居酒屋談義
「それでは、改めて」
俺とアスティア、ディマが囲む小さな木の円卓。そこで、グラスを握りながら二人の顔を見る。
「「お疲れさまー」」
「お疲れさま」
カチンと3人のグラスが当たり、乾杯がなされる。よし、終わった。俺の中で完全に今回の依頼が終わった瞬間だった。
「ぷっはぁー、うめぇー!依頼終わりのエールうめぇー!」
「これアスティアちゃん、はしたない。もっと清楚に飲めないの?」
自分のグラスを豪快に空にしたアスティア。この子性別間違えて生まれてきちゃったんじゃないの?薄暗い店内の魔電灯に照らされながら非常に良い笑顔の勇者に目を向け、自分もエールを口に入れる。
「う、うまいぃい!」
時刻は20:00過ぎ。場所は中央都のギルド通りに面する居酒屋【鉄板制裁】。すごい名前だよね。でも店内は木製のログハウス風で、明かりも薄暗くて如何にも居酒屋!って雰囲気が味わえる。カウンターの奥には酒瓶が並び、カウンター兼厨房のその場所で店主が料理を作り、時にはウェイターに指示を出す。その店の隅っこのテーブルに俺達は居た。
「おい、あれディマじゃねぇのか?」
「珍しいな、アイツが誰かと一緒に居るなんて。まさか、パーティか?いや、まさかな」
何やら別のテーブルの客がこちらを見ながらブツブツ言っているのが聞こえる。お目当てはもちろんディマ。そして、少しだけアスティアだろう。何しろ現在売り出し中で王連からも一目置かれている僧侶と、最下位とはいえ勇者様が座っているテーブルだ。注目を浴びるのは当然。あれ、俺って皆に見えてるかな?不可視魔術かかってるこれ?
「しっかし、上玉だな。どっちも。最下位とはいえ、方や勇者と実力折り紙付の僧侶。唾付けとくかぁ?」
「あのオッサンは何だ?うぜぇ。因縁付けて2人だけ持ってくか・・・って、うげぇ!?」
【鉄板制裁】はこの時間非常に混み合う。隠れ家っぽい雰囲気に加えて、料理を運ぶウェイトレス達は店長が選んだ逸材達。ちなみに、外見のことじゃないよ?いや十分皆整っているけど、要は胆力のことね。肝っ玉。この店は冒険者御用達なんだけど、その分揉め事も多い。結局冒険者なんて短気な奴も沢山居るしね。それらが一カ所に集まったら、そりゃ揉め事の一つや二つや三つや四つってことよ。
「失礼しまーす。ジェドさん。飲み物は大丈夫ですかー?」
そんなことを考えていると、いつの間にか俺の横に一人のウェイトレス。シックな黒のエプロンドレスを纏った女性が居た。
「あー、ありがとうラミィ。とりあえず今は大丈夫かな?あと別件でありがとう」
「そうですかー?いつでも呼んでくださいねー?ジェドさんはともかく、アスティアさんとディマさんはVIP認定されてますからねー。個人的に。別件についてはお仕事の内ですからお気になさらず」
漆黒の制服に映える、桃色の髪を綺麗に一本に結んだ彼女は、ラミーネ。通称“微笑み殺しのラミィ”。笑顔でさりげなく貶めてくるからね。【鉄板制裁】で働くウェイトレスだ。ちなみに、このテーブルに来る前に既に別のテーブルで起きた不埒者を未然に制裁してきたようで、そのテーブルに居た冒険者達は綺麗に床に突っ伏している。つまり、ここで働く従業員はそういった技術、適正をクリアした者達ということだ。合唱。
「むぐ、んで、結局あのレイスは何だったわけ?」
ラミィが別のテーブルの客を笑顔で鎮圧に行った後、おつまみのジバ鶏の燻製を突っつきながらアスティアが口を開いた。こいつ、酔ってんな。酒臭せぇ。
