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お屋敷暮らし

中央都市アルス郊外7番地区375-4。それが俺達の拠点の住所だ。そこに向けて、俺とアスティアは歩いている。近くの馬車停まで徒歩で10分。更にそこからアルス中央区まで馬車で20分。込み込み大体30の道のりだ。現在は馬車で最寄りの停留所にまで着いた段階。ここから徒歩で10分。中央都の物件というのは名ばかりで、実際には交通の便が殆ど無く、周囲は畑。ああ、だりぃ。


「ちょっとジェド。早く行こうよ。夕食の準備もあるんだから」


馬車で爆睡していたアスティアさんはお元気なことで。大きく身体を伸ばすと溌剌にそう言った。夕焼けを背にするアスティア。時刻は18:00。いい時間だ。


「いやね、今日は朝から(よろい)(いのしし)を狩ってたんだけど?むしろなんでまだ動けるの?すげー大変だったじゃん?最後とかボスみたいの出てきてすげー追い回されたじゃん?」


疲れた体を引き摺り、歩きながら思い出す。今日受注したのは中央都近隣の森に発生した数匹の鎧猪の討伐。何でも最近突然森に現れ、木々を薙ぎ倒して生態系を乱しているとのこと。現地に向かった俺達は森の中へ入り、数分で獲物に遭遇。まあ、こちらには勇者様がいるわけで、鎧猪数匹何て瞬殺・・・と思いきや。


「あれは群れだったな。完全に」


「気が付いたら20匹以上いたよね。しかもボスの鎧猪が【激昂】状態だったからめんどくさかった」


そう、沢山の鎧猪を蹴散らした後に出てきたボス。【激昂】ってのは一定のレベルのモンスターが持っているスキルで、その状態だと筋肉が肥大して硬質化し物理防御が大幅に上がる。しかし、判断力の低下が伴うため、とにかく大暴れするっていうものだ。例に漏れず、ボス猪も大暴れ。木々を薙倒し、岩を砕き、最期は俺の弓で前足を集中攻撃して機動力を奪い、アスティアのブレイブスラッシュでとどめ。あー、疲れた!


「ま、臨時収入としちゃ上々だったけどね」


「そう思うんならギルドカウンターでの態度どうにかしろ。受付の人すげー謝ってたぞ」


ギルドへの依頼達成を報告に行ったのだが、到着早々アスティアさんが『話が違うぞ責任者出せや』って笑顔で一言。受付の娘は訳がわからず涙目。慌ててアスティアを宥めて報酬を貰い、素材を換金して帰路についた。もうアスティアちゃんあれほど冷静にって言っておいたのに!感情のブレーキどうしたの?壊れてんの?


会話をしていると、視界に入ってきた一つの屋敷。いつ見ても同じことを思うが、でかいな。



お屋敷。そう呼んでいる。見たまんまだがな。


緑がほどほどに茂った石垣に囲まれた屋敷の正面には鉄格子の門。と言っても年中鍵は開けっ放しの形だけの物だ。そこを通るとこれまた至る所に草が茂っているが、何とか輪郭がみえる石畳の道。


「そろそろ草むしりした方がいいんじゃないか?一応管理も俺らに任されてるんだし」


「いいじゃん。これくらい生えて他方が幻想的で。まあ、石畳が見えなくなったらヤバいけど」


敷地内に入り、ざっと見渡す。屋敷前は広い庭となっており、視界の中に樹木や、小さな池、備え付けられたベンチ等が見て取れる。まあ、以前に住んでいた人がデザインしたんだが。今はやや自然が台頭している。と言っても、手入れをしていないわけではなく、アスティアの意向で自然をふんだんに残しつつ、住みやすい屋敷というコンセプトでやらせていただいている。


「前にメリーさんが来たときは『素敵!この方向でやっちゃって』って言ってくれてたから大丈夫だよ。それよりほら!早く入ってまずはお風呂!19:30にはご飯食べたいんだからね!」


庭の中頃で立ち止まっていた俺を急かすアスティア。ちなみにこの屋敷の所有者は魔法道具屋【メリー・マギカ】店主、メリッサさん。3年ほど前に屋敷内の管理をする条件で破格の賃貸料で住ませてもらっている。依頼を斡旋して貰ったり住居を借りていたり、本当に頭が上がりません。


