新たな春の訪れ
寛の過去編は一応これで終わりです。途中青花視点になります。
(春の死因は熱中症?)
ガタン。
(春の苦しみは錯覚?)
ガタン。
(春が死んだのは俺のせい?)
ガタンっ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
寛の慟哭が血の匂いで充満した倉庫に響いた。耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び、紺星たちは耳を塞ぐことなく、それを静かに受け止め続けた。
それからどれ程の時間がたったのか寛に知る術はない。寛は意識を失っていたらしく、気づくと走る車の中にいた。心地よい振動のせいでせっかく目を覚ましたというのに、寛はまた眠ってしまいそうになった。
だが目の前で己を見据えるこの国最強の男を目の当たりにして、寛の眠気は一瞬で冷めた。寛が周りを見渡すと、紺星の他に最年長の男と色気ゼロの少女が同乗していた。犯人連行用の特別車両なのか、異様にその車は大きく人四人を乗せるには違和感があった。
「アカライのボスは別の車両だ。一緒に乗せたらお前殺しにかかるかもしれないからな」
「……」
寛が視線を紺星に戻すとそう説明された。寛自身あまりの衝撃でそんな気力はないと思っていたが、本人を目の前にすればどうなるかなど自分でも分からない為反論できなかった。
だが寛が今最も殺したいのは自分自身。危惧するならそちらの方だったが、かなり高度な捕縛魔術がかけられているため寛には何もできそうになかった。
「……兄ちゃん、名前は?」
「……柳瀬、寛」
「寛か。俺は葛城紺星。警察組織第一隊ユスティーの隊長を務めている。分かりやすく言うと警察のトップツーだ」
それぐらい見れば分かるとツッコみたかったが、そんな気力もない上に自分の名前を素直に名乗る少年に嫌悪感は無かったため何も言わなかった。
「兄ちゃんかなり強いだろ?アカライって一応武闘派の犯罪組織なんだけど、あんな惨たらしく殺せるなんてなぁ。お見事お見事」
「……馬鹿にしているのか?」
「いやいや純粋にそう思っただけだ。兄ちゃんの実力は冗談抜きでうちの隊員といい勝負できるぐらいだぞ」
自分よりはるかに上の実力を持つ紺星に冗談っぽく言われ、寛は紺星を睨み据えた。紺星はそれを戒める様に寛の実力を評価した。色気ゼロの少女――青花は不服そうな顔をしていたが紺星とは同意見だったらしく、そっぽを向いただけだった。
「俺はただの一般人だ。ユスティーっていうのはその程度の集まりなのか?」
寛が挑発じみた発言をすると青花は相変わらず顔をしかめたが、紺星は真剣な顔つきで寛を見つめたまま目を細めた。
「……兄ちゃんはもっと自分に興味を、というより自分を知った方がいい」
「は?」
「兄ちゃん、桃瀬春のことしか見えてないっぽいからな」
正直、いや寧ろかなり寛は驚いていた。こんな初対面の少年に己の本質をこんなにもいとも簡単に見抜かれたことなど、寛の人生においてなかったのだ。
「何も知らないくせに、俺と春を語るな……」
寛はそんな気持ちを悟られまいと紺星に鋭い視線を送った。寛自身、初対面の男に春の名前を呼ばれること自体に嫌悪感を感じた為あながち偽りの態度でもなかったのだが。
寛の態度に紺星は苦笑しつつ何か言いかけようとしたが、警察のビルに到着したらしく寛は車から降ろされた。紺星は寛の方をチラチラと見ながら何やら思案していたが、紺星の頭の中を知る者はその場にいなかった。
それから寛はしばらくの間50階にある監獄で過ごした。逮捕された被疑者たちが正式な刑務所に入るまでの仮の刑務所のようなところで広さや数はあまりない。そして50階というのはユスティー隊員たちが生活をする寮と同じ階でもある。
理由は当然被疑者たちが何らかの方法で脱獄した時、すぐにユスティー隊員が対処できるからである。昼間ならまだしも、仕事をしている隊員が極わずかになる深夜では対応しきれない場合もある為、この監獄はユスティー隊員たちの住処の近くに配置されたのだ。
(アカライのボス……殺し損ねたな。いや、それ以前に首謀者を捕まえることもできずに自分が捕まっちまった……お笑い草だな)
寛が目を閉じると浮かんでくるのは春の笑顔だった。それを奪われたのが憎く人間をやめ人殺しになったというのに、復讐をすべき本当の人物も見失い、自分自身が春が死ぬ原因を作ったことにも気づけなかった己への嫌悪感で寛は呼吸の仕方も忘れてしまいそうになった。
苦しくて苦しくて、瞼の裏に映る春の笑顔を見るたびに寛は己を殺したくて仕方がなかった。そうして目を閉じているうちに寛は夢の世界へと旅立ってしまったのだ。
ふわりとしたその感触は自分にとっては初めての感覚で寛は意識を取り戻した。寛は宙に浮いていて死んだはずの春といないはずのもう一人の自分を見下ろしていた。
(何だ、これ?)
