最強最悪チームによって悩まされる者達
警察組織のトップ、雲雀羽草は内心焦っていた。額に浮かぶ汗が何よりの証拠である。何故かと言えば今朝ユスティーから入った報告のせいである。潜入捜査官として高等学校に潜り込ませていた隊員たちが、金で雇われた人間に尾行されていたというのだ。
ユスティー隊員にとってチンピラの処理など赤子の手を捻るようなものなのだが、問題は潜入捜査官の二人が狙われたという事実である。
詳しい状況は聞けなかった羽草だったが、もし今回の連続変死事件の犯人にユスティー隊員の潜入捜査がバレたとなると、海外に逃げられる可能性もある。それだけユスティーというのは恐ろしい存在なのだ。
これまでユスティーの捜査でこのような事態が起こるのは稀で、羽草は驚きを隠せなかった。事の詳細を聞くため、羽草は紺星たちが帰ってくる時間にユスティーの扉を叩いた。隊長の紺星本人から事情を聞きたかったのだ。扉を開くと既に紺星と青花は本拠地に戻っており、制服も高等学校のものではなく、ユスティー専用のものに着替えていた。
ユスティー隊員たちは総括である羽草が訪ねてきたことに若干驚いたが、用件がすぐに分かったのか、紺星以外の隊員はすぐに自分の仕事に戻った。骸斗一人は眠りこけているが……。骸斗は総括である羽草に全くと言っていい程興味がないのだ。
理由は自分より強いのはユスティー隊員だけだと考えているからである。もちろん羽草は強いのだが、現役の骸斗には劣ってしまう。もともと羽草もユスティー隊員だったのだが、捜査中に負った傷のせいで日常生活に支障は無いものの、戦闘などできぬ体になってしまったのだ。
それが原因で〝総括〟という立場でこの組織を支えることになったのである。
そんな羽草を当事者である紺星と青花が出迎えた。羽草の表情は険しいものではあるが決して怒っているわけでは無い。八割がた元々の顔の凶悪さが原因である。それを男らしいと取るか、犯罪者顔と取るかは人それぞれである。
「総括、お疲れ様です」
「あぁ。今朝報告を受けたんだが、詳細を知りたい」
「はい。今朝十人程度の男たちに尾行されていることに気づき、揺川と確保しました」
「十人?なら相手はお前らがユスティーということには気づいてはいないのか……?」
最初に紺星も感じた疑問。十人という少なすぎる人員である。ユスティー隊員ということを知っているのなら、そんなお粗末な人員で挑もうだなんて誰も思わないだろう。瞬殺されるのは目に見えているからだ。羽草は不安材料が一つ減り、胸を撫で下ろした。
「そう考えていいかと。最初は俺たちが警察関係者だということにも気づいていなかったようですし」
「そうか……。ならば学園でお前たちが調べ回っていることをよく思わなかった犯人が、一手打ってきたという事か」
「これで犯人が学園の中にいるのは分かった。収穫あり」
青花が紺星たちの会話に交じり、捜査の進展に喜びを見せた。紺星たちの捜査のことを知るのは学園の関係者のみ。つまり犯人は普段学園に出入りする者の中にいるということになる。今回捕らえたような雇われ人が学園内にいるだけの可能性もあるが、それだけでも収穫である。
「だけど俺たちが無傷だってことは犯人側もすぐに気づくだろうし、そうなると俺たちがただ高校生じゃないってことがバレる可能性がある」
「こうなった以上、一刻も早い犯人逮捕に尽力してほしい。できるな?」
「もちろんです。総括」
羽草は捜査のことについてはあまり口を出さない。既に前線から外れた自分より隊員の方が鼻が利くことを理解しているからだ。ユスティーに関しても然り。この国最強の男が率いるこのチームに敗北など万に一つもあり得ないのだ。
