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dark blue  作者: 乱 江梨
第三章
20/33

青い花

 新章です。

 今回は青花の過去編です。

「……どうすれば、あなたのように強く生きられるの?」


 ボロボロな格好、傷だらけの身体。唯一光り輝いているのはその瞳だけ。そんな青花の視線を受けた紺星は、思わず破顔一笑した。


 青花は自分の問いに答える紺星の声を必死に聞いた、聞こうとした。だが青花の耳には別の何かが入り込んできて、その声を捕らえることができなかった。


 なぜなら――






「……か……あ……か……青花……青花!」

「っ……夢?」


 紺星の声によって夢から覚めた青花は、辺りを見渡してそこがユスティーの本拠地内だと把握した。青花は夢に見た過去の出来事に思いを馳せながらも、目の前にいる現在の紺星を見つめた。


「どんな夢見てたんだ?お前、泣きながら笑ってたぞ」

「えっ……」


 紺星にそう言われ、青花は漸く自分の頬を伝う水分の感触に気づいた。青花は夢の中と同じように泣きながら笑っていたのだ。


 青花は紺星から指摘を受けてすぐに涙を拭った。紺星は何となく青花の涙の理由を察し、それ以上青花を問い詰めることはしなかった。


「これから俺、志展のところに行って稽古をつけるんだけど、青花も来るか?」

「……行く」


 青花は紺星からの誘いを受けることにした。青花からすれば稽古云々以前に、紺星とはできるだけ行動を共にしたいと思っている為、余程の理由が無い限り紺星からの誘いは断らないのだが。


 今回はそれに加えて志展に稽古をつけるという青花にとっては嬉しい内容だった為、断る理由はどこにもなかったのだ。例え自分との稽古ではなくとも、紺星の闘いを少しでも見られるというのは、青花にとって利益のあることなのだ。





「じゃあ早速始めるか」


 志展と合流した紺星は早速稽古を始めることにした。今紺星たちがいるのはビルの98階、使われていない階の一室である。因みにここは寛と紺星たちが出会った頃、寛のユスティー入隊をかけて、青花と寛が戦った部屋でもある。


 紺星は今回志展に空手や柔道などの体術の稽古をつけることにした。その最大の理由は、武器や魔力を封じられた状況での戦闘手段は己の身体のみだからである。


 剣や魔術が使えずとも体術を磨いていれば、戦場で倒れる可能性は少ない。そういう理由で紺星は志展に体術を教えることにしたのだ。


 青花は二人の稽古の様子を見ていると、昔の自分と紺星を見ているようでこそばゆくなった。青花も警察組織に入ったばかりの頃、志展のように戦闘の稽古を紺星につけてもらい、ここまで強くなったのだ。




 一時間ほど稽古をした後、紺星が総括から呼び出されたせいで、青花と志展は紺星が戻ってくるまで二人きりになってしまった。


 青花からすればどうということもないのだが、志展は大して青花と会話したこともなく、気まずい空気を味わう羽目になっているのだ。


「私と稽古する?提案」

「あぁ……いや、少し休ませてもらっていいですか?」

「そう」


 志展のそんな心情を察した青花はそう提案したが、紺星に目一杯扱かれた志展からすればただのいい迷惑なので、その提案は不発に終わった。


 沈黙がしばらく続いていると、志展は青花について聞きたいことがあったのを思い出し、それを話題にすることにした。


「あの、揺川さん」

「青花でいい。そもそも紺のことも葛城じゃなくて名前で呼ぶべき。そっちの方が喜ぶ。多分」


 青花のことを苗字で呼んだ志展に、青花はそう言った。青花は志展が紺星のことをずっと葛城さんと呼んでいることに違和感を覚えていたのだ。


「えっと、じゃあ……青花さん。青花さんって紺星さんに名前を付けてもらったんですよね?俺と同じような理由で」

「そう。私も前の名前は要らないと感じていた。理由」


 青花は志展の質問に肯定した。志展は以前、警察組織に初めて来た際に、青花の名前が紺星によって与えられたものだと知り、自分と似た境遇なのではないかと気になっていたのだ。


