『奴』と呼ばれし殺人鬼
町は焼け爛れた建物たちが立ち並ぶところにひっそりと存在していた。旅人の入った町は旅人の心と対照的なまでに明るく小さいながらも栄えている健気な町であった。商店街は賑わい、外には人が多く、店は品物で溢れかえっていた。旅人が以前暮らしていた町とは180度違う町並みであり、それに旅人は少しばかりか恐怖を感じていた。旅人は人が苦手であったからだ。しかし旅人はここで一つ用事を済ませなければならなかった。それは資金集めであった。
旅人と言うものは旅をするだけでは生活が成り立たない。冒険する者、旅をする者達は道中での狩り、収集で獲た物を町で売買したり、町の掲示板で貼られているような紙に書かれてある任務を請け負って、事件解決に奔走したりする。旅人も彼らと同じようにここで少々資金稼ぎをする予定だった。旅人は心は弱いが、争いごとには非常に強い。戦闘術に関しては概ね会得しており、その中でも剣術の腕は確かだ。どんな兵でも腰に加えた剣一つで討つことができた。人と交渉するするのは苦手だから交易業には向いていない。かといって町を拠点とする傭兵でもないため、魔物を倒して細々と稼ぐのも向いていない。だからこそ強者揃いのならず者たちを短時間で倒して、多くの賞金が得られる任務が一番旅人には向いていた。
よって旅人は町の中では賞金稼ぎへと変貌する。しかし賞金取りとして数々の討伐をこなしていくほど、旅人の存在は他方に知れ渡るようになり、旅人の強さは次第に衆人によって好奇と疑念の目で見られることが多くなった。そのために旅人は自己を隠すために目立つ行動を控えたり、中身が分からないように全てを布で多いかぶせるような服装になっていった。旅人はそれほどに目立つのを拒んでいた。しかし人は隠されているものほど好奇心が擽られてそのベールを剥がしたくなる厄介な生き物だ。だからこの町に長居することはできない。旅人は手早く賞金を得たい一心でならず者の情報を持っている酒場へと入った。酒場に入れば商人は必ずこう尋ねる。
「おや、旅人かい。お前さんは何しに旅をしているんだい。」
「旅人だからただ単純に旅をしている。それだけだ。」
旅人はそう言ってカウンター席に座った。
「賞金首か....」
店主は唸った。
「いないのか」
旅人は焦った。もう既に旅の資金は尽きかけており、周りにはここ以外に町は存在しない為、この町で稼ぐしか方法は無かった。いわばここが命綱でもあり、ここを通過しての旅の続行は不可能であった。だからこそ旅人は非常に焦った。そんな中店主はこう切り出し始めた。
「ならず者はいることにはいるが....もう正直に言って私はどうすればいいのか分からん。あいにく奴は賞金首になってねェ。」
「それはどういうことだ?」
思わず旅人がそう聞く。
「お前さん、この町に入る前に焼け爛れた家々を見てきただろう?」
「そうだが...それが一体....ん!?...まさか!」
「そうだ。長すぎた周辺の戦乱でこの国も繁栄してきた過去がわからねぇ位にボロボロになっちまった。日が変われば国もめぐるめく変わって最早町長でさえもこの町がどこの国の管轄かわからねえ状況だ。その上、地方の役人は国の統制に逆らって略奪やら賄賂やら課税やらで好き放題にやる始末さ。おかげで警察機能なんてありもしねえ。『治安維持』なんて文言も身勝手な拘束のための大義名分でしかねぇしよ。だから『賞金首』なんて制度も崩壊したも同然さ。」
「そんな...そんなことがあっていいのか..!!」
旅人は思わず激情に駆られた。
「まあ流石にこのまま泣き寝入りするだけじゃこんな町はすぐに潰れちまう。だからワシらは役人やならず者に対抗する為に自警団を作ったのさ。そして実はお前さんに自警団として頼みがある。」
「何だ?」
「さっきこの町にはならず者がいることにはいると言ってただろう?お前さんは言動や風格からして賞金獲りに見える。背中や腰に差してある剣もよくできた優れものだな。」
