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dark blue  作者: 乱 江梨
第一章
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奪われた唯一無二

 潜入捜査二日目。紺星と青花の二人は、本格的に佐戸野弓絵という人物について調査を始めた。昼休み、放課後を利用し、教師や生徒たちに聞き込みをしていった。地道にコツコツと。


 効率良く、二人は別々に聞き込みをしていった。そして一段落着くと、互いが得た情報を公開しあったのだ。


「どうだった?青花」

「佐戸野弓絵、被害者全員と何らかの関わりを持っていた。怪しい」


 青花が弓絵の写真をじっと睨む。予想通りの返答だったのか、紺星は自分の頭をガシガシと掻いた。


「こっちもほぼ同じだ。佐戸野弓絵と被害者たちが親しい間柄だったことは明白。これは逆の線もあるかもな……」

「逆?」


 対して青花は予想外の返答にその細い首を傾げた。そんな二人の背後からとある生徒が声をかけた。二人はその存在にずいぶんと前から気づいてはいたが、気づいていない振りをしていた。ユスティー隊員とバレないようにするためだが、警戒を怠っていたわけではない。


「ねぇ君たち」

「何だ?」


 紺星がさも今気が付いたかのように声のする方に顔を向けた。視線の先にいた男子生徒は、短髪に眼鏡をかけた優等生そうな人物で、こちらに笑顔を向けていた。だが紺星と青花は……


(うさんくさ……)


 と、内心思っていた。胡散臭さ百パーセントの顔に見えたのだ。目の前の男の顔が全て作られたもののように見えたのだ。そんな可哀想な第一印象をもたれた男子生徒は最上伊作(もがみいさく)といい、紺星や弓絵と同じこの学園の三年生である。


「変死事件について調べてるって本当かい?」

「あぁ、それがどうかしたのか?」


 もちろんこの会話上の“調べる〟は、ユスティーの捜査としてではなく、この学園の生徒が好奇心程度に調べているというニュアンスだ。この学園では珍しい転入生が事件について調べているという噂が広まるのに、時間はあまりかからなかったのだ。


「忠告をしようと思ってね」

「忠告?」

「探偵ごっこもいいけど、そろそろもう引き際だと思うよ。佐戸野弓絵が学校に来なくなって随分と経つ。彼女も殺されているかもしれない。彼女はこの学園一の最強だ。その彼女が殺されているのなら、君たち、そのうち死ぬよ?」


 伊作は忠告とは名ばかりの、不気味な笑みを浮かべた。二人が胡散臭さを感じた原因はこれだろう。


「お前、誰?」

「僕は最上伊作。君たちと同じ三年生だよ」

「佐戸野弓絵とは親しかったのか?」

「いや、顔見知り程度だったよ。でも彼女の強さなら誰よりも知っているつもりだ。僕と彼女は同じクラスで、よく戦闘試験の時に組まされたんだ。彼女の次に強いのが僕だったからね」

「最近変わったところは無かったか?」

 

 伊作の忠告は完全無視で紺星が聞き込みを再開する。ユスティー隊員がそう簡単にやられるわけがないので、こんな忠告は無視するに限るのだ。伊作は少しの間自分の顎を掴みながら思案していたが、ふと紺星の顔を見て思い出したかのように呟いた。


「そういえば彼女も君たちと同じようなことをしてたよ。」


 その答えを聞いて眉を動かしたのは青花だけだった。先刻紺星の言っていた、〝逆〟である。


「変死事件のこと随分と躍起になって調べている風だったけど」

「情報と忠告感謝するが、生憎と俺たちはそこまで柔じゃない。心配には及ばない」


 情報が手に入ればもう用は無いため、紺星と青花はその場から立ち去った。そんな二人の背中を伊作は唇を噛みながら睨みつけた。その穏やかではない気配に紺星が顔をしかめた。



 潜入捜査を終えた二人は、ユスティーの本拠地に帰ろうと、歩を進めていた。そんな中紺星がある違和感に気づいた。いつもと何かが違う。青花も察したのかビル内をキョロキョロと見渡し始めた。察しのいい紺星はその違和感の原因にすぐ気が付いた。


