表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
dark blue  作者: 乱 江梨
最終章
25/33

全てのきっかけ

 最終章開幕です。

 紺星の過去編になります。

――八年前――


 ユスティーの隊長、雅園凛人(がえんりひと)と同じく隊員で凛人の兄である裕五郎は、とある任務でスラム街へと赴いていた。



 弟の凛人は栗色の繊細でふわふわとした髪を短く切り揃え、前髪のすぐ下に配置された目は垂れ気味で凛人の優しい雰囲気を倍増させている。180センチ弱の身長でいつもはユスティーの制服をスラっと着こなす美丈夫だ。今回の捜査では警察であることを悟られぬよう私服を着ているのだが。


 一方兄の裕五郎は身長こそ凛人と大差ないものの、身体中についた屈強な筋肉は当に精悍な男を思わせるものだった。その為この兄弟が性格だけでなく容姿も全く似ていないということはすぐに分かってしまうのだ。


 

 そんな二人が任されたとある任務とは、特に治安の悪いスラム街に蔓延るチンピラや犯罪者を一気に連行するというものだった。


 通常ならば殺しでもない限りユスティーがスラム街を担当することは無いのだが、今回の場合そのスラム街が異常だったのだ。


 スリ、暴行、レイプ、恫喝、麻薬取引、人身売買、etc……殺しが起きていないことが唯一の救いだったが、そんなあくどい出来事が毎日毎日繰り返されていては、警察側も無視するわけにはいかなくなったのだ。


 そこでユスティー内でも武闘派のこの兄弟が任務に赴くことになったのだ。

 

 

 問題のスラム街は一言で言うと地獄絵図のようだった。ホームレスの人間は今にも死にそうなほど窶れ、それ以外の人間は何かしらの悪事を働き、女子供はそんな連中にびくびく怯えながら何とか生き延びているという状態だったのだ。


 凛人たちは顔が曇りながらもスラム街の状況をその目に焼き付けていた。


「こんなに酷い状況なのに、どうして殺しは起きていないんでしょうか?」


 そんな疑問を零したのは凛人だった。ここまで治安が悪いというのに殺しはこの数年間一度も起きていないというのは、確かに不自然なことだった為それは尤もな疑問だった。


「それぐらいの理性ならここらの連中にもあるってことなんじゃないか?今の日本警察の恐ろしさを知らんわけもないだろうし」

「うーん……でもそれなら、ああいうこともコソコソやるんじゃないでしょうか?」


 裕五郎は凛人の疑問に自分の推測で答えた。確かに実力至上主義をモットーにした今の日本警察は、犯罪者にとってかなりの脅威になっており、毎年の犯罪件数も徐々に減っているのだ。


 だが凛人はそれでもこの状況の矛盾が納得できなかった。凛人が指差したああいうこととは、スラム街に住んでいるであろうチンピラたちが殴り合いの喧嘩をしている光景で、警察を脅威に感じているのならああいう行為もバレないように行うのではないかと思ったのだ。


「まぁ何にしても、先にアイツらから取っ捕まえるか」


 裕五郎がそう提案すると、凛人の真隣りをボロボロの服を着た男が全速力で通って行った。凛人はその男をただ目で追いかけると、隣にいた裕五郎に顔だけを向けた。


「……五郎兄さん。僕、すられちゃいました」

「あぁ、そうか……って、は!?」


 どうやら凛人は今全速力で通り過ぎて行った男に財布をすられてしまったらしく、呆然とその男の背中を見つめていた。まさかユスティーの隊長が財布を簡単にすられるとは思っていなかった裕五郎はまさかの事態に素っ頓狂な声を上げた。


「何簡単にすられてんだよ!」

「いや、実行犯で逮捕した方が効率良いと思いまして」

「ならとっとと追いかけて……」


 普段の凛人ならスリなど簡単にその場で捻り潰すことが可能な為、裕五郎は少し動揺していたのだ。だが凛人には凛人なりの考えがあったらしく、それを聞いた裕五郎はすぐに財布をすった男を視線で追った。