夢?走馬灯?そんな疑問を余所に寛は過去の自分と春から目が離せなくなっていた。場所はあの海で二人は幸せそうに笑い合い、この幸せが続くことを信じて疑っていない、そんな風に寛には見えた。実際、寛自身がそう思っていたから。
ふっと寛が瞬きをするとそこには幸せそうな二人ではなく、寒さに震える春とそれを苦しそうに見つめる寛の姿があった。けれど上から見下ろしていた寛がまた瞬きをすると、そこには寒さに震える春などどこにもいなかった。
(あぁ、なるほど……)
これが本来の光景、幻覚魔術が無ければ見るはずの無かった光景の本来の姿なのだと、寛は気づいた。春の体は冷たくなんてなっていなかったのに、己も春自身もそれに気づかず必死に体を温めようとした。
寛の目には春が寒さに震える姿ではなく己のせいで暑さに苦しむ姿が、まるで寛自身を責め立てるように映った。
寛は受け止めたくない現実を自らによって突き付けられ、嫌という程理解した。愛する春が死んだのは自分のせいでもあるということを。
「春っ……!」
寛が汗びっしょりで起き上がるとそこには春と己の姿もなく、しっかりと自分にのしかかる重力を感じた。周りを見渡してもそこには布団とトイレしかなく殺風景な部屋の壁が広がっているだけだった。
(春がいない)
唐突に寛はそう思った。そんなこと分かっていたはずなのに現実を突きつけられた途端、その事実を目の当たりにして寛の心は憔悴してしまった。
やわらかい笑顔が誰よりも似合う春も、たった一人の家族だった春も、唯一無二の存在だった春も、愛しくて愛しくて堪らなかった春も、寛の世界にはもういないのだ。
「春……」
そう寛が呟くと同時に、監獄の扉が紺星によって開かれた。寛の呟きが紺星に聞かれたのかどうかは寛には分からなかったが、紺星はそんな寛を余所に目線が合うようにしゃがみ込み、ただ真っすぐに寛を見つめてきた。
寛は紺星と出会ってから目の前の少年の強さしか見ていない。寛は紺星の瞳にすら強さを感じたのだ。有無を言わさない鋭い視線も、今自分を見つめている何か決心したようなゆるぎない視線も。
「……何だ?」
寛は数秒の沈黙を破り、紺星に尋ねた。そろそろ本格的な刑務所行きが決まったか、事情聴取か、寛はこれから紺星に告げられる言葉に予想をつけた。だが紺星の口から発せられたのはそんな予想をぶち壊すような想定外のものだった。
「兄ちゃんさ、ユスティーに入らないか?」
(何言ってんだ、コイツ……)
寛の頭の中はその一言に尽きた。本来ならばいろいろとツッコまなければならないのだが、その全てがこの一言で片付いてしまうのだ。冗談言うなと、寛は紺星に吐き出したかったが紺星の表情は真剣そのものでそれが冗談でないことは誰の目にも明らかだった為、寛は呆気に取られていた。
そもそもどうしてそういう話になるのかが寛には理解できなかった。仮にユスティーの隊長が勧誘するような魅力が自分にあったとしても、何人もの人間を殺した犯罪者がユスティーに入るなんてこの組織のボスが許すわけがない、寛はそう思った。
しかもユスティーはこの国最強の部隊で構成員である隊員たちも、実力至上主義という日本警察のモットーにふさわしい、戦闘能力に優れた者ばかりで寛は自分などが入れる隊ではないと感じた。それは何より、隊長である紺星を見て確信したのだ。
次元が違う、経験が違う、技術が違う、才能が違う、何を取ってもこの少年には敵わないと寛は確信を持っていた。それなのにその少年自身は自分を仲間にしようとしている。寛にとってこれほど荒唐無稽な話は無かった。
