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dark blue  作者: 乱 江梨
第一章
3/33

ユスティーの問題児

 ユスティーの隊員全員集合です!

 潜入捜査、一日目を終えた紺星と青花は、ユスティーの本拠地に帰った。帰ったというのは、紺星と青花が100階建てのこのビルに住んでいるからである。


 この警察組織で働く者たちはビル内の寮で生活することができる。もちろん寮で暮らすかそれ以外の住居で暮らすかは本人の自由だが、家族がいない者はこの寮で暮らすことが多い。都内の家賃はどこも高いのだ。


 ちなみにユスティーの隊員たちはただ一人を除けば、全員が寮で生活をしている。それだけユスティーの隊員には親族がいない者が多いともとれるのだが。


 紺星はもともと孤児だったが、ユスティーの前隊長によって保護されたのである。だから血の繋がった者はおらず、家族と呼べる存在はこのユスティーだけなのだ。


 紺星をこの警察組織に引き入れた張本人(前隊長)はとある事件の捜査中に殉職してしまい、その時点で一番の実力者だった紺星が隊長の椅子に腰を据えたのだ。


 青花は血縁者がいないという訳ではなかったのだが、その唯一の親から虐待を受け、挙句の果てには親がギャンブルで作った借金返済の為にと、奴隷商人へ売り飛ばされてしまったのだ。


 そんな地獄ともとれる人生から救い出してくれたのが紺星。奴隷として買われるのを、ただ待つだけだった暗い檻を破り、青花を強くしたうえで、ユスティーに向かい入れたのだ。


 こんな感じでユスティー隊員は各々いろいろな事情を持っているため、このビルに住んでいる者が多い。



 紺星が本拠地の扉に手をかけ、仲間たちに任務からの一時帰還を知らせようとした。任務で日中はほぼ散り散りになる隊員たちも日が落ちてくれば自然とこの場所に集まるのだ。


「葛城と揺川、戻っ……」

「おかえりなさぁい!紺様ぁ!」


 紺星のセリフがとある女性隊員によって阻まれた。紺星が若干イラっとしたのを青花は見逃さなかった。紺星のことを〝紺様〟などと呼んだその女性隊員は、汐宮十乃(しおみやとおの)といい、腰までかかる長髪に抜群のスタイルが輝かしい美人だ。


 紺星を見るや否や、両腕を広げて紺星に抱きつこうとする十乃。その頬はうっすらと上気しており、それだけで彼女が紺星に特別な感情を抱いているのは一目瞭然である。それに対して紺星の顔は赤くなるどころか無を通り越して若干青白くなっている。


 しかし十乃が抱きつこうとしている相手は、ユスティー隊長の葛城紺星なのだ。たとえユスティーの隊員であっても、避けることなど赤子の手をひねるようなものなのである。


 しっかりと抱擁を拒否られた十乃は勢いそのまま扉の外に飛び出してしまった。この場面だけで紺星と十乃との思いの差が見て取れる。これはいつものことなので、誰も何のツッコみも入れない。数人は相変わらずの光景に呆れたような顔はしているが……。


「十乃、うぜぇ」

「むぅー、紺様のいけずぅ」


 紺星の塩対応に十乃が涙目になりながら、親指を咥える。そんな十乃を尻目に隊員たちが各々お疲れ様、とか、おかえりなどと紺星と青花に声をかけた。そんな中寛が紺星と青花を出迎えた。


「お疲れさん、永浜昴くん、来栖あいくん。どうだったよ、潜入捜査は。俺がつけた名前、役に立ったか?」

「あぁ、お前のおかげで何の支障もなく潜入捜査を進められた。ありがとさん」

「……お、おぉ!そうか、そうか!流石は俺、ネーミングセンスも光り輝いてるぜ!」


 何の含みもなく褒められ、若干照れる寛。紺星がそういう奴だと理解していても慣れるというのはこの男にとって難題なのだ。


 紺星は意味もなく嘘をついたりすることが無い。良いと思えば褒め、悪いと思えば叱る。それがいつ何時でもできる男なのだ。


 嬉しそうに後頭部をガシガシと掻く寛に向けて青花が冷ややかな視線を送る。


「調子に乗るな。紺は社交辞令……言った、だけ」

「あぁ!?紺の方が上司なんだから俺に社交辞令なんて言う必要ねぇだろうが!」

「寛の脳みそは空っぽ?紺は優しいからセクハラ変態野郎のことも労われる」

「んだと!?こんのクソ青!そのまな板な胸揉みしだいてやろうか」

「な……」


 寛が両手をエロ親父のように動かしながら、青花にじりじりと迫る。一方青花は寛に言い放たれた〝まな板〝という言葉が頭の中でエコーし続けている。自分でも少々気にしていた点をつかれ、柄にもなくダメージを受けているのだ。片眉がぴくぴくとしている。その様子を傍から見ていた紺星が思わずぽつりと呟いた。