 裕五郎が言葉を発した時、凛人たちの視線の先にはとある一人の少年がいた。少年は小学校中学年ぐらいの背丈。細い黒髪が少々絡まっているうえに服も破れているところや汚れているところが多々目立つ格好をしていた。だが容姿は非常に整っており、男子か女子かも判断できない程だった。


 その少年は目にも止まらぬ速さでスリ男のところまで走り込むと、男の顔目掛けて高く跳躍し勢いの良い膝蹴りを食らわせた。


 凛人たちは子供とは到底思えない程の少年の俊敏な動き、パワーにただひたすらに目を見張った。少年のその姿は、まるで数多の修羅を潜り抜けてきた軍人のように凛人たちには見えたのだ。


 男は少年から食らった強烈な衝撃で倒れ込んだ。そのおかげですられた財布は男の手から零れ落ち、少年はその財布をキャッチしてから着地した。


 男は少年に恐れ戦いたのか、地面を這いながらそそくさと逃げて行った。凛人たちが少年の見事な動きに見惚れていると、少年は財布を凛人の方へ素早く投げた。凛人が面食らいながらもその財布を片手で受け取ると、少年は凛人たちの方へ歩み寄った。


 少年ははるか上にある凛人の顔を精一杯見上げて観察した。少年が何も話さないので、凛人はどう反応していいか分からず、目をぱちくりとさせて困り顔になった。


「……あ」

「ん?」

「悪い。アンタら刑事だからアイツのこと捕まえようとしてたんだよな?逃がしちまった。今からでも取っ捕まえてやろうか?」

「いえ、それはもういいですよ。あ、財布、取り返してくれてありがとうございました」


 少年はふと思い出したように陳謝すると、スリの男が逃げて行った方向に視線をやった。だが凛人からすれば、あの程度のスリなら捕まえようと思えばいつでも捕まえられるので、少年の気づかいをやんわり断った。


「……それにしてもよく分かりましたね。僕たちが刑事だって」


 凛人たちは現在ユスティーの制服を着ている訳ではない為、少年が凛人たちを刑事と認識する判断材料はなかった。にも拘らず、少年が凛人たちを刑事と断定したことに凛人は疑問を持ったのだ。


「俺、自分より強い奴って見たことなかったんだけど、アンタは俺より強そうだったから」

「は?どういうことだよ坊主」

「そんなに強い奴が簡単にすられるってことはそれを故意にやった可能性が高い。そんなことをする必要がある奴なんて刑事しか思いつかなかっただけだ」


 裕五郎には少年の言っている意味が理解できなかったようなので、少年は凛人たちに詳しく説明した。そこで漸く凛人たちは理解したのだ。


 あれ程の身体能力を持った少年がこのスラム街に住んでいるのなら、何人もの暴力的な大人たちと一戦交えただろう。その中でも少年はただの一度も負けたことが無かったのだ。だから自分より強い生物を知らなかった。


 それ程の強者が凛人の異常な強さを見抜けないわけもない。だから少年には分かったのだ。凛人がこの国最強の男――ユスティーの隊長だと。


「へぇ、君。強いだけでなく、頭もいいんですね」


 凛人は少年の推理力を称賛すると、絡まった髪を解くように少年の頭を撫でた。すると、凛人たちの周りにいたスラム街の人間たちが少年たちの方に無遠慮な視線を向けながらひそひそ話を始めていた。


『おい、あの余所者。()()()に随分馴れ馴れしくしてるぜ。怖いもの知らずだなぁ』

『ホントホント。アイツの正体知らねぇからあんなことできるんだぜ』

()()()の知り合いじゃねぇだろうな?』


 凛人たちはその異様な空気に顔を顰めたが、少年は慣れているのか声の主たちを冷たい眼差しで見つめた。別に睨んでいる訳でもないのだが、その冷たく射貫くような真っ直ぐな目に、スラム街の人間たちは顔を真っ青にするとそそくさと逃げて行った。