〝兄ちゃんはもっと自分に興味を、というより自分を知った方がいい〟
その時寛は紺星の言葉を思い出した。紺星は己のこういう思考を読んであんなことを言ったのだろうか?だとしたら紺星の話に耳を傾ける必要があるかもしれないと、寛は口を開いた。
「……俺が承諾したとして、それを組織が認めるわけがないだろう」
それが混乱した寛の心中をまとめた精一杯の言葉だった。紺星のような人間が何の考えもなくこんなことを言い出すなんてありえない。その為紺星の考えが知りたかった寛は紺星に問いかけるような言い方をしたのだ。
「その点は大丈夫だ。総括には条件付きではあるが承諾を得た。後はお前の返事次第だな」
正直寛は耳を疑った。紺星がそんな嘘を言う人間だとは寛は思っていなかったが、それ以上に紺星から告げられた事実は寛にとって信じられないものだったのだ。
それから寛は紺星の言った条件という言葉が引っ掛かった。その条件というのが自分で満たせるものなのか寛に知る術など無く、寛は紺星にそのことについても尋ねた。
「条件というのは?」
「うちの隊員の誰かと戦闘して見込みがあると総括が判断すればいい、そういう条件だ」
正直寛はユスティー隊員と戦闘などして自分が相手になりうるかを考えるとそれは否だった。だがそれ以前に自分にユスティー隊員になりたいという願望があるかどうかも分からない状態だったのだ。
寛が深く考え込むように仏頂面を更に辛気臭くしていると、紺星がその顔をじっと見つめた後小さなため息をついた。
「兄ちゃんさ、少しは笑えば?」
「……この状況でお前は笑えるのか?」
しゃがみ込んだままそう提案した紺星に寛は低く重い声で返した。春が死んで間もないこの状況で不謹慎なことを言う紺星に怒りを覚えたこともあったが、笑えと言われると笑った顔が好きだと言ってくれた春のことを寛は思い出してしまうため胸が締め付けられたのだ。
「いや、変な意味はない。ただ空の上で惚れた女が見てるかもしれないのに、そんな仏頂面だと愛想つかされるんじゃないかと思ってな」
「……お前、少し……春に似てるな」
心の底から寛はそう思った。よく自分に笑えというところも、急に突拍子もないことを言うところも、どこか人を惹きつけるところも、あの柔らかい春に似ていたのだ。
〝家族のためにしか生きられないのなら、家族を作ればいいのでは?あなたがあなたの幸せを作るんです〟
ふと、寛は春と会ったばかりのことを思い出した。春も寛にこんな突拍子もない、でも寛にとって的を得ていることを言ったのだ。
「え、何兄ちゃん、俺に惚れたの?」
「……アホか」
「「あ」」
その時寛は一瞬小さな微笑みをこぼした。それに気づいた二人は同時に声を上げ、紺星はクシャっと歯を見せながら笑った。それは寛が初めて見た紺星の年相応の笑顔だった。
寛は何だかそわそわしてしまい、ばつの悪そうな顔をした。原因は今まで寛がとっていた態度など何も覚えていないように紺星が素直に笑ったせいだった。
「それで、どうするんだ?ユスティーに入って事件の首謀者を捕まえるか、このまま犯罪者として断罪されるのを待つか」
笑い終えた紺星は本題へと流れを戻した。寛は表情を戻すと春のことを思い浮かべた。自分の人生に春という名の季節を運んでくれた唯一無二の春。そんな春が死んだ元凶、その存在を野放しにすることは寛には耐えられないことだった。
寛の復讐はまだ終わっていないのだ。寛はその時ユスティーに入り、首謀者を捕まえたら最後に自分を殺して復讐を完成させるのも良いかもしれないと考えた。自分も春を苦しめた一人なのだから。
