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贖イノ旅路  作者: 茶呉耶
9/17

望まぬ再会

それは『奴』が消えてから数日たったころの朝であった。昨日まで辺りを照らし続けた太陽はすっかり雲の後ろへと隠れ、空は光のない暗黙の雲によって覆われていた。酒場はいつもならば朝には食堂へと変わり、しっかりと睡眠をとった労働者たちが仕事始めの前に朝食をとるために集まり、様々な噂話や井戸端会議によって喧騒に包まれるはずなのである。

しかしその日は違った。その日は旅人が物々しい表情で食堂にはいった日でもあった。本来祝福されるべき旅人は物騒な目つき、険しい顔つきでアルバンのところへと向かった。事情を知るはずもないアルバンは食堂に居た労働者全員を巻き込んで旅人を祝福しようとしたが、旅人はそれを拒否した。そして旅人の放った一言により、食堂の民衆は氷河のように凍り付き、葬儀のように沈黙が続いた。そんな中でアルバンは呆然としたような顔で旅人にこう聞いた。

「それは・・・・・・一体・・・・・・どういうことなんだ・・・・・・?」

旅人はそれに対ししばしの沈黙を貫きながらも恐る恐るその重い口を開けた。

「少し言い方が悪かったな。要するに私があの襲撃現場に行った時には『奴』はいなかった。だな」

「『奴』がいなかったって・・・・・・? そんなはずがない! あの時確かに誰もが『奴』を目撃した筈だ!あのおぞましい形相、驚くほどに我々とは住む世界が違うようなあの青い肌・・・・・・ まるで悪魔みたいなあの風貌、そしてその悪魔が町の民を無残に殺しまわる姿は町の人々のすべての目に焼き付くほどの衝撃であった筈だ! 何より『奴』は確かに酒場を・・・・・・」

当然のことであるが、アルバンは旅人の放った話がどうしても信用できない筈なのでであるのだが、その一方でアルバンの話すその言葉一つ一つには大きく震えるような響きが聞こえ、全身は寒さに凍えているかの如く震えていた。店主であるアルバンがそのようであるならば食堂に居た民衆たちはそれ以上の反応であったことは間違いない。食堂は一瞬にしてゾッとした空気に包まれ、二人の会話に恐れをなして食堂から出る人もいた。そんな雰囲気の中で旅人は話を続ける。

「確かに、『奴』はあの酒場を襲撃していた。私もその現場に向かって、確かにあの悲惨な惨状を見ました。焼け朽ちた遺体、頭部に刺さったナイフ、燃え盛る炎。誰が考えてもそんなことを単独で行う者は『奴』しかいないと考えるだろう。それに関しては私も同意するし、否定するつもりはない。」

旅人はカウンター席に座って、話をつづけた。

「だが、それは全部私が『奴』の場所に来るまでの話だ。私が『奴』の居る場所についたころには確かに『奴』は『奴』であったのは間違いないが、私と『奴』と死闘を繰りひろげていた時にはもう既に『奴』は『奴』ではなかった。私の目に映ったのはただの貧弱な少年の姿だった。もしかしたら私と会った時からもう『奴』はいなかったのかもしれないが。」

「何故それが『奴』ではないと言える!?」

アルバンは鬼気迫る表情で旅人に問い詰める。すると旅人はこう答えた。

「『奴』に立ち向かった者で生きて帰ってきたものは誰一人といない。そう言っていたな。つまりは『奴』と戦って勝てなかった者で生きて帰って来れたものはいないということだな。正直に言うとと私は『奴』との戦いに勝っていない。つまり、私は『奴』と戦ったのではなく、その貧弱な少年と一戦を交わしていた事にはならないか?」

旅人が一通りの説明を終えるとアルバンは狂ったように高笑いを始めた。

「ハッハッハ・・・・・・ そう言って本当は倒したのだろう? やめてくれよなぁそういうオルゴーザ支庁の役人どもたちが言うような脅しは・・・・・・」

「オルゴーザ支庁・・・・・・?」

「お前さんはそう言って何か証明したように思ってるそうだが、肝心の証拠がないではないか!」

「証拠ならこれから出てくる。いずれ時間がたてば証明されるだろう。」

「そりゃあ一体どういうわけだ?」

アルバンがそう言うと酒場の外から駆け足のような足音が聞こえてきた。すると酒場にある男が一人入ってきてこう叫んだ。

「大変だ! また別の酒場で火事だ! 犯人は『奴』みたいな風貌をしているヤツだ!」

アルバンはその一報にひどく驚愕した。彼は立っていたカウンターからそのまま崩れ落ちてしまった。酒場の民衆はその情報による恐怖に怯え上がり、一触即発の状態であった。旅人はそんな状況を眺めながらこう呟いた。