「君の名前、キツネっていうんですか?」

「いや、あれは単なるあだ名。名前はねぇよ。小さい頃にここに捨てられたからな。どんな名前だったのか、付けてすら貰えなかったのかも分かんねぇ」


 凛人は少年の悲惨な人生に言葉を失った。自分の名前も分からないまま、こんなスラム街で一人虚しく生き続けてきたなんて凛人たちには想像できない世界だったのだ。


「ならどうしてキツネって呼ばれているのですか?」

「ここらの連中は、俺があんまり強いから元軍人か何かの大人が子供に化けてるって勘違いしてるんだよ」

「なるほど。それで化けるのが得意なキツネというわけですね」


 少年の説明に凛人は納得した様に拳を掌にポンと乗せた。少年は凛人たちと別れようと歩き始めたが凛人はその背中を満面の笑みで追い続けた。少年は小首を傾げたがついてこられても問題は無かった為無視することにした。


「いつもああいう人たちを捕まえているんですか?」


 凛人の言うああいう人たちとは凛人の財布をすったような小悪党のことだ。スラム街の連中が少年の強さを知っている訳は普段から少年が大人たちを懲らしめているからだろうと凛人は考えたのだ。


「いつもではない。俺は一人しかいねぇし、こんな悪党の巣窟で全ての悪事に対処することはできねぇからな。ただ、殺しとかそういう取り返しのつかねぇ行為には他の何よりも目を光らしているだけだ」

「……そういうことですか。どうりでこのスラム街で殺しだけが何故か発生していないわけです」

「あぁ、なるほどな。やるなぁ、坊主」

 

 凛人たちはここまで治安の悪いスラム街だというのに、殺人だけは全く起きていないという謎の真相に辿り着き、深く納得した。


 裕五郎は凛人とは対照的に少年の頭を乱暴に撫でながら褒めた。そのせいでせっかく凛人が解かした髪はまた元通りのぼさぼさ状態に逆戻りしてしまった。


「自分の年齢も分からないのですか?」

「正確なのはな……十歳ぐらいなんじゃねぇの?」


 凛人の質問に少年にとっては興味が無い事項なのか適当に答えた。確かに少年の背格好からするとそれぐらいの年齢が妥当なのだ。凛人は少年の顔をじぃーっと観察し、何やら考え込むと少年にとある提案をした。


「君、今日一日だけでいいので僕たちの仕事を手伝ってはくれませんか?」


 凛人のそんな提案に少年は目をぱちくりとさせ、裕五郎はあんぐりと口を開けて己の弟を凝視した。ユスティーの隊長がスラム街に住んでいる子供に仕事の手伝いを依頼したのだから、二人の反応は当然だったが当の凛人は素知らぬ顔だった。


「報酬は君に関する情報っていうのはどうですか?」

「俺の?」

「えぇ。警察にかかれば、君の素性を詳しく調べるなんて造作もないことですから」


 この国の人間は生まれてすぐにその情報を警察の情報特務課が管理することになっている為、もしこの少年が産婦人科などの適切な医療機関で生まれたのであれば、必ずその情報が情報特務課に残っているはずなのだ。


「……分かった。何をすればいい?」


 少年はしばらく考え込んでいたが、少なからず自分の生い立ちに興味があったのか凛人の提案を受け入れた。少年が承諾してくれたことに安堵した凛人は小さく破顔した。


「僕たちはここの地理に詳しくありません。ですからよくチンピラが悪さをするところを案内して欲しいんです」

「分かった」


 凛人たちは初めて来たこのスラム街の地理に疎い。その為優秀なガイドがいると凛人たちにとっては大助かりなのだ。


「では一緒に行動するわけですし、君に仮の名前をつけましょうか」

「いいよ別に、キツネで」


 凛人はいつまでも少年のことを〝君〟と呼ぶのに違和感を感じ、今日限りの少年の名前を付けようとした。だが少年からすれば、自分には既にキツネという呼び名があったのでそれで十分だったのだ。


「うーーーーーん……あ!そうだ。キツネはコンと鳴くんですし、〝紺〟でいいんじゃないですか?」

「安直」

「えぇー、可愛いと思ったのですが……」


 凛人が提案してきた名前に紺は速攻で苦言を呈した。だが凛人的にはかなりイケている名前だったので紺の意見にしょんぼりと肩を落とした。


 一方紺は、凛人のネーミングセンスが微妙ということに即気づいてしまった。そもそもキツネはコンと鳴くわけではなく、赤ん坊の泣き声のように鳴くのではないか?という疑問を紺は持ったが、ややこしくなりそうだったのでそこには触れないでおくことにした。


