迷いの森の黒トレント
中央都市の南方、竜馬車で1時間ほどのその場所に巨大な森林地帯がある。一つの都市が収まるくらいに大きなそれは“イステカ大森林”と呼ばれ昔から学者、冒険者が訪れる有名スポットとされている。
生息するモンスターは様々だが、中央最深部に行かなければ雑魚モンスターとしか遭遇しないため、駆け出し冒険者が訪れることも多い。しかし、そんな冒険者馴染みの場所には別名がある。
「“迷いの森”だっけ?ここには何回も来てるけど、当たるのは初めてだなぁ」
「アスティアさん、焦って。俺達今結構ピンチよ?」
俺とアスティアがいる場所は、イステカ大森林。周囲は薄く、綿のような霧が満ちている。場所的には外周より少し深めの区画だろう。まあ、この状況では自分たちの位置こそ確証なんてものは持てない。
「まぁ落ち着けよブサイク。いつから迷ってるかはわからないけど、とりま気がついてよかったじゃん」
深刻な表情の俺とは違い、活力に満ちあふれた彼女は黒いボブカットを揺らして周辺の樹木にナイフで傷を付けている。目印だな。何やかんや言ってやることはやる、頼りになります。あと今ブサイクって言った?
「大体さぁ、いつ起きるのかわからないんだから、こんなん交通事故みたいなもんでしょ?こうなったらあとはここからどうするかを考えるしかないじゃん?」
アしゅティアぁ、男前やなぁ。と俺がシビれている間にアスティアはテキパキと魔地図盤を取り出して現在位置を割り出そうとしている。魔地図盤は精霊脈に反応して今までの俺たちの通った道筋を浮かび上がらせる手の平サイズの魔道具だ。冒険者なら必須の道具。俺らのは中古だけど、それを差し引いても現在はまったく機能していない。これもこの霧の影響か…?しかし、アスティアぁ…なるなぁ頼りに。なるなぁ!それじゃ、俺も生還のために足掻かないわけにはいかんよね。
“迷いの森現象”。随分前に学会で発表されてその存在が認知された現象だ。曰く、大昔より伝わっている遭難事件は、この現象が関わっているとのことだ。その内容は普段はごく普通の森だが、ある条件が重なると特定範囲にて磁場、魔力の歪みが生じて、空間自体が外界と隔離されて結果迷う・・・というものだった。まぁ、条件は幾つか提唱されているが、それが確実かというとそうでもないらしいので、正確には理論として確立されいるものではない。
「まぁ、生還した人たちの情報と今の状況は重なる所が多いから、結局そうなんだろうなぁ」
俺は心底嫌な気持ちを込めてため息を吐く。ああ、面倒くさい。未だにただちょっと迷っただけという気持ちにすがりたいが、一点だけどうしても払拭できない事実がある。それが、この霧だ。
『気がつくと綿のように薄く、ふわふわとした霧に包まれていた』
迷いの森現象に遭遇し、生還した者たちは共通してそう言っていた・・・らしい。
「とにかく、慌てずにいこうよ?幸い食料もあるし」
アスティアが明るい表情で木の根元に置いてあるリュックを指差す。あの中には今日の弁当と携帯食料が入っている。確か今日の弁当はジバ鶏のタルタルサンドって言っていたな。深刻な状況は変わらないが、アスティアの言うとおり冷静さを失うのが一番よくない。とりあえず暫く様子を見がてら休憩するか。
「アスティアちょうどいいから干し肉でもおやつに休憩しよう」
「うん。そして、その干し肉を含め弁当等が入ったリュックが勝手に動いてるんだけど?」
うん?リュックは動くものじゃないよ?背負うものだよ?俺の素朴な疑問とほんの少しのアスティア本当に馬鹿という気持ちは、目の前の現実を見て吹き飛んだ。あるぇえ?リュックが這ってる?
「「お、追えー!」」
俺とアスティアが同時に叫んだ言葉だった。それを合図に、リュックの這う速度が速くなる。つか、速えぇ!くそ!一体どうなってやがる!覚醒したのか?リュックに意思が芽生えたのか?よりにもよってこのタイミングで!?
「くらぁ!弁当入ってんだぞ!?中身混ざったらどうしてくれんだ!」
「馬鹿スティア!今はとにかく追え!見失ったら終わりだぞ!あと説得しろ!きっと背負い方とかが気に入らなくて自我が芽生えたんだ!ごめんよ!ごめんよー!」
「馬鹿はどっちだ!モンスターか妖精の仕業に決まってんだろ!そもそもその発想はねーわ!よくも人を馬鹿呼ばわりできたな!?いいから追うよジェド馬鹿!」
いがみ合いながらも足は止めず、リュックを追う!木々を避けて器用に霧の中に消えていこうとするリュックに追いすがる!よくよく見るとリュックの背負いベルト部分に何かが引っかかっている・・・木の枝?ってことはまさか!