「分かるのか?」
「なぁに、酒場の勘ってモンよ。ここで10年20年も商人に絡んでりゃ勝手にそんなことぐらいは分かるもんさ。さあて話を戻すが先ほど言った通り、この町には非常に困ったならず者ちゃんが一人いる。そいつを血の跡残さず殺してもらいたい。奴はこの町の住人をもう百人も殺した厄介モンだ。女・子供も平気で殺しちまうからお前さんも気をつけな。」
「ん!?何故!?」
「これも酒場の勘ってヤツさ。さて、ならず者についてなんだが奴を殺ろうともう既に5人は挑んだが全員八つ裂きにされて死んじまった。正直に言って奴は手強いし非常に危険だ。ワシにはお前さんの腕はよく分からないが、ある程度の覚悟は必要だ。賞金は出せるだけ出すが五万が限界だ。」
「五万だと!?それはあまりにも低すぎるのではないか。前に来た町の半分だぞ。」
「すまねえ事だが役人が絡まねえ『自警団』って存在である以上慢性的な資金不足は付き物なんだ。でもお前さんはここぐらいでしか稼げるところはねぇだろ?辺りに潰れてない町なんてここしかねえしお前さんは相当金に困ってるように見える。」
「また何故....」
「これも酒場の勘ってヤツさ。どうだ?宿舎や食事はこっちで無理行って用意してやろう。やろうとはおもわんか?」
旅人は非常に迷ったのと同時に旅人自身を酒場の店主の掌中で転がされてるような気分になり、気味悪く感じていた。しかし背に腹は代えられない。
「その依頼、受けてやろう」
旅人はとうとう依頼を引き受けた。
「よおし、それでこそ賞金獲りだ。じゃあ早速だが」
店主が話を始めようとした瞬間であった。
「襲撃だぁぁぁァァァァアアアアア」
見知らぬ男が店に入り込んできた。
「何だ!?何が起こった!?」
旅人は少々うろたえながらも男に聞く。
「襲撃だ!奴が襲撃してきた!また酒場だ!」
男は焦りながらそう言った。服には返り血であろうものが付着している。
「おぉっとこりゃ旅人さんのお早めの出番だな。早速だが行ってくるといい。健闘を祈る。」
「おう。ではさらば、だな。情報提供には感謝する。酒場のおっちゃん。」
「お?ワシの事はアルバンと呼べ!」
「そうか、ではさらばだアルバンさん!」
そう言って旅人は『 奴』の襲撃場所へと向かった。
惨劇が起きたのは旅人がこの町に来る10分程度前の事であった。
『奴』と呼ばれた元「賞金首」である殺人鬼は旅人が入った所とは別の酒場に居た。巷によく居る商人のような格好をした殺人鬼はカウンター席に座り水を1杯注文した。店主は水瓶から水をグラスに注ぎ、殺人鬼の手元に置いた。その時であった。
「貴様がアルバンか!!」
そう言って店主の脇をナイフで刺した。
「ぐわっ!....ち...違う!私はアルバンではない!....」
「ならばアルバンは何処だ!....アルバンは何処だぁあっ!」
「知らねぇっ!...俺はアルバンとは関係ねえっ!...やめてくれ..!」
「ならばお前は用済みだな。必要ない。」
殺人鬼は息も絶え絶えになりながら必死で抵抗する店主の首を掴んだ。
「何をする!やめろぉォッ!...うわあああああぁぁぁ!!」
すると忽ち店主の首から炎が浮かび始め、店主は一瞬で火達磨と化した。店主はこの上ない轟音と悲鳴を上げて命共々燃え尽きてしまった。その惨状を見た客達は次々に悲鳴を上げ始めた。
「アルバンは何処にいる!アーノルドは何処にいる!」
獲物を狙う獅子の如く、睨み上げた恐ろしい目に客達は震え上がり、次々とその場から逃げ始めた。しかし逃げ回る客達を殺人鬼は決して逃さなかった。殺人鬼は客達に狙いを定めて手に持っていたナイフを次々に投げた。投げたナイフは綺麗な放物線を描いて客達の脳天に直撃した。客達からは見事な血の噴水が吹き上がった。しかしこれだけは殺人鬼には足らなかった。
殺人鬼が掌を上に挙げると、詠唱もなしに忽ち周りに火の嵐が巻き起こり、酒場全体を炎で包み込んだ。
