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dark blue  作者: 乱 江梨
最終章
32/33

真実であることを強く望む

「凛人……?」


 もう二度と会えないはずの、もう二度とその声を聞くことが出来ないはずの、もう二度と兄と呼ばれることが無いはずの、その人物の名前を裕五郎は呼んだ。


 動くことが出来ない。それ以上の声も出せない。今起こっている現実を受け止めることが出来ない。ただ、どうしても受け止めたい。それが真実であることを切望する。


 裕五郎は、そしてユスティー隊員たちは、雅園凛人という男が今ここに存在しているという現実が真実であることを強く望んだ。


 裕五郎にできるのはただ静かに涙を流すことだけだった。


 今何が起きているのか、どうして凛人がそこにいるのか、それが分かっているのはこの場には二人しかいなかった。


 その二人にできるのは、ただ見守ることだけ。自分たちの仲間がこの現実を受け止められるその時まで待ち続けること。


 冷静な頭で考えればいろいろな可能性が上がる。目の前にいるのが変身魔術を使った全くの別人という可能性、他人の空似、もっと別の可能性も。


 だがその時のユスティー隊員たちには直感的に理解できたのだ。話し方、声、放つ雰囲気、その膨大な魔力量、出で立ち、その全てが……彼がユスティーの前隊長、雅園凛人であると物語っていたのだ。


「はい。何ですか?五郎兄さん」

「っ……凛人」


 その瞬間、裕五郎は膝から崩れ落ちた。自分の問いかけに弟の凛人が答えてくれたという事実だけで。そんな裕五郎を優しい眼差しで見つめる凛人は膝を地面につくと、兄の肩に自分の手を静かに置いた。


 それ以上のことはしなかった。それ以上のことなんて、この兄弟には必要なかったからだ。




「どうしてよっ!どうしてアンタが生きてるのよっ!」

「……あなたが僕を殺せなかったからですよ」


 感動の再会シーンに水を差したのは神奈の慌てふためいた声だった。だが神奈が驚くのも無理はない。四年前神奈は確実に凛人を殺したつもりでいたのだ。にも拘らず凛人は亡霊のように現れた。これで驚かない人間などいない。


 神奈の質問に凛人は静かに答えた。だがそれは神奈の求めている答えでは無かった。神奈は凛人が死ななかった絡繰りを知りたいのだから。


「でもっ!確かに死んでた!私ちゃんと確認したもの!」


 神奈には確かに四年前凛人を殺したという確信があったようで、凛人の説明では納得ができず声を荒げた。だが神奈の疑問はユスティー隊員たちも持っており、凛人への視線が集中した。


「死霊魔術……というものをご存じですか?」

「「!」」


 〝死霊魔術〟。その単語を聞いたユスティー隊員たちは凛人が四年前に神奈を欺いた方法に勘付いた。だが神奈はその単語に聞き覚えが無く、それだけでは理解できなかった。


「死霊魔術とは死霊、つまり死んだ者を操ったりする魔術なのですが、上手く使えば死体を作ることもできるんですよ」

「ま、まさか……」


 そこでようやく神奈は気づいたのだ。どうして目の前に殺したはずの凛人がいるのか。それはそうだ。神奈は凛人のことを殺してなどいなかったのだから。


 死霊魔術はかなり高度な魔術であるに加え死人を操るという非人道的な魔術でもあるので、使用をあまり好ましいとはされていない魔術なのだ。それ故神奈は死霊魔術の存在を知らなかったのだ。


「そう、確かに僕はあなたと戦った。だけどあなたが死を確認した時の存在は僕ではなく、僕の作り出した偽物の死体だったんです」

「でっ、でも!魔術を封じる魔道具があった状況じゃ……」


 神奈は凛人の話を矛盾点を指摘した。確かに死霊魔術を使えば自分の死体を偽装することが出来る。だが死霊魔術は魔術。魔術を封じる魔道具があった状況でそんな魔術が発動されるのはおかしいのだ。


