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dark blue  作者: 乱 江梨
第二章
15/33

ルセカン警察

 どうぞよろしくお願いいたします!

「そちらの隊長をぶん殴った勇者が、うちの新人の里見骸斗です。皆さん初対面ですから一応紹介しときます」


 紺星は何事もなかったような態度で骸斗の紹介をした。セリフの内容と態度がまったく一致していないことにその場にいた者は違和感を覚えたが、紺星の有無を言わせぬ態度によって何のツッコみも入れることができなかった。


 ちなみに骸斗に殴られた哀れなアルベルトはというと、辱めを受けた居た堪れなさで暴言を吐きながら退出してしまったのだった。そんなアルベルトに骸斗はなおも冷たい眼光で睨んでいたが福貴に制止され、それ以上アルベルトの顔に手形が増えることは無かった。


「そういえば福貴にしては止めるの遅かったな」


 紺星が抱く福貴の印象はいつでも冷静沈着で温和。魔術、剣術、武術どれを取っても優秀で頭も切れ、銃のことに関しては右に出る者など存在せず、元々の才よりも積み重ねた経験や、冷静な判断によって隊に貢献してくれるというものだ。


 そんな福貴の性質を理解しているのは紺星だけではない。総括である羽草はそんな福貴に、骸斗と寛が暴走した時のストッパーとしてこの任務に加えたのだ。


 紺星はその全てを把握したうえで骸斗がアルベルトに対して行った暴挙を、福貴が二度も黙認したことに違和感を覚えていたのだ。


「私もそれだけ憤っていたということです。隊長を侮辱するなど私たち隊員からすれば耐え難いことなのだと、自覚なさってください」

「そうか……骸斗、福貴、あと寛も俺のために怒ってくれたこと、感謝する」


 福貴は満足げに破顔すると一人蚊帳の外だと思い込んでいた寛に一瞥を投げた。寛も内心アルベルトにはイライラしていたので決まりが悪そうにそっぽを向いた。


「骸斗の場合は自嘲という言葉をてめぇの辞書に入れる必要はあるがな」

「ぶーー……」


 紺星の感謝の言葉に嬉々とした表情をしていた骸斗に紺星は苦言を呈した。これで調子に乗られては困るのだ。骸斗は他二人との対応の差にブーイングしたがいつも注意されていることなので、それ以上文句は言わなかった。


「……羨ましい」


 思わずそう口にしたのはストラの女性隊員――シーク・ランドルだった。長い茶髪を低い位置でツインテールにしていて、鼻の上にはそばかすが散らばっている可愛らしい女性だ。紺星たちからの視線にその隊員は自分の心の内をうっかり漏らしてしまったことに気づきうっすらと頬を染めた。


「……すみません。あまりにも皆様の仲が良さげだったもので」

「いや、謝る必要があるのはこちらであってあなたではない。そちらの隊長に手を挙げたのだから」

「いえ、元はと言えばあの方が暴言を吐いたのが原因ですし」


 アルベルトの暴言を謝罪したのは副隊長のヴィオラだった。それに同調するようにストラ隊員たちはしきりに頷き始めた。ストラ隊員たちもあの隊長にはどうやら困っていたようだ。


「本当にこのストラの隊長はどうしてあなたじゃないんでしょうね」

「……この国は身分の力というのを大事にしていますから」


 紺星が嘆くように呟くとヴィオラは細い声でそう言った。ルセカンだけではなくどの国にも身分の力というものは必ず存在している。問題はそれをどれ程重要視しているか否かということだ。だからこそ、実力至上主義の日本警察もあれば、ルセカンのように身分制度にも気を配る国もあるのだ。


「私たち、初めてユスティーの皆さんとお会いした時日本警察に転職すべきか本気で考えたんですよ。生まれは選べないけど実力でなら抗える、だからこそ日本警察の方針には憧れていましたし。葛城さんは部下のことを本当に大切にしていて、隊員の皆さんが羨ましかったんです」


 ヴィオラの暗い顔を隠すように声を上げたのはシークだった。シークの発言は他の隊員も同意見だったらしく、首を縦に振っていた。


「でも私たちは生まれ育ったこの国と国民の平和のために刑事になりました。これぐらいでへこたれてはいけないんです」


 ヴィオラはシークの言葉に続くように決意を表した。その言葉に紺星は破顔し、同時に本当にこの男が隊長なら良かったのにと改めて思ったのだ。きっとそれはこの場にいる全員が思ったことだろう。


