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06 元皇帝は報われない恋を助ける④

「そ、それは……しかし、何故フローラを?」


 一人娘のフローラを嫁に欲しいと、衝撃の言葉を発したライアン。領主のフランクは、唐突なライアンの発言に疑問をぶつける。


「たまたまだ。たまたまお主の娘が美しいと聞いて、嫁に欲しいと思った。私も妻に先立たれ、寂しいと思っておったからな」

「…………」


 ライアンの答えに黙りこむフランク。娘のフローラ共々、顔を強張らせていた。


「なに、答えは今でなくても良い。5日後にまた来るので、その時に答えを聞かせてくれ。ああ、そうだ──これは恋文だ、全部読んでくれ」


 頃合いだと感じたライアンは席を立ち、手紙の束をフローラに手渡すと、マルディーヌ家を後にした。


「──驚きましたよ、ライアン様。確かに手紙は渡せましたが、あんな事言ったら話が余計に拗れると思うんですけど……」

「心配するな、ダン。私に任せておけ」


 

 何故か自信を露にするライアンに『この人はいつもこうだったな』と、ライアンの性格を思い出したダン。だがその一方で、不安を募らせていた。


 その日の夜更け──


 マルディーヌ家の屋敷を足音もなく進む三人の姿があった。


 屋敷を見廻る警備の目を掻い潜り、マルディーヌ家へ潜入したライアン、ダン、そしてカイル。木の影に隠れながら、カイルはライアンにひそひそと声を掛ける。


「本当に大丈夫なんですか? こんな事バレたら大変ですよ……」

「心配するな。私らがついておる」

「ライアン様、警備の者が交代する様です。頃合いかと」


 捕まった時を想像し、顔を青くするカイル。そんなカイルを横目に、警備が交代の時間に入った事を確認したライアンとダンは、行動に移る。


「いや~、お疲れ様。今日も平和か?」

「ああ、異常無しだ。まあ、のんびりやってくれ」


「さあ~て、少し見回ったら仮眠でも取るか」

「少しと言わず、朝までぐっすり寝てくれ」


「なっ! グヘェッ──」


 警備が交代で入れ替わり、一人なった所に忍びよって拒絶させたライアン。気絶した警備を背負い木の影に寝かせると、カイルに合図を出した。


「もう大丈夫だ。お主の想いを、花という絵の具で表してみせよ」


 ライアンがそう言うと、カイルは力強く頷き、庭園というキャンバスに愛を描きに向かう。


──カイルが絵描くのは、初めて口付けを交わした思い出のワンシーン。初めに花を一直線に並べ、その上に沈みゆく夕陽を半円で表す。次に、夕陽の脇に地平線に浮かび船をあしらい、地平線の下に波をイメージしたうねった線を作った。


 そして、波の下に花を敷き詰め砂浜を作り、砂浜の中央をハート型に整えて完成に至った。


「出来た……ああ、安心しちゃダメだ! 風が吹く前にフローラに見て貰わなくちゃ!」


 フローラに描いた想いを見て貰うため、カイルは二階に有る窓に向かって小石を投げる。


『カツンッ……カツンッ……カツンッ……カツンッ』


「──え? ……何かしらこの音」


 窓から響く音に目を覚ましたフローラ。恐る恐る窓際に近付き、窓を開け放って外を伺う。


「この光景は……!? あの時のものだわ。カイル! カイル居ないの?」


 鮮明に覚えている一時──潮風が頬を撫で、沈みゆく夕陽の中二人見つめ合い、口付けを交わしたあの時。このまま時間が止まれば良いのにと、何度も思った瞬間だった。


 だが、この胸に響く光景を描いた愛しのカイルの姿は、庭園には無かった。やがて──風が吹き、その絵は消えてしまう。


「カイル……もしかして!? あの手紙も!」


 ライアンから渡された手紙を開けるフローラ。実はまだ、怖くて読めていなかったのだ。


「ああ……やっぱりカイルが書いたものだわ……」


 一枚の手紙を読み、カイルだと確信したフローラは、その手紙を愛しそうに抱きしめる。そして、百通有る手紙を月明かりの光に照らし、次々と目を通していく。その行為は──月が消え、朝陽が昇るまで続いていた──


