エピローグ
――四年後――
日本警察。この組織の本拠地のビルの50階。それはこの組織における最強最悪の部隊――ユスティーの隊員ほとんどが生活している寮が位置している階だ。
その50階に新しく足を踏み入れた者が二人いた。
一人は以前まで55階、つまり警察組織の一般寮で暮らしていた男だ。もう一人は初めてこの警察組織の人間として生活を始める女だ。
経緯は違えど、この二人はこれからユスティーという同一の隊に入隊する予定の二人だった。
「私、まだアンタのこと許してないから」
「……分かってる。一生許さなくていい」
先に攻撃的な発言をしたのはユスティーの制服を身に纏った女の方だった。名前は佐戸野弓絵。長い黒髪をポニーテールにし、キリッとした目に長い睫毛を生やした美人だ。
そんな弓絵に睨まれたのは永浜志展。色素の薄い黒髪を短く切り揃え、眼鏡をかけた青年だ。志展は弓絵の発言に対して怯むことなく、真っ直ぐ弓絵を見つめ返した。
この二人の間でこんな会話が交わされているのには訳がある。
遡ること四年前。この二人が深く関係した連続殺人事件が、この二人の人生を大きく変えることになったからだ。
連続殺人によって唯一無二の友人を無惨に殺された弓絵。そして、その連続殺人を計画した犯人の息子であり、母親に怯え、事件を止めることが出来なかった志展。
そんな複雑な関係を持つこの二人は腹違いの姉弟でもある。弓絵の父親の愛人だった犯人は、正妻ではない劣等感からこの事件を起こした。人間関係が複雑に絡み合ったこの事件によって、伊作は志展という名前を貰い警察関係者となった。
そして弓絵は四年前に紺星に貰った言葉を胸に、このユスティーを目指し続けてきた。
〝強くなれ〟
この言葉は弓絵にだけではなく、志展にも強く突き刺さり、今ここにこの二人は並んで立っているのだ。ここに辿り着くまでにどれだけの努力と苦しみを重ねてきたか、それは互いによく理解していた。
「だからこそ、アンタには絶対に負けない」
「あぁ……」
志展は弓絵の決意の表れを感じた。そしてそれは自らをも奮い立たせることになった。そんな二人は肩を並べながら、ユスティーの本拠地へと向かった。
「おお、来たか。よっす志展」
「葛城さん、おはようございます」
本拠地に到着した志展に声をかけたのは紺星だった。志展は四年前から警察に入隊しており、紺星に稽古をつけてもらっていたこともある為この二人は親交が深い。
いつもとは違う志展の格好に紺星は破顔一笑した。そしてそのまま視線を弓絵の方に移すと一変、精悍な笑みを浮かべた。
「強くなったか?弓絵」
「っ、はい!」
緊張した面持ちで紺星をガン見していた弓絵に紺星はそう尋ねた。弓絵はハッと意識を取り戻すと本拠地中に響き渡る声で返事した。
「うるさい。警告」
「す、すいません」
そんな弓絵の声を注意したのは自分の席で転寝をしていた青花だった。どうやら快眠を邪魔されたのが不快だったようだ。
「ま、お前らの実力は入隊試験の時見たから分かってんだけどな」
入隊試験ではユスティー隊員との戦闘を見て合否を判断する為、志展たちの戦闘能力がどれ程のものかはきちんと理解しているのだ。
「あれ?雅園さん……お兄さんの方はどうされたんですか?」
「五郎さんのことか?」
本拠地内をぐるっと見渡した志展はユスティー隊員の中で裕五郎だけがその場にいないことに気づき紺星に尋ねた。
「あの人はもうユスティー隊員じゃないからな」
「えっ!そうなんですか?」
紺星の口から思いもよらなかった衝撃事実を知らされた志展は声を上げた。もちろんそれは弓絵も知らない事案だったので同じような反応を示した。何故なら入隊試験の際は裕五郎はまだユスティー隊員としてその場にいたからだ。
「あの人は今、情報特務課二係にいるんだ」
「情報特務課二係?何でまたそんな事務作業ばかりのところに……怪我でもされたんですか?」
情報特務課二係と聞くと、情報特務課と同様に戦闘を得意としない警察職員が属する課というイメージがあった志展はそんな疑問を持った。
裕五郎がユスティーを脱退した理由さえも知らなかった志展には、裕五郎が情報特務課二係に属した理由が理解できなかったのだ。
「いや、特別大きな怪我はしてねぇよ。ただ昔ほどの戦闘が出来なくなったっていうのは否定しねぇがな。因みに情報特務課二係に移動したのは、ある一人の職員のことを気に入ったかららしい」