「どうして、いらないと思ったんですか?」

「……それは――」


 青花は自分の人生の分岐点についての質問をされ、志展にその過去を語ることにした。己の首から離れない、醜い古傷(過去)に触れながら。


 死んでも戻りたくない、でも忘れてはいけない。地獄のように辛く苦しいあの時のことを。













 いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう……。


 子供時からの青花の日課は、数を数えることだった。因みに産まれた時に、自分を産んだ大人がつけた名前を青花は既に覚えていない。あんな奴らがつけた名前なんて、覚える価値が無いと思ったからだ。


 青花が忘れてはいけないのはただ一つ。自分がどんな汚い人生を送っていたか、ただそれだけ。


 数を数えると言っても、それはただ単に数を数えるわけではない。青花が数えるのは、自分を産んだ大人から与えられる痛みの数だった。


 

 頬を叩かれたいち。髪を引っ張られたにぃ。腹を蹴られたさん。頭を踏みつけられたしぃ。冷水をかけられたごぉ。煙草を腕に押し付けられたろく。首を絞められたなな。拘束されたはち。袋の中に閉じ込められたきゅう。ご飯を与えられなかったじゅう……。


 青花は毎日毎日これ以上数えることができなかった。理由は簡単、それ以上の大きな数を知らなかったからだ。一から十数えたら、また一から十を繰り返す。学校にも行けなかった青花の日常はただそれだけだったのだ。



 ゴミが散らばり、あちこちの壁に穴まで空いた、煙草臭い部屋の中。青花は自分で掃除したくても方法が分からない上に、体中が痛くてそれどころではなかったのだ。


 青花は幼少の頃からこの腐った部屋の中しか知らなかった。自分を産んだ大人から外に出ることを禁じられていたからだ。


 その大人たちは毎日毎日仕事もせずギャンブルにのめり込み、借金が増えるとストレスから青花に手を挙げていた。女の方も男の方もお互いに不倫しており、毎日知らない人間を部屋に連れてきていた。


 そんな狂った環境の中、青花は碌な食事も与えられず、学校にも行かせて貰えず、玩具の一つも持っていなかった。大人から与えられるのは痛みのみ。


 だから青花はただ数を数えるしかなかったのだ。何回も、何回も、何回も。


 青花はその部屋の中をいつしか監獄だと思うようになった。自分は前世で悪いことをしたから、こんな地獄のような監獄に囚われ、罰を与えられているのだと。そうとでも思わなければ、精神が狂ってしまいそうだったのだ。


 そして青花はそんな大人たちを決して親と呼ぶことは無かった。青花にとってあの大人たちは、ただ自分を厄介者として痛みを与え続けるゴミムシだと、そう思っていたからだ。



 そんな日常の中で、最も強烈だった痛みが青花を襲ったのは十歳の頃だった。いつもは体術による暴力しか与えてこなかった男の大人が、燃焼魔術で青花の喉に酷いやけどを負わせたのだ。


 その魔術は青花の声帯ごと焼き尽くし、青花に二度と声を出すことを許してはくれなかった。これでは声に出して数を数えることができない……青花はとうとうすることが無くなってしまい肩を落としたが、青花はそれを逆手に取ることにした。


 それが伝声魔術を覚えるというものだったのだ。伝声魔術を覚えれば、自分の声帯で話すことはできなくても会話は成立する。青花に会話する相手などいなかったが、何か目標を立てないと生きていけないような気がしたのだ。


 魔術は剣術や体術と違い、先天的に持った魔力量、つまりは才能が大きく影響する。その為青花のような子供でも才能さえあれば、少しの鍛錬で上級魔術を習得することが可能なのだ。


 幸いにも青花は常人よりも高い魔力量を保持していた為、伝声魔術を三日程で身に着けることに成功した。青花はその過程で変声魔術なども習得し、声に関する魔術であれば右に出る者はいない程に成長した。


 そんな魔術の鍛錬を続ける生活の中、大人からの青花に対する暴力は止む気配はなく、寧ろ以前より悪い方向へと進んで行っていた。


 その大きな原因は大人たちがギャンブルで作った借金だった。大人たちは毎日のようにやってくる借金取りに怯える日々の中で、青花に手を出すことによってその恐怖を誤魔化していたのだ。


 


 そしてそんな日々が続いたある日、それは起こった。


 青花が目を覚ました時、目に映ったのはいつもの汚い部屋の中では無かったのだ。ゴミも散らばっていないどころか、何もない暗い場所。青花の鼻を刺激してくる煙草の匂いもしなかった。


