幽霊城2 ~惨殺卿の魅た夢~
「つまり、どういうこと?」
アスティアと俺が謎のレイスから逃げて30分程。今俺達の前には無表情の僧侶、ディマがいた。あの後、廊下をダッシュしながらウィスプを蹴散らしディマと合流。そのまま大急ぎで階段を駆け下り城内の一室に退避したという流れだ。ちなみにディマの魔除けの結界のお陰か、ウィスプもあのレイスも追撃をしてきていない。
「二人の話を聞く限り、そのレイスは生前魔術師だった可能性が高い」
ディマの話はこうだ。レイスはもともと生き物の魂、負の遺志が高濃度の魔力と反応して生まれるらしく、大体の場合は生前の形とは違い薄布を被ったような曖昧な霊体の形で現界する。しかし、希に生前の能力を引き継いでレイスになるケースもあり、それらは通常のレイスよりも遙かに魔法防御、聖属性耐性が強力であるらしい。
「レイス=オブセシオン、そう呼ばれる」
「なるほど。でもさ、なんで急にあいつが出てきたわけ?私は別に特別なことは何にもしてないよ?」
アスティアが非常食のカロリービスケットを頬張りながら口を尖らせる。こら、口に物を入れたまま話さないの!ほら、こぼしてる!アスティアの話だとあの書斎広間のドアを開けウィスプがいないかを探索していた時、急に目の前に現れたらしい。そこから交戦して、俺が来たというわけだ。
「発生の原因についてはわからないけど、発生させているものについては心当たりがある」
そう言うとディマは、すくりと立ち上がった。
〇
「ブレイブフォース!」
「リヴェレイション」
白い光の波紋と直線的な光弾が放たれると、先ほどまで目の前にいたウィスプ達は跡形もなく消えていた。そして俺は空気過ぎる。しょうがないやん?俺、レンジャーやし。魔法攻撃の術がないし。
「ジェド、ぼさっとしてないでこっち!」
「ジェドさん、早く。この部屋」
美少女2人にそこそこの冷たい眼ときつい口調で促されるのは人によってはご褒美であろうが、既に30の大台に乗った俺には多大な情けなさを感じる。おかしいなー、この中で一番年上なんだけどなー。
「部屋・・・というか地下牢だよねここ?」
湿気が多くジメジメと嫌な雰囲気を醸し出してくれている。ヤバイんちゃう?だって格子向こうに見える壁とか明らかに赤黒いよ?年月めっちゃ経ってるのにあんだけ濃いって、どれだけ血が染みこんでんの?明らかにやばいとこじゃんさ。
「この城は、禁忌の儀式が行われていた。この城に入ってから、どこからか嫌な邪気を感じていた」
アスティアがレイスと遭遇してから段違いに気配が強まって、地下だと確証を持てた。地下牢の石畳を歩きながらディマが言った。その視線は、何かを探るように辺りを見回している。
「あー、何となくわかったよ、この血の跡見て。生け贄の儀式って奴だね?」
眉を寄せて嫌悪感を露わにするアスティア。その言葉に静かに頷いたディマは、目の前にある石造りの壁に手を触れ、何かを呟く。
「見つけた」
ディマの言葉の跡、ガコンと音がして壁が割れた。いや、正確には隠し扉が開いた。おお、全然気が付かなかった。そう思い、ディマの背後から隠し扉の奥を何気なく覗いた瞬間、悪寒が走った。背筋から這い上がって、うなじまで、全身がヒヤリと冷たくなった。この先は・・・ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ!
