82 フレイムが語った脅威
フレイムからもたらされたキャット・タウンの状況に、俺たちはしばし黙考する。
『昆虫軍』という全貌が見えない敵がブラッド・リメンバーのおよそ100キロ北に現れた。これから何が起こるのかは、予想もつかない。何もなければいいのだが……。それでも人類にとっては脅威になりそうな予感が体中に纏わりつく。
「なあ、あんた。グスタフはんを呼んできてくれんか」
「はっ!」
小さく頷き、決心したような顔をしたレウが兵士に向かって命令すると、それに呼応するかのようにラウラも頷く。
「コッテに行くのね」
「ああ」
「そうね。そうするしかなさそうね」
レウたちには『昆虫軍』に対抗する手段があるのかもしれない。いや、レウなら何かあるはずだ。コッテに行くということは、その武器か兵器を作るのが目的だろう。レウに問い掛ける。
「何か対抗手段があるんですか?」
「ないことはないんやけど、どういう敵かが分からんからな。やるだけやっとくってところやな」
肘をついて指を組み、親指で顎を抑えながら頭を上下に振って応えたレウは、喋りながらもまだ思案に暮れているようだった。
ひとりだけ違う世界に行ってしまっている蛍は別として、残りの皆も曖昧さを残しつつもレウの言葉に頷くしかなかった。
「そんでフレイムはん。そういうことなら獣帝国についても話せるんか?」
「すでに妾は獣帝国での地位を失い、父もいない。父を殺した昆虫軍は、本来なら帝国の同胞なのに、妾はやつらに見つかればただでは済まない追われる身じゃ。力こそすべての国にあっては誰も味方をしてくれないしな……。そんな妾を匿ってくれるあんたらに、知っていることを隠すのは恩義に反するじゃろ」
「ほうか。ほんなら、その獣帝国で、あんたが知ってることでええから、全部、話してくれるか」
そう言うとレウはメイドを呼んで、中央世界の地図を持ってこさせる。
「分かった。では、まずは帝国の組織からじゃな。帝国の一番上に立つのが皇帝で……」
フレイムは、獣帝国の知っている限りの情報を順序よく話していく。
まずは皇帝からはじまり、第五軍までを語るフレイム。それは次のような内容だった。
組織の頂点に立つ皇帝は現在7代目で、名はアルゴロン7世。フレイムは彼のことを『神が帝国に授けた勇者だ』と言った。しかし、容姿を聞いて見ると獅子の恰好で、蛇の尾、大鷲の翼を持っている獣人だという。俺たちの感覚では幻獣である。
その幻獣。ペガサスなどがいるのが皇帝の親衛隊で第一軍。率いている将軍カリグ・アイドウランは、帝国のナンバー2だとフレイムは強調した。第一軍は親衛隊なので皇帝がいる本拠地、ビースト・エレファント城にいる。
次の第二軍は超攻撃部隊の獅子や虎の獣人たちで、将軍がカール・ユリウス。本拠地は第一軍と同じくビースト・エレファント城だ。
第三軍は高い守備力を誇るマンモスや象の獣人たちで、本拠地はバーグ・リッチバラー城。ハンニブル・バアル将軍が率いている。
第四軍は『第一空軍』と呼ばれている鷲や隼の獣人たちで、レッド・カスター城が本拠地。将軍の名はマルケス・メッサ。
第五軍は熊の獣人たちが中心となって構成されている軍で、ベアノル・コロシアム城が本拠地。将軍の名はベアファイ・ストロンというらしい。
そして、第一軍から第五軍までが獣帝国軍の中心勢力で、他の軍は一枚も二枚も落ちるそうだ。
フレイムはメイドが持ってきた地図に、各城のおおよその位置を書き込みながら俺たちにというか、主にレウとラウラに説明していった。
「幻獣かいな。そんなんがトップにいてるんやな」
第五軍までの詳細をフレイムが話し終えると、レウが誰に言うともなしに声を上げた。