「あの死体は、僕が実験用に以前から作っていたものなんです」

「えっ……」

「だから元々あったんです。僕の死体は」


 死霊魔術は高度な魔術故、凛人は日頃からその精度を磨いていたのだ。その日頃の行いのおかげで凛人は神奈を欺くことに成功したというわけだ。


「そうか、俺たちが見た死体も凛人が作った偽物だったってわけか」


 凛人の説明を聞いていた裕五郎はよろよろと立ち上がると、納得したように呟いた。凛人は医師の立ち会いの下しっかりと死を確認されていたので、ユスティー隊員たちは驚きで動けなかったのだ。


 だがその死を確認した存在がそもそも凛人では無かったのだから、凛人が今現在生きて地面に立っていることは何らおかしいことでは無かった。


「あぁそれと。十乃ちゃんやユレちゃんも死んでませんからね」

「う、嘘……まさか……あれも死霊魔術?」

「なに?」


 神奈の呟きに反応したのは裕五郎だった。確かに十乃とユレは瀕死の重傷だったが死んではいない。凛人が死霊魔術を行使しているはずもないのだ。


 もし神奈が十乃たちの死を確認したのなら、凛人の時のように死霊魔術を使ったという可能性が濃厚だが、それならば十乃たちが気付くはずなので裕五郎は首を傾げた。


 確実なのは、神奈とユスティー隊員の間には何らかの齟齬が生じているということだけだった。


「あぁ、あれは違いますよ。あれは四年前から僕が保険としてかけていた魔術です」

「どういうことだ?」

「五郎兄さん、十乃ちゃんとユレちゃんは一度死んだんだよ」

「「!」」


 裕五郎の問いへの答えを聞いたユスティー隊員たちは目を丸くした。どうしても理解ができなかったからだ。十乃たちは今確かに生きている。にも拘らず一度死んだという凛人の発言は矛盾以外の何物でもなかったのだから。


「順を追って説明しましょう。鈴森神奈に襲われた際、僕は彼女の目的がユスティーの消滅であることを確信しました。理由は彼女がそう口走ったからです。ユスティー消滅のために死んでもらう、と。だが動機も彼女が誰かも分からなかった。僕は彼女が再度襲いに来ないよう、かなりの重傷を負わせたうえで偽の死体を置いていきました。計画通り彼女は僕の死を確定し帰っていった。だが困ったのはここからです」


 凛人は四年前、魔術を封じる魔道具によってかなりの戦闘力を削がれ、神奈とは互角の戦いを繰り広げていた。そんな状況下ではまともな逮捕も期待できそうにないうえ、魔道具のせいで通信手段も絶たれていた凛人は一度神奈を遠ざけ、神奈が自分の死を確定し油断している隙をついて捜査しようと考えたのだ。


「ユスティーは僕が死んだぐらいでは消滅しない。紺がいましたから。それが分かれば彼女がユスティー隊員を皆殺しにしようとするのは必須。そこで僕はユスティー隊員全員にとある魔術をかけたんです」

「とある魔術?」


 凛人の言葉に疑問を呈したのは寛だった。


「はい。〝運命魔術〟というもので、対象の人物に死の運命が訪れる時、それを一度だけ回避することが出来るものです」

「そんな魔術が!?」

「はい、あるんです。ですがこの運命魔術はこの世に存在する魔術の中でもトップレベルで高難度なものです。しかも、その運命が訪れるまで、行使する者は対象に魔術を送り続けることになります。そんな状態でユスティーの隊長を続けることは困難だと判断しました」

「それが、困ったことか」


 運命魔術の概要を知り、ユスティー隊員たちは漸く凛人の言っていた意味を理解した。十乃とユレは生き延びたのではなく、死ぬはずだった運命を回避しただけだということを。


あそこまでの重傷を負わせた犯人がなぜ止めを刺しきれなかったのかを疑問に思っていたユスティー隊員たちは納得することができたのだ。


 運命魔術はどんな窮地にいたとしても、一度だけならばその運命――死ぬ運命を回避することが出来る。そんな夢のような魔術が簡単に行使できるわけもない。運命魔術はその運命を迎えるまで魔力を送り続ける必要がある為、運命魔術を行使している際は他の魔術の精度が落ちてしまう。