 翌日、宿屋にてのんびり過ごしていたライアンとダン。そこに、宿屋オウアラーイの女将ことカイルの母がライアンの元を訪ねて来た。


「──失礼します、僧侶様」

「ん? 女将か。いかがした?」


「いえ……なんだか、息子がご迷惑をお掛けしているみたいで……申し訳ないです」

「なんだ、そんな事か。カイルは良い息子さんだ。迷惑など思ってもおらんよ」


 ライアンの言葉で、安堵した表情の女将。しかし、直ぐに表情を曇らせ、口を開いた。


「あの子があんなに執着する姿は初めて見ました……あの子の父親が亡くなったのは、あの子がまだ六つの時。それからというもの、生きていくために私とあの子は主人が残したこの宿屋で死にもの狂いで働いてきました。あの子にも色々我慢させたと思います。友達と外で遊びたかったでしょうし、欲しいものも有った筈……だから、私応援してあげたいんです! あの子とフローラが結ばれてくれたらどんなに嬉しいか……あの子には幸せになって欲しいんです!」


 ポツポツとカイルへの想いを話す女将。二人の子を持つライアンにとっても、女将の言葉が胸に染みたのか上を向き涙を堪えていた。


「女将……私はもう限界だ! ううぅっっ、良く分かるぞ女将! 子供には幸せになって欲しいよな! ……ダン! 私の涙を止めてくれ……」

「むりでず、ライアンざま! 俺の涙腺も決壊じでおりまず!」


 肩を寄せ合い涙を流すオッサン二人。歳のせいなのか、涙脆くなったと言う事なのだろう……。


「あ、あの~、大丈夫ですかお二人共?」


 女将の声が届かないほど泣き喚くオッサン二人。彼等の泣き声は──窓から見える海に果てしなく響いていた。


「「うぉぉっ!! 誰か涙を止めてくれー!!」」


 そして、とうとう領主フランクに、一人娘のフローラをライアンに嫁入りさせるか、答えを聞く日が来てしまった。


「──良い天気だな、フランク伯爵よ。嫁入りの吉報を聞くには良い日和だ」

「は、はい……」


 何故かフランクとフローラを屋敷の庭園に呼び出したライアンは、晴れ渡る空を見上げ、フランクを煽る。当然、フランクは浮かない表情で答えた。それもそうだろう、大事な大事な一人娘を嫁に出すか決めなくてはいけないのだから。


「ライアン陛下……私の答えですが──」


 フランクが答えを出そうと、口を開いた瞬間──門番の一人が駆け寄り、フランクの言葉を遮った。


「──フランク様! 怪しい奴が門の前をうろついております!」

「なに!? こんな時に一体何者だ!」


「それが……ライアン陛下に呼ばれたと宣っているので、一応確認をと思いまして」

「なんだと!? へ、陛下、誠ですか?」


 焦るフランクと門番を尻目に、ライアンはのんびりと、門を伺い答える。


「おお、来たようだな。間違いない、あやつは私が呼んだ。連れて参れ」

「は、はっ!」


 ライアンの言葉に、全力で問へと駆ける門番──そして、連れて来た者は、此方を緊張した面持ちで伺う青年こと、カイルだった。


「あ、あの、何故僕は呼ばれたのでしょうか僧侶様?」

「まあ、少し待っておれ。出番は直ぐに来る」


「そ、そやつは! 娘をたぶらかした宿屋の息子ではないか! 陛下、これは一体!?」

「まあまあ、落ち着けフランク伯爵。この青年カイルはお主の娘フローラと相思相愛の仲だ。のう、フローラよ」


 ライアンがそう問い掛けると、フローラは一瞬カイルの顔を見たかと思うと顔を赤らめ俯いてしまった。その光景を見たフランクは、フローラとカイルを交互に見やると、語気を強めカイルを睨む。


「お前の様な青二才に娘は渡さんぞ!!」

「まったく、少しは落ち着かんか。兎に角、役者が揃った所で私から話が有る。しかと聞け」


 ライアンの真剣な口調に、集められた一同は緊張をピークにしてライアンの言葉を待つ。


「この青年カイルは、フローラを私の嫁に貰いうける事に反対しておる。それもそうだ、カイルはフローラが愛しくてたまらんのだかな」

「ちょ、ちょっと待って下さい! フローラを嫁に貰うって──」


「黙って話を聞け!!」

「ひっ! 分かりました!」


 まったく事情を把握出来ていなかったカイルが口を挟むのだが、それを一蹴するが如く鬼面の表情で怒鳴るライアン。カイルは味わった事のない恐怖に、体を硬直させてしまった。


「でだ──私もフローラを是が非でも嫁に欲しいと思っておる。そこでだ、美しいフローラを賭け、このカイルと私で決闘を致す!! なに、ハンデは付けてやるわ」

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