「もし犯人を殺して自分も死ぬなんて考えてるんならぶん殴るからな」
「……」
紺星は寛が聞いたことの無い低い声でそう唸るように言った。寛は紺星に見透かされていたのだ。寛は図星をつかれたことで何も言えなくなってしまった。
「もしユスティーに入るなら兄ちゃんはもう俺たちの家族だ。勝手に死ぬことは隊長である俺が許さねぇ」
「……本当に、似てるな……」
家族、紺星はそう言った。それは寛が最も大事にしたもので唯一無二のものだ。そして寛は家族のためにしか生きることが出来ない。
〝家族のためにしか生きられないのなら――〟
(そう、だよな、春。作ればいいんだよな。俺みたいな生きるのが下手な奴は)
この世から消えてしまっても自分に様々なものを与えてくれる春に寛は頭が上がらなかった。春の言葉一つ一つが寛にとっては生きるための糧になっていたのだ。
春がきっとこの新しい家族たちとの懸け橋を作ってくれたのかもしれないと、寛は春に心の中で感謝の言葉を述べ、そして決心をした。この少年たちの家族になり、春を苦しめた首謀者を必ず捕らえると。
「分かった。お前に俺の命を預ける。俺をお前たちの家族にしてくれるか?」
「その返事を待ってたぜ、寛」
紺星は精悍な笑みを浮かべると立ち上がり、寛に己の右手を差し出した。寛は静かに破顔するとその手を掴み新たな家族との人生へと一歩踏み出した。
「柳瀬寛をユスティーに勧誘したいと考えています」
紺が突然総括に対してそんなことを言い出した時は流石に驚いた。柳瀬寛を監獄に入れた後すぐに紺はユスティー隊員を引き連れて百階にある総括の部屋へと向かったのだ。
その場にいたのは紺、私、裕五郎さん、福貴さん、十乃、ユレ、総括の七人だった。現在のユスティーは前隊長が亡くなったことで人手不足に悩まされていた為この少人数である。
前隊長は誰にでも愛されるような不思議なオーラを持った人で、かく言う私も前隊長のことは紺と同じぐらい好きだった。でも誰よりも前隊長を慕っていたのは紺なのに紺は誰よりも気丈にユスティーの隊長を務めている。
そんな紺を見るともっと強くなって支えたいという衝動に駆られてしまい、いつも紺の後をつける行為(断じてストーカーではない)に拍車がかかってしまう。それ程までに紺は強く、その行動一つ一つに強さの秘密を私は探してしまうのだ。
それより今は柳瀬寛の話だった。猫の手も借りたいほどの人員なのは皆理解しているが、流石に犯罪者をユスティー隊員として迎えるなんて前代未聞の話で、あの総括もあまりの衝撃だったのか口を開いたままだらしない顔を晒していた。
裕五郎さんはその顔を見て大笑いしたそうに口を片手で抑えてプルプルと震えていたが、福貴さんが裕五郎さんの足の先をグリグリと澄ました顔で踏んでいたから裕五郎さんの笑いは徐々に冷めていった。組織のトップに対して、裕五郎さんの態度はあり得ないものだったので皆福貴さんに心の中でありがとうと叫んだことだろう、ちなみに私は叫んだ。
「葛城、俺が何を言いたいかは分かるな?」
「はい。確かに柳瀬寛はアカライのボス以外の構成員全てを殺害した犯罪者です。ですがそもそもアカライの連中は死刑になってもおかしくない程の重罪を犯しており、今回の件は死刑執行したのが警察組織の人間ではなかったというだけの話です。それに加え俺は柳瀬寛の実力を高く評価しています。この日本警察という組織は実力至上主義をモットーにしています。身分、生い立ち、性別、年齢関係なしに実力が秀でた者を優遇する。だからこそ元々は孤児で、生きるために人を傷つけてきたこともあった俺がユスティーという隊における隊長という椅子に腰を据えているのではありませんか?」