紺星の返事に頷くと、羽草はユスティーの本拠地から退出した。その背中を見届けると、紺星が寛に今朝逮捕した男たちについて聞き始めた。
「寛、今朝連行した奴ら、本当に何も知らなかったのか?」
「あぁ、大金払うからお前たちを殺せって頼まれたらしいぞ。あぁ、顔も声も分からないけど体格的には男だったってよ。依頼してきた人間」
「男か……」
「紺様の言っていた通り、佐戸野弓絵は犯人ではないかもしれませんね。流石は紺様です!」
自分たちが捕らえた男たちからの情報が気になるというのもあったが、事情聴取を担当した問題児がまた何かやらかしていないものかと、紺星は危惧していたのだ。
実は青花に呼ばれ、男たちを連行していったのは寛、十乃、骸斗の三人だった。そのあと一人一人に事情聴取を行ったわけなのだが、そういう地道な仕事が大の苦手な問題児はぶつくさと文句を垂れていた。
骸斗が事情聴取を担当した男たちが地獄を見たのは言うまでもない。
十乃の称賛の声に、急に黙りこくった紺星。自分の好意がウザ過ぎて、ついに放置プレイという領域に至ったのかと、勝手な勘違いを脳内で繰り広げた十乃はしょんぼりしながら涙をほろほろと流した。
そんな十乃の背中をユレが優しく撫でた。普段最年少組しか甘やかさないユレも、あまりにも哀れな十乃を見て、居た堪れなくなったのだ。
だが紺星の様子を気にしていたのは十乃だけでは無かった。その場にいたユスティー隊員全員が、顎を掴んで何やら考え込んでいる紺星の真剣な顔をじっと見つめていた。紺星の頭はよく回る。骸斗の心配より、今は別の事柄に頭がいっているようだ。
「紺?」
痺れを切らした青花が可愛らしいキョトン顔で、俯いた紺星の顔を覗き込んだ。それに気づいた紺星はふと顔を上げ、ユスティー本拠地の扉に手をかけた。
「少し調べ物をしてくる。お前らはもう帰っていいぞ」
「紺、私も……」
「隊長の俺しか調べられない秘密事案なんだ。だから青花も今日は休め」
置いてけぼりにされた子犬のような目で見上げた青花を宥めるように、紺星は優しく頭を撫でた。青花の方は紺星が向かおうしている場所の見当がついたのか、頭なでなでに免じてしぶしぶ身を引いた。
その時、眠い目を擦りながらその様子を傍観していた骸斗が悪巧みをしていることに気づいたのは一人の少女だけだった。
都内に聳えるとある豪邸。ここではまた別の男が内心焦っていた。こちらは額どころか、顔全体に汗を浮かばせていた。理由は言うまでもない。突如自分たちにとって、目の上のたん瘤となったユスティー隊員の存在である。噂には聞いていたが、まさか十人の男相手でも殺せないような手練れとは想像していなかったのだ。
噂というのは紺星たちが潜入捜査一日目で行った戦闘試験のことである。相手の教師たちをまさに秒殺した二人の転入生の話題は瞬く間に学園中に広がったのだ。
そんな噂を耳にした男、最上伊作はすぐにあの恐ろしい笑みが顔に張り付いた女に報告した。事件に首を突っ込んでいる生徒がいると。そうすると案の定、その二人を殺せというお達しが出た。
予想通りの返答に伊作はいつものように金で人を雇い、さっさとたん瘤を始末しようとしたのだ。
その結果、伊作は頭を抱えることになった。正直伊作としては、あの転入生が生きようが死のうがどうでもよかったのだ。もし転入生の正体を知っていればそんな愚かな思考は持てなかっただろうが……。伊作にとって一番の問題はあの女の命令を遂行できなかったという事実であった。
今の伊作は自分の人生において、こべりついて離れなかった劣等感と、最も恐ろしい女に対する鬼胎で頭がぐちゃぐちゃになっていたのだ。