「ディマっ、この先・・・!」
「ジェド、気持ちわかるけどビビってる暇ないわ。アイツが来てる・・・!」
隣のアスティアの言葉に、素早く振り向く。左右を2つ鉄格子に挟まれた短い通路。その奥にある上り階段の奥。ああ、わかる。大して魔力も霊感もないが、この圧とザワつき。2階の書斎にいたヤツだ。近づいてきている。
「多分、この先はヤツにとって重要な場所。早く」
そう言うとスッと奥の闇に消えていくディマ。流石は僧侶、躊躇がない。ディマに続いてアスティが入る。くそ、正直かなり嫌だが、行くしかない!俺も慌てて2人の後を追い扉に入る。
その先は、階段だった。いつの間にか明かりが灯っている。ディマの掌には光る玉。光源魔術だ。その光を頼りに、下っていく。下れば下るほどに背筋が冷えていく。この嫌な感じ幽霊系モンスターと遭遇したときに似ているが、それよりももっと・・・生々しい感覚だ。アスティアを見るといつもの鬱陶しさは無くなり、神妙な顔をしている。ディマは時折何かを呟き、壁に触れながら落ち着いた様子で進んでいる。
「着いた」
いつの間にか階段を降りきっていた。そして、目の前に広がる光景に思わず舌打ちをしてしまった。全身に流れる悪寒よりも、胸くその悪さが勝った。
「クソだな。ここを使ってた奴は」
「それはあのレイスに言ってやりゃいいんじゃない?そうだよね?ディマ」
俺の言葉にアスティアがそう言うと、ディマも頷き部屋の中を注意深く探索し始める。
「多分、ここは生け贄の儀式を行っていた場所。そして、この部屋のどこかに触媒があるはず」
俺達の踏み込んだ一室。光源魔法で照らされたそこは、赤黒い汚れが石造りの部屋の至る所にべっとりと残っていた。部屋の中央には、何かの塗料で描かれた魔方陣。複雑な文様を幾つも重ね合わせた様な形をしている。そして、部屋の隅に置かれているのは昨今滅多に見ない道具・・・拷問具だ。三角木馬に、内側に無数の針の着いた器具。果ては何かを抉るような形の鉄の棒。その全てに、赤黒い汚れは付いていた。ここで何が行われていたのかを予想するには、十分すぎる。ああ、クソったれな感じだ!
「ディマ、触媒っていうのは?」
「あのレイスはここの城主だったザルフェルト卿の成れの果て。多分」
「ザルフェルト卿って、ここの城主だった人だよね?」
「それディマが言ったから。答え先に貰ってるから」
素っ頓狂な勇者殿は置いておいて。ペテロ・ザルフェルト卿。200年前にこの地方を治めていた貴族だ。文献によると、元々魔術師としても高名だったようで、様々な研究を行っては領内での圧政を敷いていたらしい。
「そして、現在でも文献に残っている彼の異名が“惨殺卿”」
研究の中で特に力を入れていたのが、不老不死の秘術。そして、それを成功させるために彼はとうとう一線を越えた。それが生け贄の儀式。文献によると、領内の若者達を拐かしその血で何らかの形で秘術を完成させようとしたらしい。しかし、彼はやり過ぎた。
「1ヶ月で20人。流石に当時の王政も気が付き、城内を検閲した」
壁や道具を入念に確認しながら、ディマの言葉は続く。当然、ザルフェルト卿の行ってきた非道は暴かれ、研究を重ねた禁忌の術やらで抵抗するザルフェルト卿。しかし、検閲に同行していた当時の勇者によって討伐された。これが文献に残る“惨殺卿”の最後である。
「文献だとその後、同行した僧侶によって城の敷地内に浄化結界を張って、それを定期的に張り直して浄化していくようにしたらしい」
「なるほど。んで、200年っていう年月のどっかで、もう大丈夫!って判断されて今に至るってことね。ウィスプが出る程度だったらまぁ、そうかもしれないけど・・・もっと厄介なもんが潜んでたってことだね」
ディマの言葉を引き継ぎ、呆れた声音で溜息を吐くアスティア。俺も同感だけどね。とにかく、そのザルフェルト卿が何故レイスになって復活したかわからんが、まずは対応しないといけない。なんせこっちの命懸かってますからね!そのためにはディマが言う触媒ってのを探さないといけないようだ。
「多分、ザルフェルト卿は自分が死んだらレイスとして復活する術式を作っていたんだと思う。まずはそれを探す。必ず痕跡は残っているはず」
そう言いながら捜索を探すディマ。その時、降りてきた階段の上の方から音がした。何かが壁にぶつかるような、物騒な音だ。それが、何度も聞こえる。おい、これって・・・!
「来たんじゃね?“惨殺卿”」
軽く言うアスティアだが、既に剣を抜いている。しかし、ディマは構わず室内の探索を行う。
「まだ、大丈夫。通路に何カ所か結界を張ってある。もう暫くはそれで時間を稼げる」
ディマの言葉に、階段を降りてくる間に何やら壁に触れて呟く姿を思い出す。なるほどね。あれか。ディマ仕事できるぅ!