「お前らホント仲良いな」

「「良くない!!!!」」

「あははっ」


 潜入捜査中を思い出される程息ぴったりに二人が紺星に言い放った。そんな二人の顔を交互に見ていた紺星が思わず吹き出した。クシャっと、18歳という年相応の顔をして笑い出した紺星を見ると、寛と青花はもう何も言えない。


 青花と寛はバツが悪そうにお互いの顔を見合わせた。喧嘩はもうこれで終わってしまうのだ、いつも。


 実を言うとユスティーの隊員たちは隊長のこの顔に弱い。いつもキリッとした表情で任務に赴く隊長を知っているからこそ、隊員に、家族に向けた気の抜けた表情を見てしまうとこそばゆくなってしまうのだ。目尻と口角にしわを寄せて、楽しそうに笑っているその顔を見てしまうと……。


 そんなふわふわ空間を他の隊員たちが微笑ましそうに眺めている中、十乃ただ一人がポォーっと頬を薄く染めながら紺星だけを見つめていた。十乃の目には他には何も映っていない。恋の病とはよく言ったものである。


「紺様の満面の笑み……。か、か、可愛い……。素敵すぎるぅぅぅ」

「無粋。十乃のあばずれ」


 いつもならここで青花と十乃による喧嘩が勃発するのだが……。今日の十乃はもはや青花の皮肉に反応する気力も削がれたらしい。紺星のたった一つの笑顔によって。未だに、いや更に十乃の顔は赤く染まっていた。心なしか垂れ目がちなその瞳も濡れている。


 呆れたようにそんな十乃を見ていた青花だったが、ふと寛の発言を思い出し、十乃の艶やかな顔からその豊満な胸に己の視線をずらす。そしてそのまま自分の悲しいほどの胸を見比べる。あまりにもな格差に青花が項垂れてしまう。


 十乃は女性特有のそれを強調する服装をしているのだ。わざわざユスティーの制服を改造してまで。もちろん紺星を誘うためだが、全く効能が見られない。反応があったとしても、「どうしたその破れた服、そんなに激しい戦闘だったのか?」とか的外れなことを言われてしまうのがオチだ。


 青花の頭の中は〝まな板〟という言葉が未だにエコーし続けている。そしてふと紺星の着ているユスティーの制服の裾をつかんだ。


 既に笑い終えていた紺星は青花がいつになくしょげていたため、その理由を必死に探した。


『流石に笑い過ぎたか……?』


 などと的外れなことを考えていると、青花の口から答えが出てきた。


「紺、私の胸、まな板……?疑問」

「はぁ?んなわけねぇだろ。てめぇの胸はまぎれもなく胸だ」

「……そうじゃない」


 後ろで寛が腹を抱えて大笑いをしている。もちろん青花にものすごい形相で睨まれたが。青花の質問のニュアンスを全く理解していない紺星は、何が何やらで不思議そうな顔を青花に向けた。


「私の胸、小さいかどうか、聞いてる。疑問」

「は?うーん……女の平均サイズが分かんねぇ」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!……腹痛い」


 真面目な顔でそんなセリフを吐いた紺星に、寛は我慢の限界が来たのか大声をあげながら腹を抱えた。青花はもうあきらめの目で紺星と自分の胸を交互に見つめている。

 

「流石は隊長、うまく逃げましたね」

「いや、俺には素で言ってるようにしか見えないんだが」


 紺星に対して称賛の声を上げたのは、ユスティー隊員の中で唯一の既婚者でもある天藤福貴(てんどうふき)だった。寛にはあっさり意見を否定されていたが、この二人は仲がいい。仲がいいというよりも、寛が一方的に福貴をパシリに使うことが多いというだけなのだが。


