゃねぇのか?」


 紺星は一般市民が人質に取られているため、一刻も早い人質救助が先決だろうと考え、男の挑発など気にも留めず、居場所を聞き出そうとした。そんな紺星の様子から入山杏と親しい間柄だと思っていた男は、首を傾げた。


 聞いていた内容に不備があったことに対しても、それなのに入山杏を助けようとしている紺星にも違和感を覚えたのだ。


「あぁ、ただその前に少し着替えさせてもらってもいいか?最初から堂々と正面切って行った方がこちらとしては後々面倒が少なくて済む」

「あ?お前人質取られてる分際で何注文つけてんだよ。てか着替えるって何に?」


 男は紺星の言っている意味を全く理解できず、イラつきにも拍車がかかった。紺星と青花はそんな男を見るや否や、ニヤリと一笑した。


「そりゃあ、お巡りさんの制服にだよ」


 途端に男たちの顔の色が変わる。男はようやく気付いたのだ。今まで感じていた違和感の正体を。自分たちが一体誰を敵に回してしまったのかを。〝お巡りさんの制服〟そう、この国で最も敵に回してはいけない組織の一張羅である。




 そして現在。杏は恐らく生涯の中で最も呆けた面をしていた。全ての顔のパーツが点一つで表せるようなそんなぽけーっとした間抜け面。それぐらいの衝撃だった。今自分が置かれている状況などもう頭から抜け落ちていた。今現在の杏の脳内は葛城紺星一色になっていた。


 紺星と青花はユスティーの制服に着替え、制服の帽子を目深にかぶっていた。それと同時に自分たちの顔に〝陰影魔術〟も念のためかけていた。ユスティー隊員の顔バレはいろいろと問題があるに加え、潜入捜査中でもある為なるべく顔は隠したかったのだ。


 ユスティーの制服は有名で、あまり情報を公開しないユスティーの数少ない見分け方なのだ。しかも杏はかなりの紺星オタクな為、ユスティーの隊長しかつけることができないエンブレムのことも知っていたのだ。そのエンブレムは紺星の制服の左ポケットの上に輝いており、杏はそれを見た瞬間、今の間抜け面から抜け出せないでいた。


 紺星はそんな杏の顔を不思議そうに見ていた。最初に会ったときとあまりにも表情が違うので戸惑ったのだ。そんな二人の様子を青花は口を押えながらプルプルと震えて見ていた。他人事なのでいいネタなのだ。


 一方杏を拘束していた男たちも二人がユスティー隊員であることに気づき、一瞬にして顔色を悪くした。すると杏の近くにいた男が恐怖の勢いでポケットから折り畳みナイフを取りだし、杏の首元に突き付けた。


 当の杏は殺されかけているというのに、目の前の紺星に釘付けで自分首に伝わる冷たい感触に気が付いてもいなかった。


「お、お、おい!こ、こっちにはひ、人質がいるんだぞ!?さっさとここから消えろ!な、何か攻撃をしようとすれば、こ、この女をぶ、ぶっころちぇてやる!」

「「ぶっ……!」」


 大事なところを噛んだ男に向かって思わず紺星と青花が吹き出してしまった。男が刃物を持つ手は震えており、とても杏を殺せるようには見えなかった。


 男は紺星たちにまるで相手にされていないことに、恐怖に加え怒りで震えが増し始めた。そんな男に紺星が汚物でも見るかのような視線を向けた。ユスティーと敵対関係になった時点でこの男たちの人生は終わったに等しい。それでもなお、悪あがきをする男に嫌悪したのだ。目の前の男のそれは勇敢に立ち向かうようなものではない。ただ自分の命欲しさにもがいているだけだった。


「で?」

「……なっ」

「俺たちが何かすれば殺すと言ったな。だが俺はお前ら如き鈍間より早く、いや、お前たちが気付く間もなく全員をぶっ倒すことができる。お前たちに何ができるんだ?そんなことをしても罪状が重くなるだけだぞ」

「だっ黙れ!や、やれるものならやってみやがれ!」


 紺星の視線が更に険しいものになる。この眼光を向けられて震え上がらない者などいない。十乃のような例外()は別の意味で震え上がるのだが……。Mとは時にとんでもない能力を発揮するものである。


