67 獣帝国 新星・第六軍の誕生
人類がゴブリン軍と戦っていたころ、ゴブリン領の東にある獣帝国では、新たな軍編成の盛大な式典が行われようとしていた。
式典会場は、本拠地のビースト・エレファント城。直径約8キロ、ほぼ円形の中央世界では一二を争う巨大城塞都市である。広さを例えるなら日本の江戸時代の江戸が近く、およそ50平方キロメートルもある。
人類の壁よりは低いが、高さ7~8メートルの分厚い城壁で都市全体が囲われていて、中央には古代ローマ時代の神殿のような巨大な宮殿がある。
宮殿の裏手には、広大な広場があり、獣帝国の式典は、たいていそこで行われていた。
集まったのは獣帝国軍の各軍将軍とお付の兵士で、皇帝の親衛隊である第一軍から、キャット・タウンの猫たちを含む最末端の寄せ集め第十軍(自称であって正式には認められていないため、現在の正規軍は九軍まで)までの兵と周囲の民衆が、皇帝の登場、式典の開幕を、今か、今かと待っていた。
檀上へ向かう中央の通路にはレッド・カーペットが敷かれ、左右に上位の軍団から並ぶという配列。ちなみに、獣帝国では、左側が上席である。
各軍は、先頭にそれぞれの将軍が立ち、後ろにお付の兵士たちで、各軍の総数はおよそ100ずつ。整然と整列するさまは訓練された軍隊そのもので、無駄口を叩く者など皆無であった。
皇帝の親衛隊である第一軍だけは、警備兵的な役割で会場の各所に散らばり、宮殿の屋根には、五角形の盾のなかに2頭の獅子が7つの実が成る大木を引き抜いて掲げる紋章旗が靡いている。
第一軍を構成するのは、ペガサス、麒麟、フェンリル、グリフォンなどの幻獣で、各幻獣の特徴を受け継いで人型になっている者もいる。少数精鋭であり、総数が70で、他の軍と比べて極端に少ない。
第一軍の兵士たちは、1対1でドラゴンと戦えるだけの能力を持ち、獣帝国軍においては、エリート中のエリートといえる集団であった。
この第一軍を率いるのは、一対の真っ白な翼を持つ虎の獣人で、名をカリグ・アイドウラン。次期皇帝の呼び声も高い獣帝国ナンバー2である。
カリグが率いる第一軍は、数々の勲功を立て、帝国領に攻め寄せた竜王国軍を何度も撃退している。
次に檀上に向かって左手に陣取るのが第二軍で、獅子、虎、豹などの猛獣といわれる獣人たちが所属し、常に最前線で戦う攻撃的な部隊として、帝国内では知られている。部隊をまとめるのは、獅子の獣人、カール・ユリウス将軍だ。
第一軍とともに、ビースト・エレファント城を本拠地とし、街の治安を守り、外敵(主に竜王国軍)からの脅威に備えられている。
また、強さこそが正義である帝国内では、上位の部隊で普通の獣人が登れる最上位である第二軍は、全帝国民の憧れの的であり、目標となっていた。他の軍から第二軍に配置替えされることが、ひとつのステータスという訳だ。
第二軍の本人と家族は特権階級として扱われ、税の免除や各種施設のフリーパスなどかなりの優遇措置がなされている。
ちなみに、第二軍入りを目指す各軍の選りすぐりが集う昇進のための試験が、年に1回バトルロイヤル方式で行われ、最後に立っていた者だけが合格者となる。
第二軍の隣に配列されている第三軍は、マンモス、象など巨体こそが強さという信念を持つ獣人たちで、リーダーは巨人型のマンモスの獣人であるハンニブル・バアル将軍だ。
マンモスの獣人といっても、毛むくじゃらな大きな体と尻尾だけが特徴で、顔は人と変わりはない。
体の大きさは、帝国軍のなかでは巨大と言えるほどで、2メートルでも小さいほう。ハンニブル将軍は、3メートル弱である。
巨体をフルに活かした鉄壁の守りを得意とする第三軍は、帝国軍の『守りの要』といえる存在で、北の竜王国の領地に最も近いバーグ・リッチバラー城を本拠地としている。
守りに強く、攻めるときには重戦車のような怒涛の進撃を見せるのも特徴だ。第二軍とともに竜王国とは幾度も戦い、戦術家として名高いハンニブル将軍の奇抜な采配などで数々の勲功を挙げて、今の第三軍の地位を確立していた。
第二軍の後ろに控える第四軍は、鷲、隼など獰猛な鳥たちの特徴を持った獣人で基本的には翼を持ち、帝国軍内では、『第一空軍』と呼ばれている。また、翼はないが、怪力で知られる駝鳥や世界一危険な鳥としてギネスに掲載されている食火鶏の獣人も第四軍の陸上部隊として、在籍している。率いるのは、鷲の獣人マルケス・メッサ将軍だ。
機動力があり、集団での奇襲を得意として、何頭ものドラゴンを葬った実績で今の地位に登り詰めた。戦場でも第二軍、第三軍とともに遊撃隊として敵を翻弄するなど、まさに陸上部隊の援護射撃を行う空軍の役割を果たしている。
本拠地は、第三軍の本拠地であるバーグ・リッチバラー城の東南に位置するレッド・カスター城。第三軍と共に北への備えとして、配備されている城である。
ちなみに恐竜の子孫といわれる鳥たちで構成された第四軍は、中央世界が出来た当時は、竜王国軍の配下であった。しかし、竜王国軍の中では、個体としては弱かったために祖先たちが放逐され、獣帝国に身を寄せたという歴史がある。
それが今では、獣帝国軍の一翼を担い、竜王国軍を苦しめているというのが現状であった。そして、先の戦いで、竜王国軍に苦汁を舐めさせた新参者(第九軍)を配下に加え、今日の式典が執り行われる運びとなったのもマルケス・メッサ将軍がいてこそであった。
