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dark blue  作者: 乱 江梨
第二章
17/33

生と死の幸福論

 よろしくお願いいたします。

 事情聴取で主犯の居場所を割り出した紺星たちは、早速その場所へ向かっていた。当然隊員たちが行ったことの無い場所だったため、移動はサトーが運転する警察車両で行われた。


「あれからいろいろ聞いては見たが、名前も分からないとはな」


 紺星は目的地へ向かう車両の中で、落胆したように呟いた。寛、サトー、アイリスも同意見だったらしく非常に苦い顔を見せた。


 紺星は主犯の居場所を聞き出した後、主犯の名前、年齢、人相、主犯に雇われた人間ないし仲間がいないか等、聞けるだけの情報は手に入れておこうと質問したのだが、あまり有力な情報は得られなかったのだ。


 分かったことは主犯が男で、その女性のように雇われた人間は骸斗たちが捕らえている最中のチンピラだけだが、他に仲間が三名ほどいるということだけだった。


 どうやら主犯の男は顔を不気味な仮面で隠しているようで、人相までは分からなかったらしい。身体つきも男とも女ともとれるらしく、性別を見極めるための判断材料は声だけだったらしい。声には何も細工がされていないと女性が判断した結果、性別が男ということは分かったのだ。



 因みに何故女性があの時海に訪れていたのかを紺星が尋ねたところ、どうやら警察の捜査がどれほど進んでいるかの確認を主犯に命じられたようだった。


 

「隊長、こちらは全て片付きました」


 紺星がしかめっ面をしていると、目撃情報のあった連中を捕縛しに別行動をとっていた福貴から、伝声魔術で紺星の元に報告が来た。


「あぁ、そうか。よくやった。それじゃあ主犯の居場所を伝えるから、あとで合流しよう」

「了解」


 紺星が福貴に指示を送ると、伝声魔術による通信は切れた。サトーとアイリスの二人は普段より早い仕事ぶりに目を見張っていた。それは寛も同様で紺星に意見を求めるような視線を送った。


「随分と早いな」

「どうせあの骸斗(問題児)が張り切り過ぎたんだろう」

「だろうな」


 寛は紺星の意見に同意の意を示すように激しく頷いた。サトーとアイリスは自分たちの隊長をぶん殴った骸斗のことが少し気になるのか、二人の会話に耳を傾けていた。


「あの、里見骸斗さんって新人なんですよね?」

「そうですけど」


 紺星に骸斗の話を持ち出したのは運転中のサトーだった。サトーはこの捜査中ピリピリすることが多い寛に遠慮をしているのか、大体話しかけるのは紺星に対してだけだった。


 骸斗は確かに新人ではあるが、隊長である紺星や青花よりは年上なのだ。しかし全くそうは見えないので本人たちもその事実を忘れかけることがある。


「すごく強いみたいですし、それに……何というか、破天荒というか……」


 サトーは大分言葉を選びながら骸斗に持つ印象を紺星に告げた。アイリスもそれに同調するように口を開き始めた。


「私も思いました。あの傲慢隊長を殴るなんて……しかも二回も!ストラ隊員は全員彼のこと勇者だって思いましたもの!」

「ぶっ……勇者って……」


 アイリスの言葉に思わず噴き出したのは寛だった。サトーとアイリスは寛が笑ったことが意外だったのか、目を丸くした。一方の紺星は寛の緊張感が緩んだことにほっと胸を撫で下ろし、心中アイリスに礼を言ったのだった。


 ストラ隊員にとってやはり隊長のアルベルトは、どうやっても逆らえない目の上のたん瘤のような存在だったらしく、骸斗が何の躊躇もなくアルベルトを殴ったことで、心の靄がスカッと晴れた様だった。


「あまり買い被らないでください。あれはただアホなだけです」

「でも戦闘スキルは高いのでしょう?」


 ストラ隊員にとっての勇者行動を紺星は、ただ何も考えていないアホだからこそできる行動だと否定した。だがサトーは骸斗の仕事の早さにはやはり驚いたようで、そのことについても紺星に尋ねた。