「おい、アス・・・!」
声が出たのはここまで。何故なら投げかけた対象がどこにもいなかったからだ。う、そでしょ・・・?
そして、更に最悪なことに思い至り、リュックの進んでいたであろう方向を見る。時既に遅し、リュックも霧の奥に消えていた。
「え、これ詰んだ?」
●
「ああ、もう!うっざいなぁ!」
迫り来るのは蠢く木の枝。その数、数十。多い!そして、例外なく先端は尖っている。刺されば間違いなく穴が開くだろうね。ま、絶対刺さらないけどね!
縦横無尽に私に襲いかかる木の枝を避け、時には剣でたたき落としてその場をしのぐ。くそ!うざい!
そもそも今回はギルドの依頼ではなくピクニック感覚で素材を採取しに来ただけなのに!ポーションに使えそうな薬草や木の実をそこそこ採れたたから後は帰るだけっだったのに!
「くそトレント!」
トレント。倭名、樹魔。樹木の形をしたモンスターだ。生息地域は主に森林地帯だが、希に洞穴などでも遭遇することがある。私も何回か仕留めたことはあるけど、今回のは面倒臭い。
「いい加減、本体を見せろっての!」
悪態を吐きながら剣を振り抜くと、頭部を狙っていたであろう枝が切り落とされる。そう、交戦して5分ほど。未だに枝を操る本体を視認できていない。理由は簡単。この霧だ。迷いもの森の霧。この現象が起きた合図とも言われるそれは、確実に私の不利に働いていた。くそっが!
「・・・ジェドは大丈夫かな?」
依然として攻撃の手を緩めないトレント。そして、トレントが相手である以上、先ほどのリュックを動かしたのは間違いなくこいつの触手だ。つまり、私達は意図的に分断され誘い込まれたことになる。そう考えると口を突いて相棒の心配をしてしまう。まあ、相棒というか腐れ縁というか・・・まあ、一応パーティーを組んでいるわけだから心配するのは当然なわけで。
「あぁん?」
空気を裂くような音と共に、霧を突き破り少し太めの枝槍が数本私を襲う。だが、当たらない。避けれる枝は避け、必要な分を剣でいなす。先ほどまでの攻撃よりも鋭い。どうやら獲物が弱ったと考えて仕留めにきたらしいけど、バカだねぇ、位置を教えてくれるなんてさぁ!!私は一瞬で右手に意識を集中し、淡い光りを点す。
「ブレイブ、フォース!」
勇者魔法と呼ばれる魔法。その中でも最も有名な攻撃魔法だ。勇者特有の魔力を集中させて放出する。何でも勇者の魔力はモンスターに対しては絶大な効果を及ぼす、らしい。実際原理やらはわからんけど、私にとっては有効な遠距離攻撃の一つでしかない。
放たれた光は周囲の霧を吹き飛ばし、辺りを一瞬で明るくした。おお、これはいいね!更にいいのは、晴れた視界の先にあった数本の枝に光が一直線に叩き込まれたことだ。それらは粉々に弾け飛んだ。
「よっし、とりあえず撃破。ん?本体じゃないけど。ん?何か普通のトレントの樹皮よりも少し黒いな・・・もしかして何かに使えそうな素材?」
こういう所でしっかりと稼いでいかないとやっぱり生活が厳しいんだよね。まずは生活第一。生活困窮ギリギリの底辺冒険者なんだから、コツコツ貯蓄を殖やしていかないとね。大体ただでさえ最近“アイツ”からの直々の招集や賢議会のジジィ共から嫌な情報が降りてきてるってんだから。まずは先立つもんを蓄えて・・・おや?
