83 嵐の前の日常
フレイムから獣帝国、『昆虫軍』の話を聞いた翌日。レウたちは護衛の騎馬兵を引き連れて、急ぎコッテへと旅立った。
朝食時にはすでにレウたちの姿はなく、昨日の話を引き摺っていた俺たちは、皆が何かを考えているようで、口数も少なかった。
それでも訓練はしっかりと行った。
朝練と午前中の訓練はいつものように壁の中で行い、午後にはゴドルフたちの家がある草原まで行って、新しい武器での技を自分のものにする個人練習を行った。
もともと、頭より体を使うほうが性に合っている俺たちは、体を動かして汗を掻くことによって、皆、同じようにいろいろなことを考えることをやめて、少しずつ元に戻っていった。
蛍もさすがに復活していたが、それでも時折まだ何かを思い出して、さかんに首を振るような仕草を見せていた。
「今日はラウラ様の御姿が見えませんが……」
いつものように湧水を運んできたゴドルフが、ラウラがいないことを気遣ってか、俺に声を掛けてきた。丁度、一休みして水分補給をしようと思い、ゴドルフたちがいたけど気にせずに桶のところに来たときであった。
なんか、話したくないな。という気持ちはあったが、巨大なゴドルフとそのゴドルフの半分にも満たないグンターが俺の傍で傅いている姿を見て、さすがに相手をしないといけないような気にさせられた。
「うーんと。ちょっとお出かけしているんだよ」
適当に言ってみると、ゴドルフたちは『畏まりました』と言って下がろうとした。そこで、俺はひとつ聞いてみることにした。
「あんたたち、ラウラさんのことをどう思っているの?」
「かけがえのないお方でございます」
「たったひとつの私が生きる理由でございます」
もの凄い答えが返ってきた。少し引き気味になりながらも、もうひとつ尋ねてみることにする。
「へ、へぇー。そう。じゃあ、俺たちのことは?」
「ラウラ様の大切な家族だと聞いております」
「はい。決して粗相はできませんし、何かあれば命に替えてもお守りいたします」
「ああ、そう。ありがとう」
「「はい」」
始終腰を低くして丁寧に応えたゴドルフたち。レウが言っていた『魂を滅ぼす』というのは間違いだとは言わないが、少し違うと思った。彼らは一度は悪人としての魂を滅ぼされたかもしれないが、確実に魂が再生されている。
今のゴドルフたちは、どう考えても、魂が滅んだ状態とは言えないだろう。ラウラに尽くすという形で、気持ち悪いくらいに真っ直ぐで強い魂に変わったといえる。
揃って頭を下げて家に戻ったゴドルフたちの後ろ姿を見つめながら、改めてラウラの調教の凄さを思い知った俺であった。
◆◇◆◇◆◇
レウたちがコッテに行った日からの数日間。ブルーリバーはいたって平和で、俺たちも日々の訓練に精を出した。
それが意識的なのか、無意識なのかは分からないが、『昆虫軍』のことは皆の話題にも上らなくなった。
蛍も、まだ時折何かを思い出しているようなところはあったが、フレイムがブルーリバーに来たあの夜のようなことはなく、笑顔が戻っていた。
そのフレイムも暇なら俺たちの訓練を見に来たりしていた。ただ、壁の外にはあまり出たがらなかったので、午後の訓練にはついて来ないで、オールコック邸でメイドの手伝いなどをしていた。
そんな中で、確かにフレイムに巫女としての力があることが分かった。
幸介がアレスの剛槌を使った特訓でのこと。頭の上で武器を回しながらの火炎槍から、すかさず武器を持ち替えての電撃鎚の一撃を流れるように行う特訓をしていた。しかし誤って、腕に軽い火傷を負ってしまったのだ。
「あっちちちちっ!」
「大丈夫ですか。幸介さん」
「ああ。こんなのなんでもねーよ。ガハハハハ」