佐戸野弓絵。その少女は伊作の劣等感そのものであった。生まれてきてからずっと比べられ、そんな環境は伊作の劣等感を増幅させるには十分だった。
佐戸野弓絵は優秀だった。
佐戸野弓絵は屈強であった。
佐戸野弓絵は人格者だった。
佐戸野弓絵には親友がいた。
佐戸野弓絵は地位を持っていた。
佐戸野弓絵は素晴らしい容姿を持っていた。
佐戸野弓絵は伊作には無いものを全て手中に収めていた。
今回の計画を聞いた時、拒まなかったのは単にあの女の顔色を窺っていたからではない。自分の中でいつか弓絵に対して報復してやろうと考えていたからだ。弓絵自身に罪はない。だが弓絵の存在のせいで伊作がこれまで苦汁をなめてきたのは事実。〝報復〟という言葉を使うにふさわしい程に……伊作はそう考えていた。
だが今、目の前にいる女の形相を見ていると、やはりこんな危ない橋は渡るべきではなかったと今更ながら後悔する伊作。そう、生まれてきてからその顔を見なかった日は無い。自分の母親の狂気の顔を。
「伊作、その二人が無理なら人質を使えばいいのよ」
「人質……?」
「転入生にだって親しい人間の一人や二人はいるわよね?良い子の伊作なら、ちゃんとできるでしょ?」
笑いながらそう答えた母親の瞳にはやはり光などなかった。真っ赤に染まった唇が歪んだその顔は、まるで口裂け女のようだった。伊作の体に悪寒が走り、震えが止まらなくなる。「もう後には戻れない」伊作にはそう聞こえたのだ。
自分はこの女の腹から生まれ落ちた瞬間から負けていたのだ。子供の時に悟ったその事実で伊作の頭は埋め尽くされてしまった。
そう、伊作もまだ知らなかったのである。自分にとって意外な人物がこの地獄から救い上げてくれる未来を――。
警察組織の本拠地。そのビルの30階にユスティーの隊長は向かっていた。もちろん調べ物をするためである。
紺星の向かっている場所は、各チームの代表者しか立ち入りを許可されていない特別な空間だった。情報特務課、それがその空間の名称である。日本に生存する全ての人間の個人情報が管理されており、死者であっても死後二十年まではその情報が削除されることはない。
そんなデリケートな課な為、多くの隊員、職員は出入りを禁止されているのだ。もしここにある情報が漏洩した場合、考えたくない程の社会問題になるのは明らかだ。まずこの警察組織の羽草は辞職しなければならない。そして情報特務課の人間は全員首が飛ぶことだろう。
それでもこの組織自体が消えることはまずない。この組織の消失はこの国の終わりを意味するからである。
紺星は情報特務課で、とある人物の情報を調べるため、その扉をノックし中へ入っていった。因みにこの情報特務課の扉も、入室を許可されていない者が立ち入ることのできないように魔術が組み込まれている。
紺星が扉を閉めると情報特務課の職員三名ほどが目に入った。その内一人が何故か紺星を見るや否や眉間にしわを寄せ睨み据えてきたが、紺星はまるで気にしていないように自分の目的を果たしにパソコンへ向かった。
その様子が更に逆鱗に触れたのか、舌打ちまでし始めた。その職員は左腕を包帯で吊るしており、骨折しているのが目にとれた。ユスティー隊長に向かってあるまじき態度であったが、紺星自体が相手にしなかったのでその職員の包帯が増えることは無かった。
ちなみに残りの二人はユスティーの隊長、つまりは警察組織のナンバーツーがいきなり現れたので、一気に冷や汗が噴き出た。職員二人が声をかけようか右往左往している間に紺星はパソコンの椅子に腰を掛けた。