「しっかし、早いね。あれから3年ってのは」


アスティアと一緒に初めてこの屋敷に来たときのことを思い出す。あれ?これ年取ると始まるヤツじゃね?一瞬背筋に寒気を覚えてから、俺は屋敷の中に向かった。



「ジェドー、荷物の中から汚れ物出して洗濯箱に入れておいて!」


「先に風呂のがいいんじゃねーの?俺らかなり汗臭い・・・ぐぅ・・・っ!」


「あのさぁ、私レディなわけよ?汗臭さとか気にするわけよ?デリカシーとか考えて欲しいわけよ?大体こんな泥だらけで料理なんて作らないし。当然先に体洗うわ。そう言おうと思ってたんだわ」


あ、すみません。でもレディって格闘家並に鋭いローキックをほぼノーモーションで繰り出すんだ。初めて知った。レディこえぇ。あと左足の太股痛すぎる。立てない。


「痛ぅ、わかった。気が付かなくて悪かった・・・!とりあえず、洗い物は全部出しとく・・・出しとくから・・・!」


だからもうぶたないでぇ!これ完全に狩られる側じゃないか。おかしいな、ここ一応俺の家でもあるんだけどな?


「んじゃお先に。あ、あとそのまんまリビング行かないでよね?泥、玄関でもっとよく落として」


「あいよ。さっさと行きなさい」


手をヒラヒラ振りながら風呂場へ行かせる。あいつ本当に真面目だな。普段の言動は完全に不良なのにね。ギャップ萌えってヤツかね?


そんなことを考えながらリュックの中身を整理する。途中で使用したタオルに、肌着の着替え。弁当箱に空になった水筒。あー、あとポーション使ったな、補充しとかないと。俺はいそいそと玄関で物品整理を行う。ううん、俺もマメになったな。


「前の俺ならこんなの明日に回して酒飲んで寝てたわな」


呟きながらも手は止めず行うこと15分程。すっかり洗い物の分別、整理は終えて一息。ふぅー、お疲れさま俺。


「あ、終わった?」


玄関で寝転がっているとアスティアが俺を見下し・・・いや、見下ろしていた。白のシャツに、水色のはハーフパンツ姿といった非常にラフな格好だ。っていうか、アスティアの寝間着。しかし、俺が一番気になるのは、まだ水滴の付いた髪。この娘はホントにもう!


「もっと髪の毛しっかり拭けよ!乾燥火精具(ドライヤー)使うけど下準備がだな・・・」


「うるせージェドママ。ちょ、ばっ・・・髪の毛触んな!?」


「おふぅっ」


おお、鋭く前足底で鳩尾を狙うとは・・・!痛ってぇ、超痛てぇ!しかし、俺もデリカシーがないわな。うん。何度も言われてるし気をつけよう。おぇ、あれ?吐いちゃう?


「とっとと風呂場行きなよ!ったく、その間に夕食作っちゃうから」


言いながらバスタオルでガシガシと髪の毛を乱暴に拭くアスティア。ブツブツ言いながらリビングへ歩いて行く。おい!もっと優しく拭きなさい!髪が痛むでしょうが!



ジェドを風呂に促した私は台所に立っている。黄緑色のエプロンに同色の三角巾を付けて、既に準備は万端だ。


「うっし!やるか」


この屋敷の台所は広い。大きめの流しが2つ、火精炉が3口に大型氷精庫に、まな板を2枚置いても余裕がある調理台。既に3年ほどこの場で料理をしているため、私にとってはとても大切な場所だ。色々な意味で。


ふと、先ほどジェドが私の髪に触れようとしたことを思い出す。ああ、そういや、ここに来た時はしょっちゅう言われてたなぁ。ま、あの時は髪を乾かすとか身だしなみとかどうでも良かったから、されるがままになってたけど・・・・・・料理作り始めたのもあん時位だったかな。いやいや、でも今は!もう色々違うし!もう子供じゃねーし!大体19才の女の子が風呂上がりで尚且つ薄着だってのに・・・3年前より成長してるところがあるだろーが!


「もっとこう、何か反応を・・・・・・はっ!いや、今はご飯だった」


苛立ちを飲み込み、頭の中を料理モードにして氷精庫を開けて中を見る。ふむ、目に付くのはシーサーペントのブロック切り身。あとは冷凍保存したご飯ってことは、もう決まった。


「シーサーペントの刺身丼!」


決まったら早い。氷精庫からブロック切り身とご飯を出して、ご飯は熱精箱に入れて解凍。ブロック切り身は熱精庫を使うとマズくなるから、できるだけ自然解凍したいけど時間がかかりすぎる。


