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贖イノ旅路  作者: 茶呉耶
7/17

奴は何処へ

 少年もあの時はこんな思いをしていたのかと今更ながら旅人はそう感じていた。容態は回復し、準備も整って、お布施を渡して旅人はここから出ようとしていたが、何故か旅人は例の修道女によって応接室へと招かれた。旅人はそれが何か不穏な物への予兆に感じて気が気ではなかった。応接室に向かう途中で旅人はふと部屋を見渡した。壁や窓硝子は如何にも神聖的で、誰もが一目でこれは教会だとわかる構造になっていた。応接室に着くと、修道女は

「少々お待ちを。」

 と言って部屋から出てしまっていった。旅人は少々の間ではあるが暇になってしまった。旅人は特に意味も無く窓の外を見た。焼け跡の町は平常通りに栄えており、旅人にはあの襲撃の傷跡はもうなくなったようにも感じ取れてしまえた。旅人は以前に住んでいた所とこの街をいつの間にか照らし合わせていた。旅人の住んでいた町は大火災や戦乱によって朽ち果てていきいつの間にか廃墟となってしまったが、この町は幾多の戦乱を蒙ってきてもなお、力強く街を維持している。そのことに旅人は感動さえも憶えていた。

 そんな風にして旅人が故郷への回想と焼け跡の町への感心を抱いていると、応接室の扉から一人の幼い少女が現れた。青空のように透き通った白い肌、神秘さをも感じさせる純白の衣と髪の毛、旅人にはそれが舞い降りた小さな天使のように思えてしまった。その少女は何かを要求するかの如く、旅人をじっと見つめている。部屋は少々気まずい雰囲気になっていた。旅人はしぶしぶ重い口を開けた。

「お嬢さん、何かこちらに御用で?」

 そうすると少女はこう尋ねた。

「お兄・・・さん? ミハイが何処にいるか知ってますか?」

 旅人はその呼び名に少しだけムッとしたが、相手が子供であるため、大目に見ることにして、彼女の質問に応答した。

「ミハイ? すまないがその人物に関しては知らないな。何かあったのか?」

「最近全然こっちに来てくれないの。今までは週に一回窓から現れて私の遊びの相手になってくれてたのに私が風邪を引いてからは全く来てくれないの。なんでなのかな?って思って・・・」

「・・・その『ミハイ』って子はどんな人なんだ?」

「ミハイはね、私よりも一回り大っきくてね、すごーい物知りなんだ! 私にたくさんおとぎ話をしてくれて、他にも外の世界のことをいっぱい教えてくれて・・・・・・」

 それから少女は『ミハイ』について讃える話をしばらくの間続けていた。彼女がどれだけミハイになついているのかは、話しているときの少女の幸せそうな表情から一目瞭然であった。

 旅人はそれに対して非常に申し訳なさそうにして

「すまないね。私は他の町から来たのでね。この辺の子供達のことはよく知らないんだ」

 と言ったら少女は半ば食いつき気味にこう言った。

「他の町!? 他の町から来たの!? もしかして旅をしてる人!?」

「そ・・・・・・そうだ。旅・・・・・・をしている者だ・・・・・・」

「そうなの!? 旅をしてるの!? ねぇ旅のこと教えて! 私ずっと教会にいるからそういう事は全然分かんないの!」

 旅人は少女のその好奇心を失せさせる事が出来るほど冷淡な人間にはなれなかった。旅人は今までの旅で起こったよもやま話を彼女に話した。少女は直ぐにその話に食いついて、椅子にしっかりと座ってじっと旅人の話を聞いていた。旅人は彼女のそのまっすぐな視線に少し困惑しながらもざまざまな話を続けた。

 旅の道中で出会った村人の話や、宿場で聞いたある山についての神話、とある国の王女様と隣国の皇太子様の恋の話、とある都市の市長の話などその話たちは幅広く、メルヘンチックな話もあれば哲学や政治・宗教の絡む難しい話までした。しかし少女はそれらの話をどれも熱中して聞いていた。旅人にとって見れば少女の姿はまるで牧師の説教を聞く信徒のように見え、すっかり彼女が幼い少女だという事を忘れてしまっていた。