紺星はパソコンのキーボードに向かって、まず最初に〝佐戸野弓絵〟という名前を検索した。この事件において彼女の情報を知っていて損など無い。被害者全員と関係を持っていたこの生徒を調べれば何か分かるかもしれないと、紺星は考えたのだ。この個人情報の閲覧はユスティー内で紺星にしかできない仕事な為、紺星が一肌脱いだのである。
佐戸野弓絵の家族関係から友人・知人関係、生年月日、在籍していた学校、通院していた病院、歯科医院、佐戸野弓絵が関わった事件、etc……。調べられる情報全てを閲覧した紺星。
その情報をコピーした後、紺星は別の人物の名前を打ち込んだ。〝最上伊作〟その人物の名を。紺星自身に確証はなかったが、調べて損はないだろうと、念のためその名を入力したのだ。
佐戸野弓絵の際と同様に、事細かく調べていると、紺星はとある項目に目が留まった。そして確信した。この事件に最上伊作が関与していると、そう確信したのだ。
「そういうことか……」
最上伊作の情報をコピーしながら、そう呟いた紺星。事件解決に一歩近づき、思わずギラギラとした表情で精悍な笑みを浮かべた。
知りたい情報が手に入った紺星が情報特務課から退出しようとすると、紺星を睨み据えていた職員が道を阻んだ。紺星は面倒事が起きる予感しかしなかったため、内心ため息を漏らしたが、それを顔には出さず職員に話しかけた。
「何か?」
「私、お宅の隊員に先日暴力を振るわれましてねぇ」
紺星はその言葉を聞いて0.2秒で理解した。犯人は骸斗だと。一体今度は何をやらかしたのかと、紺星は目の前の職員のけがの具合を見た。
目に見えてわかる左腕の骨折と、頬のあたりに十針程度の手術の跡が見えた。要するに顔をボコボコに殴られた挙句、左腕までぽっきりやられたらしい。
「隊員というのはどいつのことですかね?」
犯人に見当がついているにも拘らず、白々しくそんな質問をした紺星。
「お宅の新人ですよ。里見骸斗、あんな凶暴な隊員がいたもんじゃ我々のような職員は堪ったものじゃありませんよ」
〝我々のような職員〟というのは、戦闘向きではない職員たちのことである。ユスティーのように超武闘派な隊員と違い、情報特務課の職員は直接事件に関わったり、犯人逮捕のため壮絶な戦闘を繰り広げることが無い為、ユスティーのような存在とはあまり関わり合いたくないのだ。
「へぇ、骸斗ですか。骸斗相手にその程度で済んで良かったですね」
「な……!ふざけているんですか!?」
紺星の思わぬ返答に怒りの沸点に達してしまった職員。しかし紺星自体は大真面目である。本当に骸斗相手に骨折と裂傷程度で済んだのは幸運なのだ。ユスティーの問題児というのは伊達ではないのだ。
「ふざけてなんていませんが。実際、先日骸斗がしょっ引いてきた強盗犯は両手とおさらばしてましたし。ほら、最近このビル血まみれになったでしょ?あれうちの骸斗の仕業ですし。まぁ罰として掃除させましたが。あの時はご迷惑おかけしてすいません」
紺星は目の前の隊員に対して平謝りをした。一方の職員は勝手に話をすり替えられたことに対する怒りと、骸斗の想像以上の凶暴性に対する恐怖でいっぱいになっていた。
ビルについた血痕については警察関係者ほとんどが知っていたが、大半の人間は凶悪組織との交戦か何かのせいだと勝手に解釈していたのだ。それ程までに出血量が半端ではなかったのだ。
それが蓋を開けてみればたった一人の哀れな強盗犯の血痕だったのかと思うと、職員は驚きを隠せなかったのである。
事実、ユレが治療した強盗犯の女は、傷こそ塞がったものの出血が酷く、まだ療養中である。
「話をすり替えないでいただきたい!ユスティー隊員の不祥事は隊長であるあなたの監督不行き届きでしょう!どう責任を取るつもりですか!」
「はぁ、まぁそうですが。で?」