「ってことで、弱めブレイブフォース」


指先に勇者魔法の波動を点し、切り身をさっと撫でていく。すると、あら不思議!程よく柔らかくなって、なおかつ鮮度も損なっていないじゃありませんか!これに気が付いた時には勇者でよかったと初めて感謝した。うん、他の勇者とか…特に5番の奴が知ったら滅茶苦茶怒るんだろーな。アイツは勇者に対して理想を持ちすぎなんだよ。あ、思い出したらイライラしてきた。よくないね。


「さって、あとはこれを切って…あ、味噌汁火に掛けて・・・葱も切らないと」


昨日の残りの味噌汁をコンロに掛けてから、次の準備。調理台にまな板を置き、お気に入りの包丁でシーサーペントを薄く切っていく。透き通るような白色の刺身。じゅるり。シーサーペントの中でも癖がなく、食べやすく、手に入りやすい部類に入るミズチ種の刺身。美味しそうだ。更に、グラスト長葱を細かく刻む。


「お、ご飯できた!どんぶりどこだっけ?」


チーン、と解凍終了の音が響いたのでどんぶりを2つ出し、盛り付ける。あとは、切った刺身を一枚一枚ご飯に乗せ、更にその上から葱を適当に降りかける。うん、白いネタに濃緑の薬味。彩りもいいじゃん。


「でましたー」


さっさと作った割に自己採点で高得点を叩き出し喜んでいると、廊下から間の抜けた声が聞こえてきた。お、ちょうどいい。味噌汁も温まったし。


「うっし!食べよう!テーブルに運んでー」


使った器具を流し桶に入れ水を張ってから、私はエプロンを脱いだ。



「「いただきまーす」」


この屋敷は台所の隣がリビングルームになっており、俺とアスティアはいつもそこで食事を摂っている。リビング内は広く、室内の左側に食卓用のテーブルが置かれ、右側に映写精鏡(テレビ)とソファー等が置かれている。ちなみに外側は窓になっており、そこから庭が一望出来るようにもなっている。ま、今はカーテンで見えないけどね。


「アスティア、醤油にわさび入れすぎじゃない?」


「うっさいな、好きに食べさせてよ。ジェドママが」


ついつい口うるさくなる俺に対して、眉を歪めて鬱陶しがるアスティアさん。いやー、ついね。コイツとパーティー組み始めた頃の名残があるんだろうね。コイツ最初の頃は本当に色々問題あったからなぁ。それが今や炊事、洗濯、掃除をこなしてるんだからなぁ。


「いや、どちらかというと妹に対する気持ちかな?妹とかいないから正確にはわからんけど」


「・・・・・・妹、ふーん。妹か。あっそ」


おんや?声のトーンどして低くなったん?やだ。怖い。時々ある急に不機嫌になる現象本当に怖い。と、とりあえずアスティアさんは置いといて、夕食を楽しもう。そうしよう。


小皿に醤油を流し、そこに少量のわさびを溶く。それを丼にかけてから、スプーンで切り身とご飯をすくい、口に運ぶ。ちなみにこの、丼という料理は元々離島都市ヤマトノクニから生まれたとのことで、本場の方々は箸という2本の棒の食具で食べる。一度トライしてはみたが、難しくて断念・・・・・・とかはさておき、う、美味いぃ!


「う、美味いぃい!」


「・・・だろうが!そうだろうが!」


俺の言葉に一気に機嫌を良くするアスティアさん。うん、ご飯に関することは驚くほどにチョロい。しかし、美味いね。単純に刺身をご飯に乗せただけのシンプルな料理だけど、脂の乗った刺身の主張しすぎない旨みに加えて、薬味と醤油、そしてわさびの合わせ技。合う、ご飯に合うぞっ!


「そして味噌汁っ」


うぅーん。この味噌汁もまた合う。ちなみにこれもヤマトノクニから始まったもの。すげぇ、ヤマトノクニすげぇ!あの都市は風流を重んじながらも革新的な発想をすると有名だからな。食文化も然りって感じ?いや、今はともかく飯だ!飯っ!


「ずずっ、あー落ち着いた。やっぱ家最高だね」


「同感。外食もいいけど、家ご飯が落ち着くわー」


味噌汁を一口啜りながらアスティアがしみじみ言うので俺も同意する。しっかし、こんなに馴染むとは思わなかった。それはきっとアスティアも同じだろう。


「そういや、そろそろカード更新しに行かない?最近は何やかんやで結構モンスター倒してるしランクも上がるかも」


アスティアの言葉に頷く俺。確かに。最後に冒険者カードを更新したのは3ヶ月位前だった気がする。今までに成り行きとは言えロックイーターやらレイスやら出てくる依頼を成功させてるし。いい時期かもしれん。