「ようやく現れたか・・・・・・」

それを聞いたアルバンの表情は岩石のように固くなっていた。

「嘘だろ・・・・・・? どういうことなんだ・・・・・・?」

「事情説明は後だ。私はとりあえず『奴』の現れた場所へ向かう。アルバンさんはこの酒場で待っていてくれ」

旅人はそう言うと酒場を出ていき『奴』の居る場所へと向かった。アルバンは自警団の団長でありながら、その旅人の姿を眺めるほかに術はなかった。

「一体どういうことなんだ・・・・・・」

震えながらに呟いたアルバンのその言葉は町の奥まで響く。アルバンもまた酒場の民衆の一人にすぎなかったのである。


『奴』は襲った場所はまた酒場であった。旅人はそのことを一瞬ではあるが不審に感じた。しかし今は旅人にとってしてみればそれどころではなかった。旅人は少しばかり自分の行動に後悔を感じていた。こんな事態が起こるとわかっていたならばあの少年を保護するような真似はしない方が良かったのではないかと。しかしそんなことは後の祭りであった。何しろ旅人はあの少年を殺すことが実際にできなかった。そんな人物が後になって気が変わって殺すことができるはずなど無いに違いなかった。旅人は旅路を歩み始める際に自身を冷徹な人物に仕立て上げようと決意をしていたが、それが出来た例は一度もなかった。何かあれば誰かを助け、救おうとする意志がある限り、目的に向かって全てにおいて冷徹な意思を持つことなど誰が考えても不可能な話であった。ならば旅人はそんなぐらついている意思の中でできる限りのことをただ必死に尽くすということしか術はなかった。だからこそ旅人はこのことに関して必死であった。

旅人が『奴』の襲撃現場についたころには、襲撃現場である酒場は無数の炎で燃え盛っていた。それは前に起きた襲撃と同じ手口であった。旅人はその時確信した。『奴』は蘇ったと。

あの時の襲撃と同じように旅人は無数の炎を潜って酒場の中へと入っていった。旅人は『奴』に対して抱いていた疑問を再び思い出した。沢山の血で濡れた床、頭に突き刺さったナイフが強烈な印象を思い起こさせる大勢の遺体たち、そのどれもが前の襲撃と同じであったのである。何故『奴』は酒場ばかりを狙うのか? 何故襲撃現場には火事が発生するのか? 『奴』の目的とは一体何なのか? 考えれば考える程に謎は累積してゆく。

率直に言うならば、旅人にそんな多くの謎を解くほどの暇は無かった。何故ならば旅人は酒場に少し入ったところですぐさま『奴』または少年に遭遇してしまったからだ。旅人はそれが『奴』なのか少年なのか識別するのは不可能だった。旅人は前の酒場での襲撃を思い出すが、奥で遭遇した「あれ」は『奴』なのか少年なのかの情報を持っていない状態で旅人は戦っていたことに気づく。今目の前に見えるそれはあの時の少年とは変わり果てており、それはまるで別人のようであった。腕は赤く染まり、顔は気味が悪いほどに青ざめていた。旅人は今になるまでに気づかなかったが、周りには一人だけ白い布をまとった人物がうっすらと見えていたが一瞬にして消えてしまった。『奴』もとい少年は此方をじぃっと見ている。彼の周りには血で湖が出来ていた。旅人はそれを当初は遺体の血だと思っていたが、それは違った。旅人の耳にはさっきからぽつぽつとしずくが滴る音がしていた。旅人もふと彼をじっと見つめると、腕からは大きな傷ができており、そこから少しづつではあるが出血をしていた。腕はまるで貧国の児童のように細くなっており、足はひどく痩せこけていた。旅人はそれを見て一瞬は『奴』だと断定したが、地震に襲い掛からない姿勢を見て、また違うものだと考えた。もはや旅人には何が少年で何が『奴』なのかわからなくなってしまっていた。

炎の轟音が酒場全体を響き渡らせる中で、旅人と『奴』または少年は双方で見つめあっていた。その空間は無言で緊張の状態が続いていた。しばしの沈黙が保たれた後に少しばかり旅人の視線の方面から声が聞こえた。それはまるで死に絶えそうな声で僅かにしか聞きとることができなかった。旅人は恐る恐る声のする方向へと近づいて行った。すると旅人は声の主に気づく。声の主は変わり果てていた『奴』または少年であった。前の襲撃で聞こえたあの鬼のような形相をした声とは違い、非常に弱弱しくなっていた。それが余計に旅人には恐ろしく感じる要因にもなっていた。旅人はより彼に近づいて声を聴いた。

「タス・・・・・・ケ・・・・・・テ・・・・・・」

少なくとも旅人にはそう聞こえた。彼はそれを連呼してこちらへと近づいてきた。旅人はもしもの時を考えて背中にある剣を抜いた。しかしそれは大きな見当違いであった。彼は「助けて」を連呼して旅人の前で倒れた。旅人はそれに驚いて彼をゆする。

「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」

旅人は大声でそう叫んだが彼は何か言いたげな様子を見せながらも力尽きたように

「ア・・・・・・ ア・・・・・・」

と声を出すのみであった。それを十回繰り返したのちに彼は力尽き、ぐったりとしてしまった。

「大丈夫か! 起きてくれえええぇぇぇ!」

そのような旅人の叫びは彼の耳には届かず、朽ちたミイラのように微動だにしなかった。彼は静かに目を閉じた。

太陽は沈み、暗雲の雲と月が町を照らすような夜空の頃であった。

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