 しかし次に旅人が昨日の事件や此処に来た経緯の話をすると少女の表情は変わった。じっと聴いているのは同じであったが、その目には何か物悲しさが存在していた。それはまるで物事の真実が解ったような顔でもあった。そうして少女が旅人が保護した少年の話の途中で

「それって・・・・・・もしかして・・・・・・」

 と、何かを言おうとした時に修道女がそれを遮るようにして応接室に戻ってきた。

「ルーラ様!ここで何をなされてるのですか!」

 修道女は絵に書いたように憤慨した。

「何って・・・・・・ただこのお兄さんのお話を聞いていただけだよ?」

「駄目です!直ぐに聖女室にお戻りください!」

「えー!?ちょっとぐらいいいじゃない!」

「駄目です!駄目なものは駄目なんです!」

 そう修道女が言うと、少女はしょんぼりとした顔で部屋を出ていった。

「ごめんなさい・・・・・・御迷惑をお掛けして・・・・・・」

 修道女が謝罪の言葉から切り出すと旅人は

「いいえ、大丈夫だ。それよりもあの少女は一体・・・」

「当教会で預からせている1人の信徒に過ぎません」

「いや、私にとってはあの子と話をする分には良かっただが・・・」

「いいえ、駄目です。ルーラ様は特別な信徒です。特別な信徒には特別な事情が存在します。今後金輪際彼女には関わらないと誓って頂けませんか」

「それは何故だ」

「ルーラ様とは一部の信徒とだけしか接触してはならない決まりとなっています。今回私の不手際でこのような事になってしまった事はお詫び申し上げます。しかし、あなたも当教会で一時的な救済を受けた以上、この決まりを遵守して頂かないと教会にとって不利益を被る上、ルーラ様のためにもなりません。ですからこの決まりは必ず守ってください。」

 少女との接触に関して必死になって抵抗する修道女の姿に、旅人はおびただしい不信を感じながらも同時に恐怖をも感じてしまう。

「そこまで言うならば仕方ない。そちらに助けていただいた御恩もある。ここはあなたに従ってもうあの少女に近づかないと誓おう。」

「そうしていただければ幸いです」

「で、助けてもらったことには感謝するが、貴方は私に何の用があるのだ?」

「それについてなのですが・・・・・・」

 旅人の質問に修道女は次の質問で返答する。

「倒れた際に何か辺りに不審な人を見かけませんでしたか?」

「不審な人か・・・・・・」

 旅人は倒れた時を思い出そうとした。しかしながらさっき見たあの悪夢の衝撃に阻まれて、旅人はあの時の記憶が思い出せずにいた。旅人は数十分間回想に悪戦苦闘した後、うっすらとではあるが倒れた時の記憶を取り戻した。そして次に旅人はこの言葉を口にした。

「背の高い黒い男・・・・・・」

「え?」

「背の高い黒い男をチラッとみた。本当にほんの少しだけではあるが。」

「背の高い黒い男ですか・・・・・・」

 修道女はそう呟くて「背の高い黒い男」というフレーズを何回もぶつぶつと言いながら教会の書物であろう物を本棚から取り出し開いてページをめくり続けた。そうすると修道女は

