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dark blue  作者: 乱 江梨
第二章
11/33

春の枯れはじめ

 今回も寛の過去編です。よろしくお願いいたします。

「あ、だからといって冬が嫌いという訳ではありませんよ」


 己を春と名乗ったその少女は、唐突にそう口にした。春は冬という季節は寒く辛いと先刻まで話していたが、だからといって嫌いという訳ではないと伝えたかったのだろう。寛は春が下の名前しか答えなかったことに違和感を覚えたが、追及はしなかった。


「冬が無ければ、春は来ません。それに冬は雪景色が美しく、人の心を癒します。こたつやお鍋、寒いからこそより温かさを感じ、その尊さを再確認させられます。要するに冬という季節は寒さをどう癒すかが重要な季節なのではないでしょうか」


 この時寛は自覚した。自分は人生における冬の過ごし方というのを知らなかったのだ。いや、知っていたとしても辛い寒さを癒すための材料を寛は持ち合わせていなかった。今まで他人と関わってこなかったから。癒してくれる大事な者たちはもう手の中にいなかったから。


 寛は春が名乗った後、急に冬の話をし始めたことと自分の人生の稚拙さが相まって、何だが唐突に体の奥の底から笑いが込み上げてきた。


「あはっ、ハハッ……そうだな、俺が下手糞だっただけだ」


 春には寛の言っている意味が分かるようで正確に理解はできなかったが、それ以前にケラケラと楽しそうに笑う寛が新鮮でずっとその表情を眺めていたいと思った。春と寛が出会って初めての寛の笑顔だったため、春は虚を突かれてしまったのだ。


 そう、春と寛が出会って初めての笑顔、寛が他人に見せた人生初めての笑顔。それがどれだけ貴重なものか、寛はしっかり自覚していた。この少女に出会わなければ手に入れることなどできなかっただろうということもしっかりと味わうように自覚していた。


 寛が感慨深く微笑んでいると、それを包み込むように春が柔らかく破顔した。寛と春が出会って一番の笑顔だった。大きな目を細め小さな口で精一杯柔らかく笑っていた。


「そちらの方が好きです」

「え?」

「笑ってください。人は笑うと元気になります、長生きできます。辛いことがあれば泣いてください。泣いて泣いて泣きつくしたらまた笑ってください」

「……あぁ。でも笑えば長生きできるっていうのはどうなんだ?」


 寛は疑わしそうに春に聞いた。元気になるはまだしも、長生きできるというのは勉強に全く興味を示してこなかった無知な寛にとっては疑問だったのだ。


 いい感じの空気を天然でぶち壊した寛に春は、内心苦笑しつつ本気で疑問に思っているらしい寛に丁寧に説明をした。


「知らないのですか?笑うとナチュラルキラー細胞という免疫細胞が活発化するんですよ」

「へー……」


 春が自慢げに答えると、寛は自分で聞いておきながら興味のなさそうな声を上げた。春は不満気な顔で寛を見つめていたが、急に立ち上がったかと思うと、目の前の海に飛び込んでいった。


 寛は突然のことに目を丸くしたが、春は素足を濡らす程度で、しっかり泳いだりはしなかった。ワンピースの裾が濡れないように、どこぞのお姫様の如く両手で軽く持ち上げた春は満面の笑みで海の冷たさを足で感じていた。まだ春先でもある為、こんなところで泳げば凍えてしまうのは間違いない。


 春は今あるこの幸せを全身で感じたかったのだ。大事だと思える人とこうして語らい、笑いあうことができる幸せを。気分が高揚しているのも相まって春は目の前に広がる大海原に飛び込まずにはいられなかったのだ。


「私、あなたの笑顔が好きです。寛くんって呼んでもいいですか?」

「……あぁ、俺は春と呼んでもいいか?」

「呼んでくれるのですか?」


 春が海の中の足を止め尋ねると、寛は静かに頷いた。それを確認すると春はまたバシャバシャと足を動かし始めた。そんな春を見つめていた寛は笑顔が好きだと言われたことに対してこそばゆい気持ちになっていた。自分なんかの笑顔より春の柔らかい笑顔の方が随分好感が持てるのではないかと思ったのだ。