「このビル、こんなに綺麗だったか?」

「……確かに。綺麗すぎ、不気味」

「はぁ、アイツは加減ってものを何時になったら覚えるんだか……」


 〝アイツ〟とはもちろんユスティーの問題児、里見骸斗である。紺星から罰として、自分がつけた血痕の掃除を命じられた為、それを素直に実行したようだ。


 だがビル内はよくアニメで見るようなキラキラ演出が見えそうな程綺麗になっていた。擬音まで聞こえてきそうだった。ここまで掃除されるとプロの人たちの仕事が無くなってしまうのは必至だ。


 〝プロ〟というと、もちろん清掃業者のことなのだが、この世界における掃除は大半が洗浄魔術で行う。清掃業者の方々は洗浄魔術を極めている。警察組織の人間も洗浄魔術ぐらい簡単にできるのだが、プロには劣る。それに加えて暇がない。そうすると自然に清掃業者にビルの掃除を任せるという形になるのだ。


 だがユスティー隊員ともなると、もともとの魔力量が半端ない為、洗浄魔術もレベルが高い。よって早く済んでしまう。つまり骸斗が本気を出すと結果的に、プロの方々の仕事を盗ってしまうことになるのだ。


 やる気があることは認めざるを得ないが、やる気にも限度というものがある。ユスティーの問題児はいつでも、どこでも、何に対してもやりすぎなのだ。


 まだまだ教育が必要な現状にため息をつきながら、紺星は扉に手をかけた。紺星の目の前にはドヤ顔の骸斗がいた。


 その顔がイラついたのか、目の前のドヤ顔に紺星がデコピンした。褒められる気満々だった骸斗は思わず自分のおでこを押さえる。


「何するんですか~?隊長」

「加減ってもんがあんだろうが!」


 紺星の言葉に隣で青花がうんうんと頷いている。それが不満だったのか骸斗は隣で頬を膨らませながらぶぅーぶぅー言っている。


 そんな骸斗に紺星は苦笑しつつ、ユスティーの捜査会議を始めることにした。紺星がホワイトボードの前に立ち、他の隊員たちはホワイトボードと向かい合うように鎮座している、大きなテーブルにかけた。


 紺星が今回の捜査結果を報告すると、寛が弓絵の写真の睨みながら、しかめっ面をした。


「要するに、佐戸野弓絵は親しい人間を次々に殺され、憤り、犯人を取っ捕まえようとしたってことか?」

「その生徒の証言が事実ならば、彼女は容疑者から外してもいいでしょうね」


 寛の疑問に福貴が自分の意見を述べた。福貴の主張に紺星が思わず腕を組む。青花は紺星の言っていた〝逆〟の意味がやっと理解できたのか、右手の拳を左掌にポンっと乗せた。


「犯人ではない可能性が出てきた以上、被害者全員が佐戸野弓絵の関係者というのは、真犯人の佐戸野弓絵に対する怨恨か、罪のなすりつけ、あるいはその両方の可能性が高い。紺の〝逆〟の意味がやっと分かった。納得」

「まぁ、それもこれも全部あの生徒の言っていたことが真実だった場合だけどな。アイツなんか胡散臭かったし」


 紺星は寛、福貴、青花の意見を吟味しながら、あの生徒の証言の信憑性について考えていた。もし伊作の証言が真実ならば、紺星には危惧することがあった。


「佐戸野弓絵が犯人でなかったとしたら、行方不明というのが気掛かりだ」

「だよなぁ。もう殺されてるかもしれねぇってことだろう?」


 紺星が危惧していたのは佐戸野弓絵の安否であった。ユスティー隊員全員がそのことを考えていたようで、顔を歪ませた。


「おそらくその可能性は低い」

「おい息子、そりゃどういうことだ?」


 意表をついた紺星の意見に裕五郎が訳を聞いた。他の隊員も興味津々に紺星の方を見つめた。


「毎日毎日高校の欠席届は、佐戸野弓絵本人から電話で報告されているらしい。会話も成立しているらしいし録音音声ではないだろう。生きている可能性が高い。まぁ犯人側に〝変声魔術〟なんて高度な魔術を使いこなす人間がいなければの話だが……」