「へぇ、その人どうして雅園さんに気に入られたんですか?」
裕五郎はこの四年の間に以前ほど体力が持続しなくなってきており、ユスティーから脱退することを考えていたのだ。それにあたってどこの部隊、又は課に所属するかを考えた時、裕五郎はそのとある職員のことを思い出し、即決したのだ。
「その職員、八年前に起きた事件で病死した総括に成り代わっていた凛人のことを俺たち二人以外で唯一知っていたんだ。だからその件について俺と総括で口止めしてたんだよ。んで、四年前五郎さんが勘付き始めた頃、五郎さんにかなりのプレッシャーかけられながらも秘密を守ったところを何故か気に入られたらしい」
情報特務課二係は死んだ人間の個人情報を管理する課だ。故に雲雀羽草が死んだ際、その情報が情報特務課二係に転送された。
情報特務課二係の職員だからといって、全ての情報を把握している訳ではない。二係は情報特務課と同様に情報が不正に閲覧されていないか、違法に消去やコピーされていないかなどを管理するのが仕事なのでその内容について詳しいわけではない。
だからこそ情報特務課の職員は雲雀羽草の情報が二係に移り、情報特務課から消えたことに気づかなかった。
だが二係のその職員だけは気づいてしまったのだ。生きているはずの総括の情報が二係に存在することを。
それについて総括に尋ねてきた職員に紺星は口止めをしたのだ。総括が死に、凛人が生きていることを事件が解決するまでは誰にも口外するなと。
その職員はそれを了承したのだ。報酬を貰ったわけでも、ましてや脅されたわけでもなく、ただ紺星に頼まれたから。
そんな職員が裕五郎の圧に屈することなく秘密を守り通したという事実に、裕五郎は強い感銘を受けたのだ。
「へぇ……四年前にそんなことが……」
「そういや志展、エントライの連中にはあいさつしたのか?」
「あ、はい。螺良璃々姉妹はいつも通りでしたし、隊長……東偽さんは今潜入捜査中なので人格が安定していなくて、軽く返されました」
エントライは志展が警察へ足を踏み入れた時から四年間属していた隊だ。双子の螺良璃々姉妹は元気よく志展を送り出してくれたが、隊長である那知は多重人格者ということもあり、志展は那知の本心が良く分からず苦笑いを浮かべていた。
「ま、あの人割とお前のこと気に入ってたようだし、そこそこ悲しんでんじゃねぇの?」
「そこそこって……」
紺星の意見に志展が肩を落としていると本拠地の扉が凛人によって開かれた。突然の総括登場に志展と弓絵はビクッと肩を震わせたが、凛人の持つ柔らかい雰囲気にその緊張感も少しずつ薄れていった。
「おはようございます。志展くん、弓絵ちゃん。入隊おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
満面の笑みで二人を祝福した凛人に志展たちは頭を下げた。
「それにしても、二人が同時に入隊してくるとは……縁とは不思議なものですね」
志展と弓絵の関係性を知っている凛人は二人の顔を交互に見ると感慨深そうに呟いた。それはこの場にいる全員が思っていることでもあり、それ以上何も言えない事項でもあった。
「早速ですが、ユスティーに担当してもらう事件があります」
シャキッとした表情に切り替えた凛人はここに来たもう一つの要件についての話を始めた。
それはユスティー隊員にとっての仕事の始まりの合図でもあった。
ここは日本警察の最強最悪部隊、ユスティー。ユスティーのもとに舞い込む事件は凄惨なものも、悲痛なものも、複雑なものも、奇妙なものも、その系統は様々だ。
そのどれに対しても、最強の仲間たちと共に真実を探し求めなくてはならない。
関わる事件が、ユスティー隊員が、どれだけ変わってもユスティーという存在だけは変わらない。
そんなユスティーの物語が終わることは決してないのだ。
dark blue
――完――
dark blue 完結いたしました。
ここまでこの作品を続けてこられたのは皆さまのおかげです。本当に本当にありがとうございました。
次回作の執筆も現在しております。また作品でお会いできるのはしばらく後になるかもしれませんが、それまで楽しみにしております。
最後に改めて、本当にありがとうございました。