 既婚者ということもあって、ユスティーの中で唯一、寮で生活してない隊員その人でもある。ひょろひょろとした外見とは裏腹に実践では、やはりかなりの力を持っているのだが、その風貌から寛にいいように使われることが多い。


 青花のまな板問題が解決?したところで紺星がとある人物を捜すようにキョロキョロとあたりを見回した。するとそれに気づいた隊員の一人、雅園裕五郎(がえんゆうごろう)が紺星の頭をガシッと掴んだ。


 裕五郎はユスティーの副隊長であり、最年長の隊員でもある。ユスティー(いち)の巨体でその肉体は総括である羽草よりも、頑丈と言えるだろう。裕五郎は前隊長の兄でもあり、前隊長が育て上げた隊長の紺星を息子のように可愛がっているのだ。


「どうした?息子よ。誰か探してんのか?」

「あの、五郎さん。骸斗(がいと)どこにいるか分かりますか?」


 紺星も裕五郎のことは父親のように慕っており、五郎さんというあだ名で呼んでいる。そんな相手に隊長だからと言ってタメ口はキツイのか、ユスティー隊員の中で裕五郎に対してだけは敬語を使っている。


 そしな紺星の探し人。それはユスティーで最も問題児という名称が似合う人物である。確かに今この空間には、紺星、青花、寛、ユレ、十乃、福貴、裕五郎の七人しかいない。ユスティーは全員で八人いる。そう、一人足りないのだ。問題児ただ一人が。


「あ?骸斗?俺は知らねぇが、確か寛の奴が昼間なんか話してなかったか?」


 自分の名前が出てきた途端、あからさまにビクッと体を跳ねさせた寛。面白いぐらいに目も泳ぎ始め、誰がどう見ても骸斗の居場所を知っているのは奴だった。


 逃げようと算段をつけ、扉の方へ体を向けていた寛の肩を紺星がガシッと掴んだ。


「待て待て待て、どこに行く?寛」

「え、えーっと……散歩?」

「下手くそか」


 見え見えな嘘をあっさり見破られた寛は、あれよあれよという間に正座させられ、その場にいたユスティー隊員全員に囲まれた。寛の顔から滝のように汗が流れるのは必至だ。おそらくこの世で一番恐ろしい包囲網だ。間違いない。


「こういう時はかつ丼を出した方がいいのか?」

「かつ丼……食べたい、ジュルリ……」

「いや、何で青が食べようとしてんだよ。それ普通俺が食うとこだろうが!」

「何被疑者の分際で勝手にしゃべり始めてんだよ。まぁ冗談はさておき、骸斗はどうした?」


 紺星が警察の取り調べ定番のかつ丼の話題を取り上げたため、青花の頭の中のエコーは〝まな板〟ではなく〝かつ丼〟にシフトチェンジした。単純な女である。すぐに冗談だと分かり肩を落としてしまったが・・。


 そう今寛は取り調べを受けているのだ。この世で最も敵に回してはいけない人物によって。恐れていた事柄を質問され、汗を更に吹き出しながら答えた。


「昼間、俺が昼寝してたら……あの野郎、最近起きてる宝石店連続強盗事件の犯人が、また宝石店を襲ったっていう通報が入ったから、捕まえに行くとか言い出して」

「……行かせたのか?」

「すまん!マジすまん!俺その時寝ぼけてて、最初内容あんま理解してなくて、気づいた時にはもういなくなってて……」

「はぁぁぁ、そういうことか」


 紺星が盛大なため息をついた。何が問題なのかというと、骸斗という人物は単独行動を基本的に禁止されている。理由は問題児の鏡のように東西南北の方向から問題を起こしまくるからだ。だからこそ、任務に赴く際は必ず誰かと一緒に行かせていたのだ。


 そして今問題児は一人。必ず何かやらかして帰ってくる。全員がこれから行うであろう問題児の尻拭いに顔を歪ませる。特にユレは額を片手で覆いながらもう片方の手を壁についていた。彼女が被る苦労が半端ないのだ。


 そんな全員の様子に耐え切れなくなったのか、寛はついに土下座までし始める始末。


 

 そんな重い空気には不釣り合いな、あっけらかんとした声がユスティー隊員たちの耳に入る。そう、その問題児様の声だ。


「トルネードストレート!!!!!!!!」


 〝ダサい〟の一言に尽きる技名が聞こえた途端、扉からものすごい轟音が響いた。隊員たちが扉の方に目をやると、穴が空いていた。穴を空けた原因を追っていると床に転がっている真っ赤な物体を見つけた。