総括は紺の主張を静かに聞いていた。確かにこの組織は実力至上主義で例え前科があっても実力があればユスティー入隊も夢ではない。だが今の問題は犯罪を犯したものを罰も与えずユスティーに入隊させるか否か、ということなのだろう。
紺の言う様にもし柳瀬寛がユスティーの隊員で、アカライの構成員を殺していたらそこまでの問題にはなっていない。抵抗する被疑者に対して刃を向けるのは刑事として当然の行為だからだ。
「……ユスティー隊員と同等以上の戦闘能力を持っていると証明できれば葛城の申し出を容認しよう」
「寛大な配慮に感謝します」
総括は紺の主張を吟味した後、条件付きで柳瀬寛のユスティー入隊を許可した。そもそも柳瀬寛がそれを望まなければこの話は成立しないのだが、総括の許可を貰った後すぐさま監獄へ向かった紺は柳瀬寛の容認も得て帰ってきた。
本当に紺は仕事が早いというか、人を丸め込むのが上手い。私は増々そんな紺に尊敬の念を向けてしまう。
そんな呑気なことを考えていた私は、まさか自分が柳瀬寛と戦闘する羽目になるとは思わなかった。正直言って不満である。私は柳瀬寛という男にいい印象をもっていないからだ。
この気持ちは柳瀬寛が人殺しだからとかそういう一般的な嫌悪感から生じるものでは無い。柳瀬寛の紺に対する不遜な態度が気に入らないからである。
要するに性格的に嫌いなだけで人間的に嫌悪している訳ではない。なので柳瀬寛がユスティーに入隊しようが文句は無いが、戦闘になって簡単に勝たせる気も毛頭ない。
「青花、本気でやれよ?」
「言われるまでもない、当然」
紺もそのつもりらしい。隊長からのお許しが出たのなら私はただ好きにやるだけ。柳瀬寛を全力で叩き潰すのみ。
戦闘は使われていない98階で行うことになった。そこで再会した柳瀬寛は初見の時より顔つきが変わっていた。きっと紺が何かしたのだろう。初対面の時に見せた腑抜けた面の百倍マシだ。こういう面構えの男なら好感が持てる。
「制限時間は十分で、判定は総括。戦闘方法は……寛、お前日本刀持ってんだから剣術が得意なんだよな?」
「あぁ」
紺星がそう問うと柳瀬寛は静かに答えた。私もどちらかといえば魔術より剣術や体術が得意だ。私の場合、喉の古傷のせいで声帯が機能していないから伝声魔術のような言葉や情報を伝達する魔術に関してだけはかなり秀でた実力を持っているという偏ったところはあるのだが。
柳瀬寛が帯刀していた日本刀には私も興味を持った。このご時世にわざわざ折れやすい日本刀を使う人間なんて警察組織にもなかなかいないからだ。
あまり詳しくない私が見ても良い刀というのは分かる。きっと有名な鍛冶師か何かの作品なのだろう。柳瀬寛の日本刀を見て一本ぐらい持っておいて損はないかもと、私は思った。
「ハンデつけるか?」
「いらない」
「なら、攻撃方法は何でもありってことで……青花、寛。死なない程度に……全力で殺しあえ」
「「了解」」
紺が静かに戦闘の合図をすると柳瀬寛は日本刀を、私は普段使っている片手剣を構えた。先に動いた私は壁を高速で走って伝い、柳瀬寛の右後ろから肩のあたりを狙って攻撃した。
敵の肩にあたるはずの私の剣は日本刀とぶつかり合いキーンと耳障りな音を鳴らした。柳瀬寛が一歩下がるのと同時に私は空中に浮いた自分の体を曲げ、〝感電魔術〟を放った。