第四軍の横に配列されている第五軍は、シロクマ、ヒグマ、ツキノワグマなどの特徴を持った獣人たちで、巨体を誇る第三軍の次に大きな熊族たちの軍である。将軍は、耳などにシロクマの特徴を残した獣人ベアファイ・ストロン将軍。
また、パンダ、アライグマ、狸などの種族もこの第五軍に在籍している。
帝国領内の北寄りの中央付近を固めるベアノル・コロシアム城を本拠地としている。
主に北の竜王国軍との戦いに参戦し、西のゴブリン軍へは抑えの役割となっている軍であった。
この第五軍までが、獣帝国軍の上位に位置し、以降の第六軍以下は、一般市民レベルの兵士として扱われていて、第五軍と第六軍の間には明確な階級的な格差があった。
第五軍までの将軍は、背中に帝国の紋章の入ったお揃いの赤いマントを着用し、所属する兵士たちも武器や防具に帝国の紋章の使用を認められていた。また皇帝を囲む晩餐会が開かれた際には、五将軍だけが皇帝と食卓を共にできた。
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静まり返った会場。居並ぶ兵士たちの前に、紋章の入った黄金色のマントを翻し、皇帝が登場する。親衛隊長であるカリグがあとに続く。
皇帝は、母体は獅子で蛇の尾、大鷲の翼を持つ獣帝国軍最強の戦士であった。数々の戦いに身を投じ、体中に無数の傷跡を持つ歴戦の勇者である。戦いで失った左目には紋章を形どったアイパッチをつけている。
名はアルゴロン7世。獣帝国では、帝位に就いた者だけが名乗れる名で、歴史上7人目、つまり現皇帝は7代目であった。
もちろん世襲制ではないため、皇帝が崩御すると候補者が戦い、勝ち残った者が即位するという伝統を守っている。
居並ぶ精鋭たちの前に立ったアルゴロン7世は、右目をキラリと光らせて兵士たちを睨みつけてから、大声で語りはじめる。
「諸君。我が軍にまたひとつ、大きな勲功を挙げた者が現れた。本日は、それを称える式典である。その者は単軍で我らが憎むべき竜王国軍に立ち向かい、これを撃破し、完膚なきまでに叩き潰した。敵の戦死者は数千にも上ったという」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
兵士たちの大歓声が上がり、傍にいたカリグが静まるように右手を水平に出す。一瞬で歓声は止み、静寂が戻った会場に再びアルゴロン7世の声が響き渡る。
「皇帝アルゴロン7世の名の元に、親衛隊長カリグ・アイドウランより褒美を取らせる。そして、その者達を第六軍とし、ベック・ハウンド城を授ける。忠義に励め。以上だ! 獣帝国に栄光あれ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
アルゴロン7世はあとのことをカリグに任せて、再び上がる大歓声を背中に浴びて宮殿内に戻って行った。
◆◇◆◇◆◇
皇帝アルゴロン7世の命により、自軍の城であるベック・ハウンド城を明け渡し第七軍へと落とされた旧第六軍。白狼、日本狼、コヨーテ、ジャッカル、犬、狐などの獣人たちの軍で、率いている将軍はレイダー・バレットであった。
今は人類の元に身を寄せているフレイムの父である。
第五軍と第六軍の間には明確な階級格差があったが、城持ちの軍は六軍までで、以降は砦を守る程度の軍とされていた。その城を明け渡すことになった白狼の獣人レイダー・バレット将軍は、ガクリと肩を落とし、背後に控える兵たちは皆一様に動揺していた。
その横に配列されている旧第七軍は、猿、ゴリラ、チンパンジーなどの特徴を持った獣人で、将軍はゴリラの特徴を持つ獣人フランサ・ルードルだ。帝国領の中央付近で、第五軍ベアノル・コロシアム城の付け城のような位置関係のフランサ砦を拠点としている。今回の編成替えによって、第八軍となる。
白狼軍の後ろに配列されている旧第八軍は、燕、鳩、小鳥たちの特徴を持った獣人で第八軍であったが、第四軍とは緊密に連携していて『第二空軍』と呼ばれている。
率いている将軍は、鳩の特徴を持つ獣人で、第九軍が編成されるまでは紅一点だったクイーン・コンスタン将軍である。
本拠地は、第四軍のレッド・カスター城の付け城的な役割を持つコンスタン砦で、遊撃隊として第四軍と作戦行動を共にすることが多い。今回の編成替えによって、第九軍となる。
ちなみに、帝国には他にも猫、兎、鼠など小動物たちの獣人もいるのだが、軍を組織して戦場で戦うこととは無縁で、彼らはキャット・タウンのような村といえる場所で、静かに暮らしていた。そして、そのなかで、一部の若者たちが集まって、作っているというか、自称している集団が第十軍である。
そして、単独軍で竜王国軍を撃退した功によって、おざなり、付け足し、暫定処置とされていた第九軍から、いきなり城持ちの第六軍に昇格した本式典の主役。それは、昆虫たちの王と女王たちだった。
対象となるのは3匹の将軍。蜂、蜘蛛、百足の特徴を持つ怪人で、総数を把握できないほどの配下の兵士(昆虫)を操っていた。その外見はヒーローショーに登場する着ぐるみのようにコミカルで、体長も50センチメートル程度なので、ミニ怪人といえる風貌である。
『第六軍、ベック・ハウンド城か』
蜘蛛の怪人、キング・ブラウン将軍は、心の中で呟き、横にいる蜂の女怪人クイーン・イエロー将軍と百足の怪人ジャック・ブラック将軍と顔を見合わせて、ニヤリと笑った。




