07 コスプレメイドの犯人?
キャサリンの家の使用人に馬を預け、そこから屋敷までの道すがら。
前を行くキャサリンと幸介の後を、ゆっくりと蛍と俺が並んで歩いていたときに、蛍がキャサリンについての問題を出してきた。
「ねぇ、キャサリンさんって、いくつに見える?」
「そうだなー。背は俺より15センチくらい低いよな。でもな、うーん、19歳か、20歳ぐらいかな?」
キャサリンの身長は155センチくらいで、158センチの蛍より少し低い。
175センチある幸介と並ぶとさすがに小さく見えるが、くのいちコスの着こなしと抜群のプロポーションから、それくらいかなと考えて、俺は答える。
「だよねー。そう見えるよね。でもね、さっき聞いたら15歳だって」
「おぉぉぉ、そうなんだ。それであのプロポーション。なんと発育が良い、あの胸で15って……、あっ! …………ごにょごにょ」
「あれぇー、どうしたのー? ね、今、チラッとどこ見たのかな~」
蛍は笑顔で胸を張り、両手を腰に回して後ろ手に組み、俺の顔を覗き込むようにして上体をゆっくりと揺らしながら問い詰めてくる。
し、し、しまった。ま、まずい、まずいぞこれは。
俺と幸介の間では恐怖の伝説となっている『微笑みの悪魔』───昔、蛍の前でうっかり『ちっぱい』だと、口にしてしまったとき。顔の横で両手を組み、笑顔のままで囁かれた悪魔の言葉『ねぇ、達也ぁ。あたしね、弓が得意でしょ。それでねー、ウィリアム・テルになりたいの。だからね、リンゴをね、頭に乗っけてくれる? ね、お願いっ!』───が顔を出している。
リンゴを頭に乗せて、矢を射られそうになったトラウマが蘇り、背中に悪寒が走る。さ、寒い!
俺は必死に言葉を探してごまかそうとする。悪魔には、ぜひともお引き取り願いたいものだ。
「い、いえ、いえ、なんでもありません。へぇー、そうなんだ。2個下かぁ。へぇー、へぇー。いやー、それにしてもほたるは本当に可愛くて人気者だよな。うん、そうそう。さっきも街でみんなの注目を集めてたよ。さすがだよなー」
「もう! なんかごまかしてるし。そんなの嬉しくないっ!」
蛍は、ほほを膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまったが、笑顔が続かないのなら、悪魔は去ったようだ。
なんとか『微笑みの悪魔』を回避できたようで、『フゥー』と一息ついて、15歳なのかと、改めて前を歩くキャサリンの後ろ姿を眺める俺であった。
◆◇◆◇◆◇
「「「「「お帰りなさいませ! お嬢様、幸介様」」」」」
キャサリンを先頭に、洋館の中に入った俺たち一向を出迎えたのは、執事と4人のメイドたちであった。
5人の中央でかしこまる執事は、これぞ『ザ・執事』といえるロマンスグレーの髪をオールバックにして、清潔感のある黒のタキシードに黒の蝶ネクタイ、細身で、物腰の柔らかそうな男だった。
年齢は、初老の域に入ったところだろうか?
4人のメイドは、みな、白いエプロンの裾がフリルになっている黒のメイド服を着て、白のタイツを履き、ホワイトブリム───フリルやレースが付いたカチューシャ───を頭飾りとしてつけていた。
年齢は、上は20代後半くらいで、下は俺たちと同じくらい、16~7に見えた。
中に入ったときの出迎え方に違和感を覚え、姿をじっくりと見て、『コスプレ? メイド喫茶? 執事カフェ?』という言葉が次々と浮かんできたが、さすがに失礼なので、言葉を飲み込んだ。
しかし、その答えは、このすぐあとに納得できるものとして、提示されることになる。
「お嬢様のいいつけ通りにはしましたが、これはかなり恥ずかしい格好で、メイドたちも赤面しておりましたが……」
「なっ! あ、あなた、なにをいってますの。メイドと執事ときたら、これ以外は認められませんわ」
執事がキャサリンに近づき、小声で話しはじめたが、応対したキャサリンの声は大きく、皆に届いていた。
近くで執事とキャサリンのやり取りを聞いて、小首を傾げていた蛍だったが、なにかに気がついたようで、ねぇ、ねぇ、とキャサリンの腕をつつき、唐突な質問をした。
「キャサリン。あなた、まさか、別の世界からトリップしてきたの?」
「えっ! あれっ? どうしてわかりましたの? 別に隠すつもりはなかったんですけど……、わたくし話しましたっけ?」
その答えを聞いたときに、俺は、『もしかして……犯人はこいつかー!』と蛍の質問とは関係のないことで、キャサリンを見つめてしまったが、キャサリンは俺の視線を気にすることもなく、さらに驚くことを話しはじめた。
「わたくし、キャサリン・オールコックは、2019年のロンドンから2か月前に、この街ブルーリバーに飛ばされましたの。それで、右も左も分からなかったわたくしに声を掛け、やさしく対応していただき、養女にしてくださったのが養父様、エドワード・オールコックです」
「えっ! 2019年!? それは本当ですか? 2019年の何月です? もともとの姓も同じなの?」
いろいろと突っ込むところがあり、いつもなら冷静な蛍も少し興奮したように、思い立ったことを次々と、口走って質問している。
「たしか2019年の6月末だったかしら。わたくしは寝室で休んだのですが、気が付いたら、こちらに来てましたわ。偶然通りかかった養父様は、同じ姓を聞いて驚いていましたが……。エドワードという名前には、思い当たりませんので、同姓なのはきっと偶然ですわね」
キャサリンから、ここへ来たいきさつを聞いた蛍は、少し考え込んで、『6月末……』と呟きながら、自分たちの経験を話しはじめた。
「私たちも、2019年7月1日の昼ごろに異変が起こり、元の世界から飛ばされたの。ただ、私は寝てたみたいなんだけど、私と達也は、違う場所を経由してからここへ来たみたいなんだ。そんな経験はなかった?」
「違う場所? わたくしも休んでいましたし……。断言はできませんが、とにかくロンドンの家で寝ていて、気が付いたらこの街ですわ」
キャサリンの返事を聞いた蛍は、俺のほうを向き、「そうよね!」と念をおすような眼差しを送ってくる。
「確か、ほたると俺は、シクラメンと呼ばれる第六世界から来たとか、セントラル…………」
「第六世界!! あなたたちはまさか! …………英雄……ふたりも……」
俺の言葉を遮ったのは、奥のほうから玄関口に出てきた、立派なカイゼル髭──左右が跳ね上がった八の字型の髭──を蓄えた男だった。
燕尾服の黒が似合い、恰幅の良い格好を誇らしげにみせる貴族のような紳士。その驚きの声が皆の注目を集めた。
「養父様!」
執事とメイドたちは、事のなりゆきにどうしていいかもわからずに呆然としていたが、キャサリンの養父であるエドワード・オールコックが来ると、そちらを向いて一斉に頭を下げた。
そんな状況のなか、幸介は、時折不思議そうな顔をしていたが、エドワードの言葉を聞いて、一言だけ、誰にも聞こえないような声で呟いていた。
「そりゃそうだ。ほたるたちも、俺たちと同じだろうな」