「な……!」
ここまで自分が感情を爆発させて抗議しているというのに、紺星の態度があまりにも冷めていたため、職員は怒りを通り越して言葉を失った。
「骸斗が暴力を振るったことは謝罪しますがね、俺はアンタの被害者面が気に入らないんですよ。骸斗は理由もなく人にそういう行為はしません。どうせ大方骸斗の怒りに触れるようなことをしたんでしょう?そうですね……例えば、ユスティーの陰口を叩いたとか?」
途端に職員の顔が青ざめる。どうやら図星だったようだ。これが紺星の言っていた〝で?〟の理由である。「それでアンタは何をして怒りを買ったんだ?」と。骸斗が敵意を向けたということは相手側に非があったことを紺星は理解していたのである。職員はアタフタしながら必死に反論し始めた。
「わ、私の言葉が信用できないんですか!?」
「俺はアンタなんかより自分の仲間を信じている。俺が目で見て選んだ隊員たちだ。骸斗は喧嘩っ早いが、人倫に背くようなことはしねぇ。あまりうちの隊員に……ふざけた因縁つけてんじゃねぇよ」
紺星は一歩踏み出すと、ものすごい威圧感と共に職員を睨み据えた。初対面の相手だったため、最初は敬語を使っていた紺星だが、終盤はこの男にそんな価値は無いと判断したらしい。
一方獅子に睨まれた兎は冷や汗を大量に流し、生まれたての小鹿の如く震え上がった。恐らくこの国最強の男に目をつけられて震え上がらない人間などいないだろう。
「じゃ、俺もう用済んだんで。失礼しました」
「「は、はい……」」
紺星は冷めた表情で残り二人の職員にそう告げると、情報特務課から退出した。急に話しかけられた二人は紺星が出て行ったのを確認すると、青白い顔をした職員の両サイドから肩をポンと叩いた。その表情は哀れな兎を見つめるようだった。
「「お前……終わったな……」」
そんな二人の言葉が職員に止めを刺し、ガクッと膝から崩れ落ちてしまった。この職員がストレス胃炎で長い間休養を取ることになるのだが、そんな事実を知るものはユスティー内にはいない。
紺星が退出し、情報特務課の扉を閉めると目の前に二人の部下が見えた。青花と骸斗である。当然紺星はその存在に気づいてはいたが、別にコソコソする様なことでもないので気にしないことにしたのだ。
当の骸斗は尊敬する紺星に庇ってもらえた喜びで頬が緩むのを必死で抑えていた。骸斗は以前、あの職員がユスティーを野蛮なだけが取り柄の虚け集団と揶揄しているのを聞いてしまい、怒りそのまま暴力で片づけてしまったのだ。
そのせいで紺星が批判されるなんて考えてもいなかったらしい。骸斗の辞書に〝後先〟という言葉は載っていないのだ。だが紺星自身が自分を信じてくれたことに愉悦すると同時に、やはり隊長にあんな誹謗中傷を浴びせた男は殺すべきだったと、してはいけない後悔を頭で繰り広げた骸斗。
因みに何故ここに青花と骸斗がいるのかというと、骸斗の〝悪巧み〟が原因である。紺星の行き先に気づいていなかった骸斗は紺星の後をつけようとしたのだが、そんな悪巧みに気づいたたった一人の少女、青花はそれを制止するのではなく、自分も便乗して尾行しようと考えたのだ。
青花は行き先が自分たちでは侵入できない情報特務課だと知っていたが、聞き耳ぐらいなら立てられるだろうと、のこのこ付いてきたのだ。
そして現在。青花も思うところがあったのか、頻りに骸斗の頭を撫でている。
「隊長っていっつも俺に説教ばっかりしてますけど、結構俺のこと好きですよね?」
調子に乗って骸斗が紺星に向かってからかう様に、興味津々に聞いた。少々人を小馬鹿にしたような言動は普通の人ならムカつくところだ。
「あぁ、好きだぜ」