心配するキャサリンにいつものように応対する幸介。その場はゴドルフたちが汲んできていた湧水で冷やしての応急措置でオールコック邸に戻ったときに、フレイムが幸介の火傷を直してみせたのだ。
「我は白狼の巫女。彼の者の傷を癒したまえ」
幸介の傷に掌を向け、目を閉じて、蛍の気力を回復させた時と同じような文言を詠唱するフレイム。見る見るうちに火傷の跡がきれいになっていく。
「おっ。あんた凄いな。巫女さんなのか」
「本当ですわね。フレイムさん、見直しましたわ」
『何、その上から目線は?』とは言わなかったが、キャサリンはあまりフレイムのことを良く思っていなかったようであった。レイラと顔を見合わせて、肩を竦めて口をへの字に曲げると、レイラは『クスッ』と声にならない笑い声を上げていた。
蛍はそんなみんなの様子を、にこにこしながら眺めていた。
◆◇◆◇◆◇
コッテに行ったレウたちが戻ってきたのは、旅立ってから4日後だった。
エドワード邸の玄関で帰ってきたレウたちと出会い、俺の顔を見るなりほっとした様子で、笑顔を見せたレウとラウラ。
「レウさん。ラウラさん。お帰りなさい」
「何もなかったみたいやな」
「ええ」
「良かったわ。間に合わないようなことになったらどうしようかと思って気が気でなかったの。うふふふふ」
ラウラは胸を撫で下ろし、本当に安心したときの笑顔を見せた。
俺はレウには『ちゃんと訓練してたか』くらいは言われると思って身構えていたのだが、かなり心配されていて、何か変な感じを受けた。それで、レウたちの成果を聞いて見ることにする。
「虫けら対策はバッチリですか?」
「まあ、今やれることはやったつもりやけどな。あとで皆に話すわ」
レウにしては歯切れが悪かった。「安心せい」と胸を張るのが今までのレウである。やはり、俺とレウたちでは、敵に対する感覚が違うのかもしれない。レウたちはかなり危険な敵だと思っているようであった。
……そうか。竜人たちと戦っているレウたちと、竜人たちを見たこともない俺たち。その違いが大きいのだと俺はこの時に気がついた。
レウたちは異空間戦争を行っている竜人たちの恐ろしさを十二分に知っている。その竜人たちが大敗した敵。それは自分たちの想像を越えてくるかもしれないと警戒しているのだ。
レウは右手で左肩をトントンと叩きながら、「そんじゃあとでな」と言い、屋敷へ向かう。
ラウラもひとつ会釈を残して、レウのあとを追う。
ふたりの後ろ姿をぼんやりと眺めていたら、後ろから誰かに抱き付かれた。驚いた俺に聞き覚えのある声が届く。
「よう。元気だったか?」
腕をほどいて振り返ると、そこにはダスティンとアニーがいた。アニーが笑顔で近寄ってきて耳元に顔を近づける。
「あんた。レイラに手を出してないだろうね!」
「そ、そんなことしてませんよ!」
「ガハハハハハハ。アニー、こいつはほたるちゃん一筋だからよ」
「な、何を言ってるんですか!」
ふたりして、次々と言いたい放題に言われ、笑いながらパンパンと背中を叩かれたりした。再会を喜んでくれているのは分かるのだが……。
「そんなことより、今日はどうしたんですか?」
これ以上、こんな玄関前でこの人たちにいろいろ言われていて、蛍とかレイラが来たりしたら堪らないと思って話題を変えた。
ダスティンとアニーはレウたちの護衛としてコッテに行っていたようで、報酬を受け取りこれから飲みに行くところだそうだ。そこで、俺を見つけたから声を掛けたとダスティンは言った。
「じゃあ、またな。あ、そうそう、しばらく俺はここで若造たちの教官として働くことになった。たいていは酒場にいるから会いに来いよ! ガハハハハハ」
そう言い残してダスティンたちは、酒場のある方へ消えていった。
『だから、俺は未成年だって……』
呆れたように呟きながらも、『ダスティン教官』というのは、良いかもしれないなと思った俺であった。