「まぁ確かにアイツの才能は目を見張るものがありますけど、経験や技術の面で言うとユスティーの中では子供レベルもいいところなので、まだまだですよ」

「はぁ……流石はユスティーと言ったところですか。里見さんと戦って勝てる人間がうちの隊に何人いるのやら……少なくとも隊長は勝てないでしょうけど」


 紺星が骸斗の実力に的確な意見を述べると、サトーとアイリスは感心したように唸った。アルベルトに関しては既に二回も骸斗にしてやられているため、隊長の実力差と隊自体の実力差にサトーとアイリスはため息を漏らした。


「あ、着きましたよ」


 サトーが目的地に到着したことを伝えると、寛の表情がまた険しいものになった。紺星はそんな寛を気遣う様に、寛の肩をポンと叩くと車の外に出た。


 主犯の本拠地は使われていない地下室のようで、周りには森と山しかないような田舎だった。見渡す限り緑で、木々が揺れる音だけが聞こえてくる、不気味とも安らかともとれる場所だ。


 紺星は地下室に通ずる扉を開けると、中の様子を窺った。そして後ろにいる三人と視線を合わせると、声を出さずに地下室に入るよう指示した。


 地下室の中は幅三メートル程の長い長い廊下が続くばかりだった。それに加えて、地下室は埃まみれで天井には大量のクモの巣が張り、歩くたびに咳き込んでしまうような状態だった。


 そんな廊下をしばらく歩いていると、紺星は急に三人の方を向き口の前に人差し指を立て、その歩を止めた。すると伝声魔術で三人にだけ聞こえるように話し始めた。


「約百メートル先、おそらくあの角を曲がったところに一人いる。気配の感じからするとかなりの手練れだ。あの女の話だと、被疑者は主犯一人に仲間が三人の計四人。最初でこのレベルということは……」

「かなり手こずりそうだな」


 寛は紺星の言葉に続けるようにそう言った。紺星の言う〝かなりの手練れ〟というのは、ユスティーやストラには遠く及ばないが、警察組織には簡単に席をおけそうな実力者ということだ。


 それが四人いるとなると、少々手こずる可能性があった為、紺星はこちらに向かっているはずの福貴に伝声魔術で呼びかけた。


「福貴、今どこにいる?」

「隊長。今ちょうど到着したので合流しようと考えていました」

「分かった、少し人手が欲しくてな。今から迎えに行く」


 紺星は福貴たちがすぐ近くまで来ていることを確認すると、転移魔術で福貴たちを迎えに行くことにした。今現在福貴たちがいるのは、既に紺星が訪れた場所なので転移魔術が使えるのだ。


 紺星が転移魔術で福貴たちの元へ行くと、そこには福貴、骸斗、ヴィオラ、シークの四人しかいなかった為、紺星は首を傾げた。


「他のストラ隊員の方は?」

「捕らえた連中が意識を取り戻した時のために残していきました。まぁ治癒したとはいえ、一度は丸焦げになってましたから、そうそう目なんて覚まさないでしょうけど」


 紺星の疑問に答えたのはヴィオラだった。ヴィオラの丸焦げ発言に反応した紺星は骸斗にジト目を送ったが、当の本人は素知らぬ顔で口笛を吹いていた。


「地下室には主犯と三人の仲間がいるらしく、おそらくどいつも手練れです。油断しないように」

「「了解」」


 紺星はため息をつくと、地下室にいる被疑者たちの簡単な説明をした。福貴たちの返事を聞いた紺星は、早速転移魔術で元の地下室に隊員たちを連れて戻った。


「ただいま」

「おかえり」


 紺星が冗談っぽく挨拶をすると、寛はそれに付き合うように返事をした。緊張感のない二人に骸斗はクスクスと笑みを零したが、福貴と紺星は寛がどこか無理をしているように見え、言いようのない不安感に襲われた。


「あの角の先に一人います。どうしますか?」

「そうですね……うちのサトーとアイリスに対応させましょう」


 紺星は全員で被疑者の捕縛にかかるか、一人一人を誰かに対応させている間に先に進むか、ヴィオラに判断を仰いだ。ヴィオラは紺星たちと行動を共にしたサトーとアイリスに最初の被疑者の捕縛を担当させることにした。