 そして青花は気づいた。起き上がった先に見えた鉄格子によって。素肌に伝わる冷たい感触によって。片手首を封じる冷たい枷によって。そこがどこなのか、分かってしまったのだ。自分は今、檻の中に囚われているのだと。


 

 そしてそんな檻の中で何日が過ごし、青花には分かったことがいくつかあった。まず最初に気づいたのは、自分が今奴隷としてこの檻に囚われているということだった。


 日に何回かそれぞれ違う大人が品定めするように檻の中の青花を見に来たり、その度に自分を商品として説明する男がいることもあって、自分が奴隷という商品としてこの店に買われたのだという見当がついたのだ。


 それが分かればどうしてそうなったのか想像するのは青花にとって容易なことだった。きっと借金に苦しんでいたあの大人たちが、青花を奴隷として売ることで金を作ろうとしたのだろう。


 他に気づいたのは青花以外にも奴隷として囚われている少年少女たちがいるということだ。少年少女たちは例外なく、これからの人生に絶望しきった目をしていて青花は胸が締め付けられた。


 その全員が年端もいかない子供ばかりだったことと、自分を品定めしてくる客が男の大人しかいなかったことから、青花は囚われている子供たちがどういう意図の奴隷なのかに気づいてしまった。


 青花はその事実に吐き気がしたが、この檻の中では以前のように暴力を振るわれることもなかったので、寧ろこの檻の中の方が快適だと感じていた。


 手を出されないのは商品である奴隷に傷をつける行為はご法度だからと青花は理解していたが、あの家に帰るぐらいならこの檻の中で一生過ごしたいとまで考えていたのだ。


 だが青花もいずれはどこかの変態に買われてしまう。その時はいっそその変態を殺してでも、どこかに逃げてしまおうかと青花は考え始めた。


(死んでなんてやらない。私はどんなことがあっても強く生きるんだ。絶対)


 青花は生まれた時からずっと幸せというものを感じたことが無かった。だからこそ、そんな人生を生き抜いて、いつか自分の手で幸せを掴み取るのだと青花は意気込んだのだ。



 そんな青花の人生を180度変える日がついにやって来た。それは青花を奴隷として買った男に青花が引き渡される当にその日。


 青花がその男をどう殺そうか考えあぐねていた時だった。何やら檻の外が騒がしくなったのを感じた青花は状況を知るために必死に耳を澄ました。


「なっ何だ!?お前ら……まさか……ユスティー!?」


 青花はそのユスティーと言う名に聞き覚えがあった。確かよくテレビのニュースで名前が出てくる、警察で最強と言われている部隊だと、青花はそう記憶していた。


 そのユスティーが来ているということは、奴隷商人を逮捕しに来たのかもしれないと青花は考えた。


「ご明察です、奴隷商人さん。僕は警察組織第一隊ユスティー隊長、雅園凛人(がえんりひと)

「同じく隊員、葛城紺星」


 奴隷商人の荒い息遣いから、奴隷商人がかなりのパニックに陥っていることが青花には分かった。そして同時にユスティーと言う存在がそれ程までに脅威なのだと青花は思い知らされたのだ。


「僕はこの人を捕縛しておくので、紺は監禁されている子供たちを保護してください」

「了解」


 奴隷商人はユスティー相手に抵抗は無駄だと思ったのか、大人しく凛人に捕縛されたようだった。その間に紺星は監獄に囚われていた子供たちの枷を全て外し、一緒に来ていた刑事たちに預けていった。


 子供たちはそれぞれ毛布で包まれ、念のため治癒魔術をかけられていった。そして漸く紺星が青花の手首を塞ぐ枷を外そうと檻の鍵を開けようとした時、奴隷商人の仲間らしき男が激しい攻撃魔術を紺星に向かって放ってきた。


(危ない!)