酒場に生き残っていた客達もまた店主と同じようにして体全体を業火に苛まれ黒い炭と化した。
殺人鬼はまさに暴虐の限りを尽くしていた。
旅人が『奴』の襲撃現場へと向かうとそこは事件を耳にした「見物客」で溢れかえっていた。旅人は人混みの中を強引に突き抜けて行った。するととある見物客の1人が旅人を引き留めようとする。
「おい!何をするつもりだ!此処からは『奴』がまだ居るんだぞ!死に急ぎか!」
「その『奴』を殺しに行くだけだ。アルバンさんの依頼でね。」
そう言って旅人は酒場へと入った。
酒場には無数もの煙が立ち込めており、下は死体の臭いの血の匂いが全体に広がり、旅人の嗅覚は壊死寸前にまで追い込められた。そうした死体の中に旅人は倒れ込む子供の姿を見つけた。
「大丈夫か!?」
「助....け...て」
おそらくウェイトレスであっただろうか。背中にはナイフが数本刺さっており、限界にまで血が吹き出した後のようだった。旅人はそこに命あらば全てを尽くして助けたい一心であったが、おそらく助かる見込みはほぼ無い。旅人は抑えがたい怒りがこみ上げてくるのを必死で堪えて先へと進んだ。旅人から見た酒場の光景は過去に経験したあの忌々しい景色をフラッシュバック、或いはそのものの再来のようで余計に息苦しさを感じさせた。
旅人は暗雲の如く立ち込める炎や煙たちを切り抜けて酒場の奥まで向かった。もう何人もの死体を見てきただろうか。今まで旅人は幾人かのならず者を斬ってきたが、今回のそれは最も狂気的で最も猟奇的である。死体達によって旅人の心は狂気に蝕まれた。旅人の心に潜む激しさが今にもその鎖を破いて横暴的行動にまで足を踏み出す恐れがあったのだ。旅人はそれが恐ろしくて仕方なかった。そんな中で旅人は薄暗い沈黙の中に人影を見つけた。
「おい!大丈夫か!君は無事か!」
旅人はそれを生存者だと思い込んで人影の主への心配をした。しかしそれはしばらくして徒労であるということに気づき始める。
「ここにも...居なかったか...」
旅人はそこでよう人影の主の正体に気がついた。その声は1度たりとも聞いたことはないが、その口調や抑揚、一片だけ見えるナイフの光、1人だけ生存しているという不可思議さ、その全ての情報を合わせれば全てを予測することは容易であった。
あれが『奴』であると。
ついさっきまで狂気に蝕まれていた心はこの一瞬で一気に我と還り、刻みつけられたその苦しみは何事にも変え難い怒りへと変貌を遂げた。
旅人はその怒りを一心不乱に己の剣、己の刃に充て、その矛先を『奴』に向けた。
そして『奴』に獣の如く襲いかかろうと近付いた時に旅人は『奴』の正体に気がついた。
『奴』は少年だった。少年の中でもまだ13歳にも達してない少年であった。だが旅人にとってそんな情報など取るに足らない事実でしかない。例えそれが少年だったとしても、少女だったとしても、神様だったとしても、相手は40人を優に超える罪無き者達を只事ではないやり方で殺した大虐殺者なのである。もうその心には人らしい感情など残っているわけもなく、もはや悪魔に憑依されたようなものだ。生かす必要性など何も無い。むしろここで殺らなければ再び惨劇が起きてしまう。旅人はそんな義務に駆られて剣を少年へと突き出し、闘争の幕を開けた。
そうすれば必然と少年は火炎魔法を駆使して旅人に抗う。しばらくの間、炎と剣の真っ向とした対立が続いたが、旅人の抜きん出た剣術の圧倒的優位に火炎魔法はなす術などなく、少年は角へと追い詰められた。もう誰も旅人を止めることなどできない。鬼のような恐ろしい形相に1ミリでも動けば息の根を止めてしまうぐらいにまで少年の首に対して突き出された剣。旅人の任務の達成は目前であった。しかしその時であった。旅人はふと少年の顔を見た。気づけば旅人は何もすることができなかった。刃を前進させてしまうことなどできなかったのだ。
少年の目に光はなかった。