「とにかその、触媒ってのを見つけないとヤバイよね?」
「それも大丈夫、目星はついた・・・隠蔽されし邪なる衣を払え、【エクソシス】」
ディマはそう言うと担いでいた長大なメイスを両手で構え、思い切り床に叩きつけた。瞬間、赤黒い痕跡が付着していた石畳が、波紋が広がるように弾け飛ぶ。おお、すげぇ!破邪魔法なんて噂で聞くぐらいで初めて見たわ!ディマ、マジで何者だこの子?
「やるねーディマ。しっかし、これは更に胸くそ悪ぃものが出てきたね」
弾け飛んだ石畳の下。そこにあったのは、おびただしい数の骨だった。正確には、人の頭蓋骨。それらが組み合わさって、一つの文様を形作ってた。これは、人骨で作った魔方陣・・・!
「とてつもなく邪悪、そして強力な邪法で動いている」
デイィマにしては珍しく、表情を硬くし、暴き出された魔方陣を睨みつけている。その瞳には嫌悪、怒りが感じられた。
「とりま、ぶっ壊そうか。そうすりゃ、あのレイスにも影響あるっしょ?」
言うが早いか、アスティアはミドルソードを鞘から抜き放ち、組み合わさっていた人骨の一つに思い切り斬り付けた!おいおい、罰当たりじゃない?大丈夫?
「ダメっ!」
「げっ!?」
振り下ろされた剣は不可視な何かに阻まれ、紫色の電光が迸る。何かをはじくような硬質な音がしたと思ったら、アスティアが大きく後ろに飛ばされた。無事に着地するも、勢いを殺し切れずに壁に背中を打つ。ちょ、大丈夫!?
「アスティア!ぶ、無事か!?」
「ぐっ、自分で跳んで衝撃逃がしたからね。衝撃よりも・・・って、ち、近いよ!ボケ!」
思わず駆け寄って安否を確認した俺のボディに鋭い一撃を見舞うアスティアさん。うん、元気や・・・あれ、これお腹穴空いてるんちゃう?
「アスティア、無事?」
「無事だけど、一瞬嫌なもん見えたのと、声が聞こえた。胸くそ悪い・・・!」
ディマの言葉に顔をしかめ髪をかき上げるアスティア。なに?本当に大丈夫?ジェドおじさん心配よ!
「多分、犠牲者の怨念。邪法で封じ込めてザルフェルト卿の儀式のためにここに縛り付けられた者達の怨嗟の記憶」
「んで、ぶっちゃけこれをどうすりゃいい?時間もないみたいよ?」
アスティアが目線を向けたのは地上へ続く階段。その奥には、爛々と光る怪しい二つの灯火、レイスの眼だ。おいおい、もうこんな近くまで来てたのかよ!
「まだ最後の障壁があるから、1分は大丈夫」
「えーっと、つまり1分でこの状況を打開できるってことだよね?」
落ち着き払ったディマに、俺が冷や汗をかきながら聞く。いやだって、ピンチもピンチだろ。特に俺だけ霊体に有効な攻撃ほとんど持ってないし!焦りまくる俺に対し、ディマは言った。
「魂達との対話に1分。術の詠唱と発動に1分」
そう言うと、ディマは骨の魔方陣に両手で触れた。それを合図に、アスティアは剣を抜く。なるほど、つまり足が出た1分、ディマを守り抜けば俺らの勝ちなわけね。
「そろそろ来るよ」
「まあ、態勢整える時間があるだけマシだな」
俺が弓を籠手型短弓につがえ終わると、目の前の空間からビシリと音がした。“惨殺卿”の成れの果てが、ずるりと地下室へ入りこんだ。
〇
「ブレイブフォース!」
先制攻撃はアスティアの魔法。入り口から入ったかどうかの瞬間に、光の弾丸を叩き込んだ。アスティアも俺と同じ考えらしい。つまり、この部屋に入れない。狭い通路にいる間にケリを付ける!
「っ!ジェド!」
アスティアが弾けるように俺の方を振り向く。それだけでわかった。俺は咄嗟にショートソードを抜き放ち、思い切り振り、ディマ目がけて飛来した槍のような拷問器具を弾く。くそ、レイスはこのポルターガイスト攻撃が厄介だ!しかし、こいつディマを狙っている?
「―――!!」
「ぐっ!?」
劈くような奇妙な音が響くと同時に、入り口付近で粉塵が巻き起きる。苦悶の声を漏らし、アスティアが大きく後ろに吹き飛ばされ、ディマを越して後ろの石壁に叩きつけられ、誇りが派手に舞う。間違いない、今のは衝撃魔法!