「春の笑顔の方がいい」

「……え」


 思わず心の声を漏らしてしまった寛は半分もう自棄になっていた。己が春に対して抱いている感情に若干気づき始めたのもあるが、春には自分の軟弱な部分を散々見られた気もした為、もうどう思われても構わないという所にまで達していたのだ。


 寛はまるですっとぼけた様な表情で春を見つめた。春の方はというとあからさまに頬を染め、硬直しきっており寛から目が離せないでいた。非常に分かりやすい少女である。


 その時の春の脳内は軽いパニック状態に陥っていた。〝え、空耳?〟だとか。〝ただ本当に笑顔だけがいいってこと?〟だとか。〝寛くんってそういうこと言うキャラなの?〟だとか。〝でも家族にしか興味を示してこなかった寛くんがそんな急に?〟だとか。


 口を半開きしながら様々な憶測を立てていた春は、己の顔の前に寛の顔がドアップに迫っていたことに気づくこともなく、そんな脳内会議を繰り返していた。


 寛はというと美少女とも呼べる春の面相をじっくりしっかり観察して、大満足している真っ最中だった。寛は春の大きな黒目も、その瞳に影を落とすほど長い睫毛も、柔らかそうな桜色の頬も、繊細な栗色の髪も、スッと筋の通った小さな鼻も、ポカンと開けた小さな口も全てが愛おしく思えてきていたのだ。


 一分弱ほどその状態が続いていると、流石に春も眼前に迫る男に気づき、意味の分からない声を上げた。うっかりそのままの勢いで海に尻からダイブしそうになった春だったが、何とか踏ん張ることに成功した。


 脳がパンク状態になったせいで顔を真っ赤にした春を見て、寛は思わず声を出して破顔した。春は更に顔を赤くし、不満気に口を尖らせた。


 寛にとって今までの春はどこか全てを見透かしているようで、でも全てを知っているわけではなくて、それでも寛にとって温かい言葉を送れる不思議な少女だったが、こういう若い娘らしい初々しい反応を見せられると、心中安堵していた。


 春は海から足を出すと、足の裏を砂だらけにしながら寛の隣にチョコンと座り込んだ。完璧なる体操座りである。春は頬を染めたまま俯き、顔をなかなか上げられないでいた。


 寛はそんな春の肩をおもむろに右腕でつかむと、グイっと自分の方に傾けた。寛の力は強く春の頭は呆気なく寛の右肩に乗った。突然のことで春は赤い顔のまま心臓をどくどくと鳴らした。


 寛は何もしゃべらず、春は何もしゃべれないまま長い時間が過ぎた。寛の肩には柔らかな春の髪が触れ、温かい春の体温が伝わってきた。寛は肩に伝わる体温と涼しい海風を感じながらただ正面を見つめていたが、ついにその口を開いた。


「……俺は春が好きだ。春を大事にしたい。春と一緒にいたい。春の笑顔をずっと眺めていたい。春を幸せにしたい。……駄目か?」


 寛は春の大きな瞳を真っすぐにとらえてそう言った。静かに、でも力強く。春にはもう寛の言葉以外耳に入らないでいた。すぐ傍のさざ波の音も、車のエンジン音も春には聞こえない。


〝家族のためにしか生きられないのなら、家族を作ればいいのでは?〟


 寛は春とその家族になりたいと願った。春という家族のために生きたいと望んだ。春と共にいればもっと他人にも愛情を育むことができると思った。


 春は突然の告白に寛の方を振り向き、呆然としていた。だが、告白の意味をしっかりと理解すると静かに左目から一筋の涙をこぼした。


「……っ全然、駄目じゃないですっ。わ、私も寛くんが好きです、一緒にいたいです。寛くんがへらへらするなって怒られるぐらい、笑顔にしたいです」

「なんだそれ」


 春と寛は顔を合わせると互いにぷっと破顔した。寛はこの瞬間こそが寛の人生において最も幸福だと思えた。愛する家族(ひと)と互いに笑いあえる程に幸せなことなんてないだろう、寛は改めてそう感じた。