「これって・・・?」
そこで気がつく。霧が晴れたままのことを。もしかして・・・
〇
アスティアとはぐれて1時間弱。俺は当てもなく周囲を探索したが、全く好転せず。同じような場所をぐるぐる回っていたので、とりあえずメシにすることにした。
「困ったらメシ。名言」
しかし、弁当や干し肉ブロックの入ったリュックは霧に消えた。となると、今俺の手元にある食料はない。
「ないなら、調達すればいいじゃない」
ということで、俺の手元にはこの森で調達した食材が数個ある。傘のようなフォルムに非常に目を引く過激な色彩。キノコだ。しかも、毒キノコに分類される、正式名称黄筋シビレタケ。案外どこにでも生息しているキノコで、名前の通り食べると全身が痺れる。効果としては大きさや食べた量でまちまちだが、およそ10分程はまともに動けない。まぁ、死にはしないが意識は鮮明なのに身体が一切動かないあの感覚は非常に恐ろしい。経験者は語る。
「まずは、火を付ける準備」
俺は自分のリュックから小さな鉄網を取り出す。基本調理器具、調味料は俺のリュックにある。と言っても簡易的な物なので、重量も大したことなく苦にもならないからいいんだけど。付近の手頃な石ころは既に見つけている。それを鉄網の設置場所の四隅に置きし、中央にはむしった木の葉を。さて、後は発火石で点火すればよいので、火の準備は完了だ。
「お次は」
手元にあるキノコを全て縦に真っ二つに切る。その数3本。大きさで言うと掌に収まる位のサイズだ。切った頃合いで、網の下の火種に火精筒で点火する。よしよし、少し煙たいが息を吹きかけてうまく燃えてきた。
「出番だ、薬草!」
俺は網の上に解毒効果のある薬草シュアタの葉を敷く。網が全て隠れるまで。そしてその上に半分に切ったシビレタケを乗せ、焼く。そう、これが毒抜き兼調理!これを教えてくれたのは俺の師匠なんだが、何でも麻痺の解毒効果のあるシュアタに乗せて焼くことで気化した成分がシビレタケに入るのと同時に、シビレタケの麻痺毒も気化して軽減され、結果毒素はなくなる・・・ということらしい。
「まぁ、わざわざ毒キノコ食べようとするのは師匠位なもんだろうけど」
今は食事にありつけるのだから、師匠ありがとう!
そうこう考えていると、鼻孔に入ってくる良い匂い。ううん、たまらぬ!キノコをひっくり返すと、程よい焦げ目。ううん、ううん!いいね!そこから少々表面も焼けるまで待つが、あまり焼いても味が落ちるし身が固くなる。程よい所で俺は一つを串で刺し、口元へ。
「まぐ・・・っうまいぃい!」
美味い!これ毒キノコ?って位美味い!身は肉厚で、噛むと汁が染み出して口に広がる。そして肝心の毒なんだが・・・うん、今んとこ効果はないからしっかり毒抜き出来てるみたいだ。安心。
「そのままでもいいが、ちょっと一手間」
俺は焼けているキノコの上でリュックから取り出した小瓶を開ける。中身は、黄色の液体。それを、一滴ほどキノコにかけていく。すると、ジュっと音がし、ふわりとレモンの風味が鼻孔に加わる。ううん、いい!
「では焦げちゃう前に、どんどんいただきます」
液体をかけたキノコを口に入れると、先ほどのジューシーさに加えて、ほのかな酸味が広がる。それもそのはず、液体はレモンエキス。性格にはジャバレモンという品種のエキスだが、これがレモンの中でもかなりの酸味を持つ種類で、一滴でも十分にキノコたちに味と風味を与えてくれる。まあ、少しお値段高いから多量には使えないってのもあるんだけどね!
ちなみに基本うちの食材関係はアスティアが管理していて、アイツは基本的に食には金を使う。曰く、「何を削っても生きることの基本である食事はしっかり!削るならそれ以外から!」ということらしい。やだ、アスティア超お母さん!そのおかげで美味い物が食べられているので文句などあるはずがないが。
「ふぅ、結構食べた」
そこそこの満足感を得た俺は少し気持ちが前向きになった。やっぱ腹が満ち足りるといいね。さて、そろそろこの状況と向き合いますか。まずはお片付けを・・・と腰を浮かそうとした時だった。
俺の目の前の霧の奥。そこから、スッと鋭い先端の木の枝が現れた。
〇
「お、おぉ!?」
口から漏れた情けない声。それに反応したのか、木の枝はその身を撓らせて一直線に俺に突っ込んできた!刺さる!
「ひゅっ、らぁ!」
間一髪で横に跳び、難を逃れる。だが、そこで止まっていては冒険者の名折れ!俺だって5年目の中堅だ。素早く腰からショートソードを抜き、枝の側面を斬り付ける!
「よし!効く」
4年前に買った愛用のショートソードは人の腕程の太さの枝を綺麗に切り裂いた。切り口が少し焼けているのは
炎熱+2の効果だ。付与費用だけで5000Gはしている。なので当然。この威力は、当然!