 しかもその魔術をユスティー隊員全員にかけていたのだから魔力の消費は相当なものだった。そんな状態でユスティーの仕事をするのはかなりの困難だと凛人は考えたのだ。


「そこで僕は日本警察の総括に成り代わることを考え付いたんです」

「っそうだ!凛人、総括は……死んでるのか?」

「「えっ」」


 裕五郎の疑問を不意打ちで食らったユスティー隊員たちは面食らった。まさか裕五郎の口から自分たちの想像しえなかった話が出てくるとは思っていなかったのだ。


「えぇ……」

「総括に成りすましていたのは容疑者じゃなく、お前だったんだな」


 羽草が既に死んでいることを肯定した凛人はその表情を曇らせた。裕五郎はその事実に勘付いてはいたが、現在の羽草の正体を今回の事件の犯人だと考えていた。だが凛人の話で漸く今まで疑問に思っていたことの謎を解いたのだ。


 裕五郎が羽草に対して最初に違和感を感じたのはユレの治療をした時だった。あの時の高度な治癒魔術によって裕五郎は羽草に対する疑念を持ったのだ。


 凛人はユスティー隊員全員にかけた運命魔術と羽草に扮するための変身魔術のせいで魔力の消費が激しかったが、十乃とユレの運命魔術の効果を使った為二人分の運命魔術の魔力量が浮き、ユレの治療の手助けにはちょうどいい魔術を行使することが出来たのだ。


「黙っていてすいません。ユスティー隊員の皆を守るために行使した運命魔術のせいで、僕はユスティーの隊長を務めることが困難になった……だからその頃病死した総括に成り代わることを考え付いたんです。総括として生活する中で犯人の手掛かりを掴めればと思って」

「どうして話してくれなかったんだ?」

「敵を騙すにはまず味方からと言いますし……まぁ紺にはすぐばれちゃったんですけど」


 その時、事件の全容を把握していたもう一人の人物――紺星にユスティー隊員たちの視線が集まった。紺星は凛人が襲われた次の日に凛人の変身魔術を見抜き、そうなるまでの経緯を知ったのだ。


 その為この四年間、凛人は生き、羽草は死んでいるという真実を知っていたユスティー隊員は凛人と紺星の二人だけだったというわけだ。


「……して」


 先刻まで信じたくない現実に打ちのめされていた神奈がぼそりと呟いた。全ての言葉を聞き取れなかったユスティー隊員たちはその絶望に染まった顔をまじまじと見た。


「かえして……」


 何を?という問いをかける者はこの場にはいなかった。答えが分かり切っているからだ。


 今回の事件の動機。それは紺星と平和という二つのものがこのスラム街に戻ってくること。ただそれだけだった。


「私たちのキツネくんと平和を返して……ですか?」

「そうよ……お前が奪ったものよ……奪い返して何が悪いのよ……」


 神奈は自分が最も恨んでいる凛人を睨みつけた。神奈が自分のもたらしていた平和という曖昧なものに病的とも取れる執着をしていたことに紺星は八年前気づけなかった。四年前の事件はそれが原因で起こったと言っても過言ではない。


 紺星は自責の念に駆られたが、今は目の前の被疑者確保が最優先事項である為、神奈の動きを見逃さないように慎重になった。


 すると神奈は素早い動きで魔術を封じる魔道具を発動しようとした。魔術を封じたところでこの人数のユスティー隊員と一戦交え、勝てる見込みなどほとんどなかったが神奈に残された道はもうこれしかなかったのだ。


 だがそれさえも許さなかった者がいた。ユスティー隊員であれば聴覚という感覚だけでその人物の正体を見破ることが出来た。


 バン!という轟音を放ったのは、福貴だった。福貴は得意の拳銃で魔道具を撃ち抜き使用不可能にしたのだ。この土壇場でそんな正確な射撃ができるのはユスティー内には福貴しかいないのだ。