 青花に分かったのはそれが水属性の魔術だということと、男が混乱していて魔力暴走を起こしていることだった。魔力暴走を起こすというのはストッパーが完全に外れてしまうということなので、元々の魔力が優れていない人間でもそれを引き起こせばかなりの威力になってしまう。


 紺星はそんな魔力暴走によって威力が何倍にもなった攻撃魔術を低姿勢で走り込んで軽くかわし、そのまま下から男の鳩尾をものすごい勢いの膝蹴りで攻撃した。


 男はあまりの衝撃で白目を剥きながら気を失うと、紺星によって呆気なく捕縛された。青花はそんな紺星の一連の動きをキラキラとした目で見つめていた。


(こんなに強い人、見たことない)


 青花にとって紺星は今までの人生では理解できない程、超人的な強さを持った存在だったのだ。毎日毎日大人からの暴力を耐えるしかなかった青花にとってそれは、人生における最大の希望でもあった。


 しかも青花を驚かせたのはその強さだけではない。紺星が自分とほぼ同じぐらいの年齢の少年だったからだ。現在12歳の自分と大して変わらない小さな体で、屈強な体格の大人をあんなにもいとも簡単に倒した紺星は青花にとって異次元の存在だったのだ。


 男を捕縛し終えた紺星が檻の鍵を開けると、青花はこの地獄から抜け出せるかもしれないことへの歓喜と、目の前に広がる希望で大粒の涙を止めどなく流した。


 きらきらとした目で涙を流し続ける青花の瞳はまるで流れ星のようで、紺星は零れる笑みを掬うことができなかった。


「……面白いな、お前。こんな理不尽な状況で、ここまでボロボロで涙だって止められていない癖に、その瞳は希望に満ちて光り輝いているように見える。俺の視力とお前、どっちかがおかしいのは確かだな」


 紺星の言う様に青花は何日も風呂に入っていないせいで髪はぼさぼさ、身体のあちこちが汚れているのに加えて、虐待によってできた傷がまだ治りきっておらず、当にボロボロといった状態だったのだ。


「……どうすれば、あなたのように強く生きられるの?」


 青花は目の前の希望に縋りつくように、紺星にそう問いかけた。紺星は青花の質問に精悍な笑みを浮かべると青花の枷を外してやった。


「てめぇのその足で立って、そんで……俺の後についてこい」

「っ……」


 青花は紺星の答えに歓喜で顔を綻ばせると思い切り立ち上がった。何故なら青花にとってその答えこそが全てを物語っていたからだ。


 どうすれば強く生きられるかという問いに、紺星は俺の後についてこいと言った。それはつまり、紺星が青花を強く生きさせるということに他ならなかったのだ。


 青花はそれを理解した時から、一生紺星についていこうと決心したのだ。紺星は立ち上がった青花の手を取ると、青花に治癒魔術をかけ始めた。


「お前喉に酷い古傷があるな……身体の傷は治してやれるけどこれ程重症だと、うちの治癒術師に頼まないと無理そうだな」


 紺星は治癒魔術が得意なユレのことを話題に出した。事実紺星の施した治癒魔術では青花の身体中の傷は治すことはできても、喉の古傷までは治すことができなかったのだ。


「別にいい、伝声魔術で会話はできる。それにこの傷は戒めにするから。不要」

「戒め?」


 青花は喉の火傷の痕に触れながら苦々しい顔でそう言った。紺星は青花が伝声魔術を使っていることには気づいていたが、自分の声帯で話せるか話せないかで言えば、当然前者の方が良いと考えての提案だったのだが……紺星は青花の言葉の意味を理解できず首を傾げた。


「多分だけど、これから私の人生は希望に満ち溢れていると思う。でも……幸せになればなるほど、それがいかに尊いものなのか人は忘れてしまうもの。だからこの傷は消さない。自分がどれだけ恵まれているか忘れない為に、私はこの古傷(過去)を忘れない。絶対」


 青花は強い意志を持って紺星にそう宣言した。青花はこれまでの悲惨な人生を忘れない為にも、喉に纏わりつく過去を消したくはなかったのだ。


「お前は傷が消えたぐらいで、それを忘れたりしないと思うぞ……まぁどうしてもって言うなら、止めはしねぇけど」


 紺星は青花の主張を黙って聞いた後、自分の意見を述べた。青花は紺星の言葉が嬉しく破顔したが、喉の傷を消すつもりはないので素直に頷いた。


 紺星は青花に毛布を被せると、その手を引いて凛人のところまで連れて行った。青花はそんな紺星の突然の行動に目を白黒させた。


「紺、お疲れ様です。……おや、その子は?」

「隊長、コイツ警察に入れてもいいか?」


(えっ……?)