 ……人の手だった。人の左手であった。真っ赤に染まっていたのは血液だったのだ。手首から綺麗に切断されていたそれが、血まみれのまま転がっていた。その物騒な人体の一部が扉を壊したのだ。いや、それを訳の分からない技名と共に投げ込んで壊したのは問題児なのだが。


 隊員たちは「嫌な予感が当たった」と言わんばかりの顔で、その哀れな人物の左手を見つめていると、またしてもダサすぎる技名が聞こえてきた。


「トルネードストレート、ライト!!!!!」


 (ライト)(レフト)も変わらんだろうというツッコみはさておき、今度は空いた扉の穴をすり抜けて、真っ赤なものが投げ込まれた。


 またしても人の手だった。次は右手だった。強盗犯が複数人でないのなら、この手の主は今現在両手を失っていることになる。ユレが項垂れるのは必至だ。この哀れな人物を治療するのは自分なのだから。


 隊員たちがユレに同情の目を向けていると、緊張感のない足音が近づいてきた。ようやく問題児が帰ってきたのだ。スキップしながら登場したその人物は、扉としての役割が既に果たされていないそれに手をかけ、意気揚々と本拠地に足を踏み入れた。犯人の首根っこを掴みながら。


「たっだいまー、です!隊長!帰ってまっすかー?」

「手がぁぁぁぁぁぁ!私の……私の手がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うるせぇな、コイツ……。舌も無くしてあげたくなるだろう?」

「ひぃっ!!」


 里見骸斗(さとみがいと)、それがこの問題児の名前。背丈は紺星とほぼ同じ程度で、短い黒髪を大量のヘアピンで留めていた。


 骸斗がとらえた犯人は予想通り両手が欠落していた。ここまでされて気絶していないのは称賛してもいい程だが、本人からすれば気絶できた方がマシだっただろう。


 手に加え、舌まで引き抜かれてしまったら、本当に気絶してしまうだろう。犯人はその恐ろしい状態を想像し、真っ青な顔を更に青くした。


 骸斗は紺星を見つけると嬉しそうに傍に寄った。その顔は人の両手を無慈悲に切り落とした人物とは思えない程に明るかった。頬に返り血を浴びていなければ……。


 それに比べ紺星は無表情だった。逆に恐ろしい。


「隊長!俺、一人で任務こなせましたよ!コイツ、宝石強盗の犯人です!逮捕してきました!」

「……骸斗。そいつユレに渡せ」

「あ、はい!」


 骸斗は言われたとおりに犯人をユレに手渡し、ユレは犯人の治療に取り掛かった。骸斗は紺星の声が暗く重いことに気づいていないのか、ニコニコ顔は変わらない。例え気づいていたとしても、その表情が変わることはないのだろうが。


「あれ?寛先輩、何で正座させられてんの?……ですか?」

「骸斗、お前も隣で正座しろ」

「え?了解です」


 キョトンとした顔で哀れな寛の隣にチョコンと正座をする骸斗。ちなみに骸斗のおかしな敬語は紺星以外のユスティー隊員にいつも向けられているものだ。骸斗が本当に尊敬しているのは紺星だけで、他の隊員は自分と同レベルだと思っているらしい。


 確かに実力はあるのだが、骸斗はこのユスティーで一番の新人だ。先輩に対する後輩の態度としてはあまり宜しくないので、紺星が今必死に敬語を覚えさせているところなのだ。


「まぁとりあえず、結果だけ見れば、宝石店連続強盗事件の被疑者を捕らえたということで褒めてやる」

「はい!」

「で、問題は過程だ。どうして両手を切断した?言い訳を聞いてやる」

「犯人が逃げようとしたからです」

「それは答えになっていない。俺が聞いているのは、なぜ数ある攻撃の中で両手を切断なんて物騒な方法を選んだのか?ということだ。俺なら一撃で気絶させるぞ」

「犯人が二度と指輪を盗むなんて、愚かな犯行をしないようにです」

「……あぁ、そういうことか」


 どうやらユスティー隊員の中で骸斗の言っていることを理解できたのは紺星だけらしい。他の隊員たちはキョトンとしている。隣で正座させられている寛も、意味を理解できていないのか骸斗に解説を求めた。