愛剣の威力に惚れ惚れしている内に、事態は急転した。霧を裂いて、数十本の枝槍が蠢き、現れたからだ。あ、これ詰んだのではないでしょうか?口を半開きにしながらも、身体は動いた。即ち後退!戦略的撤退だ。背は見せずにバックステップで距離を取ろうとする・・・が、同時に枝槍は一斉に襲いかかってきた!ひぃい!
「くっそ、せめて本体さえ見えれば!」
「はいよ!」
聞き慣れた声が背後からする。それに釣られ、目線を後ろに向けると目映い光りが視界を横切っていった。これは、勇者魔法!
「ゴカカァ!?」
その光りは枝の群れを数本消し飛ばし、その奥の霧までも吹き飛ばした。奥から聞こえたのは、奇妙な・・・何かが擦れたような怪音。これって、うめき声?更に、別のことにも気がつく。消えた霧が戻らない?俺は勇者魔法を放った人物、アスティアの方を向く。どういうことだ?
「ま、見てなよ。もう一丁!」
俺の横に並んだアスティアは、掌に淡い光りを点すと空に向け、一気にその力を解放する。光りは掌を中心に波紋のように周囲に拡散し、霧を吹き飛ばしていった。クリアになった視界の先には、明らかに異様な様相の樹木。間違いない、あれがトレントの本体!
「普通のトレントとはちょっと違うね。大きいし、足がない。その分枝の多さは異常だけど!」
5m程の大きさのそいつは、真っ黒な樹皮に茶色の枯渇した葉を付けている。通常トレントは根が足のようになっており移動して対象を襲撃するが、アスティアが言ったようにこいつには足がない。足らしき根は地面から少し見えるが、動き出す様子がないのだ。そいつは数十本の枝をザワザワと蠢かせている。明らかに臨戦態勢だ。
「変異種か?いや、それよりも見ろ!あれ俺らのリュック」
蠢く枝の一つに見慣れたリュックが引っかかっていた。それ俺達のです!
「よし、何でもいいからコイツは殺そう。話はそれからだ」
ふぇえ、アスティアちゃんこわいよぉ。まあ、コイツの頭の中はリュックと言うよりも中身の弁当なんだろうな。確か特製ジバ鶏のタルタルサンドって言っていたもんな。思い入れが違うぜ。
「よし、んじゃいつものパターンで」
「火系の鏃はなしね。一応ここは政府の管轄地区でもあるんだから大規模な火事とかになったら保証金とか請求されるかもしれないし。んじゃ、よろしく!」
ミドルソードを抜いて黒トレントに接近するアスティア。さて、俺も動くとしよう。素早く腰の矢筒から青い羽根の矢を取り出し展開した籠手型短弓に番える。あとは発射の位置取りだ。
「コカァ、カガカカっ!!」
黒トレントが枝を展開する。長い、そして異常に撓るその枝の先端は鋭利。数十本の自在に操れる槍だ。それを縦横無尽に繰り出してきた。当然、その長さは俺も射程範囲に入れる。以前のロックイーターようにゆったりと動いてなんていられない。足を止めれば、串刺しだ!
「ちぃ、ジェド!こいつ、厄介だ」
「勇者様がそう言うんなら間違いないだろーよ!」
アスティアは剣で枝を叩き落とし、何とか接近しようとするが手数に圧倒され距離を詰められない。なら、ここは俺がやるべきだろう。冒険者の前はバリバリで猟師をやってたんだ。矢を撃つことに関しては、ガキの頃から慣れている。何より、この程度で撃てなくなるとか言ってたら師匠にブチ殺される!
「ぶち当たれ!」
青い羽根の矢は氷結効果の魔法鏃。左腕の籠手から放たれたしれは、一直線に黒トレントの本体に飛ぶ・・・が、半ばで枝の一本に阻まれる。でも、効果は受けてもらう!当たった部分から冷気が吹き出し、あっという間に枝が凍りつくが、そこまで。枝の半ばまでを凍り付かせて効果は消えた。
「おい!不発じゃねぇか!」
「仕方ねぇだろ!A級のならまだしもC級の鏃なんだから!効果だってこんなもんだろ!大事なのは、その後のカバーだ!」
既に俺の左腕の籠手には新しい矢が番えられている。羽根の色は白。狙いは本体。だが、今度は明らかに意図的な動きで枝が本体への軌道を阻んできた。なるほお、知能があるらしい。だが、関係なし!俺は思い切り矢を引き絞り、放った。
「アスティア!」
「あいよ!」
放たれた矢は本体の前に展開された数十本の枝の壁に直撃し、それら全てを物ともせずに貫通した。その先には、黒トレント本体!白羽根の矢は、衝撃魔法付与の魔法鏃。効果は、貫通力の強化。
「ゴガカっ!?」
ガツゥン、と破砕音が響く。黒トレントの何とも言えない呻き声が木霊した時には既に、アスティアが本体に向けてアタックをかけていた。周囲を取り囲んでいた枝は動きを止めている。かなり効いたみたいだな。あとは、勇者殿にお任せだ!