「ペテロ・ザルフェルトの成れの果て。でも、彼をあの姿に変えて復活させた術は、彼の者ではない」
ディマは相変わらず淡々と言葉を紡ぐ。しかし、いつもと違う点は頻りに口をモグモグと動かしていることだ。ちなみに先ほどからクラーケンわさをパクパク食べている。まだ18なのに・・・渋いなぁ。
ザルフェルト城もとい、幽霊城のウィスプ退治。その結末は、ディマの発動した破邪魔法【ゴスペル】であっけなく幕を閉じた。最後の締めは少し切ないものがあったが、だからといって彼が生前行った非道が許されるわけじゃない。
「ん?それってつまり、あの術を施したのは別の奴ってこと?ザルフェルト卿じゃなくて?」
エールを一口飲み、ディマに聞く。酒の席で話してはいるが、一歩間違えれば今回の依頼で死んでいた。何しろ左腕には包帯がぐるぐる巻かれている。まぁ、冒険者の日常っちゃあ、日常の光景だ。
「望んだのはザルフェルト卿。でも、術式を組んだのは別の魔術師。それも、極悪且つ、強大な」
ディマ曰く、魂との対話で見た過去の光景ではザルフェルト卿の極悪非道な行いと、それを阻止した灰色の少年。そして、ザルフェルト卿を後押しした謎のフードの魔術師が見えたとのことだった。そいつがあの骸骨の魔法陣を組み上げ、今回のザルフェルト卿のレイス転生を手伝ったのだという。何て厄介なことをしてくれたんだよまったく。
「んで?その黒幕ってのは?」
「黒髪の女だった。それ以外はわからない。でも、すごく嫌な眼をしていた」
ディマはそう言って視線を落とす。以前にアスティアから聞いたが、ディマ程の才覚を持つ僧侶は霊の記憶を鮮明に過去視してしまうらしい。本人が望むと望まずと。つまり、ディマにとっては200年前の犠牲者の苦痛はもちろん、事件の背後にあったザルフェルト卿の思い、そしてそれを背後から操っていたらしい存在の悪意をダイレクトに目の当たりにしたということだ。どれほどの負担かわからんけど、18が普通にしていいと思う程俺は割り切れてない。
200年前のザルフェルト卿の背後にいた女魔術師。ミステリーだ。学歴なんて殆どカスみたいな俺が共感して掛けられる言葉が見つからない。だがしかし、大事なことを忘れている。
「ま、結局は200年前のことだ。今考えたってしょうがないさ。ってことで、飲もう。そして食おう。過去に何がど-だったたかわからんけど、今はディマのお陰で割のいい依頼をもらえて、成功もしたってことで俺は十分だよ。お疲れ!」
また頼むね。そう言ってディマの小皿にシーサーペントの輪切り焼きを一切れ乗せる。これ以上話してても俺がよくわからんし、話の落としどころとしてはこの辺な気がする。ん?ディマが俺をじーっと見ている。あるぇ?サーペントだめな人?いや、前に食べてたよね?うあ、焦るー。
「・・・あり、がとう、ございます」
「いえいえ」
俺と目線がかち合うと恥ずかしかったようで下に俯きながら感謝を述べるディマ氏。ええ子やで。人見知りやけど、ええ子やで!アスティア氏にも見習って欲しいところやで。
「おい、私のサーペントは?差別?ねぇ?」
「えー、小皿もうてんこ盛りじゃないですか・・・あ、すみませんフォークは眼に向けちゃだめです。すぐ取り分けます」
眉間に皺を寄せるアスティアさん。怖いす。つか、さっきまでご機嫌でエールを飲んでいたのにどうしたの?お酒の力?