「あっ」

 と何か思いついたような声を上げた。旅人は思わずして

「どうした? 何かあったのか?」

 と聞くが、修道女は

「いいえ。なんでもございません」

 とその思いついたような声の原因を明かすことは無かった。旅人はますます彼女に不信感を抱いた。

 そんな中修道女は旅人の前に立った。

「私が聞きたかった事はその一つだけです。情報提供に感謝します。御布施は結構ですのでご自由に退出してください。」

 そう言って修道女は部屋を出ようとしたが旅人はそれを止めた。

「ちょっと待ってくれ。」

「何ですか」

「貴方が私に一つ質問したのだから、私にもあなたに一つ質問をさせてくれないか」

「ええ・・・・・・」

 修道女は不安をにじませた声で旅人の要求を了承した。そうすると旅人は頭の中で一つの仮説を導きながら修道女にこう聞いた。

「ミハイという子を知っていますかね?」

 修道女はそれを聞いたとたんに顔が強張り始めてきた。

「貴方に何の関係があるのですか」

 修道女は焦りを見せながらそう言う。

「いや、さっきあの少女と話をしていたらあの少女が『ミハイが最近来ない』という話をしていたので貴方ならミハイの事についてよく知っているかなと思い・・・・・・」

「知りません!ミハイは臆病で心優しいただ一人の信徒にすぎません!あんなことをするわけが・・・・・・」

「何か事件があったりとかは・・・・・・」

「そんなことは平時ならばありません!」

 旅人は修道女の目を見たがその目は誠実な目をしていた。旅人はそこに虚構の事柄は無いと確信した。その一方で修道女のその様子は旅人にとってしてみれば何か隠していることがあるようにも思えた。

「そうか。情報をありがとう。では私はこれで帰らせていただく。貴方の救助にはとても感謝している。貴方に神のご加護があらんことを。」

 旅人はそう言って教会から出ようとしたが、今度は修道女が止める。

「あの・・・・・・」

「何だ?」

「・・・・・・いえ、何でもございません。貴方に神のご加護があらんことを。」

 旅人はその真意がわかったような気がしていたが、ここであえて聞くようなことはしなかった。

 旅人は教会の大きな扉の前で修道女に向かって一度礼をして、彼女に見送られる形で教会を出た。

 旅人を見送った修道女は一つ深いため息をしていた。

「あの人は一体・・・・・・」

 彼女がそう呟くと教会の奥からもう一人の修道女が出てきて、彼女に対してこう言った。

「エリー、何か収穫はあった?」

「ええ、少しだけでありますが」

 修道女はそう言って自室へと戻っていった。


 教会を出た旅人は少年のいる宿場へと向かった。仮説の再確認のためである。

 旅人は少年について何か重大な事態が発生していないか不安になっていたが、幸いなことに部屋に入れば少年はそこに居たままであった。しかし容体には大きく不安が残っていた。

 顔色は悪く、口元は血で濡れていた。体はさっきより痩せ細っており、近くには血であふれたボウルがあった。旅人はそれをおそらく少年が吐いた血だろうと考えた。そんな少年の姿は臆病を超えてさらに弱弱しくなっていた。初めて目にしたそれとはもはや別人の領域であった。

 しかしこれで旅人の仮説は大きな支柱を手に入れることとなった。

 痩せ細っていた少年はまた突如として現れた旅人にこう聞いた。

「俺に・・・・・・何の用だ?」

「そういえばと思い、お前の名前を聞いていなかった。名は何だね?」

「名乗れない」

 それは旅人にとって意外な答えであった。

「・・・・・・それは何故だ?」

「名乗れないものは名乗れない。あんただって俺に名を名乗ってないじゃないか」

 旅人はそう言われると何も反論ができなくなっていた。

「まあいい。お前はもう少し大人しくしていろ。体調はすぐには良くならない物だからな。ゆっくり休んでいるといい」

 そう言って旅人は宿場から出て行った。旅人が行くべき場所はただ一つに定まった。それは旅人に依頼をした酒場である。旅人は急ぎ足でその酒場へと向かった。酒場につくといつも通り酒場の店主のアルバンがそこに居た。アルバンは旅人が着た途端、旅人の肩を掴んで

「よくやった!お前さんのおかげで町は平和と安全を取り戻せた!おかげで町は大騒ぎだ!お前さんは英雄だ!」

 と唐突に旅人を称えた。町は連日お祭り騒ぎとなっており、新しく来た平和を皆その一身で感じており、中には旅人の銅像を建てようとしている人もいる。とのことを旅人はアルバンから聞いた。

「やっぱりすげえわお前さんは!さすがワシがお前さんに依頼をした甲斐があったな!」

「それについてなんだが・・・・・・」

「んだ?何かあったか?」

 旅人は呼吸を整えてこう言った。

「『奴』は今ここにはいない。」

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