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世紀末の七星  作者: 広川節観
第一章 世界の秩序と混沌
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09 鎮座する古代生物

 メイドに案内された場所は、客室よりも大きな白いテーブルがあり、壁や窓なども白を基調とした清潔感のある食堂だった。


 部屋の奥、テーブルの一角に、4人分のパンと野菜スープ、それとスプーン、取り皿が並べてある。


 そして、その中央には、魚なのか、海老なのか、蟹なのか、わからない巨大な料理が、ドーンと鎮座していた。


 頭部には、左右に棒のようなものが飛び出ていて、その先に、巨大な目があり、二本の細長い口のようなものを持っていた。


 一目見て『うわっ!』となるが、しっかりとカリカリになるまで焼かれているようで湯気が出ていた。


 胴体部分は、縦がおよそ70センチメートル、横は20~30センチメートルくらいあり、海老の甲羅のような殻を、中央からきれいに割って開いた状態にしてある。


 中身は、海老や蟹が焼かれたり、茹でられたあとに出る薄い赤み───甲殻類などの体内ではタンパク質と結びついて青灰色であるアスタキサンチンが、熱で分離したときになる、物質本来の赤色───が、きれいな模様を作っていて、ほんのりと磯の香を漂わせていた。


 「な、な、なに、これ??」


 「あー、これか。これはアロマ焼きだ!」


 「いーえ、違いますわ。これはアノマロカリスの塩焼きです。中央世界(セントラルワールド)の最高級料理と言われてますのに、そんな植物由来の天然香料の名前にしないでください。大変ですのよ。こいつを手に入れるのは」


 巨大な一皿を見て驚く蛍に対して、幸介が適当に答え、キャサリンがそれを訂正する。


 「そ、そうだ、それ。それの塩焼きだ。上手いぞー、こいつは」


 「そ、そ、それにしてもグロテスクね。この子」


 蛍は、アノマロカリスの頭部を、少し引き気味で、俺の後ろに隠れて強く眉を顰めながらも、チラチラと見ている。


 俺は、このやり取りを聞き、その名に聞き覚えがあったため、元の世界で見たテレビ番組を思い出す。


 アノマロカリス。

 約5億800万年前(カンブリア紀中期)の海洋で、食物連鎖の頂点といえる最大の捕食者として名を馳せた巨大生物である。

 全長は大きいものでは1メートルにもなり、巨大な二つの複眼と二本の付属肢(獲物を捕らえる、脚、触手などのこと)を持ち、体の横には泳ぐためのオールのような無数の鰭を備えていた。

 また、その名の意味は「奇妙な海老」。

 繁栄の歴史は、人類が今だ長く見積もっても700万年くらいであるのに対し、およそ2000万年とも言われている。

 つまり、とてつもない長い間、海洋に存続していた生物であった。


 ちなみに2000万年というのは、2000年の1万倍であり、紀元後の西暦1年から2000年を1万回繰り返す長さである。また、仮に人の一生・70年を一世代として、繋いでいくとすれば、28万5714世代目が2000万年代を生きることとなる。


 「こ、これって、古代生物の、あの、アノマロカリスなのか? なんでこんなもんがここにいるんだ? 皿に載って……」


 「えっ! そうなの? 古代生物!?」


 「「さあ?」」


 俺の驚きを素直に受け止めていたのが蛍で、キャサリンと幸介はそんなの知らんし、どうでもいいとでもいいたげな顔で、投げやりな返事を重ね合わせてぶつけてきた。


 そういえば、鰭がないな、と体の横を確認したら、きれいに落とされていた跡があった。


 「まあ、まあ。古代生物だか、なんだか知らないが、騙されたと思って、一口食ってみろ、上手いから。それに病気や怪我の予防にもなる優れものなんだ。なぁー、キャサリン」


 『へぇー、そうなのか』『健康にいいのね』と、俺と蛍が幸介の言葉に納得しようとしたところで、キャサリンが全否定する。


 「それはアロマテラピーですわ!! まったく、幸介さんは、何度言ったら分かるんですか? それに、ほたるも達也も、簡単に騙されて。そんな効能は期待しないでくださいね」



     ◆◇◆◇◆◇



 アノマロカリスの塩焼きを囲んでの即席観察会を終えた4人は、幸介と蛍、俺とキャサリンが隣あって席に着き、食事をはじめた。


 正面が男同士、女同士になる席順である。


 頭部はちょっと遠慮したいが、身の部分は、とてもおいしそうに見えたアノマロカリスの塩焼きは、実際に食べてみると、伊勢海老に似ていて、外側はプリプリしていながら、中の白身は柔らかく、食べたあとには、口のなかに磯の香が漂う絶品で、思わず声が出てしまった。


 付け加えるなら塩加減も絶妙である。


 「う、うまい、これ! やるなー、古代生物」


 一口目は恐る恐る食べていた蛍だったが、最後には、笑顔になって『食べても食べてもなくならない伊勢海老ね。おいしぃ』と喜んで身を口に運び、スープを飲んでいた。


 幸介は、俺たちが上手い、上手いと食べるのを見て、『なぁ、いった通りだろ』と満足しながら、誰も手を出さない頭部をガリガリ、パリパリと齧っている。


 「あいかわらず、ワイルドですわね」


 アノマロカリスの頭に貪りつく幸介を見ながら、キャサリンは笑顔で肩を竦めるのだった。


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