 紺星と青花はあからさまなため息をついた。周りにいた共犯の男たちも諦めの悪い男を憐れむような目で見ていた。そんな空気を読むつもりなど全くない杏は一人紺星を凝視しているのだが。


 紺星はもう一つため息をつくとスッと目を閉じた。紺星が何をしようとしているのかを理解できているのはこの場では青花ただ一人だった。紺星は有言実行しようとしているのだ。誰もが気付く間もなく目の前の男たちを再起不能にしようと。そう、ユスティー隊員の青花でさえも気づけない程に。


 気づくとその場で意識を保っていたのは紺星、青花、杏の三人だけだった。さすがのこの状況には杏も目を丸くした。紺星は何もしていない、杏にはそう見えたのだ。それは青花も同様に。ただ青花にはこの現象の正体が何かを知っているという違いがあった。


 杏を人質に取っていた男たちは皆それぞれ気絶しており、地面に倒れこんでいた。紺星はそんな男たちの両手に手錠をかけ始めた。それを手伝う形で、青花も男たちに手錠をかけた。


 紺星が行ったのは、〝超低速時空魔術〟という魔術で、自分以外の時空をまるで時が止まったかのように遅らせる魔術である。紺星はその時空の中で男たちに攻撃したのである。この魔術は周りから見れば何が起きているのか分からないのが普通である。見えたとしても紺星が超高速で動いているようにしか見えない。


 実際その通りでもある。この魔術を解くと遅らせた、つまり凝縮された時空の中での行為の反動が来てしまうのだ。普段より超高速で動き、それに加え速度が増したことで攻撃力が何倍にも上がる。そのためこの魔術使用後ではかなりの体力が消耗されてしまうのだ。普通の人間ならぶっ倒れることだろう。だがここにいるのはユスティーの隊長(最強)である。これぐらいで果てたりはしないのだ。


 紺星は手錠をかけ終えると、伝声魔術でユスティーに応援を呼んだ。実は先刻紺星たちを尾行していた男二人も福貴を呼んで連行してもらったのだ。ユスティーには専用の車両があり、犯人を連行する際にはその車に乗せるのが一般的なのだ。ちなみに骸斗は免許を持っていないため犯人は基本的に気絶させて担ぐ、というのが骸斗の中の常識である。


 紺星は連絡を終えると、紺星に見とれている杏に近づき地面に片膝をついた。そしてそのまま杏の体に巻き付いた縄を解いた。杏は頬を染めながら少し口をポカンと開けると、その瞳から涙をこぼした。杏自身まさか涙が出てくるとは予想していなかったのか、頬を伝う水分に戸惑いを隠せなかった。


「どうした?どこか痛いのか?すまない。我々のせいでお前を危険にさらした」

「ち、違うんです!わ、私!あの、紺星様にお礼が言いたかったんです。ずっと会いたかったんです。夢だったんです……。だから怪我しているわけでは……」


 少なからず紺星も少女の涙に動揺を見せた。怪我一つしていないと思っていた為、杏が泣いた理由が分からなかったのだ。まさか自分の知らぬ間に犯人たちに暴力でも振るわれたのかと紺星は危惧した。だがそれが杞憂と分かり、ほっと胸を撫で下ろした。


「お礼?」

「……はい」


 杏のお礼。それは妹の仇である連続幼女殺人事件の犯人を逮捕してくれたこと、その礼をしたかったのだ、ずっと。紺星に尋ねられ、妹を奪った凄惨な事件を思い出してしまった杏は表情を暗くした。


「――三年前に起きた連続幼女殺人事件を覚えていますか?」

「あぁ……そうかお前、入山みなみの親族か」

「!どうして……?」


 杏は入山みなみという人間を紺星が覚えていたことに衝撃を隠せなかった。そして自分がその被害者遺族だということに気が付いたことも含めて。葛城紺星という人間はこの国で起こる全ての刑事事件を捜査する警察組織の中の最強チーム、ユスティーの隊長なのだ。今まで携わってきた事件は数知れず。全ての被害者、犯人、関係者を記憶するなど至難の業のはず。だからこそ信じられず、と同時に歓喜に打ちひしがれたのだ。