「すまん、俺にはお前の言っていることが全く理解できないんだが」

「この強盗事件、宝石店を狙った犯行なのは知ってるよな……ますか?」

「いや、今その中途半端敬語いいから」

「宝石店にはネックレスとかピアスとかもあるのに、犯人は指輪ばかりを盗んでいたんだよ」

「あぁ、知ってる」

「両手が無くなれば、っていうかはめる指が無くなれば、指輪を盗むなんてもうしないだろう?」

「「…………」」


 絶句だった。その場にいた全員、治療を受けている犯人でさえも言葉を失っていた。「え、私そんな理由で両手失ったの?」みたいな顔を犯人がしていた。


 絶句というか、ユスティー隊員の大半は「こいつアホか?」という顔をしている。紺星は頭を抱えていた。骸斗本人に悪気は一切ない。良心百パーセントなのだ。だからこそ、どうやって叱るものかと考え、とりあえず骸斗の勘違いを正すことにした。


「骸斗。何か勘違いしているようだから言うが、コイツが指輪を盗んだのは自分の指にはめてオシャレを楽しむためではない」

「え?」

「盗んだ指輪を転売するために行った犯行だ」

「……転、売?」


 本気でその可能性を考えていなかったのか、骸斗が呆気にとられている。紺星がはぁと深い深いため息をついた。


「盗まれた指輪は最近若い女子の間で流行っている物らしいぞ。そうだよな?十乃」

「えっ!あっ、はい!そうです、紺様。有名なデザイナーが製作に携わった指輪が今すごく流行っていて、ネットオークションとかでは結構高値で売られているんですよ」


 先刻までの塩対応のせいで完全に忘れ去られていたと思っていたのか、紺星に突然自分の名前を呼ばれたという事実に十乃が多少の動揺を見せた。そして紺星と骸斗に犯人が指輪を盗んだ動機ともいえる事柄を説明した。


 ちなみに紺星が十乃に話題を振ったのは、この戦闘しか能がないユスティー隊員の中で、そういう話題に敏感な人物は十乃だけだということを理解しているからだ。青花はそういうことに全くと言っていい程興味がない。ユレもそこまで流行に敏感という訳でもない。十乃が一番の適任者なのだ。


「……という訳だ。分かったか?」

「……はい」

「言っておくが、例えこのアマが自分を装飾するために犯行を行っていたとしても、お前の行動は褒められたものではないぞ」

「何故ですか?」

「お前は犯人が二度と犯罪に手を染めぬようにと言っていたが、それはお前がこのアマに恐怖を植え付けるだけで十分だったんだ。わざわざ両手を切断する必要はない。圧倒的な実力差を見せつけて、出所後も骸斗が怖くて犯行が行えないようにすればいいだけだ。お前にはそれができるだけの技量がある。もっと端的にできたはずだ。」

「ですが……」

「お前は自分の行動にもっと責任を持つべきだ。ユレを見てみろ。お前が余計に外傷を与えたせいでユレは仕事が増えてしまったんだぞ。」


 反論を遮られた紺星の言葉で、骸斗がユレの方に視線を移した。ユレは苦痛に顔を歪ませている犯人に治癒魔法をかけている最中だった。出血は止まっているが、まだ傷口は完全には塞がっていない様子だ。


「それにこれだけの傷だ。出血が大量にあっただろう。お前がここに辿り着くまでについた血痕は誰が掃除すると思っているんだ。骸斗、もっと物事の後先というものを考えろ。自分の行動でこの先どんなことが起こるのかを常に考えておけ。人は考えることをやめれば終わりだ。お前はそれだけ責任のあるチームにいるんだ。お前のミスはユスティーのミスだ。つまりは隊長の俺のミス、俺の責任だ」

「そんなことは……!」

「お前の考えなんて他人には全くもって関係ない。お前の軽率な行動一つで仲間や全く関係のない人たちにまで影響を及ぼすんだ。よく考えろ。お前の脳みそは空っぽじゃないよな?」