「はいはーい!テーブルの真ん中空けて下さいねー!斑豚の厚切りステーキお待ちどーでーす!」
フォークがダメならナイフでという常識が通用しない道理を通そうしたアスティアを止めたのは、料理だった。料理が、俺を救った、ありがとう、ありがとう料理!あと運んできてくれたラミィもありがとう。
「貸し一つですからねー?」
ボソリと耳元で囁き、別のテーブルへ向かうラミィ。命の代償って日常の中でこんな簡単に支払われていくものなんだな。怖いな・・・
「うめぇー!やっぱ【鉄板制裁】に来たらこれを食べないとね!ま、何でも美味いけど!あ、ディマも食べなね。今日は奢りだから」
「でも、やっぱり悪い・・・お金ならあるから、少しでも」
「こういうのはお金のあるなしじゃないよ。何て言ったって、こっちには三十路がいるんだから。これで割り勘なんて言ったらもうダサすぎるよ。ねぇ?三十路」
「お願いしますから割り勘なんて言わないで下さいお願いします」
払わせてください。だってアスティアさんゴミを見る眼を向けてるんだもん。それはともかく、アスティアの奴は何やかんやこういう所はしっかりしとる。俺としてもディマには依頼を回して貰って、腕の治療までしてもらっているのだ。これくらいのお返しをしないと格好が付かない。なので、アスティアの視線は別として、奢ることに対して抵抗は一切ない。むしろディマさんもっとお食べ。たんとお食べ!
「・・・・・・そっか・・・・・・じゃあ、改めて、いただきます」
何かを噛みしめるようにつぶやき、手をパチンと鳴らして合わせるディマ。その表情を見て、俺は眼を見開く。いや、開かざるを得ないでしょう。なにしろ・・・
「今、笑わなかったか?あのディマが」
「俺もそう見えたんだが、まさかな」
「目の錯覚か」
周囲のテーブルが一瞬ざわついた。そして、それは俺も同様だ。特に俺は間近で見ていたので、決して錯覚や気のせいではないことを知っている。笑った。ディマが・・・
すっげぇええええええ!超レアじゃねぇか!!俺はもう内心小躍りだ。てゆーか見惚れた。すごいね!ギャップが凄まじいね!
「うん。お食べぇ、もっとお食べ!お金のことはこの三十路ダンディに任せてお食べぇ!」
「おい、顔面がぐっしゃぐしゃだぞ性犯罪者」
俺が教科書に載る位に綺麗に調子に乗ったと同時に足のつま先に激痛。痛ったい!これ、すっごく痛っったい!!アスティアさん、ちょ、何ガンギレしてるの?あとこれ足の指折れたんじゃない?
「ふん・・・!あ、すみませぇーん!ジバ鶏の焼き鳥各部位盛り合わせとピンクレモンサワー。あと、マテリアレタスの新鮮サラダ…あ!ブラッドシュリンプのお造りも!焼き鳥は塩で!」
ちょいちょぉーい!?アスティアさぁん?怒濤の注文したねぇ。どしたどしたぁ?あと、最期に頼んだヤツ確か限定メニューじゃない?お値段そこそこのヤツじゃなかったぁ?
「あ、今回の奢りはジェドの小遣いから引いとくから」
よろしくね?ダンディさん?いい笑顔でニッコリ笑うアスティアさんを見て、目の端からじわり何かが溢れ出た。あれ?涙腺緩くなったなぁ俺。歳かな?
まぁ、何はともあれ・・・今日も無事に一日が終わる。そして俺のお財布の中も終わる。
■
「あららら、こんなに汚れて、王連の管理もダメねぇ」
時刻は深夜。窓の外から見える満月が綺麗。久しぶりねぇ、この場所も。汚くなっていても思い出は色褪せないってね。うん、アタシ今いいこと言った。
「ザルフェルト卿。懐かしいわぁ」
幽霊城、今の時代ではそう呼ばれているこの場所。懐かしい懐かしい、長い長い廊下を歩く。ザルフェルト卿と過ごした日々が昨日のことのように感じる。
彼と出会った日。旅の中で貴族の身で魔術師として研究をしている人物がいると聞き、領地を訪問した。なるほど、初めて見た彼の目の奥には絶望と狂気。少しだけ楽しくなった。
「うふふぅ」
彼の話しは簡単だった、果たしたい目的。生と死の問題。誰しもが囚われる理。アタシは手を貸すことを決めた。理由は何だったかしら?