「―――――――!」
障害が大きく後ろに退いたのを見逃さず、再び悲鳴を上げるレイス、いやザルフェルト卿。今度は空中に4個の氷塊が生み出される。冷氷系魔法だ・・・狙いはやはりディマ!
「させるかっ!」
発射される前に一つを弓矢で弾き飛ばす。しかし、残りの3個はディマ目がけて放たれた。俺はディマの背後に立ち、ショートソードで2つ弾くも、残りの処理が間に合わない。
「くっそがぁ!」
咄嗟に腕を伸ばし、残り1発の軌道に割り込むことに成功。当然、俺の左腕に氷塊は直撃する。鈍い音と衝撃が腕を通じて全身に響く。直後に当たった場所から痛いほどの冷気が広がり、腕が凍り付いていく!ぐっおお、やべぇぇえ!!
「うぐっ、おああ!」
しかし、ここで止まれば的にもならない。こいつの標的はディマだ。そして、俺の目的は時間稼ぎ!どっちにしてもディマの動きが止まれば俺達も追い込まれる!
「―――ッ――――!?」
また冷氷魔法だ。しかし、今度は単発。生み出された氷塊は鋭く、そして大きい。人間一人分は優に越える大きさだ。つまり、生半可な攻撃や障害なら物ともせずにディマに当たる。
「しかも、ポルターガイストの合わせ技ってか」
同時に周囲の拷問器具や吹き飛んだ石畳の瓦礫が浮遊する。無理。これは裁ききれない。既に俺は右腕しか使えない状態。完全にオーバーキルやで・・・ということで、人に頼ることにする。
「アスティア!頼む!」
舞った埃を突き抜けて、アスティアが飛び出る。同時に発射される巨氷塊!当然、周囲を浮遊する物体も一斉に動き出す。それらが降り注ぐ一瞬前に、ディマと俺の近くに滑るように着地したアスティア。腰に構えた剣を思い切り全方位に振り抜いた!
「ブレイブスラッシュ」
淡い光を纏った刀身が振り払われた瞬間、アスティアを中心に光の斬撃が氷塊を切り裂き、降り注ぐ物体を衝撃波で薙ぎ払う!勇者魔法、ブレイブスラッシュ。物体に勇者の力を纏わせて放つ魔法。最近は使ってるのあんま見なかったが、やはりその威力は凄まじい。振り抜いた姿勢のまま止まるアスティアの顔は、普段からは考えられない位に神々しく、どこか遠くにいる感覚を持ってしまう。
「―――――――ッッ!?」
「200年も前に死んでるヤツが、何してくれてんだ・・・よっ!」
渾身の攻撃を迎撃され、動揺したように震えるザルフェルト卿に対して、苛立ちを隠さず左手で光弾をぶっ放すアスティア。1発、2発、3発・・・その霊体が完全に霧散するまで連発する。あれ?さっきの神々しさどこいった?
「やったか?」
「すぐ復活するよ。それより・・・腕見せて!早くっ!!」
言うが早いか既に感覚がない俺の左腕に手をかざす。かざされた部分がジワジワと暖かさを帯び、代わりにジリジリと激痛を感じる。いってー!マジいてー!
「魔法の熱で溶かしただけ。でもとりあえずこれで凍傷にはなんないね。傷の治療は後で絶対するからね。あと、絶対無茶しないでね?」
そう言って俺の顔を真剣な表情で見つめるアスティア。何やかんやでこいつは真面目で、心配性だ。まったく、こういう姿をもっとアピールしていけば勇者内でも孤立しなかっただろうに。
「ありがとな。そんじゃ、また来るぞ」
無事な右腕でアスティアの頭を軽く叩く。彼女は一瞬顔を赤くしした後、ゴミを見るような眼で俺を睨み、無言でレイスの霊体が再構成されている方向を向いた。よかった。これレイスさんの再構成始まるの遅かったら殺られていた。確実に殺られていた・・・っ!