「そういえば、アンタらの名前は?」

「僕はユスティーの隊長、雅園凛人です」

「俺は同じく隊員の雅園裕五郎だ。五郎でいいぞ」


 ふと、凛人たちの名前を聞いていないことを思い出した紺に、凛人たちはそれぞれ自分の名前を名乗った。すると紺は一瞬瞬きもせずにフリーズした後、凛人と裕五郎の顔を交互に見つめた。


「……兄弟?」

「そうですよ。似てないでしょう?」


 紺は信じられないといった表情で凛人に尋ねた。凛人はそんな紺の反応が面白く笑みを零した。顔も性格も似ていないというのに、この二人は確かに兄弟なのだから世の中とは不思議なものだ。








 そして数時間の間、凛人たちは紺のガイドのもと次々とチンピラたちを逮捕していった。紺の情報は随分と役に立ち、普段からあくどいことをしていた者たちを一掃することができたのだ。


 その間、紺も凛人たちと共に戦闘に加わって犯人逮捕に大きく協力した。その手際はユスティー隊員と同等以上で、凛人たちはますます紺の実力に目を見張ったのだった。



「今日は本当にありがとうございました。紺の情報、すぐに調べますから。近いうちにまた来ますね」

「よろしく頼む」


 凛人たちは大量の被疑者たちを二台の警察車両に乗せると、紺に別れの挨拶をした。紺は片手を軽く上げて返すと、凛人たちに背中を向けてその場を立ち去った。







 警察組織のビルへと帰還した凛人はすぐさま紺の情報を探すために30階にある情報特務課へ向かった。情報特務課は日本に生存する全ての人間の個人情報を管理している課で、各隊の隊長にしか入室を認められていない。それ程までにこの課はデリケートなのだ。


 凛人は扉をノックしそのまま開けた。中には数人の隊員がおり、各々がこの組織のナンバー2に必死に頭を下げた。凛人はそんな隊員たちには目もくれず、真っ先に一台のパソコンの前に腰を下ろした。


 凛人は十歳前後の男児で現在の所在が不明な人間をキーワードに紺の情報を調べ始めた。その条件に当てはまる人間は何人もいた為作業は難航したが、たった一人だけ出生時にとんでもない魔力数値を叩きだしたという男児を凛人は見つけた。


 産まれた時にその者の魔力を量るのは常識なのだが、その男児の魔力量はとても常識とは呼べない代物だったのだ。


「見つけた」


 凛人は漸く紺の素性を見つけ出したことに安堵し破顔した。被疑者逮捕に協力してくれた紺にできる唯一のお礼を果たせることが凛人にとって何よりも幸福だったのだ。凛人はその情報をUSBにコピーすると意気揚々と情報特務課を後にした。






 翌日、凛人は一人で昨日のスラム街に訪れた。相変わらず空気の悪いところだったが、一気にチンピラを逮捕したことで、昨日程の殺伐とした雰囲気は感じられなかった。


 怯え、蹲っていた女子供も、寄り添い合っているのは変わらないが心なしか顔を上げているように凛人には見えた。


 スラム街でしばらく紺を探し回っていると、凛人は女性とその娘らしき女の子にパンを分け与えている紺の姿を発見した。


 声をかけるタイミングを見計らうことにした凛人は、しばらく紺たちの様子を隠れて観察することにした。紺と女性たちは仲がいいようで、紺の前では母親の方も警戒心を解いているように凛人には見えた。


「風邪は治ったか?」

「うん……キツネくんが薬、持ってきてくれたから。いつもありがとうね」


 紺は母親のおでこに片手を当てて熱を測ると体調について尋ねた。母親は以前体調を崩しており、紺が近くの街で薬を貰ってきたという経緯を、凛人は知らなかったが概ねの予想はついていた。


「いや、いつも少なくてすまない。俺もいろいろ忙しくてな」

「いいのいいの。こうして食べ物を持ってきてくれるだけでどれだけ私たちが助かっていることか……そういえば昨日の人たち、刑事さんだったの?一気に迷惑な奴らがいなくなったみたいだけど」