 指名されたサトーとアイリスは静かに頷いて了承すると、小走りで紺星たちの先を進んだ。サトーたちが角を曲がると、被疑者らしき人物の声が聞こえてきた。


「あれま、もうバレた。早いなぁ……」

「ルセカン警察だ。大人しく投降しろ」

「はいそうですか、なんて言わないって分かっててそのセリフ吐いてるでしょ?」


 声の主はどうやら男のようで、話の内容から警察とやり合うつもり満々らしい。サトーは帯刀していた剣で被疑者に攻撃をすると、被疑者は小型のナイフでそれを防いだ。


 二人が互いの刃と刃を合わせ攻防を繰り広げている間に、紺星たちは全速力で廊下を走り抜けた。すると被疑者は紺星たちを先に行かせてしまった失態に舌打ちをした。


 ストラ隊員の攻撃を一度でも防いだ被疑者に紺星は感心した。しかし動きを見たところどちらが格上かは一目瞭然な上に、二対一という数でも負けている状況な為、紺星は二人が問題なく被疑者を捕縛できるだろうと安堵した。


 

 しばらく走っていると、またもや人の気配を察知した紺星が足を止めた。


「近くに一人いるな……こっちに近づいてくる。よし、福貴と骸斗、頼めるか?」

「了解でーす」

「了解」


 紺星は次の被疑者の対応を福貴と骸斗に頼んだ。骸斗は気の抜けた声で、対照的に福貴はしっかりとした返事をした。この一言だけで二人の性格の違いがはっきりと理解できてしまうことに、紺星は苦笑いを零した。


「じゃ、殺すなよ」

「保証しかねますが、頑張ります」


 紺星は問題児の骸斗にだけそう釘を刺した。骸斗は渋々と言った感じで承諾したが、紺星はもしもの時は福貴がどうにかするだろうと思っていたので、大して危惧はしていなかった。


 そんな会話をしていると早速二人目の被疑者が紺星たちの前に姿を現した。今度の被疑者は女性で能面という言葉がぴったりの無表情な人物だった。


「海外の警察の人?」

「あはは、せいかーい。君の相手は俺らがするから」


 被疑者の問いに骸斗は茶化すように肯定した。その被疑者は紺星たちが先に進むことに関しては全く興味が無いようで、どうやら骸斗と似たような戦闘に対して異様な執着をするタイプのようだった。その為骸斗の申し出に被疑者はただ頷き戦闘準備に入り、紺星たちのことはあっさりと見逃した。


 

 紺星たちが更に先へと進んでいると、後ろの方から物凄い爆音が聞こえてきた。紺星はその音の正体は十中八九骸斗だろうと予測し、骸斗と戦闘中の被疑者を哀れに思ってしまった。


「アイツ……ホントに殺してねぇだろうな……」

「福貴もいるし、大丈夫だろ」


 寛が紺星の呟きに返事をしていると、突然目の前に被疑者と思われる男が現れた。どうやらその男は転移魔術を使ったらしく、それだけでその男の魔術の実力が高いことが紺星たちには分かった。


 男はぼさぼさの天然パーマが目立つ覇気のない男だったが、紺星にはこの男が今までの被疑者の中で一番の実力者ということが分かった。


「へぇ、転移魔術か。どうしますか?カンベル殿」

「私とシークが相手をしましょう」


 紺星に判断を促されたヴィオラは、部下のシークと共に被疑者確保に名乗りを上げた。ヴィオラはこの場において、誰が最も戦闘に優れているかなど周知の事実だと考え、自ら名乗りを上げたのだ。


 一方の被疑者は興味なさそうに無精ひげの生えた顎をポリポリと掻いていた。紺星はそんな被疑者を見ていると、非番の時の裕五郎を思い浮かべてしまいぷっと小さく吹き出した。


「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと知り合いに似てたもんで」


 寛は紺星がくすくすと笑い始めた理由を察し、あぁ……と声を漏らした。寛も内心裕五郎に似ていると思っていたようだ。春を殺した男の仲間に似ているなんて、寛からしても裕五郎からしても全く嬉しくないハプニングなのだが。


