構成粒子
「ファステスト・ライトニング...」
息も絶え絶えの少女は1人、『黒魔術』と呼ばれる超常的な力で、そこにいた最後の兵士を倒した。
今は第三次世界大戦の真っ只中。
戦火が降り注いだのはおよそひと月ほど前であった。
少女────暁楓は余力を使い果たし、仰向けにそこに倒れる。
辺りに燃え盛る炎は既に楓を包囲しており、死期が近づいていることを知らせている。
楓は真っ黒の空に手をかざし、自らの死を受け入れ、瞼を閉じた。
直に炎に焼かれる、と覚悟していたが、いくら待っても炎に焼かれることは無かった。
1度は覚悟を決め、閉じた瞼を再び開く。
すると、そこには完全に動きが止まった、まるで写真のような炎と、黒白の騎士が居た。
「...............」
最早聴覚は消え失せていたため、何を言っているのかまでは分からなかった。
何かを言ったことは分かったが、黒白の騎士はその後すぐに去ろうとしたため、何をしたのかも全く分からない。
騎士は去っていく。
しかし、去り際、少しこちらを見て、剣を手渡してきた。
直後、恐ろしい勢いで楓の体力、魔力は回復し、また怪我なども回復していった。
ものの10分で動けるようになり、そのまま国へと戻ろうとする。
幸いにも、国へ帰るまでに敵意を持つ者は誰一人として居なかった。
「はぁはぁ...」
黒髪の少し髪を伸ばした少年は、薄暗い通路を走っていた。
そして、その後ろをゴブリンのような怪物達が追っている。
「くそ!このままだと追いつかれる」
少年は徐々に足を止めていき、その場に立ち止まった。
ゴブリンから見たら、諦めたようにしか見えなかった。
だが、そうではない。
少年は黒塗りの鞘から、光を反射し、輝く黒の剣を抜き、構える。
「行くよ」
少年はまるで消えたかのように移動し、ゴブリンを2匹倒す。
続けざまに右から攻撃を放ったゴブリンを華麗に躱し、斬る。
あっという間に残り1匹にしてのけた少年に恐ろしさを覚えたのか、最後のゴブリンはすぐさま立ち去った。
「ふぅ、こんなのバレたらまた怒られちゃうよ」
「誰に怒られるのかしらね?」
後ろからかかった、恐ろしい声に全身を震わせる。
「い、いや、違うんだよ。これは、仕方なかったんだよ。うん」
子供ながらの必死の言い訳だったが、そんなものが同じ年頃の女の子に通用するはずもなく、
「心配させないでよね!もしあんたが死んじゃったら困るんだよ!?」
いつものお怒りが炸裂した。
結局、その説教は30分にも及び、村に帰った頃には既に夕暮れ時だった。
「ふぉふぉふぉ、今日も遅かったのぉ」
村長に『今日も』と言われ、ぎくりとする。
ホントにそろそろ言われた通りに無茶はしない方がいいかもしれない。
「また、ディルがゴブリンとたたかってたんだよ!村長からも何か言ってあげてよ!」
すると、村長は珍しく困った表情で返答を考えた。
「そうじゃな、ディルは強いが、万が一もあるからの、気をつけるんじゃぞ」
村長と別れ、村にある家へと向かう。
家へ到着すると、2人で声を合わせて、
「ただいまぁ!」
と宣言する。
決して姉弟ではないのだが、同じ家に住んでいるのは、少女────アリス・ヴァルキリーが記憶のないままここへたどり着いたためだが、未だに好奇の視線に悩まされている。
少年────ディル=ヘクトルは全く気にしていないが、アリスは彼にある特別な感情を抱いているがために、人一倍心配し、人一倍お節介なのだ。
それ故に、好奇の視線に晒されると、気恥ずかしく、隠れてしまう。
そこから、恥ずかしがり屋という誤解が広まってしまった。
なにはともあれ、こんな平和な日常がいつまでも続くと思って、誰も疑わなかった。
ある日、ディルとアリスは2人で近場の洞窟へ探検に出かけた。
「ねぇ、ディル?」
「何?」
「ディルはさ、絶対に私の前から居なくならないでね」
傍から見たら告白だが、鈍感なディルはそれに気付かず、
「当たり前だよ。アリスと一緒に居ると楽しいし」
直後、アリスの顔が赤く染まったのは言うまでもない。
およそ2時間ほど探検をし、村へ向かって引きかえす。
それは帰り道のことだった。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
突如として、巨大な悲鳴が洞窟の外からして、酷く嫌な予感がした。
アリスも一緒に、ディルはひたすらに走る。
洞窟の外へ出ると、空に大きな煙が伸びているのが見えた。
その真下に存在するものは────村だ。
「ッ!?」
アリスも同様の事に気付いたのか、何を言うまでもなく、駆け出す。
村へたどり着くと、そこは地獄を体現したかのような有様であった。
家は燃え盛り、地面には赤いシミが広く付いていた。
そして、広場へ行くと、そこには────
「やっと来たか」
全身を返り血に染めた赤髪に赤の鎧の男────現サラマンダー王国騎士団団長、『血踊り』のヴァスティーユが居た。
1部の貴族が優遇され、市民は圧政に苦しむ、という状況を体現したかのような男だ。
そして、こいつが村を壊したのは確実。
ならば、殺すのに躊躇はない。
ディルは剣を抜いた。
「やめて!ディル、死んじゃうよ...」
「ほう、一丁前に剣だけは持っているようですね」
ヴァスティーユも先端が二又になっている剣を鞘から抜き放つ。
明確な殺意が見て取れる。
恐らくはディルにこいつを倒す術はない。
だが、ここで逃げることは、どうしても出来なかった。
それは、きっと命が残ろうとも、大切な何かを失うことになる。
そんな予感がディルの勇気を後押しした。
「我はサラマンダー王国騎士団団長、ヴァスティーユなり!貴様の命、もらい受けよう!」
こうして、ただの少年と一国の騎士の戦いが始まった────