「達也。そのゲンジュウってなんですの?」
キャサリンの声に反応し、レイラも答えを欲しがるような視線を俺に向けてくる。幸介はおそらく聞いたことくらいはある程度で、おとがいに手を当てて答えを探しているようだった。
「うーん。幻の獣。簡単にいうと架空の生物かな。この世界にはゴブリンみたいなヤツもいるでしょ。あいつらと同じようなゲームとかアニメに出てくるモンスターと言ったほうが分かりやすいか」
「あーーー。分かりましたわ。モンスターね。わたくしペガサスとか聞いて、カッコイイ騎士団かと思いましたわ」
そう言いながらキャサリンは少し頬を赤らめた。
『それはそれは素敵な発想をお持ちですね』とは突っ込まなかったが、横で黙って聞いていたレイラを見たら、下を向いてもじもじしていた。
しかし、獣帝国には幻獣までいるのか。第二軍からの構成は、マンモスは少し意外だったが、他はイメージしていた獣だった。ただ、皇帝をはじめ第一軍の幻獣だけは想定さえしていなかった。
それと鷲が獣帝国にいたのには、少し違和感があった。俺の中では、恐竜の子孫と言われている鳥類は竜王国の末端にいると思っていたからだ。
それにしても、俺たちはレウが術と言う魔法を使えるようになったし、ゴブリンだけでなく、エルフもいて、幻獣までお出ましとは……。いよいよこの中央世界も本格的なファンタジーワールドになってきたな。
「そんじゃ、続きを話してくれるか?」
レウが頬を赤らめるキャサリンを見て、一度『やれやれ』と肩を竦めてから身を乗り出して、フレイムに話しの続きを催促する。
「ふむ。それで第六軍というのが……」
フレイムは第六軍が狼の獣人たち、第七軍が猿の獣人たち、第八軍が『第二空軍』と呼ばれる鳩などの獣人たちの軍団だと語った。
そして、そのあとに、とても無視できないことを喋りはじめた。
「なんでも虫けらのやつらは、もともとは末端のそれこそ自称のような第九軍だったのじゃが、単軍で竜王国軍と戦い、敵を叩きのめして皇帝から褒美として第六軍の地位とベック・ハウンド城を与えられたということなのじゃ。そしてその式典で父上は……」
「ち、ちょっと、待つんや。それはほんまか!?」
「ああ、父上は式典の最中にやつらに……」
「ちゃうわ。それやない。竜どもに大勝利したってほうや!!」
「それがなければ、虫けらどもが第六軍に昇格するわけがなかろう」
眉間に皺を寄せ腰を浮かせて半身になってレウは声を荒らげ、昆虫軍の大勝が間違いないと分かるとストンと椅子に腰を降ろして目を見開いた。
ラウラも動揺しているようで、持ち上げたカップの手が小刻みに震えていた。
『昆虫軍』が竜王国軍に大勝した。しかも上下関係が厳しそうで、力こそがすべてである獣帝国での一気の3階級の昇格。
謎めく『昆虫軍』の強大さを証左する現実。間違いだと思いたいが、昇格とフレイムの父を葬ったことがそれを許さない。
動かせない現実をつきつけられて、レウたちは動揺して無言となり、俺も混乱して何をどう考えればいいのかが分からなくなっていた。
驚きを隠せなかった、いや隠すことを忘れるほどの衝撃を受けていたレウは、蛍の様子をチラリと見てから俺に強い視線を送ってきていた。
レウは何かを言いたそうにしていたが、このときの俺は混乱していて、その意味するところが分からなかった。
レウにチラリと見られた蛍は相変わらずの上の空というか、妄想の中にいて、今ここで展開されている話を聞いているのかどうかさえ怪しい様子であった。
そんな中で、幸介が一言ぼそりと呟いた。
「竜どもを倒す虫けらたちか……」