 銃弾によって破損した魔道具はそのうち小さな爆発を起こし、やがて全ては塵と化した。


「流石は福貴。拳銃の腕も上がる一方ですね」

「がっ……」


 凛人は福貴の拳銃の腕を褒めながら神奈の鳩尾に素早い蹴りを入れた。魔道具を破壊されたことで動揺していた神奈は、凛人のその攻撃を避けることが出来ず後方へ飛んだ。


 その隙をついた紺星は素早く神奈に捕縛魔術をかけ動きを封じた。空中で動きを封じられた神奈は為す術なくそのまま地面に倒れ込んだ。


「……鈴森神奈、殺人未遂の容疑で逮捕する」


 紺星は神奈の両手首に手錠をかけると静かにそう呟いた。ユスティー隊員たちが紺星のその表情から読み取れる感情はたくさんあった。


 事件を未然に防げなかった罪悪感。神奈の心情に寄り添えなかった不甲斐なさ。四年に渡った事件を解決することが出来た達成感。事件による死人を出さずに済んだ安堵。


 その全ての色の絵の具が混ざりあって、濁った紺色へと変化を見せたような、そんな表情を紺星は見せたのだった。












 その日ユスティー隊員たちと凛人はとある場所を訪れていた。気候も涼しくなり、葉が落ち始めるその頃は、紺星たちの訪れた場所の掃除が大変になってきていた。


 周りに散らばる落ち葉を箒で掃い、丁寧にその場所を磨いたユスティー隊員たちはどこか神妙な面持ちだった。


 その場所は、雲雀羽草の眠る墓。つまりユスティー隊員たちは羽草のお墓参りに来ていたのだ。


「四年前に病気で亡くなっていたということは、私たち三人は本当の総括のことを知らないってことですよね」


 感慨深そうに尋ねたのは十乃だった。凛人が襲撃された事件以降にユスティーに入隊した十乃、寛、骸斗の三人は凛人の変身魔術による総括としか接したことが無い為、本物の羽草のことを知らないということになるのだ。


「ま、隊長が真似てた人物像だと考えていいと思うぞ」

「ふふん。僕の演技力に恐れ入ったでしょう?」

「「いや、別に」」


 生きていた頃の羽草のことを知るユスティー隊員たちの目も欺く必要があった為、凛人はなるべく羽草の口調などを真似ていたのだ。なので以前の羽草の性格とほぼ同じだった為紺星は十乃たちにそう説明した。


 だがその本人に得意げにされると否定したくなるのか、ユスティー隊員たちは自慢げに言った凛人に速攻で否定の言葉を発した。


「まぁでも、隊長はこれからも総括として働くんだし、今までと大差はないか」


 そんな風に零したのは紺星だった。


 凛人は事件とは関係なしに正式に日本警察の総括として働くことになったのだ。基本的にユスティーの隊長は自分より実力の高い者が現れると総括という席に移る場合が多い為、この判断は珍しいものでは無かった。


 そもそも雲雀羽草がいない現状では総括を務められる人間が凛人しかいないという前提論なのだが。


「紺、僕はもう総括ですよ。隊長は紺なのだから、僕のことは総括と呼んでください」

「へいへい、総括様」


 紺星の呼び方が不満だった凛人に対し紺星は面倒くさそうにあしらった。そんな会話が終着するとユスティー隊員たちは手を合わせ、その目を閉じ、羽草へと思いを馳せた。


「総括、いや、羽草さん。今のユスティーは俺が隊長を務めています。羽草さんの知らない隊員は変態とチャラ男と問題児でおかしな連中ばっかりですけど、どいつもこいつもユスティーに必要不可欠な人材です。羽草さんの席には隊長が座ってます。だから今は隊長が総括です。羽草さんが守ってきた日本警察という組織は決して壊させません。何があっても。だから……安心して眠ってください」


 紺星は羽草へゆっくりと言葉を紡いだ。その言葉はユスティー隊員たちに笑みを浮かばせた。紺星はそのまま目をそっと開けるとこれからのユスティーの行く道を想像し破顔一笑した。






 次回最終回です!

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