 それから二人は日が暮れるまで互いの肩を合わせ、互いの体温を感じながら、目の前に広がるありふれた海を眺め続けた。







 その時の二人は知らなかった。その海こそが、寛の父が愛した海こそが、二人を巡り合わせた海こそが。

愛し合う二人を引き裂く、元凶になってしまうことを。




「最近何だか物騒らしいですね」


 春と寛が一緒に暮らし始めて二週間ほどが経った頃、ふいに春がそう呟いた。春と寛はとりあえず恋人としての交際を始めたのだ。それに伴って寛と春は海の近くのアパートに引っ越し、二人暮らしを始めた。


 寛はすぐにでも結婚しようと考えていたが流石にそれは早急すぎると春が拒否したのだ。「まずはお互いのことをよく知りましょう?」そう言って春は寛に有無も言わさず説得した。


 二人が生活を始めたアパートはごく普通の2DKで、家賃も高くもなく安くもない部屋だった。寛は仕事を再開したが、春はまだ大学生だった為、家賃はほぼ寛が払った。春は申し訳ないからバイト代を出すと言ったのだが、大学生の彼女に割り勘させるほど寛はケチな男ではない。アパートからは遠目に海が見えて二人にはうってつけの部屋だったのだ。


「物騒?強盗でも起きたのか?」

「何でも原因不明の同じ症状の人たちが次々と亡くなっているらしいですよ」


 寛が春にそう問うと、春はその事件の概要を説明し始めた。寛は家族にしか興味のない人間なのでテレビもあまり見ず、最近のニュースにも疎い人間だったのだ。


「流行り病とかじゃないのか?」

「それは無いらしいです。酷い低体温状態になってしまうそうで、感染やうつったりするものではないし、症状が出た人たちは何の共通点も繋がりもなかったらしいです。だから何かの毒か魔術が原因じゃないかって」

「ふーん、人為的ってことか」


 その事件が起きたのは約一か月前。最初は犠牲者は五歳の少年だった。突然とてつもない寒さを訴えた少年は、いくら厚着をしても、いくら暖かい部屋にいても寒さで震え続け、低体温になってしまった。それから食事も喉を通さず、無理に食べようとすると戻してしまった。少年の顔色は日に日に悪くなり、起きているのも難しくなっていった。そして最初の症状からたった一週間で少年はその幼い命を絶った。


 その症状と同じものを発症する人が何人も現れ始めたのだ。発症する人に共通点はなく、子供から老人まで、男性も女性も問わずその症状に苦しみ、一週間たった後生き残った者はいなかった。医者にも原因や治療方法が分からず、発症した人物は希望もなくただ絶望しながら命を絶っていくばかりだった。


「まぁきっと、ユスティーがすぐに解決してくれますよ」

「ユスティーが管轄なのか?」

「まだらしいですけど、その内そうなるだろうってテレビで言ってました」


 人為的であると分かっている以上、警察が捜査に乗り出すのは当然のことだが、ユスティーという隊が捜査するのは社会的に影響力があるような被害者の多い事件ばかりな為、寛は少々驚いた。この事件の被害者がこれ以上増えればユスティー様のお出ましという訳だ。


 寛は春が良くテレビニュースを見ていることに内心苦笑した。ユスティーの話が出てきたことで春がふと何かを思い出したのか、寛に対して疑問に思っていたことを投げかけた。


「そういえば、寛くんって武道習っていたんですよね?」

「あぁ、空手と剣道、この二つに魔術を組み込んだ戦闘を子供の時から」


 そう、寛は子供の時どんなチンピラに絡まれても家族を守れるように戦闘技術を学んできたのだ。政府隊員養育高等学校に通えるほどの実力者だったが、警察に全く興味が無かった為、中学卒業と同時に就職したのだ。