「あ!そちらの総括さんにも挨拶した方がいいですね」

「あぁ……そう、ですね。あの人いるかな?」


 ふと福貴が思い出したように言うとヴィオラは自信なさげにそう小さく呟いた。ヴィオラがそんな態度を取るのには理由があった。ルセカン警察の総括――エルメス・ビンコードは超がつく変人なうえに自由人で、日本警察の総括――羽草とは真逆の人物なのだ。


 その為いつの間にか警護の目を掻い潜って抜け出すことも日常茶飯事で、ヴィオラだけでなく隊長のアルベルトも手を焼くほどなのだ。


「大丈夫ですよ。いないのなら俺の力全てを尽くして探しますから」

「……それは、とても心強いです」


 紺星が精悍な笑みを浮かべて宣言したせいでヴィオラは苦笑いするほかなかった。日本最強の男に本気を出されて逃げ切れる人間などきっといないだろう。ヴィオラは初めてエルメスを不憫に思ったのだった。





「総括、いらっしゃいますか?」

「いるけど面倒だから入ってくんな」

「「……」」


 エルメスはしっかり110階の部屋にいた為、ヴィオラの心配は杞憂に終わったが別の問題が発生してしまった。エルメスは今日、ユスティー隊員たちが来ることをもちろん知っている為、今の発言は紺星たちの対応が面倒だという意味である。


 ヴィオラが恐る恐る紺星の方に視線をやると、紺星は無表情のまま部屋の扉を蹴飛ばした。ユスティー隊員たちからすれば珍しいことでもないが、ストラ隊員たちは紺星の行動と大きな音にビクッと肩を震わせた。


 紺星たちの視線の先にはやたら大きな高級椅子に凭れながら、冷めた目でこちらを窺っているエルメスがいた。エルメスは欠伸をしながら背を伸ばすと壊れた扉に目をやった。塵一つ落ちていない広々とした部屋に扉が転がる様は異様な雰囲気を放っていた。


 エルメスは白すぎる肌に長すぎる前髪が映える美青年で、その変人性を知らない女性にはモテそうな男だ。黒い前髪の隙間から窺える瞳は深緑、身長は高くもなく低くもなく、体格も特別鍛えているようには見えない。


「葛城紺星、扉弁償しろよ」

「弁償より修繕魔術覚える方が早いですね」


 紺星が純然たる事実を伝えるとエルメスは軽く舌打ちをした。 エルメスは紺星のことを嫌っていて会うとだいたいこんな感じで舌打ちするのだ。


「あぁやだやだ。何でこう日本警察の奴らって優秀でからかいがいの無い奴らばっかなんだ?俺はアルベルトみたいに馬鹿で愚かで弱くて、そんな自分から目を逸らしているようなクソが好きなのによぉ」

「……相変わらずですね」


 エルメスはアルベルトを散々侮辱しながらケラケラと笑いこけた。エルメスという男は善人を嫌い、悪人を好く。これがエルメスが変人と呼ばれる所以だ。紺星はそんなエルメスにため息をついた。


「俺はそういう愚かで可哀想な馬鹿が現実突きつけられた時の顔が大好物なんだよ。この国には俺好みの愚か者がわんさかいるからな、俺ってばこの国から離れられないんだ」

「そんなビンコード氏に朗報ですよ」


 紺星は意味深な発言をしながら骸斗をチラ見した。エルメスは初対面の骸斗に興味を示しつつ、紺星の話に耳を傾けることにした。





「――ぶっ……あはっははははははははははははははははははは!!」

「……」


 骸斗が二度にわたってアルベルトを殴った話を紺星が聞かせると、エルメスは壊れたように腹を抱えながら爆笑し始めた。その場にいる者は黙ってそれを見ることしかできず呆然としていた。


「あーあ、笑った笑った。くっくっ……おい、ヴィオラ」

「はい?」

「なんでそんな面白いことが起きていたのに俺を呼ばない?」

「必要ないかと」


 ひとしきり笑ったエルメスは一瞬で冷めた目に戻るとヴィオラにその眼光を向けた。ヴィオラはエルメスの理不尽な発言には慣れているのか、軽く返すとエルメスは舌打ちをした。