柳瀬寛はその攻撃を避けると素早く日本刀で私の脇腹を狙ってきた。私は片手剣でその攻撃を防ぎながら地面に足をつけると、左回し蹴りを入れた。その攻撃も右腕で難なく防がれ、柳瀬寛は本気の攻撃をしてきた。
右、左、左、斜め下、左、斜め上、上、下、右、下……素早い剣さばきで柳瀬寛はどんどん攻めてきた。だが私はその攻撃を全て避けきった。その攻防が何分続いたのか……かなりの時間が過ぎたところで、私は日本刀の刃先が下を向いたのを確認すると細いその刀身に軽く跳んで乗った。
柳瀬寛が日本刀に加わった私の重みで刃先を少し下ろしたのをバネにして、私は大きく跳躍して顔をめがけて蹴りを入れた。柳瀬寛は腕を使って防いだが私の蹴りの威力には負け、部屋の端の方まで移動した。
「そこまで!」
漸く手応えのある攻撃ができたところで紺の合図が響いた。自分自身ではもう十分経ったのか、という心境だったがそれ程までに柳瀬寛の剣術が優れていたのだろう。
私も柳瀬寛も久しぶりの互角の戦闘に息を切らし、汗を噴き出した。その様子をじっと見つめていた総括に紺がにやりとした視線を送ると総括は小さくため息をついた。
「……合格」
「……だとよ、寛」
柳瀬寛は総括からの合格通知をただ静かに受け止めた。それは私たちユスティー隊員も同様に。これから仲間になる男の顔をただじっと見つめたのだ。
「青花、十乃、ユレ、五郎さん、福貴、これから寛には俺たちの仲間、家族になってもらう。何か困っていたら手助けしてほしい、そしてこの仏頂面の表情筋を刺激してやってほしい。俺もそれなりに頑張るからよ。いいか?」
途中裕五郎さんがクスクス笑っていたが、隊員たちは私を含めて隊長である紺の言葉に頷いた。まぁ途中あまりに笑い終えない裕五郎さんの足をまたもや福貴さんがグリグリ踏んでいたがそこにツッコむ人間はその場にはいなかった。
「寛、お前はもう今日から俺たちの家族だ。だから俺たちもお前自身も寛がやったことを忘れることは無い、忘れちゃいけない。だからこそ桃瀬春ら被害者を死に追いやった事件の首謀者を必ず取っ捕まえる。家族が勝手に死ぬことは俺が許さねぇ。例え犯人を牢屋にぶち込んでも俺たちは家族のままだ。自己完結は許さねぇ。いいな?」
「あぁ」
「「……」」
その瞬間その空間が沈黙に包まれた。何故かと言えば仏頂面を具現化したような男、柳瀬寛が紺に向かってニカッと満面の笑みを向けたからだった。この男にもこんな顔ができるのかと、私はかなり驚いたがそれは他の隊員、紺も同じだったようだ。
「急にどうした?」
「……お前が少しは笑えって言ったんだろうが」
「いやまぁ言ったけど……そんな急に?」
「……それに春が言ってたんだ。へらへらするなって怒られるぐらい俺を笑顔にしたいって……だから少し試しただけだ」
柳瀬寛が気まずそうに目線を逸らすと、紺がパチクリと瞬きした後小さく噴き出した。柳瀬寛は紺の反応が不満だったのか、ギロッと紺を睨み据えた。
「お前って……案外、可愛いよなっ……」
「っ……はぁ!?」
「あははっ」
柳瀬寛が表情を崩すと紺は更に破顔し吹き出した。気づけばこの頃から寛は紺の笑顔に弱い。私も人のことは言えないけれど。
そしてそれから桃瀬春の望んだ通りに、寛の顔にヘラヘラとした表情が貼り付くのにあまり時間はかからなかった。
ふと思ったのですが、この作品を読んでくださっている方々はどのキャラクターが好きなのでしょうか?初めての作品なので分からないことだらけでアタフタしている作者なのです。