「あの事件は印象に残っている。お前の妹はまだ五才だったな。あれは凄惨な事件だった」

「わ、私……う、嬉しいです。犯人を逮捕してくださっただけでなく、妹のことも覚えてくださっていたなんて……。恐悦至極です。本当にありがとうございました」


 杏は涙のたまった瞳で暗く影のかかった紺星の顔を見つめた。やはり自分の慕っていた人物はこの国で最も尊い人だと思ったのだ。しかし紺星の表情は曇っていた。杏は紺星の顔が見えない為、その表情を窺い知ることはできないが、青花は何かを察したのか紺星の制服の裾をぎゅっとつかんだ。


「俺たち警察はお礼を言われる筋合いなど無い」

「……え?」

「警察というのは基本的に事件が起きてからでないと捜査できない。だからこそお前の妹も死んだ」

「それは……」

「警察は無力だ。被害者を減らすために犯人を逮捕するが、被害者が出てからでないとその犯人を捕らえることができない」


 杏の妹は確かに死んだ。もう二度と会うことはできない。だからこそ紺星の言いたいことは理解できた。だが杏の紺星に対する畏敬の念が消えることなんてない。妹の仇を捕らえてくれたのだから。それだけで自分は救われ、最悪期から抜け出すことができたのだから。


「でも、でも!私は生きてます!紺星様が助けてくれたからです!私の妹の仇も取ってくれました!ずっとお礼が言いたかったんです!だから……だから……私の夢を否定するようなことは、誰より紺星様が、言わないでください」


 杏は震えていた。尊敬する相手に、この国最強の男に意見したのだ。震えない方がおかしい。紺星はその言葉に目を見開いた。そして杏の頭にポンと右手を乗せた。


「すまない、お前の気持ちを蔑ろにした。感謝の気持ちは素直に受け取る。だがどうか履き違えないでくれ。俺たちはただ罪を犯したものを捕らえただけだ。お前の妹を救ってはいない」

「……はい。でも紺星様は私の心を、私の命を救ってくれました。本当にありがとうございます」


 杏は正座をし両手を揃えて深々と頭を下げた。感謝、畏敬、僥倖、哀愁、その全てを込めて。紺星はそんな杏の重い頭を目を細めながらゆっくりと撫でた。杏は自分の頭に伝わる感触があまりにも温かいことに、更に涙が溢れてきた。


 そんな二人の様子を傍観していた青花がつかんだままの紺星の裾をぐいぐいと引っ張った。「事件のことを聞きだせ」と青花は目で訴えてきていた。それを察した紺星は何やら不満そうな青花の頭をガシガシと撫でた。


「頭を上げてくれ、お前に聞きたいことがある」


 杏が頭を上げると紺星は杏の瞳にたまった涙を指で拭った。急に紺星が目の前にいることを自覚させられ、顔を真っ赤に染め上げた杏。体はカチコチに固まり、見えないはずの紺星の顔を合わせることができなかった。


「この男たち何か話していなかったか?何でもいい」

「い、いえ……特に何も……」

「そうか、何かあればすぐにユスティーに連絡してくれ」


 二人がそんな会話をしていると車の発進音が近づいてきた。ユスティー専用の車両で隊員が応援に来たのだ。紺星、青花、杏の三人が音の方向に視線を向けると、車両から骸斗、ユレ、寛の三人が現れた。当然紺星と同じように帽子を目深にかぶり、陰影魔術を使っている。


「隊長ー、隊長たちに挑もうなんて考えた愚か者たちって……あぁ、この転がってる間抜け共ですか?」

「あぁ、連行するから手伝え」


 骸斗が転がっている男たちを足蹴にしながら紺星に近づいた。そんな骸斗を尻目にユレは、突然のユスティー隊員登場に呆けている杏に近寄った。杏はそんなユレを困惑しながら見つめていた。


「お嬢さん、大丈夫ぅ?怪我してなぁい?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ユレが来たのは人質になった杏の容態を確認するためでもあったのだ。ユレが杏の体に傷がないか確認していると、紺星がおもむろに腕時計を覗いた。