「いや、もういいみたいだよ?」
アスティアが剣を下ろした。すると、俺の後ろから光が放たれる。これは、何だか安心する暖かさだ。そこで、俺は背後を振り返る。
そこには、フードがゆるりと頭から離れ、輝く銀の長髪を露わにした、ディマがいた。その周囲からは、白く輝く光の粒子が迸っている。なるほど、術が完成したのだ。
●
【ゴスペル】。破邪魔法の中でも上位に位置する魔法。表面を覆う封印魔法は【エクソシス】で祓えたが、この髑髏の魔法陣は格が違った。正確に言うと、制作者が違う。
魔力の循環様式、文様の複雑さと要所への魔力強度の強化・・・僧侶といえども一目でわかる精緻な魔法陣と込められた魔力の強大さを感じる。しかし、それも【ゴスペル】の光で浄化され、土台とされた骸達もサラサラと砂に帰って行く。
「一体、何者?」
それは、魂との対話で垣間見た追憶の中にいた。その中にはこの魔法陣の作成のために生け贄にされた者達と、その元凶である、在りし日のザルフェルト卿がいた。
ザルフェルト卿は魔法に興味を持ち、いつしか不老不死の術に手を出した。当然、人間の時間軸では到達できない魔道の道を踏破するために。追憶の中で時折目に触れる彼の行動理念は、全てがそこに帰結していた。そして、そのための手段は選ばない。
ある時は領民の娘を。ある時は城内のメイドを。ある時は城内に迷い込んだ幼い兄妹を。生け贄にする者にとって共通することは、若さを持っていること。その若さを、命を奪い、彼はこのおぞましい髑髏の魔法陣を作った。いや、作ってもらった。
漆黒のフードを目深に被った、謎の存在。ザルフェルト卿の凶行をそそのかし、協力した存在。まるで流れるように脳内に映し出される狂気の場面の断片達。ある時は書斎で書物を漁る場面、ある時は地下室で拷問を行う場面、そしてある時は領民に対して温和な表情で行方不明事件についてそらとぼける場面、そして、その中に度々存在する漆黒のフードの人物。そして、追憶の中で完成していく髑髏の魔法陣。血に濡れた狂気の追憶の先。
そこは、城の屋根だった。魂との対話の中で、ここまで鮮明に景色を見るのは初めてではないが、本当に久しぶりだった。周囲を見ると屋根は砕け、所々損傷している。その理由は目の前にいる二人にあるようだった。
一人は豪奢な衣服を纏った壮年の男白髪が交じったオールバックが目を引いた。生前のザルフェルト卿だ。その瞳は醜悪に濁っており、怒りと憎しみが渦巻いている。そして、その眼光を受けているもう一人。
灰色の頭髪とくたびれた茶色のマントを風になびかせるその人は、まだ少年と呼ばれてもいい年頃だった。
その二人が、動いた。ザルフェルト卿は手の平から漆黒の波動を放ち、灰色の少年は波動を避け懐に走り込む。そして、決着だった。少年の剣がザルフェルト卿の腹を貫通する。ドボドボ流れ落ちる真っ赤な血。
『くっ、ひひ、死なない・・・私はぁ、死なないぞ。まだ、道半ばなの、だ。もっと、もっと奥を、おぇ、見たいのだぁ、見ないと・・・辿つけないのだ、げぼ・・・こんな、お前みたいな、最下位に・・・』
男が吐き流す言葉の途中で、灰色の少年は剣を更に深く押し込み、思い切り横に振り抜く。ザイフェルト卿の横腹を捌き斬り、弾ける鮮血と共に“惨殺卿”は絶叫した。
『ぎあ、あああぁぁああっ!!ふざ、けるなっ!私が、っがぁ、おぇえっ!?こんなところで、死ぬかっ?死ぬかぁあがっ!?まだっ、まだぁああ、魔道の先を、深淵ヲ、その先を・・・・・・先でぇ、彼女を・・・、ーレ・・・を、私、は・・・・・・』
もう一度、彼女に。
ザルフェルト卿の最期の慟哭。そう形容するのが一番しっくりくる。しかし、その絶叫の最後は、誰か別の者への哀愁を感じさせるものだった。
『何と素晴らしいお手並み。感服しました』
だが、まだ終わらない。この追憶は流れていく。返り血を浴びた少年の前に現れたのはフードの人物。漆黒のローブをはためかせて、大仰に両手を広げて少年に歩み寄る。
『お初に。私はザルフェルト卿の深淵なる魔道の賛同者。名を―――――』
灰色の少年が間合いを詰めて、剣を振るう。切っ先がフードを掠った。
名前までは聞こえなかった。ただ、そのフードの“女”は三日月の様に口を歪めて笑っていた。
〇
「――――ァ、ア、でェー、レ――」
「安らかに。ペトロ・ザルフェルト卿」
俺の目の前で消えゆくそれは、高そうな服を身に纏った老紳士の姿だった。オールバックにされた頭髪からも上品さが感じられる。しかし、その表情は苦痛に歪み、霧散する直前に、俺達でも聞き取れる言葉を吐き出した。
ディマの【ゴスペル】が発動した後も襲いかかってきたザイフェルト卿だったが、既に術式の核は破壊され、再生能力がなくなった。更に、猛威を振るっていたポルターガイストも弱体化し、後はアスティアとディマの魔法攻撃で早々に追い詰められることになった。
そして決着。幽霊城のレイス、ペテロ・ザルフェルト“惨殺卿”の最期だった。
「お疲れ、ディマ。」
「・・・ジェドさん、腕見せて」
俺の労いは完無視のディマ。痺れるぅ!あと左腕優しく扱って!痛い!超痛い!?