 家族にはもったいないと言われたが、寛は拒否した。家族も寛が警察に全く興味がないことは理解していた為、それ以上勧めることはしなかった。そういう理解があるところも寛はとても好きだった。


「警察に入ろうとは思わなかったんですか?」

「警察は忙しいだろ?家族団欒の時間が削れるのは嫌だったんだ」


 警察に興味はなかったが給料の高さから警察組織の就職を考えたこともあった寛だが、その多忙さに考え始めて三秒で警察への就職はやめた。生きる意味が家族という寛にとって家族との時間を奪われるのは何ものにも代えがたい苦痛でしかなかったのだ。


 寛の答えに納得した春は破顔した。家族至上主義は相変わらずでどこまで行っても寛は寛だ。今は春至上主義といってもいいが……。


「それにしても原因が分からないんじゃ対策のしようがないじゃねぇか」

「そうですよね、寛くんも気を付けてください」

「春もな」


 警察の話題から事件の話題にシフトチェンジした寛は苦言を呈した。春も寛も互いに何かあればと危惧したのだ。寛に気遣いの言葉を貰った春は嬉しそうに柔らかな笑みを作った。





 そんな二人の笑顔を崩す事件はその翌日に起こった。寛は一人ベッドの中で目を覚ますと、重い体を起こしあたりを見回した。隣のベッドにいるはずの春の姿と掛け布団が消えていることに気づいた。


(もう起きたのか?)


 春はどちらかというと朝に弱い為いつもなら寛の方が先に起きるのだ。寛は首を傾げながら時計へ目をやった。時刻は午前五時。寛はますます疑問を膨らませながら、ベッドから降りた。


 寛が寝室の扉を開けると暖かい空気を感じた。寛からすれば暑すぎるぐらいの空気だった。


(もうすぐ梅雨だというのに暖房をつけたのか?)


 寛の中の疑問は増すばかりで、胸のざわめきを残したまま歩を進めた。ダイニングに移るとそこには探していた春の姿があった。


 寛の顔は一瞬にして青ざめた。理由は春の様子にあった。暖房をガンガンに効かせた部屋の中で、ベッドから持ち出した掛け布団を自分の体を覆うように巻いていた。それに加え電気ストーブの前で蹲っていたのだ。


 そんな環境の中に身を投じているにも拘らず春の体は震えており、顔色もひどく悪く見えた。寛は体中から汗を噴き出しながら、春の傍に駆け寄った。


「おい!どうした春!大丈夫か?」

「……っあ……寛くん……お、はよう……ごめんね……暑いよね……?」


 春は震えながら寛の方を振り向くと、自分が部屋を灼熱と化したせいで滝のように汗を噴き出しているのを見て申し訳なさそうに挨拶をした。一方寛は春の息も絶え絶えの声に顔を真っ青にして絶句した。


「そんなことはいい!それよりもどうした?具合が悪いのか?」

「う……ん……何だ、か……朝からすごく、寒くて……風邪、ひいちゃったの、かな……?」


 首を傾げながらそう答えた春の目からは涙が一筋零れた。それ程までに体調がすぐれないのかと、寛はとっさに春のおでこに己のおでこを寄せた。寛のおでこにはとても人の体温とは思えない感触が走った。


「熱は無いが……無さすぎるだろ」


 寛はすぐさま体温計を取り出し、春に体温を測らせるように促した。春は震える手で体温計を取り、己の脇に挟んだ。体温が測れた合図の音が鳴り、寛は確認するとあまりの衝撃で体温計を手からポロリと落としてしまった。