 凛人は突然自分たちの話題を出されたので一瞬ビクッと肩を震わせた。別にやましいことなど何一つしていないのでそんな反応をする必要はないのだが。


「あぁ。俺より強い奴が一人いたからな、いつもよりスムーズに進んだ」

「えぇ!?キツネくんより強いの?私、キツネくんより強い人なんていないと思ってたわ」


 その母親にとっても紺の力は印象的かつ驚異的なものだったらしく、その紺よりも強い人間の存在に母親は大声を上げた。


 一方当の凛人は紺が己より強いと評した人物が自分だけだった(裕五郎は省かれた)という点に、爆笑を押さえるのに必死になっており、周りの人間から変な目で見られていた。


「世界は俺らが思っている何倍も広い。俺より強い奴なんていくらでもいるだろうよ。なぁ?隊長さん」


 どうやら紺は既に凛人の存在に気づいていたようで、凛人が隠れていた壁の方に視線をやった。


「なんだ、気づいていたんですか」

「隠そうとしてなかっただろ?魔力がデカすぎて気配ですぐ分かる」


 凛人は頭を掻きながら困ったような表情で紺の前に姿を現した。母親と娘の方は全く気付いていなかった為、突然のユスティーの隊長登場にポカンと口を開けていた。


「流石ですね。早速ですが、君の素性が分かったので報告にきました」

「……それで?」


 紺はたったの一日で自分の情報を探し当てたことに少々驚きつつも、凛人に重要な内容を尋ねた。紺は初めて他人から知らされる自分の情報を前に緊張しているような面持ちになった。


「紺くんの名前は葛城星(かつらぎせい)。十月二日生まれの十歳。紺くんの両親は君が生まれる前に離婚。母親が一人で育てていましたが、自分が余命幾ばくもないと医者から宣告されたらしいです。恐らく君をこのスラム街に捨てたのは、頼れる人間もいなかったせいで君を育てられなくなると思ったからでしょうね」

「……死んだのか?」

「えぇ、六年前に」


 紺は凛人の話を淡々と聞いていたが、母親が病に侵されていたことを知ると少し顔を曇らせた。紺は自分を捨てたであろう親が何故そんなことをしたのか、親に対してどういう感情を持てばいいのか分かっていなかった為、ことの経緯を知り居た堪れなくなったのだ。


「ふーん、そうか。ありがとう、教えてくれて」

「いえ、こういう契約でしたから」


 紺は少し破顔すると凛人に頭を下げた。凛人は己の眼前に広がった紺のつむじを中心に頭を撫でると優しい声でそう言った。


「紺くん、名前、〝紺星〟にしませんか?」

「紺星?」

「君の母親がつけてくれた星という名前と、僕がつけた紺。二つを繋げて紺星、どうでしょうか?」


 紺はまたも安直だと言おうとしたが、凛人なりに考えてくれた名前と、自分の母親がつけてくれた名前も無碍にすることはできなかった為、小さく頷くことで返事をした。


「良かったです。それじゃあ紺、もう一つ提案です」

「なんだ?」


 凛人は紺星と名付けたにも拘らず、相変わらず紺星のことを紺と呼んだ。最早凛人の中でそれが紺星の愛称になってしまったのだ。


 紺星からすれば呼び名など何でも構わない為何も言わなかった。紺星はそれよりも凛人の言ったもう一つの提案というものに興味が湧いたのだ。


「紺、僕たちの仲間になりませんか?」


 凛人の言葉に、迷いのないその表情に、紺星は驚きを隠せなかった。自分が子供だからとか、スラム街で育っただとか、世間のことを何も知らない無知だとか、そんなデメリットを一切ものともせずにそう言ってのけた凛人に、紺星は激しく熱い何かを感じたのだ。


 普段は冷静かつ慎重な紺星がこの瞬間だけは、その正体不明の熱に浮かされてしまったようだ。その衝動に忠実になった紺星は正常な判断ができなくなっていたのだ。



 これが、ユスティーの葛城紺星という男ができるまでの最初のきっかけだったのだ。





 遂に最終章です。遂にという程話数はないのですが……。

 今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