「じゃあ、先行かせて貰います」


 紺星は行く手を阻もうとした被疑者の肩に飛び乗り、廊下の壁に向かって跳躍してその場から走り去った。寛は紺星が被疑者の目をくらましている間に、難なくその場をすり抜け紺星の後を追った。




「寛、主犯と出くわしたら、俺は手を出さない」

「っ!」


 長く続く廊下を息を切らさず走っている最中、紺星は寛にそう告げた。寛にとってそれは、怒りで我を忘れ主犯を殺すことになっても、紺星は黙ってそれを見届けると宣言していることと等価だった。


 紺星は寛を仲間として強く思っているからこそ、寛を突き放すような発言をしたのだ。寛は春を失いながらも、ユスティーと言う名のかけがえのない〝春〟を手に入れた。


 だがその家族を心の拠り所に、悪く言えば紺星たちに甘え、春やこの事件のことをうやむやに解決するという結末を紺星は望んでいなかったのだ。


 例えユスティーがいなくとも、春を殺した相手との決着を己の手でつけることが、寛にとっての最良だと考えたうえでの発言なのだ。寛はそれを理解したうえで、深く間をおいた後ゆっくりと頷いた。


「寛、お前は強い。俺が保証する」

「ははっ……日本最強の男からのお墨付きじゃあ、お仕事頑張るっきゃねーよな」


 紺星は精悍な笑みを浮かべ寛を勇気づけた。決して寛と主犯の戦いには手を出さない――それはつまり、それ程までに柳瀬寛という男を、紺星が信じているという証明でもあった。


 寛は最も信頼を置く家族に送られた言葉をしっかりと噛みしめると、紺星にいつものヘラヘラ顔を返した。その表情は寛に絶対的な信頼を持ってくれる紺星に対しての、最大級の感謝の表れだったのだ。




「こんにちは」


 長い長い廊下を抜けた最奥、たった一つの部屋の中、不自然に置かれたボロボロのソファに、その男は鎮座していた。


 綺麗に切り揃えられた金髪に、骨格からパーツからすべてが整った容姿、服装からしてもその男がかなり身分の高い家の者だろうという予想がついた。そしてその腰には長めの片手剣が差されていた。


 被疑者は警察が乗り込んできたというのに、全く動揺しないどころか、この状況を楽しんでいるようにも紺星たちには見えた。


「一応建前として聞いておくが、投降する気はあるか?」

「ふふっ……面白いことを聞く方ですね?」


 寛は被疑者を前に怒りの感情を必死に抑えながら、被疑者に向かって尋ねた。それに対して被疑者は何が面白いのか、破顔一笑し事件のことについて白を切る様な態度をとった。


「海の幻覚魔術による殺人事件、主犯はお前だろ?」

「確かに私は海に幻覚魔術をかけました。ですが私は種をまいただけ……あの海に入り勝手に勘違いをして自滅したのですから、被害者たちの自業自得では?」


 寛は怒りの感情が爆発するのを必死に抑えるために、唇を噛みしめ、己の拳を強く握りしめた。そのせいで寛の唇と掌、その掌に食い込んだ爪には鮮血が痛々しく滲んでいた。


(コイツ……最初の態度からして犯行自体を誤魔化そうとしているのかと思ったが。俺らに勝てると思っているのか?いや……違うな。コイツの目は、人生に絶望している奴の目だ)


 紺星は寛と被疑者との会話の様子をじっくりと観察していた。そして被疑者が浮かべる笑顔には、光り輝く瞳が全く見られないことに気づいた。


 そして紺星は理解をした。嬉しい、楽しい、愛しい、喜び……そんな感情を持たないにも拘らず、常に笑顔を振りまく人間にはいろいろな種類がある。


 何らかの恐怖から逃れるために、そうしなければ更なる恐怖が待っていることを分かっていて笑顔を作る者。そもそも喜怒哀楽の感情が抜け落ちている者。他人を見下している者……理由は様々だが、紺星が目の前の男に対して抱いた印象はこうだ。



 自分が一番寂しいということを、誤魔化すために必死に笑顔を取り繕っている者。



「その種をまいたという行為に対して……罪悪感は無いのか?」


 寛は仇を目の前にして声を絞り出すように唸った。寛は己の怒りの琴線に触れてくる被疑者を前に、まだ会話を続けるほどの理性を保っている自分を褒めてやりたいと心の底から思った。