「治れ、【キュア・ライト】」
ディマの実にわかりやすい詠唱によって発動した治癒魔法。それによって左腕の傷が治っていく。おお、すげぇー!痛みがどんどん引いていくぅー!
「あーっと、ディマ、ありがとね。すげー楽になったよ」
「おい、鼻の下伸びてんぞ?通報か?あ?」
アスティアさん。怖い。圧倒的に怖いよ?何でそんなに不機嫌なの?貴女も後で治すって言っていたじゃない?治ったんだよ?喜ぶところでしょ?おや、ディマ氏は俺をじーっと見ていますが何かな?お金を払えばいいのかな?
「・・・もう、依頼はほぼ終わり。最期に、寄りたい所がある」
ディマが手を離し、俺とアスティアを交互に見て言った。普段はフードで隠されている綺麗な銀髪を後ろになびかせる彼女の瞳からは真剣な様子を感じ取る。ま、断る理由なんてないしね。
ディマに連れられて階段を上り、地下室を出て、更に地下牢から出る。そこで違和感に気が付く。
「ウィスプがいない?」
「当然。恐らく今回の大量発生と倒しても減らなかったのはあの魔法陣が原因」
ディマの考察では、あの魔法陣が何らかの理由で発動し、ザルフェルト卿が復活。その邪気につられてウィスプが集まり大量発生したのだろう、ということだ。もしかしたら今までの定期的な発生もあの魔法陣に原因があったのかもな。
「今になって発動した原因、理由はわからない。でも、そのヒントになるものはある」
そう言って、到着した場所は最初にザルフェルト卿と対峙した書斎広間だった。中は先の戦闘でボロボロ。様々な物が散乱している。その中に躊躇なく足を踏み入れるディマ。一直線に書斎の一つの本棚に向かっていく。うん?この本棚だけ倒れていない?いや、中の本だけは戦いの衝撃やポルターガイストですっかり亡くなっている。
「ここだった」
そう言ってディマが本棚の奥を手で触れる。すると、一瞬触れた部分からカチリと音がし、本棚の奥に更に小さな空間が現れた。中には一冊の豪奢な装丁の深紅の本。
「へぇ、こんな仕掛けがあったんだ。なんで知ってるの?」
「魂の対話の中でザルフェルト卿が頻繁にこの本棚で何かをしているのが視えた。これに何度もなにかを書き込んでいた」
アスティアの疑問に対して、そう答えるディマ。その目線は手に入れた深紅の本に向けられている。
「見ないの?」
いや、当然の質問だよね?手に取った本を見ないの?って言うのは。
「当然、封印の魔術が掛かっていて開けない」
「そんくらいはわかるでしょ?魔術師が自分の秘術を遺すんだよ?魔術師の世界では常識でしょ?バカなの?バカだね」
嘘でしょ?俺魔術師じゃないのにこんなに言われる?嘘でしょ?俺には目線を向けずに本を見て言うディマに、がっつり俺を見下して言うアスティア。もう一回言わせて、嘘でしょ?
「とりあえず、持ち帰って調べる」
「うん、200年前の文献って貴重だしね。ちょうど【魔窟戦役】の時代だし」
俺が打ちひしがれている間に、ディマとアスティアはさっさと書斎広間から出て行く。
何はともあれ、依頼終了・・・だね。あれ?あの娘達本当に行っちゃった?待っていてくれてない?ごめん、もう本当にあと一回だけ言わせて・・・・・・・・・嘘でしょ。