「アスティアは今何色だっけ?」


「前の更新でカッパーになったばっかかな?ジェドもだよね?」


冒険者ライセンス。話題になっているカードのことだ。これは冒険者ギルドから発行されるもので、この業界の身分証明書みたいなものだ。このカードには特殊な契約魔法を掛けられており、自分の今まで受けた依頼とその結果まで簡単にだが記録されている。そして、その記録内容・・・つまりその冒険者の実力に応じてランクが分けられており、実績に応じて上がっていくのだ。ランクによってカードの色が変わっていくのもわかりやすい。


「大体並の冒険者なら2年もやっていれば当然のようにシルバー・・・要領良ければゴールドになっている奴だっているってのに」


溜息を付ながら丼をパクつくアスティアさんの言うとおり、低いです。俺達のランクは年数の割にかなり低い。アスティアは冒険者4年目。俺に至っては5年目だ。そのコンビが揃ってカッパーになったばかり。


「しよう、更新しよう!今すぐに!」


「ちょ、ご飯粒飛んでる!?汚いな!何歳だよ」


ギャースカと賑やかに言い争い、いつの間にか食事を追えた俺達は次の依頼にいて話をしていた。いつの間にか酒も出て、ほろ酔い気分で話は弾む。


「とりあえず、ドラゴン狩ろう!ドラゴン!無理ならリンドブルムでいいって!」


「アホか、リンドブルムとか余裕でCLv350以上じゃねーか!死ぬるわ」


リンドブルム。翼竜ワイバーンの上位種だ。一度遠目に見たことはあるが、その時の個体は体長が20m以上あった。とても戦おうなんて思わなかったわ!しかし、目の前の酔いどれ勇者は『勇者舐めんな!勝つる、絶対勝つる!』と大はしゃぎ。ううむ、俺も酔ってはいるが、コイツは格が違うぜぇ・・・!


その後も、やれバジリスクを討伐するだの、“死嵐の海”で伝説のクラーケンを捕獲するだのと俺達の夢物語は続いた。既に23:00に差し掛かろうとしている。うん、まあ、いい時間だ。そして俺も眠い。


「げふっ、アスティアさん。そろそろ寝ませんか?」


「くはぁー、同感。寝よう。今日はそこそこ疲れたしねぇー」


アスティアの目は既に半開き気味で、実に機嫌良く酔っているのがわかる。うん、ちなみこの法律で飲酒は18才から。アスティアは去年から飲み始め、今では立派な酒飲みだ。強くないけど。そのため、飲んだら早く寝るのが常だ。結局自分の限界とかは把握して動くんだよな、コイツ。


「洗い物は流しに入れておくから、もう寝ちゃえな。あと、しっかり布団掛けなさいよ!」


「うるせぇ、ジェドママ!このやろー!いつまでも子供扱いしてんじゃねぇー・・・・・・ふぁぁあ」


幸い俺は酒に対しての耐性が若干ある方なので、アスティアのフォローに回れる。そのため、家飲み含め外で飲む際にもある程度のカバーとして動けるのだ。うん、まあ完全に使用人的な立ち位置です。本当にありがとうございます。


「あーもう、ほら!さっさと部屋に行け!明日は依頼も入れてないし」


俺達の冒険スタイルは気ままを基本にしているが、やはり生活の糧を得るためには自堕落にはしていられない。

一週間の内4~5日は依頼、もしくは素材採取に出かけるよう日程を組んでいる。ちなみに、アスティアの提案です。もう本当に真面目!まあ、依頼の報酬や素材の査定によっては休む日を増やしたりはするが、基本は決められた日数を働き、休む。というスタイルだ。ちなみに冒険者としては珍しい。


何しろ、そもそも冒険者というのは自由や名声を求めてなる者が多い。一発当ててなんぼ!そういう人たちも多い。俺達のように低レベルの依頼をこなして貯金もするなんて生活は、他の冒険者達からすると『え?じゃあ別の仕事就けば?』って感じだろう。


「最初はそんな感じだったんだけどなぁ」


アスティアが出て行ったリビングルームでグラスに残った酒を飲み干す。3年前は考えられない生活をしている自分がいる。誰かと一緒に、日々の糧を得て、生活していく自分。依頼をこなして報酬を貰い、精霊費の支払いや食費の分配。消耗品の補充や装備の新調。少し報酬が多かったら少し良い物を食べる。休みの日はだらけながらも、屋敷の掃除をしたり、買い物に出かけて材料を買いに行ったり・・・そんな生活の中、余ったお金は貯金。