「なるほどなぁ、確かに変声魔術なんて俺でも使えねぇわ」

「私と紺だけ使用可能」

「ちょっと!私だって使えるわよ!勝手に二人の世界作らないで!」


 青花の発言に憤った十乃が思わず怒鳴り込んだ。そうユスティー隊員の中で変声魔術が使えるのは、紺星、青花、十乃の三人だけだ。青花が普段会話で使用している伝声魔術ならば、ユスティーの全員が使うことができるのだが。変声魔術なんてものは一般的には、ほぼ幻のようなものだと認知されている。


 十乃は剣術や体術よりは魔術が得意で、その技術を紺星に買われ、ユスティーに入隊したのだ。青花はそもそも声帯が機能していないため、伝声魔術で送る声のイメージを変えるだけで事足りる。それも簡単ではないのだが……。隊長の紺星は言わずもがなだ。


「まっ、所詮は全て机上の空論。あの情報が正しいという確証もなければ、もし正しかったとしても佐戸野弓絵の自作自演という可能性だってある。俺たちのような捜査官の目を欺くためのな。あまり自分たちの頭で描いたストーリーに踊らされないように」

「「了解!」」


 紺星の忠告に隊員たちが一斉に返事をした。


 ユスティーの本拠地でそんな会話がされている中……。伊作は自宅でとある女性と対峙していた。煙草を吸いながら悪だくみをするその女の様子を、伊作は額に汗を溜めながら見ていた。


「伊作。探偵ごっこを楽しんでいるガキども、黙らせるようにっていう私の言いつけはちゃんと守ったのかしら?」

「そ、それが、忠告はしたのですが聞く耳を持たず……」


 声を震わせながら応答した伊作を、女がにっこりと口角を上げながら見つめた。その瞳に光はなく、思わず伊作が震えあがった。


「はぁぁ、キチンと言うことを聞けるいい子だったら、命だけは助けてあげようと思ったのに……。しょうがないわね、そんな悪い子は悪い大人が黙らせるに限るわ。この意味、いい子の伊作になら分かるわよね?」

「……はい」


 にやりと更に口角を上げた女性の顔を、伊作はただ恐怖しながら見つめることしかできなかった。





 潜入捜査三日目。紺星と青花は高等学校への登校中だ。二人は肩を合わせながら歩いていた。そんな二人の後ろを何人もの男たちが尾行していた。二人は尾行に気づいていることを悟られぬよう、顔を合わせることなく、伝声魔術で会話を始めた。


「紺、何人いる?」

「十人、少ないな……」

「少なすぎ、尾行も赤ちゃんレベル、失望。紺と私を倒したいなら一人当たり百人は必要。それでも足りないけど」


 そう、ユスティー隊員二人に敵十人というのはあまりにも少なすぎる。お粗末にも程があるのだ。紺星と青花にかかれば瞬殺で済む。よってユスティーの存在を知るものが紺星たちを倒そうと思案する時は、最低でも一人当たり百人の人員がいる。そもそもユスティーを敵に回そうとした時点で負けなのだが。


「つまり敵国や政府の駒じゃないってことか……。俺たちのことを知らないネズミの仕業となると……」

「私たちの潜入捜査を快く思ってない輩、犯人」


 ユスティー隊員の顔を知っているのは、他国ではその国の最高権力者と日本においては、警察組織の人間と政府のお偉い方のみ。そういう立場の人間がこんな阿呆なことをするのは考えにくい。つまりこの尾行は変死事件の犯人の仕業の可能性が高いということだ。


 後ろに群がっている男たちは二手に分かれて紺星と青花を襲おうと算段していた。それを察知した紺星が青花に提案をした。


「青花は右、俺は左。いいか?」


 紺星が左側、青花が右側の男たちを相手にしようと算段をつけ、青花は紺星の提案に静かに頷いた。


「今!」


 紺星が伝声魔術で合図を出すと、二人は一斉に後ろを向き、男たちに一瞬で近づいた。男たちは今まで普通に歩いていただけの二人が突然こちらに迫ってきた為、呆気にとられた。


