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世紀末の七星  作者: 広川節観
第三章 乱れる世界
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97 カフェ

 決起集会が幕を閉じてすぐに人類の対昆虫軍迎撃陣地設営作業の準備が本格的に始まった。まずは、集会場でエドワード、グスタフ、ダスティンなどが中心になって、人員の割り振りが行われる。


 運搬作業、土木作業、炊き出しなどなど。それぞれの役割の班が決められ、長が決められていく。


 すでにひとつになった市民たちは、皆がやる気を出している状態で大きな混乱もなく、早くもまとまった第一集団が東に向かって動き出していた。


 しばらくその様子を見ていたが、俺は、蛍、レイラとざわつく会場を後にし、オールコック邸に戻ることにする。キャサリンも探そうとしたが、大混雑が戻った人波のなかでは、無理だろうということであきらめる。


 「ラウラさん。カッコイイなぁ。凄いなぁ。憧れるなぁ」


 レイラが『宝塚の帰りか!』と突っ込みたくなるようなセリフを連発している。キャサリンもきっとそうなんだろうなと思っていると、蛍が何やら呟いた。


 「うん? 何?」


 「ううん。なんでもない」


 少し下を向いて力なく首を振る蛍。この戦いが終わるまで、いつもと違う蛍を俺は感じ続けなければならないのか。なにかとてつもないやりきれなさに襲われた。


 「なあ。ほたる……」


 「うん?」


 フレイムの幻術のことを先に話してしまうか。そうすれば、蛍も少しは元気になるのかもしれない。そう思った自分を自分では止められなかった。本当は止めなければいけなかったのかもしれないが、もう俺には無理であった。


 「ちょっと話があるんだけど……」


 そう切り出してレイラも一緒に連れて、街にある唯一のカフェに行くことにする。幸いにして、キャサリンから貰っているお金というか、銅貨や銀貨を持っていたので支払いに困ることはないはずだ。何がいくらかは知らないけど。


 そういえば、俺はこの街でのほとんどの時間を訓練場所とオールコック邸で過ごしていたため、一度も街で買い物とかお茶とかをしたことはなかった。


 食事はもちろんのこと、生活に必要な物は、メイドや執事に頼めばすぐに用意してくれたし、武器屋や雑貨屋、露店で売っている物を欲しいと思うこともなかった。


 こと、この世界での生活という面では、俺は恵まれすぎていた。英雄の特権と言えばそれまでなのだろうが何不自由のない生活を送れていた。今さらだが、ラノベの主人公とかが異世界で苦労するシーンと対比して、俺は思わずニヤニヤしてしまった。


 まずい。レイラと蛍に見つかったらどうしようと思ったが、ふたりともというか、レイラが一方的にラウラの話で盛り上がっていて、聞き役に回っていた蛍もこちらに気が付いていなかった。



   ◆◇◆◇◆◇



 酒場のようなカフェに入ると猫耳のメイドさんが『いらっしゃいませ。ご主人様』と笑顔で迎えてくれた、というのは俺の妄想で、50過ぎだろうか、エプロンをつけた恰幅のいいおばさんが妙なことを言いながら出迎えてくれた。


 「あれ。今日はキャサリンお嬢様はいないのかい?」


 「ええ。ちょっとはぐれちゃって」


 唖然とする俺をよそにレイラが楽しそうに答え、蛍も『こんにちは~』と挨拶している。あれ? あれ? あれ? これは入口で、妄想をしてた罰ですか。


 「ほたる。ここ来たことあるの?」


 「えっ?」


 「あれ?」


 蛍は目を丸くして驚き、レイラは不思議な者を見るような目を向けてきた。


 「ここエドワードさんのお店だよ。ほらっ」


 蛍の白魚のような指先が差した方を見ると、壁に2枚の肖像画が掛けられていた。1枚は『うん、なるほど』といえるエドワード・オールコック。第82代店長と書かれている。そしてもう一枚はどこかで見た肖像画だった。初代店長らしい。


 初代店長の肖像画には、白衣を羽織った若い研究者風の女性が描かれていた。


 「たしか……、あれは……」


 「そだよ。鉄の預言者って人。その人がコーヒーを飲みたいためにここを作ったんだって」


 そうだ。そうそう。鉄の預言者だ。蛍の説明に俺は何度も頷いた。


 つまりこういうことか。鉄の預言者がもともとお茶系の飲み物しかなかったこの世界にコーヒーを持ち込みというか、栽培をはじめたのかは知らないが、とにかく自分がコーヒーを飲める場所として店を作って、市民にも提供しはじめた。


 しかし、意外にもこっちの世界で普及することはなく、鉄の預言者が亡くなって、この店が残り、それをこの街の主たちが代々受け継いでいっておよそ3000年、82代まで来ていると……。すでに伝説級だな。