「お前もつまらない奴だよな……それにしても里見骸斗」

「なんだ?」

「俺はお前みたいなイカれた奴が大嫌いだ、同族嫌悪ってやつだけどな。大嫌いだがそんな面白い事態を引き起こしてくれたことには感謝する」


 エルメスは自分を大笑いさせたきっかけの人物に目をやると感謝の言葉を述べた。エルメス自身、自分がイカれているという自覚はあるようだ。だからこそ強さでしか人を判断しない骸斗と、愚かさでしか人に興味を持とうとしないエルメスは種類は違えど似た存在なので、エルメスにとっては嫌悪の対象なのだ。


「別に、隊長に失礼なこと言ったから殴っただけだし」


 骸斗はエルメスを睨み据えながら素っ気無く返事をした。エルメスは自分が主導権を握っているという実感が無ければ満足ができない男で、骸斗や紺星のように己の信念、モットーが定まっているような人間が嫌いな為、骸斗の存在でユスティーのことが更に嫌いになったことだろう。


「そーかよ、それにしても面白いことになってるなぁ。後であの愚か者の面拝みにいかねぇとな」

「あの、あなたの変な趣味の話はもういいですから、捜査協力の件を……」

「あー、あれなぁ。はいはい、ご報告ご丁寧にありがとうございまーす。ちゃっちゃと協力してちゃっちゃと犯人捕まえてくださーい」


 紺星が話を本題に移そうとすると、エルメスは追い払うように手を振った。紺星たちはエルメスのやる気なさげな返事に一瞬イラっとしつつ、用は済んだため退出しようとした。


「あぁ、そうそう。今回の事件の犯人、捕まえたら俺のとこに連れて来い。俺の見立てだとその犯人、俺の好みドストレートだからな」

「「?」」

「愚かで哀れで可哀想な奴ってことだよ」


 紺星たちを呼び止めたエルメスは唐突にそんなことを話した。事件のことには興味なさげだったエルメスから犯人の話題が出てきたため、紺星以外は少々困惑し首をひねった。


 その場でエルメスの言葉の意味を理解できたのは紺星ただ一人だった。エルメスの好む人間――つまりエルメスの言う〝愚かで哀れで可哀想な奴〟という犯人像がこの事件の動機に深く関わっているのではないかと紺星は考えた。


(本当に食えない男だ)


 そんな犯人像を即座に見抜いたエルメスは、やはり侮れない男だと紺星は再認識した。いくら変人だろうと、警察組織の総括は伊達ではないようだ。エルメスはそんな紺星にニヤリとした笑みを送り、紺星は一礼して返事をした。



 


「すみません、なんか変な感じになってしまって……」

「いいですよ。あの男の変態性は今に始まったことじゃないですし、うちの隊にはあれといい勝負をする変態もいますし」


 ストラの本拠地に戻った紺星たちにヴィオラはまた謝罪をした。自尊心の塊の上司と、変人で自由過ぎる組織のトップを持つヴィオラの苦労人ぶりに、紺星は内心同情した。

 

 紺星の返しにヴィオラは以前あったことのある十乃の顔を思い浮かべた。話の流れで勝手に変態呼ばわりされた十乃と、十乃と同類扱いされたエルメスからすればいい迷惑である。


「あの、そろそろ事件の話聞きたいんっすけど」


 そう切り出したのはこの事件の被疑者逮捕に燃える寛だった。この事件と寛の因縁を知らないストラ隊員たちは寛の凍てつくような視線に身震いしてしまった。


「そうですね。では私が事件の概要を説明します」


 ヴィオラは大きなホワイトボードを部屋の隅から引っ張り出すと、被害者の写真を次々と貼っていった。そしてその写真の下に被害者の氏名、年齢、職業を書いていった。


「最初の被害者はリーン・ワイバン、32歳男性、職業は漁師。二か月前酷い寒気を訴え始め一週間後に死亡。この時点では事件性があるとは考えなかったらしく、被害届は出されていませんでした」


 紺星たちはヴィオラから与えられる被害者の情報を聞き漏らさないように耳を傾けた。最初の被害者が被害届を出さなかったのは当然だ。誰しもが病としか考えない症状なうえに、誰かに直接的に何かをされたという訳でもないのだから。