「「なっ……!」」


 紺星は自分側の五人にすぐさま捕縛魔術をかけ、男たちの動きを封じた。男たちは突然体が硬直したように動けなくなり、その体制のまま地面に倒れてしまった。


 一方青花は残った男たちを鞘に納まった剣で素早く斬った。あまりの強打に男たちの骨から嫌な音が聞こえ、思わず出る叫び声を男たちは抑えることができなかった。


「「ぎゃあぁ!!!」」


 青花の攻撃を受けた男たちはそのまま気を失ってしまった。中には白目を剥いているものまでいる。そんな五人には目もくれず、紺星たちは捕縛魔術で動けなくなった残りの五人に近づいた。男たちは地面についた顔を歪ませ、ガタガタと震え始めた。


「誰の差し金?黙秘権なし、言わないなら殺す」

「ひぃっ!ち、違うんだ!ま、待ってくれっ!俺たちはただあんた等を殺せって依頼されただけで」


 五人のうち一人の男に的を絞った青花が脅し百パーセントで首謀者を聞き出そうとする。まんまとはずれくじに当たってしまった男は、一瞬で顔を青くし、必死に弁明を始めた。


「誰に雇われた?」

「分からない……顔を隠していたし、声も変な機械の声で……」


 黒幕に近づける手掛かりは空振りに終わり、青花がため息を漏らした。因みに魔術が発展したこの世界にも、科学というものは存在している。寧ろ科学の延長線上に魔術は誕生したようなものだ。よって高度な変声魔術より、科学による変声機の方が悪巧みをする狸たちにはポピュラーなのだ。


「しょうがない、応援を呼んでこいつらを連行しよう」

「了解。クソ女たらしにでもしておく」


 紺星の連行という言葉でようやく二人が刑事だと勘付いた男たちが、これからの自分たちの末路に絶望する。そんな中、紺星は青花が倒した男たちにも捕縛魔術をかけていた。意識を取り戻した時、暴れられても面倒だからだ。


「あ、あんたら……一体?」


 二人が刑事だとしてもここまでの実力者なんてそうそういない。ただの警察官でないことは男たちにもすぐに分かったのだ。先刻まで二人の質問に答えていた男の問いに紺星が破顔した。


「通りすがりのお巡りだよ」

 

 そんな答えになっていない紺星の回答に男は困惑するほかなかった。






 暗い暗い檻の中、一人の少女がそこにいた。


(どうしてこうなった……?)


 そんなどうしようもない疑問を浮かべた少女は、暗い檻の中、壁に背をもたらせながら己の記憶をたどっていた。自分がこんな目にあっている訳を。


 そんな少女の顔は憔悴しきっていた。頬は痩せこけ、目には隈ができ、唇は水分が足りないせいでかさついていた。


(私は、大事な人たちの仇も取れないまま、無様に死ぬんだろうか……?)




「……みえ……。ゆ……え……。弓……絵……。弓絵、弓絵!」


 自分の名前を呼ばれていることに気づいた弓絵は、はっと目を覚ました。名を呼んだ声の主は弓絵の親友、相葉加代子だった。加代子は弓絵が起きたのを確認すると、眉を下げながら微笑んだ。


 弓絵はその温かい視線をずっと浴びたいと思った。何故だかその時、この笑顔が消えてしまうような気がして……。加代子と出会ってからずっと、この笑顔を見なかった日なんてないはずなのに。


「先生が呼んでたよ、弓絵」

「あ、そう。ありがとう」

「聞いたよぉ、また学年トップだったらしいね。弓絵は頑張り屋さんですごいや」

「……そんなことはないよ。でも、私は寧ろ才能がない方が良かったよ」


 加代子の称賛の声に対して、素直に喜べない弓絵は複雑な表情で俯いた。そんな弓絵の顔を加代子は心配そうに覗き込んだ。


「どうして?」

「私の親は、自分の跡を継がせようとしている。私は政治家になんてなりたくはない……。でも親は私がこの学園でトップをはっていることを喜んでいて……」


 弓絵の父親は有名な政治家で、一人娘の弓絵はその跡を継ぐように言われているのだ。しかし弓絵は将来警察関係の仕事に就くことを望んでいるのだ。


「……逃げちゃえば?」

「……え?」


 加代子の言葉が衝撃的だったのか、弓絵はぽかんとした顔で正面にいる加代子の顔を見つめた。


「私は、政治家の娘の弓絵だから友達なんじゃないよ。弓絵が弓絵だから好きなんだよ。弓絵のしたいことも理解してくれない家なんかからは逃げちゃえばいいんだよ。弓絵は努力家だしなんでも器用にこなせるし、家を出たってなんだってできるよ」