「弁当、返してもらうね?」
慌てて迎撃を始めた枝を華麗なステップで潜り抜け、ふわりと黒トレントの本体の前に着地するスティア。その手を優しく樹皮に当てる。
「代わりにこれをあげるよ」
至近距離で放たれた光は黒トレントの本体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
○
「信じられない!」
「いや、まあそりゃあれだけ枝にぶら下がったまま振り回されたらそうなるわな」
黒トレントを粉砕した後、俺たちは使えそうな素材を回収した。と言っても真っ黒な木の枝の欠片や、同色の樹皮等を少しだが。価値がまったくわからんから無理なく持って帰れる量だ。さて、回収の際に真っ先に確認したのが、リュックである。何しろ、俺と違って何も食べていないアスティアさんは空腹がペコペコだったのだ。
「朝早く起きて作ったジバ鶏のタルタルサンドウィッチが!こんな、無残な…!」
結論から言おう。弁当箱の中身はグチャグチャドロドロでした。何かね、もうすごい混ざった感じになってた。うん。でもタルタルソースと鶏肉の香りは健在だったよ。ただ見た目がワイルドだっただけ。ただそれだけ。
「あーもう、美味い!」
「結局食ってるじゃねーか。お前は本当に逞しいね」
現在俺たちは中央都への竜馬車に乗っている。黒トレント撃破後、霧は綺麗に消え去り、魔地図盤が機能回復。無事に大森林から出られたというわけだ。
「しかし、あんなに深部まで行ってたなんてな。もう少しで最深部付近だったぞ。あの位置」
「そーだね。もぐ」
あっけらかんと返事をしながらワイルド弁当をスプーンで食べるアスティア。いやいや、本当によく無事で戻ってこれたよねってことよ?
「お前ね、もう少し危機感を持ちなさいよ」
「キノコバーベキューしてた人と違って私は何にも食べてなかったんですけど?寧ろ毒消し草が減ってるんですけど?私はキノコ食べてないんですけど?」
「あ、さーせん」
おかしいな。あの後さりげなく鉄板は片付けたし、何かを食べたとか言ってないんだけどな。おかしいな。
「匂いでわかる」
「あ、さーせん」
やだ、この子の食い意地怖い。あと、フォークこっちに向けるのやめて。光を奪われちゃう。よし、今はとにかく話を変えよう。
「まあ、それはともかくとして勇者魔法に霧を吹き飛ばす力があったなんてな。流石は勇者。モンスターの天敵って呼ばれるだけはあるな」
「話し変えやがったな?そのことなんだけど、少し思うところがあるんだよね。つっても、今回は結果オーライだったから別にいいや」
大したことじゃないしね。そう言うとアスティアは再び弁当を食べる。ふと目線を窓の外に向けると中央都付近の風景が通り過ぎていく。おお、帰ってきたな。
「何はともあれ、今回も無事に帰って来れたな」
「とりあえず、もぐ、ギルドで素材の査定をして、もぐり、もらおう。査定額によっては外食しよう!いいよね?ジェド」
振り返るとかなり命がけだった気がするが、どうにか今日も家に帰れそうだ。
■
白い靄に覆われた世界。見えるのはそれだけ。
『生まれた』
誰?声がする。
『君の、名前は―――――』
なんて?聞こえない。あれ?靄が晴れていく。それでも視界が悪いことに変わりはない。けれど、見える。ここはどこ?緑色の・・・葉っぱ?ああ、森の中だ。
『大きく、おなり。君に、手足を、眼を、あげよう。この森の中だけしか根を張っていないが、今は、それを使いなさい』
まただ。誰?誰?うん、今はいいや。それよりも、森の中を見て回ろう。そうすればわかるかも。ワタシがどうしてここにいるのか?
―――おい、これ“迷いの森”じゃないか?
―――ジェド・・・何それ?
―――アスティアちゃん?冒険者何年やってんの?バカなの?死ぬの?
―――へぇ、死に方わかんないからお手本見せてよ?
―――ちょ、や、やめろー!
あれ?なんだか楽しそう。行ってみよう。ワタシの意識は楽しげな声のする方へふわふわと飛んでいった。