「この時間なら車で行けば間に合うな」

「え?」

「学校、行くんだろ?」


 杏がキョトンとしていると、紺星の発言に寛が何かを察したのか怪訝そうな表情をした。そんな寛を尻目に紺星は車両の数を確認すると何やら思案し始めた。車両は運転できない骸斗の分を除いた二台とまっていた。


「おい、紺。お前まさか……」


 紺星は寛の声のする方へ視線を移すとニヤッと凶悪な顔で一笑した。それを見た骸斗以外の隊員たちはため息をつき、杏は紺星の表情に心拍数を跳ねあがらせていた。


 

 街中の公道を走る一台の警察車両。車両はサイレンを鳴らし、猛スピードで学園へと向かっていた。隊員たちの嫌な予感が当たったのだ。車両の中にいるのは紺星、青花、寛、杏の四人だった。ユレと骸斗はもう一台の車両で男たちを連行していった。犯人連行用の車両は大きく、20人程度なら簡単に乗せられるのだ。


「紺、職権乱用」

「こういう時に使わないでいつ使うんだよ」

「いや犯人追跡時に使えよ」

「転移魔術の方が早い。複数人の時はユスティーの車両のサイレン鳴らしまくって使うに限るぜ」


 青花と寛の批難の目に紺星がまぎれもない事実で反論した。そんな三人の会話を居心地悪そうに聞いていた杏。あのユスティー隊員たちが自分の登校方法について議論するなんていうありえない状況から脱したかったのである。


 そうこうしているうちに政府隊員養育高等学校に到着した。突然現れた警察車両に生徒たちは騒いでいたが、きっと変死事件の捜査がらみなのだろうと結論付けていた。まさか一人の生徒(+転入生(ユスティー隊員)二人)を登校させるためだなんて誰も思わなかっただろう。


「あ、あの、ありがとうございました。わざわざ送って下さって」

「こちらの不手際でお前を巻き込んでしまったんだ。気にするな。それについでだしな」

「ついで?」

「いや、こっちの話だ」


 自分たちも登校途中だったため紺星からすれば、お礼される覚えは本当に無かったのだ。杏の方はこの学園で捜査でもするのかと、あながち間違いでもない勘違いをしていたが。杏は車から降り、紺星たちに一礼すると学園の方に歩を進めた。


 それを確認した紺星と青花はユスティーの制服から学園の制服に着替えた。準備が整い杏と同じように車から降りると紺星は運転席にいた寛の肩をつついた。


「連行した男たちの取り調べよろしくな」

「へいへい、了解でありますよ。隊長様」

「シクヨロ」


 寛がけだるそうに答えると青花がからかうようにそう言った。それに答えるように寛が舌をべぇーっと突き出すと、紺星がケラケラと笑いながら、青花の手を引き、その場から離れた。


 青花は自分の手を引く紺星をジィーっと見つめていると、その気配に気づいた紺星が青花の方に視線を向けた。紺星と青花はしばらく見つめあっていると、青花が立ち止まった。


「紺は強い。誰より強い。紺は数えきれない人たち、救ってる。尊敬」

「……サンキュ」


〝警察は無力だ〟


 青花は紺星の発言が引っ掛かっていたのだ。これ程までに国民の為に、被害者の為に、被害者遺族の為に、哀れな犯罪者の為に生きている人間は紺星しかいない。青花はそう思っていた。だが紺星は自分を無力だと思っていたのだろうか、と青花は紺星にかける言葉を探していたのだ。


 紺星は破顔すると青花の頭を優しく撫でた。


「青花、俺たちは強い」

「うん」

「だが全てを救えるわけではない」

「うん」

「無力だとは言わない。だが万能でもない」

「うん」

「だからこそ、全力で犯人とっ捕まえるぞ」

「うん!」


 紺星が最後に精悍な笑みを浮かべると、青花にとっての満面の笑みで答えた。これが自分たちの選んだ道。自分たちの使命。例え全てを救いきれなくても、歩みを止めることは許されない。何より己が許せない。


 紺星たちは決意を新たに学園へと歩を進めていった。




 読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