「二人目の被害者はコールス・フィクソン、19歳男性、大学生。最初の被害者とほぼ同時期に症状を訴え始め、最初の被害者が亡くなった二日後に命を落としました。こちらもこの時点で被害届は出していません。三人目の被害者は桐生美園(きりゅうみその)、26歳女性、職業は高校教師」

「日本人がいたのか?」


 被害者の中に日本人女性がいたことに顔色を変えたのは寛だった。他のユスティーの面々からしても予想外の事実だったのか一斉にヴィオラに説明を求めた。


「えぇ、どうやら観光客だったそうです。一か月半前に症状を訴え、ルセカン滞在中死亡。どうやら被害者の連れは医者だったらしく。原因が定かではないうえ、見たこともない症状に不信感を抱き、被害届を提出したそうです」

「なるほど、そこで事件が発覚したと……」


 紺星が納得したように呟くとヴィオラが頷いた。医者である被害者の連れは日本での事件を知らなかったらしく、他の被害者遺族、知人同様に体を無理に温めてしまったのだ。


「四、五人目の被害者はマリア・ヴァルソン27歳、クレア・ヴァルソン30歳、ともに女性でこの二人は姉妹でした。症状を訴え始めたのは一月前。既にこの時点で私たちは日本での事件と酷似していることに気づき警鐘を鳴らしていたのですが、一足遅かったようでこの二人も亡くなってしまいました」

「つまりそれ以降の被害者は警察の忠告を守り、死には至っていないということですか?」

「えぇ。症状は二週間ほど経つと無くなるようです。海の立ち入りを禁止した直後、被害者は出ていません」


 ストラはどの海に幻覚魔術を仕掛けたのか見当がつかなかった為、被害者たちが入水した海だけでなく、そこから半径百キロ以内に位置する海すべての立ち入りを禁止したらしい。紺星はヴィオラの報告を聞き終えると腕を組み頭を働かせた。


 幻覚魔術の効果が持続するのは約二週間。被害者の共通点は幻覚魔術が組み込まれた海に触れたこと、つまりは無差別殺人である。そして被害者たちは耐えられないような寒さに襲われる、それが錯覚とも知らずに。その結果無理に体を温め、熱中症になり命を落としてしまう。


 これらは全て三年前に起きた事件と酷似していた。ユスティーの面々、特に寛はこの事件の犯人はやはり、三年前の事件と同一犯だと確信した。


「他の海の調査はどうなっているんですか?」

「調べてはいますが、今のところ幻覚魔術が組み込まれていたのは被害者たちが入水した海だけです」


 この点も三年前と同じだった。ユスティーが捜査した際も幻覚魔術が組み込まれていたのは、寛の自宅の傍の海だけだと分かったのだ。


「怪しい人物の目撃情報は?」

「それが……普通にあるんですよ」

「……なるほど、それは……喜ばしくないですね」


 ヴィオラが暗い顔で答えると紺星も現在の状況に頭を悩ませた。だが骸斗や他のストラ隊員たちは何故二人がそんな態度を取るのかが理解できなかった。目撃情報があるのなら犯人逮捕に近づいているということだ。それなら喜ぶのが普通の反応、だからこそ骸斗たちは首を傾げた。


「何が喜ばしくないんですか?隊長」

「今回の事件は三年前、日本で起きた事件と全く同じ。つまり同一犯の犯行だ」

「はい」

「同じ過ぎると思わないか?」

「?」

「手段や犯行場所までならまだしも、怪しい人物の目撃情報が出るタイミングもほぼ同じなんだよ」

「そうなんですか?」


 三年前の場合その怪しい人物というのが、寛がボス以外を皆殺しにしたアカライだったのだ。つまり恐らく犯人は今回も誰かを金で雇っているということになる。骸斗は三年前の事件に関わっていなかった為、そのことについて知らなかったので紺星に尋ねた。


「あぁ。このまま三年前と同じように事が進むと、怪しい人物=金で雇われた連中に俺たちがかまけている間に、主犯の人間がまたもや海外逃亡っていう犯人がお望みのシナリオになっちまうんだよ」

「なるほど!」


 骸斗たちは漸く紺星たちの暗い雰囲気の理由を理解した。そう、このままでは三年前と同じ。犯人に逃げられ、また同じ犯行が繰り返される。それを阻止しない限り寛は救われないのだ。


 寛はあまり捜査がいい方向に進んでいない現状に顔を強張らせた。己の唯一無二を奪った存在をまた取り逃がすなんて寛には耐えられないことなのだ。絶対に今回は捕まえなければならない。そんなプレッシャーが寛の心を蝕んでいくような感覚に寛は更に顔をしかめた。


(このままじゃ駄目だ。このままだとまた春を苦しめた奴を逃がしちまう……何とかしないと……?)