「……でも」


 弓絵は加代子の優しい笑顔に思わず泣きそうになった。しかし、逃げたりして周りにどう思われるか……弓絵はそんなことを考えていた。その様子を察した加代子が怒ったように、弓絵のおでこを指でピンっとついた。


「コラっ!弓絵には私がいるでしょう!私が!関係ない人たちのことなんて気にしないの!弓絵は本当に大事な人のことだけ考えてればいいの!親友の私がいいって言ってるんだからい、い、の!」


 おでこを押さえながら弓絵は瞳を濡らした。照れくさそうに笑いながら。その反応に満足したのか加代子は両手を組んだ。


「ありがとう、加代子」

「よろしい!弓絵はきっとユスティーに入れるよ!こんなに努力してるんだもん。それに弓絵みたいな人がユスティーの隊員だったら、きっとこの国は平和で豊かになるよ。いい?弓絵。今日より明日の方が強いって、当たり前のことじゃないんだからね!すごいんだからね!」

「加代子……」


 自分の夢を鼓舞してくれるのは目の前の親友だけ。弓絵はその幸せをしっかりと噛み締めた。


「それに弓絵がユスティーに入ったら、私のことも守ってもらえるしね!」

「何言ってんの?ユスティーに入ろうが入るまいが、加代子のことは絶対に守るよ」


 弓絵が決心した様に破顔した。加代子はその言葉に一瞬目をぱちくりさせた後、照れ臭そうにクシャっと笑った。


「えへへ、ありがとう!だ~い好き!」




 弓絵はそんな穏やかで幸せな記憶を夢で思い出していた。その手は爪が食い込むほど握りしめられていた。暖かな記憶と同時に、あの地獄とも呼べる辛い記憶まで思い出してしまったのだ。




 弓絵の目に映った最後の親友の姿は穏やかとは言い難かった。その無残な姿を、弓絵は見てしまったのだ。


「……これは、何?」


 弓絵の目にはレイプされたうえ首を刃物で切り付けられた、加代子の死体が映った。弓絵の頭が真っ白になった。膝から崩れ落ち、うまく呼吸ができなくなった。頭は真っ白で、でも血が上り真っ赤でもあった。


(……苦しい……息が、できない)

「……加代子……。な、なんで……?どうして……こんな、誰が……?」


 弓絵の瞳から大量の涙があふれだした。それを止める術などない。自分の唯一無二の親友。この世界で最も大事にしたかった、守りたかった親友。自分を自分として肯定してくれた人。そんな存在が簡単に、無惨に、奪われた。


 弓絵の感情は絶望から憎しみに変わった。それは一瞬だった。


「……誰だ?誰が加代子を……。絶対に見つける。見つけて……殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……。加代子に与えた何倍もの苦しみを与えて殺す!」


 その時から弓絵の手は固く握りしめたままだ。どうしても解くことができない。あの苦しみを、悲しみを、憎しみを、忘れることなどできないのだ。




「何が〝絶対に守る〟よ。たった一人のかけがえのない親友を……。あんな……」


 弓絵は枯れつくすことの無い涙をを流し続けた。弓絵が最も憎んでいたのは自分自身なのだ。親友を守れなかった愚か者。自分はそういう人間だと、弓絵の頭はそればかりになっていた。


「何が〝ユスティーに入る〟よ。加代子一人守れもしないで……何様よ」


 彼女は知らなかった。あの幸せな親友との日々の中、この後地獄が待っていることを。そして自分に何が起こるのかも、あの時の彼女は知らなかったのだ。


 そして彼女はこれから、予想外の出来事が起こることもまだ知らないのである。




 読んでくださってありがとうございました!

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