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パンデミック

 


『引き続き避難地域の情報をお伝え致します。神奈川県南部、茨城県東部、栃木県中部ーー』



 二組のロングベッドにシンプルなウッドテーブル、それと同材の椅子。

 風呂トイレ洗面台が一つになった三点式ユニットバス作りの簡易的なビジネスホテルの一角に置かれた三十五インチの薄型テレビがそう警告を告げていた。



 綺麗に布団が畳まれたロングベッドの上で友人の田中大地は神妙な面持ちでそれを見つめていた。



「……もう関東地方の大部分が危険地帯と化してるじゃないか。英国パンデミックが始まってからまだ二日だぞ」

「国家間の規制対策が間に合ってないんだろ。それよりも車の手配は大丈夫なのか?」

「ああ、こんな混乱状態の中でもまだ被害が出ていない地域ってことが幸いしてか何とか手配する事が出来た」



 大地はそう話すと、再び避難警告を訴えかけている眼前のモニターへと意識を傾けた。

 俺はそれを見届けると、もう一人の友人へとラインのコールを鳴らしていた。



「恵美、どうだ。必要な物資は集まりそうか?」

「……駄目。手探り次第、由紀とコンビニとスーパーを駆け回ってるけど、どこも品切れで殆ど集まってないわ」

「皆考える事は同じって訳か」



 くそ、行動に移すのが遅過ぎた……。

 いくら何でも事態の流れが早すぎだろ。

 俺はそれでも確認の為にと恵美との会話を続けた。



「……二人合わせて三日分の食料と水か」

「……うん、ごめんね。でも頼まれてた例の物は何とか買えたよ?」

「上出来だ。買い物が終わり次第、由紀と合流して急いでホテルに戻ってくれ。感染が関東地方にまで及んでる」

「……嘘でしょ」



 それから恵美からの返答はなく、俺は二人の帰りを大地と共にビジネスホテルの一角で待つことになった。

 恵美が取り乱したのには理由がある。俺達は大学の知り合いで、恵美と大地はいまテレビで避難警告が発せられてる神奈川県出身なのだ。

 取り乱すなと言う方が無理な話だろう。



「大地、家族に連絡取らなくて良いのか?」

「……さっき取ったよ。避難警告が出る少し前に避難したのが幸いして、今は父親の実家に滞在してるらしい」

「……そうか」



『感染者を見かけても決して近付かず、直ぐさま安全な場所へと避難して下さい

 』


 今更この日本に安全な場所なんかあるのか……。俺はテレビからとど通りなく流れてくるアナウンサーの声を聞きながらそう心中呟いた。

 それよりも今はーー。



「大地、二人が戻ったら直ぐに関東圏へと向かう。俺はいまからフロントでチェックアウトの手続きをしてくるから、車の用意を頼む」

「……分かった」



 俺がそう話すと大地はその重々しい腰を上げて部屋の外へと歩き出した。

 ーー俺も行動に移るとするか。



「……後で念の為ホテルの自販機も確かめなきゃな」



 まず付属の冷蔵庫に入ってた飲料水を全て持参のリュックへと詰め込むと、次にサービスで部屋に置かれていた和菓子や使えそうな物もろとも一緒に詰め込んだ。

 次に携帯の充電が満タンなのを確認してポケットへとしまうと、忘れ物がないかだけ簡単に見渡した後、ウッドテーブルの上に置かれていた部屋のキーをその左手に掴んだ。



 十五階の端部屋を出た俺は、流れるようにエレベーターへと乗り込みフロントがある階へと向かう。

 エントランスへと着いた俺はフロントに寄る前に一度、共通トイレの近くに設けられていた自販機へと自然と歩を進めた。



「……めちゃめちゃあるじゃねーか。これが灯台元暮らしって奴なのかね」



 微妙に意味は違いそうだがそんな事は特段気にせず、俺は手当たり次第自販機の飲料水を買い集めていく。

 さっき、チラとエントランスを見た時も思ったけど人は溢れていたが、感染地から離れた九州地方にいるせいかまだパニックとまでは至ってないようであった。



「よし」



 ペットボトル、缶など問わずとにかく三十本くらい購入した俺はそれを無理やりバックの中へと詰め込み、入りきらなかった分はあらかじめ用意していたビニール袋の中へと放り投げる。