 寛は頬に伝わる奇妙な感覚に顔を上げた。そしてその奇妙な感覚が痛覚だということ、それを与えているのが紺星だということに気づいた。


「……っていってぇー!?」


 紺星は寛の両頬を力いっぱい抓っていたのだ。寛が飛び上がるとむすっとした顔をした紺星は、寛の頬から手を離した。寛はあまりの痛さに赤くなった頬を摩り涙目になってしまった。


「何すんだよ紺!ていうか昨日も似たようなことあったよな!」


 寛は紺星に批難の目を向けると、魔力暴走した際、紺星に往復ビンタされたことを思い出した。周りの隊員たちは突然の出来事をただ傍観することしかできず、目を白黒させていた。


「寛、前にも言っただろ?空の上で惚れた女が見てるんだ。もっと男らしくどんと構えた面してろ」

「紺……」


 紺星はただ真っすぐに寛の瞳を見据えた。寛は紺星のこの目が好きだった。真っ直ぐに自分を見つめて逸らさない、強い信念が燃える瞳。そんな紺星の目が好きだったのだ。



〝ただ、空の上で惚れた女が見てるかもしれないのに、そんな仏頂面だと愛想つかされるんじゃないかと思ってな〟



 寛は紺星に興味を持ったきっかけの言葉を思い起こしていた。あの時寛は思ったのだ、春に似ていると。そして今目の前にいる男が自分にとっての新しい春になったのだと、寛は改めて再確認した。


「それに今回はユスティーとストラがいる。心配しなくてもお前より強い奴なんていくらでもいるんだから、そんな気負うな」

「……サンキュな、紺。……一言余計だけど」


 寛を安心させるために放った紺星の発言は、寛にとっては余計だったらしい。骸斗がゲラゲラと笑ったため、寛は骸斗の首を締めあげたが骸斗にあまりダメージはなかった。その様子を傍観していた福貴は破顔しながらため息をついた。


 ヴィオラたちストラ隊員は事情を知らないため、ユスティー隊員たちの会話の意味を理解する術を持っていなかったが、ここで聞くのは野暮だと思い口は開かなかった。


「……では、問題の海にこれから向かいますか?」

「是非そうしたいですが、そちらの隊長をおいていいんですか?」

「いいんですよ、あの方は気になさらずとも。それに今は連れて行きたくても無理だと思いますし」

「あぁ……」


 ヴィオラが紺星に提案すると紺星は哀れなアルベルトのことを話に出した。ヴィオラの予測に紺星は納得したように声を漏らした。アルベルトはきっと今頃、エルメスの有言実行によって自由を拘束され、苦々しい顔をしていることだろう。ヴィオラの発言はそれを加味したものだったのだ。


「あのクソ、そこまで哀れな癖に本当に何であんなに偉そうなんだ?」


 二人の雰囲気でアルベルトの状況を察した骸斗は純粋に疑問を持った。骸斗のアルベルトに対するクソ呼ばわりが定着してしまったことに、ヴィオラはどこか遠い目をした。


「じゃあ早速今から行きますか。カンベル殿は転移魔術使えましたよね?」

「えぇ、私が皆さんを現場に連れて行きますね」


 紺星がヴィオラにそう確認したのは、転移魔術が一度行ったことのある場所でないと使えないからだ。だからこそ転移魔術を行使することができ、尚且つ現場に赴いたことのあるヴィオラに、ユスティー隊員たちは連れて行ってもらう必要があるのだ。


 紺星たちはヴィオラに近づき、問題の海に向かうことになった。そんな中、寛はこの事件の捜査に関わる過程で、いつも通りのユスティー隊員たちに囲まれているという幸運に心中酷く安堵し、仲間に感謝の言葉を述べたのだ。





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