 それにみたところ流行っているようには見えないし、採算は度外視というか、エドワードと鉄の預言者の肖像画の反対側の壁には歴代店長の肖像画も全部あるみたいだし。もう、カフェというより、ここは博物館だろ。


 まあ、ここまで続いたら採算とかは関係ないか。街の主になったら受け継がない訳にはいかないよな。エドワードも金持ちのようだし、歴代の主たちもここを維持する金くらいはどうにでもなるのだろう。そして、鉄の預言者も自分が生きた証をこうして残してもらえて、きっと喜んでいることだろう。


 そんなことを考えていると、蛍とレイラが窓際の席を選んで並んで座ったので、俺はふたりと向かい合って前の席に着いた。


 「ふーん。達也って、来たことなかったんだ。コーヒーは飲まないんだね」


 レイラが俺に向かってというより、横を向いて蛍に話している。


 「レウさんたちとも会ったことあったのにね」


 重ねてレイラが口を開き、またひとつ、俺の光が消えていった。レウさんたちも来てたのか。まあ女性はカフェとか好きだからな。そして三度(みたび)レイラが喋り、蛍が応える。


 「キャサリンが幸介を連れて来たって言ってたっけ?」


 「あーー、言ってたね。幸介がつまらなそうにして怒ったってね」


 最後の灯も消えた。幸介、お前だけはと思ってたのに……。あっ、そうか。そういえばお前には俺が来る前のここでの時間があったんだよな。なら許そう。はぁ、でも結局は俺だけ……、七星のぼっちか。


 漫画などならショックを受けて『ガーン』となったときの縦線が俺の後ろを埋め尽くしているな。


 頭を抱えたくなっていた俺をよそに、レイラは俺の心にグサグサと刺さる言葉を続けた。それでも表情を変えずにふたりのトークを聞いていて、というか聞くふりをした。


 そういえば蛍たちは国は違うけど女子高校生なんだよな。当たり前のことを忘れていたよ。女子高校生ならファミレスやファーストフード店でのおしゃべりは得意科目というか、普通のことか……。


 「あれ、達也。どうしたの。あっ」


 レイラが気が付いたようで止めを刺してくれている。蛍はすでにフォローの言葉を探しているようだ。


 「達也はコーヒー嫌いだもんね。でも、はじめて来たカフェで両手に花なんて凄いね」


 いや、それフォローになっているのか……。疑問は残ったが、いつまでもくだらないことでショックを受けていても仕方がない。そんな場合ではなかった。


 ひとつため息を吐いて、俺は蛍とレイラにフレイムの幻術のことを話しはじめる。


 「いや、気にしないで。それでさ、ほたる……」



    ◆◇◆◇◆◇



 俺がカフェで頭を抱えていた同じころ。中央世界(セントラルワールド)、7大陸の北西にある深い森のなかにもブラッド・リメンバー陥落のことが伝わっていた。


 金髪碧眼の女エルフの兵士が、金髪と黒髪の美少女を侍らせている女王に向かい傅いて報告する。


 「純潔の女王(ヴァージンクィーン)。昆虫の大群が人種(ひとしゅ)の街を攻め滅ぼしたようです」


 「なんじゃと。む、虫けらじゃと。なんとおぞましい。そんな話を我に聞かせるでない!」


 純潔の女王(ヴァージンクィーン)は、苦虫を噛み潰した顔をして、それから口直しでもするかのように、侍らせている美少女たちの顔を眺めて、ため息をひとつ吐いた。


 「はっ! 失礼いたしました」


 それから純潔の女王(ヴァージンクィーン)は、美少女の頭や顔を撫で回しながら兵士の方へ顔を向けずに、問い掛けて答えさえ聞かずに命令を出す。


 「それで……。そのおぞましいものがこちらに攻めてくるのか。1匹残らず抹殺せよ! この世から消し去れ!」


 「い、いえ。人種と決戦となる模様です。それと密偵として放った精霊たちによると人種のなかに純潔の女王(ヴァージンクィーン)のお目に叶いそうな身も心も純白の聖女がいるとのことです」


 純潔の女王(ヴァージンクィーン)は『身も心も純白の聖女』と聞いて、尖った耳をぴくりと動かし、兵士のほうを向いて大きく口元を緩ませた。


 「ほう。それは誠か。ふふふふふ。……ふむ。ならば密偵にはその者の特徴や行動を事細かに報告させるのじゃ。そうじゃの、なんなら人種に加勢させても構わんぞ。虫けらなど、我には、いやこの世界には竜どもと同様に不要じゃからな」


 「御意!」


 純潔の女王(ヴァージンクィーン)は力強く命じ、それから美少女たちの頭やウサ耳を何度も撫で、まだ見ぬ聖女のことを思い浮かべながら、さらに笑みを深めた。




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