「……31度……」


 寛は当然ながら春自身もあまりの低体温に顔を強張らせた。寛はすぐさま水と火の混合魔術で大量のお湯を沸かすと、少しをマグカップに注ぎ春に手渡した。残った湯は湯たんぽに入れたり、少し冷まして手ぬぐいに浸したりした。


「すぐに医者を呼んでくるからここで温かくしてろ。いいな?」

「……う、ん。ありがとう」


 寛は春に様々な防寒グッズを渡すとすぐに医者に連絡をした。医者であれば低体温症を治す医療魔術を行使することできる人物もいる為、早急に治療してもらうべきだと寛は考えたのだ。寛は体術の方が得意ではあるが、魔術が不得手という訳ではない。それでも高度な医療、治癒魔術は寛でも行使することが出来ない為、余計に医者の手を借りたかったのだ。


 春は寛がテキパキと自分のために動いてくれていることに感謝と申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになっていた。体の不調と心の苦しみで春の瞳からは更に涙が溢れてきてしまった。


 寛はそんな春を気にかけつつ、頭の中は寛にとって最も最悪な結末でいっぱいだった。きっと春もその可能性に気づいているのだろう。


〝何でも原因不明の同じ症状の人たちが次々と亡くなっているらしいですよ〟


〝酷い低体温状態になってしまうそうで……〟


(絶対に、死なせたりなんてしない)


 寛はそう心に誓い恐怖で震える体に鞭を打った。


(もう二度と、家族を失うものか)





 医者に診せた結果、寛の嫌な予感は的中していた。医者の話によると、近頃春と同じように急に寒さを訴え始め、極度の低体温状態になってしまう人が出始めたらしい。原因は不明でどんな医療、治癒魔術をかけても効果が無い。


 人為的な可能性が出てきた為症状が出た患者の家には警察が訪れ、事情を聞きに行くのと同時に原因が毒であった場合のために解毒魔術を患者にかけているらしい。しかし結果は全て失敗。どうやら毒が原因では無いようだった。


 もちろん春と寛のアパートにも警察がやってきた。春が症状を訴えてから翌日のことだったので警察がこの事件を躍起になって捜査していることは容易に想像ができた。


 警察の人間は春の年齢、家族構成、経歴、交流関係、アレルギー、持病などなど。様々なことを質問してきた。寛が答えられるものは寛が、春にしか分からないことは春が答えた。


 寛は生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っている春にずけずけと質問してくる警察に眉を歪めたが、被害者の共通点を必死に探していることは理解できたので何も言わなかった。それで警察の捜査が進み春を救う方法があるならと、縋れるものなら警察でも悪魔でも構わないとさえ寛は考えていたのだ。


 

 春は寝室のベッドの上で寝たきりになってしまった。寝室の暖房を効かせ、電気ストーブを使い、春は湯たんぽを抱えながら布団にくるまった状態にも拘らず、春の体温は下がる一方だった。


 寛にとって春が震え続ける様子は見ていられない程辛く、耐え難いものだった。寛の家族が死んだときは一瞬の出来事だが、今回の寛は春が苦しみ続けるのをその目に焼き付けてしまっている。


 愛する者が苦しんでいるのを黙って見ておいて、みすみす救えないなど寛にとって享受できるものでは無かった。寛は己の無力さを呪い、この命を春にやれるものならいくらでもやりたいとさえ思った。


(俺は春に救われてばかりなのに、俺は春を救えないのか……?)


 不甲斐なさに耐え切れなかった寛は自分の右頬を思い切り殴った。口が切れたのか寛は血の味に顔をしかめ、そして自嘲じみた笑みをこぼすと自信を律した。


(自分を罰している暇があるなら、さっさと春を救いやがれ!)


 寛は自分自身に失望した。だが今はそんな感慨に耽っている暇はない。寛は己の体を奮い立たせると、暑さでくらくらしそうな春が休む部屋へと向かった。


 春を救えるまで、決して傍を離れない。そう己の心に誓って。




 読んでくださってありがとうございます!

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