冗談で聞いたことを理解していないのかケロッと答えた紺星は目尻にクシャっとしわを寄せ、豪快に破顔しながら骸斗の頭を撫でた。
骸斗の方はあっさり返答された為呆けてしまい、青花の方は羨ましそうに骸斗の方をジィーっと見つめていた。
「……なんか、隊長がモテる理由が分かりました」
「は?んだそれ?」
骸斗が少し恨めしそうに言い放った言葉の意味を全く理解していない紺星は、ただただ顔中に?マークを散りばめていた。
紺星は基本的に嘘をつかない。それが必要なことならば息をするように嘘をつくのだが、必要の無い時であれば正直に物事を述べるのだ。だからこそ、紺星の〝好き〟という言葉が嘘偽りない〝愛〟だというのをユスティー隊員は知っているのだ。
しかもそれをケロッと、何でもないように言ってしまうので、どうやっても言われた方の負けなのである。
そんな二人の様子を傍観していた青花が紺星の左腕にしがみついた。紺星が体が沈んだ方向に目をやると、そこには瞳を輝かせながら紺星を見つめてくる青花がいた。
「何だ?青花」
「私のことも好き?疑問」
「?好きに決まってんだろ」
「……ふふ、ならいい。満足」
?マークを浮かべたまま紺星にとって周知の事実を淡々と答えた。それを聞くと青花は満足そうに頷いて紺星の腕を離した。
今度は自分が傍観する側に回った骸斗は「リア充爆発しろ」とも言わんばかりの顔で二人を見つめていたが、ふと本題を思い出し、紺星に尋ねた。
「そういえば、何調べてたんですか?隊長」
「あぁ、ちょっと生徒の個人情報をな」
「収穫あり?」
「あぁ、それなりにな」
質問した二人は何となくはぐらかされた気がしたが、それが紺星の意図ならばと何も追求しなかった。その時紺星はこれからの犯人側の動きについて思考を働かせていた。邪魔者の自分たちに一体に何を仕掛けてくるのかと。懲りずにまた金で雇った男たちを送り込んでくるか、或いは別の方法を取ってくるか、そんなことをグルグル考えていると、ふと傍にいる部下たちの存在が目に入った。
「……お前ら今日はもう帰って休め。一時間前青花に言った」
「「……了解」」
紺星が飽きれたようにため息をつくと、青花と骸斗は顔を見合わせしぶしぶ承諾した。現在の時刻は19時。大きなガラス張りの窓から見える景色はとっぷりと暗くなっていた。
そんな暗黒の景色を怯えるように眺めていた伊作は、母親に命じられたことについて思案していた。伊作にはその真っ黒な空が、自分の人生までをも黒く染めてしまうのではないかと憂いていたのだ。
「人質を使えばいい」あの女はそういった。つまりはユスティー隊員と親しい人間を見繕い、それを人質に取り、二人の身動きを取れなくすればいいということだ。
伊作はその親しい人間を探していたのだ。転入して間もない二人に親しい友人がいるとは限らない。だからと言って一から二人を調べるには時間もかかる。二人に自分が事件の関係者と知られれば終わりなのだ。気づかれる前に片づけなければならない。
伊作は学園での記憶を遡っていると、二人が学食にいる風景が浮かんだ。あの時二人は一人の女子生徒と一緒にいるのを思い出したのだ。ユスティー隊員とその女子生徒が昼休みを共に過ごしていた場面に伊作は出くわしていたのである。
その女子生徒の名は、入山杏。ユスティーの隊長、葛城紺星の大ファンで夢は紺星に会うこと。そしてその夢が既に叶っていることに気づいていない哀れな少女である。
だがしかし、これから杏は自覚ありでその夢を叶えることになるのだが、当の本人はそんなこと、ゆめゆめ思ってもいない。
杏ちゃんはきっと今頃くしゃみに襲われていることでしょう。
読んでくださってありがとうございます!