そんな、生き方。命を維持し、“生きていく”ためだけではなく、“暮らしていく”という、そんな日々。結局、糧を得る手段として自分のスキルが活かせる冒険者という形を選び、日々危険と隣り合わせだけれど。それでも、俺は今毎日を“暮らしている”。


それはきっと、3年前のあの日からだ。


「・・・・・・酔った。寝るか」


明日は休み。とりあえず、朝飯食べてからアスティアと相談して庭の草むしりでもしようかね。



『アンタ、誰?』


『いや、君こそ誰だよ・・・いきなり』


夢を見た。いや、見ている。ふわふわした映像を俯瞰してる自分が居る。あーあ、あんま好きじゃないいんだよね。この夢。


『ボクは・・・・・・っ、アス、ティア』


『アスティア?アスティア・・・あ!もしかして、勇者アスティア!第12位の!』


私が見つめる過去の自分と相対している彼は私を指さして頻りに驚いた声で言う。勇者と会ったのは初めて!若いな!あの時の私にとっては、騒音でしかなかっただろう。


『うるせーな・・・見世物じゃない。消えてよ』


あの時の私は、今思い出しても良くない。初対面の、しかも年上に対していきなりアンタ呼ばわり。しかも、自分が勇者であることをまだうまく受け入れて無くて、“勇者”っていう言葉に対して以上に敵意を剥き出しにしてたっけ・・・でも名前を偽ったり、言わなかったりするのは負けた気がして嫌だったから正直に言って、結局トラブル。そんなことが何度もあった時期だった。


『うおっ!美少女こえー・・・いや、悪かったよ。そんじゃ』


『ちっ』


はい、アウトー。ほぼ向こうに非がないのに謝ってもらって更に舌打ちして去って行くあの時の私。アウトー。ああ、だからこの夢は嫌なんだよ!


気が付くと、風景が変わっていた。変わっていないのは、あの時の私と彼が居ること。


『えっと、また会ったな。もしかして同じ依頼?いや、勇者と一緒だと心強いな』


『・・・あ?バカにしてんの?ボクが12位って知ってんだろ?じゃあ評判も知ってんだろ?』


あの時の・・・3年前の私は勇者内、王連からある事情で嫌煙されていた。うるさい元老のジジィ共や他の勇者達とも何回も衝突し、厄介者として周囲に“落ちこぼれ”と呼ばれていた。気が付くと勇者になって1年が過ぎ、人気が無く一人でこなせる依頼でテキトーに食い扶持を繋ぎながら、好奇の目で“ボク”を見る奴らに牙を剥きながら吠え、生きていた。


そんな日々を送っていた“ボク”に彼が掛けてくる言葉は嫌み以外の何にも聞こえず、“ボク”をひどく苛つかせた。殴ったこともあったかも・・・しれない。いや、殴った。死にたい・・・


『ぐ、偶然だな。今日も、よろしく・・・あ、殴らないで!』


気が付くと既に場面が変わり、“ボク”と彼が話している。相変わらず不機嫌な“ボク”と、怯えながらも会話する彼。初めて顔を合わせてから2ヶ月。“ボク”と彼はことあるごとに依頼の先で顔を合わせた。後から聞いた話だと、彼も人気が無く、一人で受けられる依頼しか受けないようにしていたので、必然的に同じ条件のものを選ぶ傾向がある“ボク”と顔を合わせる機会が多くなったらしい。


また場面が変わった。“ボク”の手には、禍々しい、自分でも嫌悪感を抱いてしまうような、真っ黒で歪な長剣が握られている。彼は座り込みながら“ボク”とその剣を凝視している。ああ、あの時だ。“ボク”の世界が、変わった日。生きるだけじゃ、足りなくなった日。


『これから、よろしく。アスティアちゃ・・・おふぅ!ちょ、すみません。ちゃん付けしませんからぶたないで・・・!』


お互いにズタボロで、彼に至っては顔色真っ青の血だらけ。それでも、“私”とジェドは笑っていたのを覚えている。そうだよ。あの時の“ボク”。君はこれから笑うことが多くなるんだ。色々なことを知って、一人称も変わって、口調は・・・まだジェドに対しては変わらないけど。それでも、少なくとも、君は3年後までは一人じゃない。


意識が徐々にはっきりしていく。徐々に、5感が鮮明になり、鳥の鳴き声が聞こえる。視界もクリアになって、目の前にはお気に入りの枕。手を動かすと心地よい布の感触。うん、幸せだ。そんでお腹が減った。健全だ。私はベッドから上半身を起こし思い切り伸ばす。


「んあー、さて!朝飯作ろう!」


よし、今日も“私”とジェドの生活が始まる。



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