「ザルフェルト卿、貴方は」
アタシの示した一つの道しるべ。彼は簡単にその道を選んだ。いや、アタシが来たときには既にその手を血に染めていたのだ。今更躊躇などないと彼は言った。そうして、死者の皮を剥ぐ彼を見て、少し失望したのを覚えている。
「違ったのよねぇ。ダメなの。それじゃ」
全然ダメ。彼は躊躇無く人を殺した。そうしてアタシの指示した材料を集めた。沢山の骸、骸骨、髑髏、遺骨。彼は嬉々としてそれを行った。アタシは魔法陣を組んだ。まあ、約束は守る方だし、作るのは別にどうでもよかった。ただ、出会ったときの期待、楽しさはなくなった。
「人の命を軽んじる人はねぇ、クズなのよ」
魔法陣が完成して暫くすると、流石に王連が動き出した。彼は隠蔽が下手だった。すぐに足が付いて、気が付いたときには貴族の権力でもどうにも出来ない状況になっていた。ま、当然よ。器ではなかった。それだけ。
「深淵へのパートナーとして、及第点以下」
独り言を撒き散らしながら思い出に浸っている内に到着したのは書斎広間。あららら?ひどい散らかりようね。これは、泥棒かしら?ひどいことするわぁ。って言っても、最近の内に誰かが入っていることはわかっていたんだけどねぇ。妙に邪気がないし。何より、神聖魔術の痕跡が残ってる。
「ふんふんふふーん。霊達よ、色々教えてちょうだいな」
情報収集しないとね。手を掲げ、周囲に残っている霊の残りカスを集める。あららら?中々集めるのに時間が掛かるし、断片的な物が多いわぁ。綺麗に浄化してくれちゃって。かなり高位の僧侶かしらぁ?それでもある程度の内容はわかってきたわぁ。大体1週間位前かしらぁ?
「ザルフェルト卿、残念だったわねぇ」
『どんな形でもいい!私が死んだら復活出来るようにしてくれ!』目をギョロギョロさせてアタシにそう言った彼の顔は、生に執着し、死を恐れていた。そして、それ以上に愛しき人を蘇らせる彼の夢に届かないことを恐れていた。
「うふふ、ザルフェルト卿、貴方はなんて、なんて可哀想な・・・・・・・・・老いぼれなんでしょう!ふふ、うふふふっ!」
全てを擲って掴もうとした夢に届かず!ただただ殺人鬼として歴史に悪名を刻み、そして夢を懸けた復活も意味を成さずに、モンスターとして再び倒される。その死は、何て、何て意味の無い死なんでしょう!!
「ふふふ、っはぁー・・・・・・ふぅ、笑える位には楽しめた」
元々大して興味なかったけど思い出したから来てみたら、中々どうして面白かったじゃない。そもそも、老いぼれの頼みは『死んだら暫くして蘇る』ということだったけど。あの魔法陣はそんなものじゃない。
「“アタシの気が向いた時に、レイスにして復活させてあげる ”って言うの、忘れてたのよねぇ」
アタシったら、おっちょこちょいねぇ。でも、そのお陰で面白い子達を見つけたわぁ。
「勇者ちゃんも面白いけど、何と言ってもこっちよねぇ。この中年はどうでもいいわ」
霊の残りカスから得た映像を脳内で再生する。
「とにかく、まずは慣らしてからよねぇ」
頭も、肉体も、魂も。時間はたっぷりあるんだし。何より、今のアタシは“主”の命が優先だからねぇ。
でも、その内会えると嬉しいわねぇ。可愛い可愛い、僧侶ちゃん。