 ド直球すぎるだろ……というのがこの時の青花の率直な心情だった。実力至上主義をモットーとする日本警察に、実力もないただ子供の自分がそう簡単に入れてもらえるわけがない、改めて青花はそう考えた。


 凛人は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻したかと思うと紺星の頭を撫でた。


「紺の選んだ子なら、きっと強くなるでしょう。構いませんよ、総括からの了承を得られればですけどね。紺に同年代の友達ができるのは良いことです」


 青花はあまりにもあっさりと警察入隊を許可されたことに面食らったが、それだけ紺星が信用されているのだと思い知らされ、ますます紺星への尊敬の念が深まった。


「友達じゃねぇよ」

「え……」

「家族……だろ?」


 紺星が凛人の言葉を否定したことで青花の顔は曇ったが、紺星が精悍な笑みを浮かべながら青花を家族と宣言してくれたことで青花の表情は一気に晴れた。


 青花にとってそれは初めての家族と言える存在だった。青花は自分を産んだ大人を家族だなんて微塵も思っていなかったからだ。年齢も名前すら知らない相手のことなんて、この時の青花にはどうでもいい存在だったのだ。


「紺、名前、つけて。願望」

「名前?」


 青花は紺星の問いに小さく頷いた。青花は初めての家族になった紺星に新しい名前を付けてほしかったのだ。あんな大人たちがつけた名前なんていらない、青花にとって今の名前は何の価値の無いものだったのだ。


 紺星はしばらく考え込むように顎を指でつかんだ。青花は紺星につけて貰えるのならどんな名前でも良かったのだが、紺星はできるだけいい名前を付けてやりたかったらしい。


揺川青花(ゆるかわあおか)……ってのはどうだ?」

「どういう意味?」

「僕も気になりますねぇ」


 紺星のつけた名前の意味を知りたくなった青花は、興味津々といった表情で紺星を見つめた。だがそんな青花よりも好奇心旺盛な表情で会話に割り込んできたのは凛人だった。


「ブルースターって言う()()()があるんだが、その花の花言葉に〝信じあう心〟っていうのがあるんだ」

「信じあう、心……」

「お前とは俺たち家族とそういう関係を築いていきたいからな」


 青花は紺星の語った名前の意味に感動して言葉も出なかった。青花が焦がれ続けてきた家族と、信じあえる仲間。そのどちらも紺星は青花に与えようとしているのだから、青花が呆けた面をしてしまうのも無理はなかった。


「紺、名前の意味、それだけじゃないでしょう?」

「え?」


 そんな中紺星のつけた名前について考えこんでいた凛人が驚愕の表情で紺星を問い詰めた。名前の意味は花言葉だけだと思っていた青花はもう一つの意味と、凛人の表情の理由が分からず疑問の声を上げた。


「その花言葉の花……ブルースターって言いましたよね?ブルースター……つまりは青と星です。そして僕が君につけた紺星という名前……紺は〝dark blue〟、〝navy blue〟と言い換えることができますから青を含みます。そしてその紺に星とくれば……」

「あ……」


 そこでようやくもう一つの意味に気づいた青花は思わず感嘆の声を上げた。凛人の驚愕の表情はそこまで考え抜いていた紺星に異様さを感じたからだったのだ。


「つまり青花という名前は、君の名前からもきているという訳です」

「まぁそうだけど……何だよその顔は」


 紺星は名前の意味を事細かに説明した凛人の表情に異様さを感じ、薄ら目で凛人に理由を尋ねた。一方青花は自分の名前が紺星の名前からきていることに歓喜で飛び上がりそうになっていて、凛人の表情どころではなかった。


「だって紺!君どこにそんなネーミングセンスを隠し持っていたんですか?ずるいです」

「そりゃアンタと比べれば全人類のネーミングセンスは優れてるだろうよ」

「な……紺は僕のつけた名前に不満があるんですか?」

「結果的には文句ねぇけどよ、名前の意味が適当過ぎるんだよ。隊長の場合」

「そんなぁ……キツネ可愛いのに」


(キツネ?)


 青花は二人の繰り広げる会話の意味が分からず首を傾げるほかなかった。だが青花はこれからの家族の微笑ましい光景に、今までで一番の笑顔を見せた。


 これが、青花の人生が変わった日。青花が青花になった瞬間だったのだ。





 あれ?ついこの前寛の過去編をやったはずなのに……。

 過去に囚われまくっている作者です。多分主人公の過去編もいずれ書きます。

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