「……はい」

「俺の言うことに異論無ければ、罰としてお前がつけた血痕を全て掃除して来い」

「……はい、すいませんでした」

「うん、良し」


 しょんぼりとした顔で俯いた骸斗の頭を無造作に撫でた紺星が、満足げに言った。その瞬間ユスティー隊員全員がほっと胸を撫で下ろした。


 骸斗が自分の頭から手が離れるのを確認すると、ユレの傍に歩み寄った。ユレは既に治療を終えており、近づいてくる骸斗に視線を移した。


「どうしたぁ?」

「悪かった……です。ユレ母さん」

「はいはい、次は気を付けてねぇ?」


 骸斗がおそらく一番迷惑をかけたユレに陳謝した。ちなみに〝ユレ母さん〟というのは骸斗だけが使っているユレのあだ名だ。骸斗曰く、最年少組に対する態度が母親を連想させるらしい。そこに反論する隊員は誰一人いなかった。


「じゃあ、掃除行ってきます。隊長」

「おー、気張れー」


 本拠地から出ていく骸斗の背中に向かって、紺星が手を振った。掃除と言っても〝洗浄魔術〟を使うため、そこまで時間は掛からないだろう。


「はぁ、本当に骸斗を説教できるのって紺だけだよなぁ」

「そうか?アイツは話せば分かる奴だぞ」

「「いやいやいやいやいや」」


 ユスティー隊員の全力の否定だった。紺星以外が首を横にぶんぶん振っている。どうやら皆寛の意見に大賛成らしい。


「ああいうの見てると、息子が一番の年下ってことを忘れそうになるぜ」

「骸斗くんはもう二十歳で隊長より年上のはずなんですけどね」


 ユスティーの年長組、裕五郎と福貴が遠い目をした。そう、骸斗は新人だが、年は二十歳で紺星や青花よりは年上なのだ。年下が年上を叱る光景というのは、なかなかシュールなものである。


 嵐のような問題児が去ったところで、ふと紺星が大事なことを思い出したのか、大きなホワイトボードにとある人物の写真をはった。写真に写る女性は高等学校の制服を着ていて、隊員たちはすぐに事件の関係者だということを理解した。


「この女子生徒、誰だ?被害者じゃないよな?」

「あぁ。名前は佐戸野弓絵(さとのゆみえ)、高等学校の三年生で、三人目の被害者が出たあたりから行方不明になっているらしい」


 寛の質問に紺星が詳細を説明した。そう、一回目の潜入捜査で手に入れた情報。杏が言っていた〝最近学校に来なくなった生徒〟その人だった。


「三人目って言うと確か……」

相葉加代子(あいばかよこ)、同じく高等学校の三年生で佐戸野弓絵とは友人関係らしい」


 裕五郎が三人目の被害者の情報を知っていたのか、己の記憶と照合しようとした。それを手助けするように、紺星が加代子の写真もホワイトボードにはった。行方不明という弓絵の写真をまじまじと見ていた十乃が紺星に疑問をぶつけた。


「紺様は行方不明の佐戸野弓絵という生徒を疑っているのですか?」

「そうではないが、無関係とも言えない。まずはこの生徒の情報を集めて見つけないことには話が進まない。考えたくはないが八人目の被害者になっている可能性だってある。明日から念入りに調べる。青花、お前にも働いてもらうぞ」

「了解、紺」


 この事件初めての取っ掛かりとなった女子生徒について、紺星が捜査を開始することを決定した。部下である青花は紺星のその決断に従うのみ。


 ふと、紺星は自分に向けられた視線に気づいた。支線の元を辿ると、そこには青花がいた。紺星に気づかれてもなおその姿をジィーっと見つめている。


「なんだ?青花」

「今日学校で言ったこと、本当?」

「?……あぁ」


 〝青花(あい)は強いからな〟その言葉が青花の胸に深く深く突き刺さっていたのだ。最初は何のことか分かっていなかったが、紺星はしばらくして青花の言いたいことを理解した。


 そしてずっとそのことを気にしていたのかと、思わず紺星が破顔する。


「あぁ、青花。お前は初めて会ったあの時からずっとずっと、俺が知るどんな奴にも負けないぐらい、強いぞ」

「……そう」


 紺星の言葉に安堵したのか、青花は呟くと、そっとはにかんだ。その表情につられるように、紺星が青花の頭をぶっきら棒に撫でた。


 ホワイトボードにはられた二枚の写真。写真の写る女子生徒たちはどちらも楽しそうに微笑んでいる。その視線はまるで、家族そのものであるユスティー隊員たちを見守るようだった。



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