 当初の目的を遂げ、フロントでチェックアウトを済ませ外へと向かうと、目的の乗り物がそこにはつけられていた。



「デカイな」

「レンタル出来る奴で一番大きい乗り物だ」



 俺は大地のその台詞を聞きながら、その車体へとくまなく目線を向けた。

 外観はテレビ局などの宣伝カーのような白塗りの大型車で俗にいうキャンピングカーだ。

 内観は外観と大きく異なり、木造作りとなっており温かみのある車内となっていた。



 トイレ、簡易ベッドにシャワー、それに二人くらい寝れそうな革製のソファーに小型冷蔵庫。さらには携帯を充電する為の機能やカワナビ、ラジオ等の装置も備え付けられていた。

 俺は長広い車内の端にバックと飲料水が入ってるレジ袋を置くと、車の作りを確かめる。



「……オートマ仕様か助かった」



 これなら俺や恵美にも運転出来そうだ。

 最悪の場合、大地と由紀の二人で交互に運転する所だった。これで負担の面では大分問題は解決したと言っても良いだろう。



 俺が移動するに当たってこのキャンピングカーを選んだのには大きな理由があった。

 まずは、飛行機や新幹線等の交通機関は使用出来ない事。次に状況が状況なだけに関東圏に辿り着くまでに要する日数が予測出来ない事。それに伴い、移動と休息を両立出来る必要があった事。そして、“奴らから”逃げるには外界と隔離された移動手段でなければならない事だ。



「よし、いつでも出発出来る」



 俺が車内の確認を終えると同時に、見覚えのある顔が大通りから近付いてきた。

 恵美と由紀の二人だ。

 俺は恵美達から購入してきた荷物を受け取ると、大地と手分けして備え付けられている冷蔵庫や非常棚へと収納していく。



 弁当類が数種類と菓子類、それに冷蔵庫で保存出来る食料に日持ちする缶詰ってラインナップだ。

 弁当類は消費期限が近いので、必然的に今日明日で消費しなければならない。



 やはり、四人分と考えるとかなり少ない量だと言える。

 もって、三日分といった所だ。



「優一、準備出来たぞ」

「了解」



 俺は大地にそう言われ運転席へと腰を下す。



「運転は三時間おきに交代だ。高速道路も明日には間違いなく通行止めになる。急ぐぞ」



 俺のその言葉に三人は無言で頷いた。





 ーーー

 ーー

 ー




 観光に訪れていた鹿児島県を出てから、約一時間半が経とうとしていた。まだ同乗する面々に疲労の色は見えず、絶えず緊張が張り詰めている。

 車内に流れるラジオ、大地と恵美はそこから発せられる情報に神経を集中させ、由紀はというと後方で車内の整理を始めていた。



「やっぱり、混雑してきたな」

「交通規制がしかれる前に移動したいと考えるのは皆同じって事か……」


 俺の呟きに大地が反応する。

 当初は順調に距離を潰していたが、時間が経つにつれ予想どおりの光景が広がっていた。

 高速道路が封鎖されるまでに何とか本州まで入りたい所だがーー。

 思案顔、これからの移動ルートを模索していると不意に声を掛けられた。



「優一。少し早いけど運転代わる。軽食用意したから皆で食べて」



 横目でチラと見やると、小柄な灘 由紀が立ち尽くしている。

 ゴスロリチックな黒いドレスに無機質な表情が何ともマッチしていた。

 俺はまだそこまでの疲労は感じていなかったがお言葉に甘え、運転を代わって貰う事にした。



 キャンピングカーの後方へと視線を持っていくと、革製のソファーの前方に置かれたホテルのテーブルより一回り小さいテーブルの上に、丼タイプの容器のカツ丼に同種の豚丼。ベーシックな弁当タイプの容器に海苔弁とおにぎりが数個置かれていた。



 俺は適当に紅しゃけの握り飯を手に持つと、ホテルを出る前に自販機で大量に仕入れた缶コーヒーを一つ取り出す。

 最初は静観していた二人だったが、昨日の夜から何も食べてなかったからか、俺につられ恵美と大地はソファーへと腰を下ろす。



 こんな時だってのに、腹が減ってる時に食べる握り飯はやはり美味かった。

 どうやら二人も同じらしく、手に持つ箸は滞りなく進んでいる。

 まだまだ始まったばかりなのだ、体力をつけなくてどうする。

 俺はそう心中叫びながら缶コーヒーを一気に煽った。治癒






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