プロローグ
村は煙火に包まれ、人々は絶望の雄叫びを上げた。
村の主はそれに対して何もできずただただその惨状を見守り続けげしかなかった。
建物は焼け、人々は次々と炎に苛まれ倒れて行き、村は次第に紅くなっていった。
何が狂ったのだろうか。
何が村をそうさせたのだろうか。
主はより苦しみを味わった。
旅人はそこで夢から覚めた。非常に苦しい悪夢であった。
旅人の朝は過去の自分自身の深い後悔から始まりを告げた。
毎朝のように旅人はおぞましい悪夢から目覚めて朝を迎える。
決してそれは気分の良い物ではなかった。
そのことをここのところ野宿が数日間続いていたことぐらいでしか申し開くことができなかった旅人は、はっとしてあたりを見渡していた。
日差しは旅人を包み込んでくれげような慈悲は見せず、風は来るものを拒み、雲は旅人の行く末を案ずげように暗かった。周りに広がる山々は旅人を責め立てるように高く聳え立ち、旅人からしたらあたり全ての自然たちが旅人をあざ笑うように見えていた。
それほど旅人の心は緊迫していた。
何故そう思えるのか、誰にも言える状態ではなかった。仮に言えたとしても言いたくなかったであろう。
旅人は咄嗟に水を飲んで己の孤独を噛み締めた。
しかしそんな状況でも朝は来てしまった。
時間は残酷で一方的に時を進め旅人の記憶を薄めげ気などさらさら無い。ただ旅人に指示を与えげような存在でしかなかった。
旅人は足を前へと進めた。目的地ははっきりとしていないが、方角だけは分かっていた。
それは西であった。そこに向かう目的など誰にも言わなかった。
時に町に入る際に旅人と言う者は確実に町人に旅の目的を聞かれるのが常だが、旅人は
「旅人なのだから旅をするのが当然であろう」
と詭弁を繰り返して目的をひたすら隠し続けていた。
傍から見たら旅人は深く被った帽子、肌が一㍉も現れない服装からも分かるほど自己を厚い殻で包み隠していた。それが旅人が旅の目的を言わない一番の理由なのでもある。
旅人はそれほどに自己否定の渦中に存在していた。
旅というものは穏やかなものではない。殊更旅人のような心を持つものは旅など苦行の一種でしかないであろう。
旅人の旅は自分自身への問答そのものであり、瞑想でもあった。
「自分は本当にここに存在していいものだろうか、自分を受け入れてくれげものなど存在しないのではなかろうか」と。
「ああ、いっその事私は殺された方が良かったのだ!」
旅人はそう叫んだ。
時に自分自身で己を殺そうかと考えたときもあったが、それは旅人にとっては怖くてできなかった。
今日も旅人は神からの救済を祈りつつ、旅路を進めた。
しかし旅人から見える景色は永く続いた戦禍の跡だった。
焼け爛れた建物、柱しかない長屋、誰から見てもそこは紛れも無い廃墟であった。
ここら辺は特に戦闘の激しかったところであるのだろう。争いで全てが消え去っていたが、此処が昔大いに栄えていた筈の生活圏を形作っていたという町の記憶は強く残っているに違いない。
だからこそ余計にこの廃墟街は悲壮に感じさせた。
旅人はこのような景色を見るとふと今朝の夢のことや過去の記憶を思い起こして息が苦しくなっていた。
まるで旅人の周りには広い虚無が広がっていたようであった。
その広すぎる虚無に旅人は非常に閉塞感を感じていた。
この虚無がまるで先の見えない旅を象徴するように。
旅人がそうして旅路を進めていくと、虚無の先には小さいながら町が見えた。旅人の前に現れたのは神ではなくまたしても町であった。
旅人は「神は存在しない」という仮説を導きながら町へと入っていった。