「罪悪感……あまり考えたことないですね。そもそもこちらは感謝してほしいぐらいなんですよ」

「……なん、だと?」


 寛の厳しい追及に被疑者は悪びれることもなく、そんな暴言を吐いた。多くの人を死に追いやる原因を作り、多くの人を苦しめてきた人間の口から出た言葉とは寛は到底信じられなかった。


「今回と三年前に亡くなった方々は要するに、愛されていた人たちでしょう?愛されていたからこそ死んだ。彼ら彼女らの死こそが、周りの人間に愛されていたという証明になるのに何がご不満なのでしょう?」


 寛は目の前の男の異常さの片鱗を見せつけられたような感覚に陥った。それと同時にこの場所の情報を提供してくれた女性の言葉を思い出した。


〝君はとても不幸だ、誰にも愛されていない可哀想な奴だって。君が生き残っているのが何よりの証拠だって〟


 目の前の被疑者が言いたいのはこういうことなのだろう。寛が沸騰しそうな頭でそんなことを考えていると、その憶測を決定づけるように被疑者は言い募ってきた。


「あなたたちがここに来るまでに三人……いや四人の人間に会ったでしょう?一人の女性は金で雇い、この地下室にいた三人は何の見返りもなく味方についてくれたのですが、全員あの海に入っているんですよ」

「「!」」


 寛と紺星は被疑者の発言に驚きを隠せないでいたが、その理由は二人の間で異なっていた。寛の場合はシンプルに、今まで会った被疑者全員が幻覚魔術を受けながら生き延びていたということに驚嘆していた。


 一方の紺星は被疑者の頭の良さに驚いていたのだ。被疑者は〝四人の人間〟と確かに言った。被疑者は紺星たちが女性を捕らえ、事情聴取を行ったことなど当然知らないはずなのに、それを見破っていたのだ。


(まぁあの女を海に行くように命じたのはコイツらしいし、戻ってこないのを不自然に思ってそう推測を立てたんだろうけど……この状況でそこまで頭が回るのか)


「彼らは愛を与えられなかった存在。生き残ってしまったのがその証拠です。私はそんな彼らの方が死んでいった方々より不幸だと思うのです。だって彼らは、そんな不幸な人生を生き続けなければならないのだから……」


 バーン!!!被疑者が言葉を紡いでいると、突然そんな轟音が部屋中に鳴り響いた。それは寛が発砲した福貴お手製の拳銃の音だった。寛は目にも止まらぬ速さで拳銃を手にすると、被疑者に向かって引き金を引いたのだ。


 拳銃の弾丸は被疑者の左頬と左耳を掠り、部屋の壁に撃ち込まれた。被疑者は一瞬痛みに顔を歪めたが、自分の顔に伝わる血液の感触を確かめると、ニヤリと破顔した。


 寛は被疑者を殺す勢いで拳銃を取り出したが、発砲する直前何とか踏みとどまり、弾丸は被疑者の顔を掠めたのだ。紺星はそんな苦しそうな寛の様子を目を逸らすことなく、強い眼光で見つめ続けていた。


「……ガタガタ御託並べてんじゃねぇよ……お前だって同じだろ?独りぼっちが寂しくて寂しくてこんなことをした……違うか?」


 寛は撃った拳銃を床に放り投げると、低く重い声で被疑者の核心をついた。それが怒りで狂ってしまいそうなのを、必死に抑えている寛の精一杯の挑発だった。


 その挑発が効いたのか被疑者は一瞬顔を曇らせたが、すぐに仮面のような笑顔を戻した。そしてそのまま腰の片手剣に手をかけ、剣先を寛に向けてきた。


「そうですね。お話はここまでにして……本気の殺し合いを始めましょうか」


 被疑者は出会ってから一番の不気味な笑みを浮かべてそう言った。被疑者の言動一つ一つで寛の心は酷い荒波に襲われてしまう。


 そんな寛と春の仇である男との戦いが、紺星の見守る中、火蓋を切ろうとしていた。




 読んでくださってありがとうございました。

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